しばらく転生は結構です。
『勇者よ、勇者よ――――魔を打ち払う祝福の子よ、目覚めなさい』
真っ白な光が満ちた世界に、透き通るような美しい声が響き渡った。
埋没していた意識が覚醒していくのを感じる。
俺は、ゆっくりと目を開いた。
「目覚めましたか、リュート」
「…………」
「リュート?」
「…………はあ」
「何故ため息を吐くのです!?」
目の前の女性――――純白の衣を身に纏い、青い瞳とキラキラと輝く長い金色の髪を持った如何にも「私は女神です!」と主張している――――から目を離し、辺りを見回す。
白を基調とした広い部屋。
女神の神殿と呼ばれているところだったか。
ここに来たということは、やはり。
「また俺死んだのかあ……」
考えたくないが、そういうことなのだろう。
「ええ、残念ながら……。今回はトロルにやられてしまったようですね、倒したと油断して背中を向けたところに重い一撃をもらったみたいで、あなたの頭がぺちゃんこに」
「思い出させなくていいから!!」
「思い出すも何も、一瞬のことだったので何も覚えていないと思いますよ? 前回みたいに長々と苦しむこともなかったようですし」
「いや、そっちも思い出させないでくれ……」
薄汚い豚の姿をしたモンスター……オークどもが俺に群がる様子が脳内にフラッシュバックし、軽い目まいを覚える。
トラウマに近い記憶と言っていい部分なのに抉って来やがってこのクソ女神め……。
「さて、リュートも元気になったところで」
「元気も何も死んでるんだが」
「次の転生に向けて準備をしなければなりませんね。前回は常人を遥かに超えた『力』を持っての転生でしたが、知ってのとおり同じスキルを持っての転生は出来ません。違うスキルを選び直さなければいけないのですが……」
「無視かい」
女神が転生と持っていけるスキルについて朗々と説明する。
が、正直何度も聞いた話だ。
何を隠そう俺がここに来るのは既に8度目なのである、もはや転生のベテランと言っても過言ではない。
……我ながら嫌なベテランだ。
「というわけで……ちゃんと聞いてますか、リュート」
「聞いてるっつーかもう耳タコだよその話。女神に選ばれし勇者である俺は魔王を打ち滅ぼす時まで何度でも甦ることが出来て、しかも女神さま直々に特別なスキルが貰える。あー凄いすごい」
凄過ぎて涙が出て来そう。
「何だか感情がこもってませんが……まあいいでしょう。それで次のスキルなのですが」
「いや、もう転生はいいんで。しばらくここでニートするから放っておいてくれ」
「……はい? いま何と?」
女神様がポカンとした表情で聞き返してくる。
突然何を馬鹿なことを言い出しているのかとでも思っているのだろうが……。
「だから転生はもういいって。正直魔王討伐とか無理だし」
「ええっ!? あなたは選ばれし英雄で、特別なスキルを持って生き返れるんですよ!? 急に何を言い出すんですか!」
「その選ばれし英雄様が今回はトロルに殴り殺されたんだが? 今まで何度も死んだけど魔王どころか魔王軍の幹部にすら会ったことがないんだが?」
「つ、次こそは大丈夫です! リュート、あなたは成長型の勇者ですからそろそろ真の力に目覚めますよ!」
「…………」
成長型、ねえ。
たしかに直近の転生ではゴブリンに殺される→野党に襲われる→オークにタコ殴り→トロルに一撃死、だから成長してると言えなくもない。
だがこんなペースでは魔王討伐までいったい何度俺は死ななければならないのか。
死ぬのも楽ではないのです。
というか、そもそもの話で俺がこんなに苦労しているのも――――
「そうです、真の勇者っぽく次の転生スキルは危険が及ぶとパラメータがアップするようなものを……」
「や、前々から思ってたんだけど、もうちょっと有用なスキルないの? 女神さま直々に授ける特別なスキルっていう割には微妙なのしか貰ってないんだけど」
「びみょっ!?」
微妙と言われてショックを受ける女神様。
その背後にガーン、という効果音が見えるようだ。
だが俺はここぞとばかりに言いたいことを言っておくことにした。
「だってさあ、常人離れした魔力量を選んだのに魔法を扱いこなすスキルがないから意味がありませーんだの、常人離れした力を選んだら武器の扱いが素人レベルなので丸太振り回すのと変わりませーんとかさあ」
「そ、それはあなたがじっくりと鍛えて行けば間違いなく神スキルに……」
「いやいや、それはそうなんだろうけど特別なスキルって言うからには時間を操るとか因果律を歪めるとか、そういうチートなものを期待してるわけですよ。無双したいの、ハーレム作りたいのこっちは。そういうスキルないの?」
「…………」
黙りこくる女神様。
何を思ったのかこほん、と一つ咳払いをして――――
「それは不可能だ、神の力を大きく超えている」
「……じゃ、俺寝るんで食事もしくはチートスキルの準備が出来たら起こしてくれ」
「ちょっ、ちょっと待って下さい! 考え直して下さいリュート、あなたが世界を救わないと魔王の闇の力がっ! 世界平和がっ!」
いや、俺がいなくても割かし世界は平和だったと思うが。
そもそも俺より強い冒険者とか勇者候補とか掃いて捨てるほどいたし、そのうち誰かが魔王討伐を達成してくれるだろう。
俺はその様子をこの女神の神殿から見守って行くポジションで生きて行きたい、生きてるのか死んでるのかよく分からん状態ではあるが。
「たしかベッドはこっちの部屋にあったよな……。あ、後で風呂にも入りたいな。たしかあの扉の向こうにでかい浴場が……」
「話を聞いて下さいリュート! というか何で神殿の構造を熟知してるんです!?」
「実は5回目くらいから引きこもり構想は描いてたんだよな。何もなかったら転生した後に宿屋にでも引きこもるつもりだったんだけど、ここには生活していくのに不自由ない設備が揃ってるのを確認してたし」
「ええいこの不届き者! 早く旅立ちますよ!」
俺の服をグイグイと引っ張り連れ戻そうとする女神様を尻目にベッドに潜り込む。
あ、何だか良い匂いがする。
「そ、それは私のベッドですよ! 出て行かないと神罰が下りますよ!」
「神罰をくだす能力もないということはリサーチ済みです女神様。スキルについてもそうだけど、もっと女神としてレベルアップしてから一昨日来やがれ」
「ぶ、無礼なっ!」
世界を明るく照らす暁の女神エスティアナ様、だったか。
人々に祝福を与え、治癒を施すことにかけては他の神々にも比肩するものはいないレベルらしいが、それ以外はからっきしのようだ。
戦闘系のスキルがしょっぱい理由もその辺にありそうだが……何で勇者とか選んでるんだこいつ。
「ねえリュート、馬鹿な考えはやめてもう一度旅立ちましょう? 勇者として選んだあなたがニートなんかになったら私の立場が……」
「…………」
「次はもっと強いスキルをあげますから! えっと……そう、いっそ常人離れした運を持った勇者とか!」
「……ぐう」
「ほ、ほらっ! さっきあなたはハーレムを作りたいと言っていたじゃないですか。不純な夢ですが、ここに居たら永遠に叶いませんよ? チャンスは自らつかみ取るのです!」
「……うーん」
必死に説得しようと縋りついて来るが、正直鬱陶しくなってきた。
適当に煙に巻きたいところだが……。
「……ハーレムとか本当はどうでもいいんだ。エスティアナ様、あなたさえ傍に居てくれれば……」
「はっ!? えっ、そ、それって……!?」
見る見る顔を真っ赤にする女神様。
おいおい、何だこいつチョロいぞ。
ワタワタと言葉を探して慌てふためく女神を尻目に、俺はそっと目を閉じるのだった――――