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「49!」

次で「50!」ですよ!

 私は姉様の作ったマフィンを持って殿下を訪ねていた。

 もちろんトーマス殿下の方だ。


 何も言わずに出て行った殿下を皆んなが唖然としながら見ていた。

 こんなに真っ黒なマフィンを素通りするだろうか。いや、多少何か言うだろう。明らかに焦げた黒いマフィンなのだから。


 このまま姉様のところにお見舞いに行っても、マフィンに対して何か言っていたか聞かれると思う。

 何か言われたと伝えるより、何も言っていなかったと伝える方が辛い。


 だからこそ、聞くために乗り込もうとしている。



 いざ行かん……。


 行ったことによって酷いことを言われてしまったら、どうしようとも思う。


 でも、やっぱり殿下からの感想じゃないとだめだ。




 ルータス様からの情報によると、トーマス殿下はいつもの化学室にいるようだ。

 商品の点検をすると言っていた。とのこと。

 アイテム屋の商品は、化粧水が主な様だが、粉やクッキーもなかなか売れているらしい。

 多分、トーマス殿下の思う通りに売れているんだと思う。前に見た殿下の想定の数値とほとんど変わらない日が続いていると聞いた。


 そういうところ、なんですけどね。毎回なんだかムカーってなるのは。


 しかし、だからこそ、マフィンにあんなに驚いた表情を見せていたのに何も感想が出ないのはおかしい。


 何か隠してる。


 意を決してドアをノックした。






 中には、リューとルイ・アントン、そしてトーマス殿下がいた。

 ドアを開けてくれたルイ・アントンにお礼を言ってずんずんと中に進む。


 椅子に座る殿下の前に立つと無言でマフィンの包みを差し出した。


「感想をお願いします、殿下」


「どうしたんだい、急に」


「感想を頂いておりませんでしたので」


「……あえて、感想を避けていたのに」


「あそこまで興味を引いておいて感想を出さない方が失礼に当たるのでは」


 殿下は無言で私を見てきたが、私が動かないと分かったのだろう。その包みを受け取った。

 その包みは紙袋でできているので、中は見えない構造になっている。それなのに何を持ってきたか分かるなんて……これも予想していたのだろうか。



「うわ、すごい真っ黒だ、これ食べれるの?」


「本当だ、すごく黒いね」


 リューとルイ・アントンの感想に殿下への視線は晒さずに答えた。


「周りの焦げは本当に薄いので剥げばとても美味しいマフィンですよ」


「…………」


 殿下は、マフィンの焦げを剥いでまじまじとそれを見つめ、そして、一口口に含んだ。


「あ、ちょっと、トーマス。一応こういうのは俺が食べてから食べてって言ってるでしょう」


「問題ない、相手はアネモアの妹だろう」


「全く……死んでも知らないからね」


 殿下が食べている横でリューも無言で食べ始めた。ルイ・アントンも文句を言いながら口にしている。

 私は殿下の口の中身が終わる頃を見計らって声をかけた。


「殿下、感想は」


「……驚いたことに、とても美味しいよ」


「他は?」


「他?」


「他に感想は」


「………………流石、アネモアの作る物は美味しいね」


 殿下がそう言うと、無言で食べていた2人がバッと顔を上げて驚いた顔をこちらに向けて来た。


「ええ!これ、アネモア嬢が作ったの!?」


「それは驚いた……味はとても美味しいけど、この焦げがね……」


 そう、そうなのです。

 そこなのですよ。


「なぜ、殿下はそれが姉様が作ったと分かったのです」


「え、」


「なぜです」


「……ふ、妹君は、アネモアの事になると本当に必死だな」


「ええ、ですが、話を逸らしてもいくらでも戻しますよ、殿下」


「……そうだな、彼女は私に来て欲しくなさそうだったからね、だから、私に見て欲しくない物があったと予想して言ったんだ。これで満足かな?」


「………………そうですか」


 確かにそうだった。姉様は殿下に知られたくなかったんだろう、だから慌ててはいた。

 でもだからって、断定で姉様になるものだろうか。

 他に慌てる要素があったかもしれないじゃないか。

 んー!なんか、見落としてる気がするのに!

 分からない、悔しい。

 今回も引き下がるしかないみたいだ。


 美味しいという言葉を引き出せたから、まぁ、引き下がってもいいのかもしれない。

 悔しいのが隠せないまま私は黙り込んだ。



「妹は納得いってなさそうだね」


「え?」


「顔がね、とっても不満そうだよ」


「…………まぁ」


「そうか、でも、そうなのだから仕方ないだろう?」


「…………」



 だって殿下の心の中が読めないのだ。

 黒いマフィンは確かにびっくりするだろうけど、でも、あの表情はそうじゃない。

 あの時の顔は、マフィンに対しての驚きじゃない気がした。でも、この気持ちを上手く殿下にぶつけられない。疑問にできない。言葉にならない。


「ぐう…………」


「何だ」


「殿下の」


「ん?」


「殿下のバ、モゴォ!」


 バカーと叫ぼうとしたらルイ・アントンに口を塞がれてしまった。


「はいはい、落ち着いて」


「流石に怒られるって、バカなのお前」


 殿下もきっと分かっただろうけど何も言ってこない。

 くぅ!大人ぶりやがってー……。でもここは素直に謝っておこう。


「……ごめんなさい」


 不満そうな声で謝ると、上から落ち着いた声が聞こえてきた。


「リテーリアちゃんは頭が良いのだから、相手に伝えたい気持ちをちゃんと整理してから立ち向かったらいいと思うよ」


「整理?」


「そうだよ、そうしたらトーマスだってぼろが出るんじゃないかな」


 その言葉に殿下を盗み見ると、ニコニコした顔でこちらを見ていた。

 なんだその、子を見る親のような目は。

 今あなた(殿下)を倒すための方法を話しているのに見守ると言うというのか。


 今日は完全に完敗だ。


 まだ勝てない位置にいるみたい。


「ルイ・アントン様ありがとうございます。次はそうします」


 私は綺麗に礼を取ると、そのまま3人におやすみなさいと言って部屋を退出した。



お読みいただきありがとうございます!

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