「48!」
「うーん、なんで表面だけこんなに真っ黒になるんだろう………」
キリト様が頭を悩ませている。
キリト様は、ユリエスタ様が言っていた通り、背がすっと高く、顔立ちもシュッとしていながら柔らかい雰囲気を持つとても優しい方だった。
今は姉様の作ったマフィンを見ながら言葉を探しているようだ。
そのマフィンは表面だけ綺麗に黒く焼け、それを剥ぐと美味しいマフィンが出てくるという代物だからだろう。
そして、他のマフィンよりもしっとりとしていて美味しい。そう。とっても美味しいのだ。
「ある意味才能なんじゃないかな、とても美味しいし」
「…………ええ」
「姉様、とても美味しいです!表面を無くせば見た目も、そんな気にならないですし!」
「…………ええ」
「アネモア嬢、美味しいなら全く問題ないと思うぞ」
「…………ええ」
「そうですよ!これ、とっても美味しい!」
「…………ええ」
「あの、アネモア様、その……」
「大丈夫ですよ、マリー様もう……止めて下さい」
姉様の表情がどんどん暗くなってくる。
これは、相当落ち込んでいる様子。
この場には、私、姉様、ルータス様、マリー、キリト様、ユリエスタ様がいる。
ルータス様とユリエスタ様は、美味しければ問題ないと思っているので論外だが、他の人たちの慰めの言葉は姉様には全く効いていないみたいだ。
ここは、トーマス殿下が現れて褒め倒す位の勢いがないと立ち直るのは難しのだろう。
頑張って気丈に振る舞おうとする姉様はかわいいけど、やはり見ていて辛い。
でも、もう一度焼くにも時間がない。どうやったら姉様を元気つけられるか必死に考えていた、その時。
___コンコン
ドアをノックする音が聞こえた。
「誰でしょうか、出ますね」
そう言って姉様がドアに近づいていってガチャリと開けると……
「や、」
「きゃあ!!」
バタンッ
誰かが居たようだが姉様が悲鳴をあげて閉じてしまった。少しだけ青い顔をして扉を抑えている。
「ね、姉様?」
「リティちゃん……」
「どうしましたか」
「扉の向こう側に、トーマス様が居た気がするの」
「…………それは、開けないと」
「そうよね、開けないと、だめよね……」
「姉様、トーマス殿下は…………トーマス殿下は!!これくらいでは!!驚きません!!」
私は扉の向こう側にまで声が届くように少し大きな声で叫んだ。そして扉に手をかけて姉様に大きく頷いた。
姉様も涙目になりながら頷き返してくれる。
ガチャ…………
扉を開けると、やはりトーマス殿下が立って居た。
少し苦笑いをしながら首を傾げている。
「やぁ、アネモア」
「ご、ごきげんよう、トーマス様」
「突然閉められたからびっくりしたよ」
「申し訳ございません、緊急事態がございました」
「緊急事態?」
そう言って私を見てきた。説明しろという事なのだろうか。でも、この事実を私の口から話すことは憚かられる。だってここには6人の人間がいて、この黒いマフィンを誰が作ったのかなんて聞かなければ分からないのだから。
「緊急事態でしたよ、殿下、貴方様が来るというね」
「なんだい、妹君、そんなに私のことが好きなのかな?」
「ええ、まぁ、この、人差し指の次くらいには」
「へぇ……」
殿下がゆっくりと私に近づいて、見下ろしてきた。私は殿下に見えるように人差し指だけを上に向けて前に突き出す。
それをゆっくりと掴み、殿下が耳元に顔を近づけてこう言ってきた。
「君が私の婚約者になってもいいんだよ、リテーリア」
「ひっ」
なんて恐ろしい事を言ってくるんだ!
言われた方の耳を抑えながら下がろうとしたが殿下が掴んだ指で制止させてくる。
「ん?それは……」
「あ」
殿下の気をなるべく晒そうと思っていたが想像以上に保たなかった。マフィンを見ながら殿下が目を丸くしている。
慌てて姉様を見ると、立っているのがやっとなくらい顔が真っ青で、今にも倒れてしまいそうだ。これは早く部屋に戻った方がいい。
「ね……」
「アネモア様、お顔が真っ青です。お部屋に戻った方が良いのでは」
「それは大変だ、マリー、アネモア様をお部屋まで案内してあげてほしい」
「分かりました、アネモア様、行きましょう」
姉様の近くにいたマリーがすぐに姉様の異変に気がついてくれた。姉様を連れて部屋を出て行く。
殿下を見るとマフィンから目を離さずに見ているまま固まっていた。
「殿下?」
「これは……誰が作ったの?」
「それは……」
「もしかして、アネモア?」
「ん?殿下……」
今まで見たことのない顔でマフィンを見ていた。
なんだろう、何を考えている顔なのそれは。
多分今の会話は私しか聞こえてない。
最早私の声が届いているかも分からないほど。
そう思っていたら殿下がはっとした顔をして私を見た。
「なんですか」
「アネモアは?」
「今部屋に戻りましたが、体調が優れなくなったって」
「……そうか」
それだけ言うとさっと私から離れてキリト様に挨拶に向かってしまう。
結局あのマフィンに対して何も言わないまま、殿下は去って行ったのだった。
お読みいただきありがとうございます。




