藍沢と田中 其の八
今井が復帰して1週間たった日
救命は朝から患者が3人運ばれてきたが、3人とも命を救うことができた。だが、今井は以前のミスでヘリに乗った時に体が動かない。という状況が起きていた。
救命はカンファレンの最中にホットラインが鳴る。
田中が出る。
田中「こちら、翔南救命センター」
救急隊「こちら、千原消防。開通前の地下鉄で崩落事故。負傷者多数です。子どもも含まれています!」
田中「わかりました」
藍沢と藤川、大野が走り出す。
田中「状況わかり次第、教えてください」
田中がホットラインを1度置いた。
田中「ヘリが戻ってき次第私も行きます。緋山先生と名取先生もお願い。横峯先生と今井先生、谷口さんもその後で来て」
それを聞いて今井が震える。
橘「田中」
橘先生が目で合図する。
田中「…今井先生はここに残って」
今井「すみません」
そして、現場に一番に着いた藍沢、藤川、大野は救急隊に先導され、現場に来ていた。
救急隊「下にお願い出来ますか。重傷者はここまで上げられないんです」
藍沢「わかりました」
藍沢が救急隊とともに下に行く。
それに続いて藤川が行こうとする。
大野「行かないで」
藤川「えっ…」
大野「もう、大切な人を失いたくない」
藤川「俺は大丈夫、戻ってくる。それに行かないと。俺はフライトドクターだから」
そして、藤川が藍沢を追いかけるようにして下に行く。
そこには瓦礫に多くの人が倒れていた
そこに後から来た緋山・名取・田中が現場の上に来た。
そこはたくさんの人でごった返していた。
着いてスグに治療に回った田中はふと思った。
ドクターはちゃんといる。
いないのは、ココに今必要なのは…
そう
現場の指揮官だ。
田中は他の医者に患者を任せ、田中は指揮官になった。
田中「緋山先生、名取先生は地下に妊婦がいるからそっちをお願い」
緋山「わかった。行こう」
名取「はい」
その頃、コンコースに設けられたトリアージセンターにDMATと新海が到着した。
新海は田中に駆け寄ると、尋ねる。
新海「頭部外傷の患者は何人ですか」
田中「今のところ3人います。新海先生、オペが入ってなくてよかった」
新海は田中に言われた通り、頭部外傷の患者を診ていった。
そこに緋山がトランシーバーで呼びかける。
緋山「藍沢こっち来れない?妊婦が頭部外傷で痙攣してる」
藍沢「ダメだ。こっちも骨盤骨折でパッキングしてる」
しかし、そこに救いの声が聞こえてきた。
新海「新海です。今、そちらに向かってます」
緋山「ありがとうございます」
藍沢「新海、先に言っとくがここはオペ室じゃない。治療は必要最小限だ。あとは搬送先の病院だ」
新海「わかった。藍沢、脳の患者は3人って聞いたんだが」
藍沢「どんどん増えてる。それにお前も外科医だろ。脳が終わったら脳以外の患者も診てくれ。人が足りない」
新海「了解」
新海が返事をした頃に新海は緋山の元にたどり着き、脳を診はじめた。
その頃、地下で谷口とともに骨盤骨折の患者の止血のために後腹膜パッキングを施していた。治療をしていた藍沢は自分のフライトスーツに水滴が落ちてきたことに気がついた。
思わず藍沢は天井を見上げた。あらわになった土壌から水が滲み出しているのだ。
藍沢「これ……地下水か?」
言われて谷口も上を向いた。
ポタッ、ポタッと水滴がかなり短い間隔で落ちてくる。
頭上から落ちてくる水滴の量がみるみる増えてきた。どうにも気になり、藍沢はトランシーバーを手に取った。
藍沢「田中聞こえるか?」
田中「何?」
藍沢「地下水か何か分からないが天井から滲み出してる。建設業者に問い合わ___」
言い終わる前にバラバラと土の塊が落ちてきた。次の瞬間、ものすごい土砂が降ってきた。
藍沢はとっさに負傷者に覆いかぶさる。同時に隣にいた谷口の頭を左手で庇い、右手でつかんだ救命バッグで自分の頭部を守る。
轟音とともに目の前が真っ暗になった__。
***
足元ですごい音がしたと思ったら、駅全体がグラグラと激しく揺れた。地下からガラガラと嫌な音がする。
静寂が訪れたとき、地下の景色は一変していた。コンクリートと土砂が混ざった瓦礫の山が天井までうずたかく積み上がり、完全に地下道をふさいでいる。
大丈夫だ……息はできる。痛みもない。
藍沢は両手を踏んばり、土砂に埋もれた体を持ち上げた。背中のの土砂ごバラバラと地面に落ちる。
先に脱出していた谷口が藍沢の無事に胸をなで下ろす。
藍沢は自らの体の下の患者に目をやった。患部を見て顔色が変わる。
藍沢「まずい、患部に瓦礫が入った。谷口、生食あるか?」
藍沢が開いた創から土砂混じりの瓦礫の破片をかき出していく。谷口は土砂の中にオレンジ色の救命バッグを見つけ、慌てて掘り出した。
トランシーバーから田中の切迫した声が聞こえてきた。
田中「藍沢先生?聞こえる?」
藍沢「あぁ」
いつもと同じぶっきらぼうな返事に田中は安堵する。
田中「無事?谷口さんは?」
藍沢「無事だ」
田中「何があったの?」
藍沢「天井がまた崩落した。地下道が完全にふさがってる。俺たちがいるほうは大したことないが向こう側の様子はわからない。うちのスタッフは無事か」
田中「大野さん、横峯先生はここにいる」
田中は翔南のスタッフに呼びかけ始めた。
田中「緋山先生、藤川先生、名取先生、新海先生、聞こえたら応えて」
緋山「緋山、無事」
名取「名取、無事です」
新海「新海、無事です。緋山先生、名取先生も一緒のところにいます」
緋山「でもまずいわね」
田中「どうしたの?」
緋山「外に出れない」
田中「レスキュー、急いで地下に行けるようにしてください」
レスキュー「わかりました」
田中「状況は?」
緋山「頭部外傷の赤タグの妊婦が1人、旦那さんは緑タグ。レスキュー隊員ご1人赤タグ、消防隊員が1人黄色タグ」
田中「わかった。3人でとりあえずは診てて地下に行けるようなったら誰かに行ってもらう」
緋山「わかった」
田中「レスキュー、あと何分ですか!」
レスキュー「あと10分は」
田中「わかりました。」
再びトランシーバーで田中が緋山に呼びかける。
田中「救出出来たら一番でその妊婦を運んで」
緋山「了解」
田中は未だに連絡がつかない藤川にトランシーバーで呼びかける。
田中「藤川先生!藤川先生!」
しかし、藤川から返事はない。
田中が翔南の橘に連絡を入れる。
初療室で治療をしていた橘は電話を切った橘は今井らにスタッフに険しい表情を向けた。
橘「また崩落が起きた。藤川と連絡がつかいらしい」
今井「!………」
ショックの一同を見て、「じきに様子がわかるだろう」と橘はあえて軽く言った。すぐに治療に戻る。
緋山「村岡さん、ここで帝王切開して、お子さんを取り出しましょう」
村岡「?……取り出す?妻の体から?ここで?」
緋山「えぇ。心配ですよね。満足な機材もないし衛生的にも問題はある。決断するなら今です。」
***
田中が翔南の脳外に連絡する。
電話に出たのは西条先生だった。
西条「はい。脳外科医局です。」
田中「西条先生!ヘリで脳外の先生を現場にお願いします。」
西条「わかった。私が行く。追って状況教えてくれ」
田中「はい!」
西条は救命時代のようにヘリの無線で現場の田中に連絡を入れる。
西条「こちら翔南ドクターヘリ。現場の状況を教えてくれ」
田中「現場の状況伝えます。」
田中は全てを西条に話した。
西条は表情一つ変えずに聞いている。
・赤タグが10人以上いること
・赤の2分の1がトンネル内にいること
・トンネル内では藍沢、新海、緋山、名取、谷口が治療をしていること
・脳外科の先生が診るべき患者が赤タグの中に3人はいること
・藍沢、新海が1人ずつ診ているということ
・2分後には地下に行けるようになること
西条「わかった」
そして、西条が応えた。
西条「あと2分だ。それまでそっち頼む。脳外の赤が増えたら教えてくれ」
田中「はい!」
西条「…」
そこに操縦士の梶から連絡が入る。
梶「西条先生、着陸体制に入るぞ」
西条「わかりました。梶さん」
そして、現場に西条が到着した。そこには田中がいた。
田中「西条先生、一緒に地下にお願いできますか」
2人「わかりました」
3人は走り出した。
西条「田中、脳以外の赤タグは」
田中「名取先生と谷口さんが診てます。」
西条と田中が地下に着いた。藍沢、新海が脳の治療をしてる。
西条「藍沢!新海!」
藍沢「向こうに脳の患者がいます。腹部の出血が多いのでガーゼパッキングしてあります」
西条「わかった。」
そして、西条と谷口がレスキュー隊員を診にいった。
西条「脳圧が上がってる。まずは下げるぞ。」
谷口「はい」
そして、緋山と深海によって母子ともに一命を取り留めた。
緋山「田中、母子をヘリで運ぶ」
田中「わかった」
藍沢と谷口が診ていた患者を救急隊に引き継ぐ。
すると藍沢の背後で頭部外傷の患者を診ていた新海が「藍沢」と声をかけてきた。
新海「頭蓋骨骨折で出血がひどい。骨も陥没してる。手を貸してくれ。」
藍沢は患者を診るなり言った。
藍沢「脳を圧迫してる骨を除去する。そっちは静脈洞から出血部位を探っていけ」
新海「わかってる」
新海は手を動かしながら、一瞬、藍沢を見る。フライトスーツは泥にまみれ、手や顔にもすり傷がある。壮絶な現場から生還したことが手に取るようにわかる。しかし、まるで何もなかったかのように治療に集中している。
やっぱり、こいつには負けたくない。
新海の心に、再び闘志が燃えはじめる。
上に上げることが、出来た母子を別の医師に任せ、緋山と名取は別の患者を診ようとした。
緋山は泣いている学校の名札を付けた男の子を見つけた。
緋山「どうしたの?翔くん?」
翔「……が……てる」
緋山が問いかけるとその男の子は何かを発した。けど、声が掠れすぎて聞き取れない。
緋山「えっ、何?」
緋山が聞き返した時、名取は翔がペンライトを持っていることに気がついた。
名取「緋山先生、そのペンライト」
緋山も言われて気がついた。
それは医療用のペンライト。だが、緋山には見覚えがあった。
緋山「ごめん。ちょっと貸して」
緋山は翔からペンライトを受け取り、レーザーの記名を見た。
『藤川 一男』
今、行方不明の藤川だ!
今度は名取がいつもよりも柔らかい雰囲気で翔に聞いた。それは、子どもを萎縮させないためだった。
名取「それ、どうしたの?」
翔「助けてくれた先生が貸してくれた」
助けてくれた…。
生きてる!
そして、翔は続けた。
翔「先生、埋まってる」
2人「……!!」
翔から場所を聞いて緋山と名取は走り出した。
***
iPhoneを手に立ち尽くしている田中に気づき、藍沢が処置をしながら声をかけた。
藍沢「田中、どうした?」
振り返った田中の顔は真っ青だった。
田中「……藤川先生が……」
そこまで言って言葉に詰まる。
暗闇の地下道を全力で駆け抜け、緋山と名取が崩落現場に着いた。
想像を上回る土砂と瓦礫の山に、二人は思わず息をのむ。レスキュー隊が懸命に救助作業を続けている。その土砂混じりの瓦礫の下に藤川の姿があった。
緋山「!……」
緋山と名取は藤川に近づく。その気配に、藤川が気がついた。
藤川「……緋山……」
藤川は同僚に向かって、つぶやく。
藤川が生き埋めになっていると聞き、居ても立ってもいられなくなった田中はバッグに医療資材を詰め始めた。
そんな田中を藍沢が視界にとらえている。
新海「硬膜のテンションなくなった。これならチャンスある」
新海が藍沢に言うと、行ってやれと目で示した。
藍沢がうなずいて、立ち上がった。
田中は動揺を隠せないまま、バッグを持って立ち上がった。
そのとき、藍沢が田中の手からバッグを取り上げた。
田中「!……」
藍沢「お前が行くつもりか?」
田中「……だって、藤川先生がひどいことになってるんだよ。これは指揮をとってる私のせい。医師が現場でケガするなんてあっちゃいけない」
田中の迫力に、藍沢は面食らった。
彼女はかつて自分の不注意から指導医だった黒田に重症を負わせてしまった。
藍沢「……そうだ。医者が二次災害に遭うなんてことは、あっちゃいけない」
田中「……」
藍沢「だから、お前はここにいろ」
田中「!?……危ないから安全なところにいろってこと?」
藍沢「違う。これ以上被害を出さないために、お前は情報をすべて集約し、医療スタッフ、消防、警察に指示を出せ。この混乱だ。誰にでもできることじゃない。お前だから信じて任せられるんだ」
以前にも藍沢から同じことを言われた。
私の役割は現場をコントロールすること……。
藍沢「指示を出すという形で俺たちを守ってくれ」
藍沢の真摯な思いが伝わり、田中は小さくうなずいた。
名取は藤川の治療をしていた。
難しい角度からだが、ラインを一発で入れた。
藤川「おぉ。上達したな」
名取「えぇ。沢山やらせてもらいましたから」
藤川「最初きたときはどうなるかと思ったけど」
名取「今でも思ってますよ」
その頃、緋山は同期の藤川をフェローで一番頼れる名取に任せ近くにいたレスキュー隊員の治療をしている。
そこに大野が走ってきた。
大野に気がつき藤川が弱くつぶやいた。
藤川「…はるか」
大野「バカ!生きなさいよ!諦めて死ぬなんて、許さないから」
大野に言われて藤川は返事をした。
藤川「あぁ」
その声はさっきよりも元気そうだった。
そこにAEDとモニター心電図を持った藍沢が駆けつけた。後ろに救命バッグを持った谷口も続いている。
藍沢「藤川わかるか。……ショックになってる。アルブミンあるだけ入れろ」
力強い藍沢の声に、大野が「はい」と答える。
藍沢「藤川、しっかりしろ」
藍沢は治療をしながら名取に言った。
藍沢「よくやった。ありがとう。こっちは大丈夫だ。俺が絶対に藤川を助ける。お前は1人で向こうのレスキュー隊員を診てる緋山のところに行ってやってくれ」
名取は驚いた。藍沢から「ありがとう」と言われたのは初めてだった。その言葉からは彼が同期のことを本当に大切に思ってることが伝わってきた。
そして、今藍沢が発した言葉からは医師として必ず患者を助けると言う決意が伝わってきた。そして、1人で患者に向き合ってる同期の緋山のことも気にかけていることがわかった。
名取はそんな救命医として医師として、いや自分の指導医の1人の藍沢耕作の考えが初めてわかった瞬間だった。そして、その考えに賛同しようと思い、しっかりと返事をした。
名取「はい!」
緋山「まずいな…」
緋山が呟き、救命バッグから止血のためにサンテスキーをとろうとしたとき…
「サンテスキーです」
と緋山に誰かが渡してきた。
緋山「あっ…」
驚いて、緋山が振り向くとそこには名取の姿があった。
緋山「ありがとう」
そして、緋山は名取からサンテスキーを受け取り止血した。
緋山「何でこっちに来たの?藤川は?」
名取「藍沢先生が診てます。大野さんと。それで藍沢先生が俺は緋山先生のフォローに入ってくれって」
緋山「あいつが?珍しく私のことを心配してくれたのね。でも助かった。来てくれて」
名取「いえ」
そして、名取と緋山がレスキュー隊員の治療を再開した。
その頃、藤川の方は…
レスキュー「コンクリート、どけます」
レスキュー隊員が藤川の体に覆いかぶさっていたコンクリートをどけた。
その拍子に藤川がクラッシュシンドロームを起こした。
藍沢「VTだ。除細動」
藍沢の指示に「はい」と大野が応えて、AEDをセットする。
藍沢の心臓マッサージのかいあって、藤川はどうにか心拍を回復した。挿管している藍沢に、大野が安堵の表情で伝える。
大野「血圧、触れてきました」
藍沢「クランプして運ぼう。次にVTしたら蘇生できるかわからない。切開セットくれ」
大野「はい。ネラトンも用意します」
藤川の無事を念じながら、大野は藍沢のアシストをする。藍沢は相手が藤川だからといって動揺することなく、いつものように巧みな手技で困難な処置を進めていく。
藍沢「よし、クランプできた。これでVTは回避できるが今度は足に血流が行かなくなる」
そこに治療を終え救急隊に患者を引き渡した緋山、名取、新海が駆けつけた。上での指揮を終えた田中も駆けつけた。気がつけば翔南から現場に駆けつけた全員がここにいた。
藍沢、田中、西条、谷口、緋山、大野、新海、横峯、名取。そして、藤川
藍沢「ヘリに急ごう」
そして、立ち上がった藍沢がフラっと田中の方に倒れてきた。
その場にいる誰もが目を見張った。
しかし、田中が現場指揮官としてその場にいる全員に指示を出す。
田中「新海先生と緋山先生、大野さんは藤川先生を翔南にヘリで運んで。あとの人は…私をフォローして」
その言葉にその場にいた全員がうなずいた。
すぐに藤川を連れて3人が現場を離れる。
緋山「田中、藤川は必ず助ける。藍沢宜しく」
田中「うん」
田中は藍沢のラインを取りながら応えた。
新海「藍沢頼みます。田中先生、西条先生」
田中は小さく頷いた。
そして、西条は…
「あぁ。藤川頼むぞ」
そして、それぞれが動き出した。
その頃、翔南の初療室は限界体制で治療をしていた。
橘が思わず本音を漏らす。
橘「人が足りない…」
そのとき、初療室のドアが開き人が入ってきた。それに気がついた橘は一瞬、ドアに目を向けた。そこにいたのは黒田だった。
橘「黒田先生!」
橘は思わず大きな声を出してしまった。
黒田「悪い。遅くなった」
黒田がそう言うと、また初療室のドアが開いた。そして入ってきたのは、救命のスクラブに身を包んだ三井だった。
橘「何でお前が?!」
三井「優輔が『今日はいつもよりドクターヘリも救急車もたくさん来てる。きっと人が足りてない。お母さん、行ってきてあげて。僕は大丈夫だからら』って言われた」
橘「そうか。助かった」
三井「何が起きてる?」
橘「開通前のイベントをしてた地下鉄で2回の崩落事故だ。」
三井「わかった」
そこに名取のiPhoneから橘に連絡が入る。
橘「どうした、名取」
しかし、電話口から聞こえてきた声は田中だった。
田中「すみません。手が離せなくて名取先生に電話を掛けてもらったんです。」
橘はそれを聞いて田中がこれから報告することがわかったのでiPhoneの音量をあげてスピーカーにした。
田中「これからそっちに藤川先生をヘリで搬送します。右足の血管をクランプしてVTが起こらないようにしてあります。1回VTしてるので気をつけてください。」
橘「わかった」
田中「それから、藍沢先生が今倒れました」
橘はもちろん横で聞いていた黒田と三井も思わず大きな声を出してしまった。
橘・黒田「藍沢が?!」
三井「藍沢先生が?」
田中「黒田先生?三井先生?」
橘「あぁ、2人も駆けつけてくれてる」
田中「藍沢先生は2回の崩落に巻き込まれてて、今まではアドレナリンが過剰分泌されてたみたいでどうにかもってたんですけど、今さっき倒れました。今、私と西条先生で脳圧を下げるのと腹部のガーゼパッキングを同時にやってます。」
黒田「わかった。橘と今井が藤川を診る。藍沢は俺と三井で待つ。応急処置終えたら、ヘリで来い。」
そして、西条・田中の活躍もあり藍沢はとりあえずは落ち着いた。
他の赤タグも全員死なずにすんだ。
地下から藍沢を地上にあげた。
田中が医師たちに指示を出す。
田中「私と西条先生、谷口さんはヘリで藍沢先生を翔南に連れていく。名取先生と横峯先生は黄色タグでうちに運ぶ人があと1人いるから救急車に同乗してバイタル注意しながら翔南に戻って」
2人「はい!」
そして、ドクター席に田中、フェローの席には西条、ナース席に谷口、操縦士は梶だ。
田中「こちら翔南ドクターヘリ。オペ室とCT用意しておいてください」
黒田「田中、状況は」
田中「臓器損傷が激しかったのでガーゼパッキングをしました。それから、西条先生が脳圧を下げる処置をしました。」
橘「わかった。俺と三井で待ってる。バイタル気おつけて戻ってこい」
田中「はい!」
そして、ヘリがヘリポートに着いた。
ヘリポートでは三井、黒田が待っていた。
黒田「オペ室の準備は出来てる」
三井「CTも用意出来てるわ」
黒田「CT取ったらオペ室に連れてこい。オペ室で待ってる」
田中「はい」
そして、CTを撮ると脳が腫れているだけでそれ以外に以上は見られなかった。
そこでオペ室では損傷した臓器の修復が始まった。
黒田が指示を出しながら三井が手術を執刀していて、田中は助手を、谷口が呼吸管理をしている。
3時間後、無事に手術は終了した。
藍沢がICUに運ばれる。
黒田「田中」
田中「はい…」
黒田「藍沢なんだが、」
田中「植物状態も有り得るってことですよね」
三井「えぇ」
黒田「いや、こいつは目覚める。何日かかるか分からないが…」
田中「黒田先生…」
黒田「目覚めたら、夜中でも良いから電話しろ。まぁ、あと30分ぐらいは書類整理でそこにいる」
田中「わかりました」
三井「私も夜中でも電話して。黒田先生と一緒であと20~30分はそこにいるからけど、その後は優輔が移植を終えて戻ってきたから優輔の所にいるから」
田中「わかりました」
そして、2人はICUを出ていった。
田中は藍沢のバイタルを確認する。
ちゃんと安定している。
藍沢の顔は本当に寝ているだけのように見える。
早く起きて、私も落ち着いて寝たい。
それが田中の本音だった。
田中が藍沢の手を軽く握る。
「起きてよ…」
田中は思わず言ってしまった。
すると…
藍沢が手を握り返してきた。
そして、ゆっくりと目を開けた。
それは、いつもの藍沢の顔だ。
田中「待ってて、先生たち呼んでくる!」
藍沢は返事をするように瞬きした。
田中を先頭に黒田先生と三井先生が走ってきた。救命の医局にいた橘も走ってくる。
橘が挿管していた管を藍沢から外す。
黒田「藍沢」
藍沢「黒田先生!」
橘「どうしてここにいるかわかるか?」
藍沢「トンネル崩落事故の患者の治療をしてて、地下水か何かがにじみ出してるって田中に報告したら天井が落ちてきて、患者のガーゼパッキングをしてる所の上に俺が乗って谷口を庇って。俺は全身に天井のコンクリートを受けて、でもアドレナリンでどうにかなってたからその後赤タグを治療して藤川の治療を終えたら、気が抜けて倒れた」
橘「その通りだ」
藍沢「藤川は?」
田中「大丈夫。バイタル、安定している。」
藍沢「そうか。良かった」
田中「うん」
黒田「田中が藍沢のことを報告してきた時に初療室の空気が凍りついてな。お前もだいぶ信頼されてんだな」
藍沢「黒田先生程じゃないですよ」
橘「黒田先生、そろそろ行きますか。明日もありますし」
黒田「あぁ。寝ろよ。2人とも」
2人「はい」
そして、2人きりになった。
藍沢「すまない。亜依」
田中「えっ?」
藍沢「最後に俺が倒れたから大変だっただろ?」
田中「確かに大変だった。私と西条先生と名取先生と横峯先生と谷口さんでどうにか頑張った。」
藍沢「そうか。」
田中「ねぇ、トロント大のレジデント諦めなくて良い。お願いだから同情なら残らないで」
藍沢「俺は行かない。これは諦めでもお前への同情でもない。俺はまだまだ救命で学ぶ事があった。それに、お前が一緒じゃない医師生活なんてもう想像出来ない。」
田中「えっ…」
藍沢「お前がいなきゃ、俺は今の俺みたいな治療は患者に出来ない。信頼できる仲間がいないと俺は思い切った治療を患者に出来ないんだ」
田中「…」
藍沢「ここじゃなきゃ、この治療の仕方は出来ないんだよ」
田中「…」
藍沢「俺はこの事に今更気づいた。トロントに行ったら、9年前の俺に逆戻りだ。お前は俺が日本に帰ってきた時に、9年前の俺でもいいか?」
田中「それは…いや。」
藍沢「俺も嫌だ。俺は今の藍沢耕作がいい。それにお前との関係も今が今までで一番いい。前には戻りたくない。だから、トロントには行かない。我儘だし、自分勝手だよな。俺って」
田中「西条先生には話した?」
藍沢「これから話すよ。俺はトロントには行けません。まだ、救命で学ぶ事があったのでってな」
田中「そう。後悔しない?」
藍沢「あぁ。黒田先生が戻ってくるなら前はスキルが及ばなくて理解出来なかった治療も今はわかると思うし、身につけられると思うからな」
田中「なるほど。確かにそうね」
藍沢「それに、お前や橘先生もスキルが上がってる。と言うより、救命自体のスキルが上がってる気がする。だから、俺は脳外のレジデント何かに行くよりもここでスキルを上げた方がいいと思ったんだ」
田中「じゃあ、これからも宜しくね」
藍沢「あぁ。明日、西条先生の所に行ってくるよ。ちゃんと話してくる」
田中「うん。でも、明日の朝イチで西条先生と新海先生がここに来るって行ってたよ。藍沢は絶対安静だからなって」
藍沢「そうか。わかった。ありがとう。お前も寝ないと体が持たないだろ?」
田中「うん…」
藍沢「どうした?ここで一緒に寝るか?」
田中「良いの?」
藍沢「良いけど、狭くないか?お前が良ければ。良いけど。骨盤骨折じゃなかったしな」
田中「じゃあ」
そして、藍沢のベッドで田中も寝たのでした。
そして、朝。
ICUを見に来た緋山は藍沢の事が気が気じゃなかった。
ICUの外の窓から藍沢のベッドを見ると、藍沢と田中が同じベッドで横になっている。
ちゃんとバイタルは確認しに行こうと緋山がICUに入った。
すると、ICUのドアが開く音で藍沢が目覚めた。
そして、こちらに目線を向けてくる。
藍沢「昨日は悪かった。」
緋山「えっ?」
突然の藍沢からの謝罪に緋山は思わず声が大きくなってしまい、藍沢が人差し指を口に当ててきた。
緋山「ごめん。あんたがいきなり謝るから」
藍沢「俺の治療のせいで長引いたし、藤川を見てたのは俺なのにお前に任せることになった」
緋山「確かにね。でも同期は大事だし、あんたと藤川が死ななくて良かった。もし死んだら、私は医局長として行けないじゃん?」
藍沢「それは関係ないだろ」
緋山「あるんだよね。あんたが死ぬと横で寝てるやつが立ち直れなくなるでしょ?それに藤川が死んだら大野が立ち直れないでしょ?フェローには慰められないから私がどうにかするハメになるの。それにあんたが生きてないと脳外も救命も困るの」
藍沢「そうか。理由は何にせよ、俺は助かった。ありがとう」
緋山「藍沢さ、ホントに救命に残る?」
藍沢「あぁ」
緋山「私が向こうに行くから?」
藍沢「いや、脳外よりもここで勉強しなきゃいけないことが増えたんだ。」
緋山「そう。じゃあ、また私が戻ってくることになったらきっと今よりいいチームに私は入れるってことね?」
藍沢「そうだな。黒田先生もいるし、成長したフェローもいる。俺たちもいるしな。それより、お前は医局長なんだろ?今の橘先生や西条先生のポジションか頑張れよ」
緋山「うん。できるだけね」
藍沢「そろそろ、起きねぇかな?」
すると、田中が目を覚ました。
藍沢「おはよう」
田中「おはよう…」
緋山「おはよう。よく寝てたね?」
田中「うんって緋山先生?!」
緋山「うん。藍沢のバイタル確認しに来たんだよね」
藍沢「どうだ?」
緋山「大丈夫、安定している」
藍沢「そうか。そろそろ行かないと不味いんじゃないか?2人とも」
田中「えっ?」
藍沢「7時20分からだぞ。今日のカンファレンス、7時半じゃなかったか?」
田中「あっ。行こ、緋山先生!」
緋山「うん。サンキュー藍沢」
藍沢「あぁ」
田中「後でまた来るね」
藍沢「あぁ」
その日のカンファレンス。
橘「早速なんだがみんなに紹介したい人物がいる。」
すると、後ろのドアから以前藍沢が登場したように黒田と三井が登場した。
橘「まず、三井が今日から復帰する」
三井「今日からまたお願いします」
橘「そして、紹介が遅れたがこちらはフェローの4人には新しい指導医として紹介しておく。以前、私のポジションで救命にいらっしゃった黒田先生だ。」
黒田「黒田だ。藍沢、田中、緋山、藤川の指導医もしてた。宜しくな」
橘「色々あって救命を離れていたが戻ってきてくださった。」
黒田「先に言っとくが俺はどちらかと言うと田中や藤川ではなく藍沢よりの性格だ。」
フェローの4人が思わず「えっ…」と声を漏らした。
緋山「黒田先生、それはちょっと間違った説明ですよ。」
黒田「お前が俺なら何て言う?」
緋山「藍沢よりも凄い性格」
黒田「なるほど。まぁ、そうだな」
橘「じゃあ、普段のカンファレンスに戻るな。藍沢と藤川だが」
田中「藤川先生は3日後から地上勤務で復帰します」
橘「藍沢は?」
田中「脳外からは脳の腫れがあったから3日はヘリに乗るの禁止と」
黒田「臓器損傷も同じく最低3日程度は必要だな」
橘「では、3日間の休養。その後4日間の地上勤務で良いですか?」
黒田「良いだろ」
田中「伝えておきます」
黒田「あぁ」
橘「では、以上で今日もお願いします」
全員「お願いします」
黒田「橘、今日のヘリ番は俺が替わる。お前は息子の所に行ってこい」
橘「いいんですか?」
黒田「三井が復帰するならどちらかが行ってやった方が良い。息子を大事にしろ」
橘「はい。お願いします」
黒田「あぁ」
そして、ICU
田中「それで、3日の休養。4日間の地上勤務だって」
藍沢「そうか。わかった。無理するなよ。現場で何かあっても俺は行ってやれないんだからな」
田中「わかった」
そこに、脳外のカンファレンスを終えた新海と西条が現れた。
西条「調子はどうだ?」
藍沢「バイタルは安定してますよ」
西条「それで、トロントのことは考えたか?」
藍沢「俺は行きませんよ。新海に行かせてください」
西条「脳外はもう飽きたか?」
藍沢「脳外でトロントに行くよりここで救命にいた方が面白いと思って」
西条「そうか。新海、お前が行け。トロントに」
新海「わかりました」
藍沢「お前が戻ってきたらお前のスキルを貰うよ」
新海「じゃあ、完璧に覚えてこないと俺のスキルが2人分必要になった時に対応出来なくなっちまうな」
藍沢「そうだな」
西条「じゃあ、藍沢。西条に行かせていいんだな?」
藍沢「えぇ」
西条「新海が行ってる間は藍沢に脳外のコンサルが行くかもな」
藍沢「いつでも呼んでください。ヘリの中じゃなければ行きますよ」
西条「そうか。新海はちゃんと勉強して来いよ」
新海「はい」
西条「救命のスタッフリーダー。藍沢を借りる時があるかもしれないが宜しくな」
田中「はい。わかりました」
西条「それじゃ」
そう言って西条はICUを出ていった。西条の後ろを歩いていた新海が不意に振り返った。
新海「藍沢、お前が倒れると焦るから倒れないでくれ」
藍沢「努力はする。だが、今回みたいなことが無いとは限らない」
新海「そうか。努力してくれ」
藍沢「あぁ」
そして、新海はICUを出ていった。
藍沢「亜依、もしICUのベッドが足りなくなったら言ってくれ。俺が別の所に移動する」
田中「わかった」
その時、田中の電話がなった。
田中「はい」
電話の相手は黒田先生だった。
藍沢のバイタルの確認だった。
藍沢「どうした?」
田中「藍沢先生に変わりますね」
藍沢「えっ…」
田中「はい」
田中が電話を渡してきた。
藍沢「はい」
黒田「お前、今暇か?」
藍沢「はい」
黒田「ピアノの練習は進んでるか?」
藍沢「はい。弾けるようになりました」
黒田「そうか。これから行く」
そして、黒田がICUに入ってきた。
黒田「田中、時間だ。」
田中「えっ…」
黒田「藍沢、ベッドに背を付けろ。ガーゼを替える」
藍沢「ありがとうございます」
そして、藍沢は黒田と田中によって手足のガーゼを替えられた。
黒田「藍沢。名医ってなんだ。その答えは出たか?」
藍沢「出ましたよ。名医はいない。いるとするなら、名医は理想であって決してたどり着くことの出来ない場所です」
黒田「なるほど。俺の答えとは違うがそれも答えだな。」
藍沢「黒田先生の答えは?」
黒田「ん?俺の考えは…そうだな。藍沢と田中の性格が半分ずつのやつがいたら名医なんじゃないか?」
藍沢「なるほど。なら、俺じゃなくて黒田先生と田中の方が良いですよ」
黒田「そうかもな」
藍沢「それで、何か用事があったんですか?」
黒田「あぁ。藍沢、今日予定してたCTなんだが、明日の朝と今日の夜。どっちがいい」
藍沢「今日の夜で」
黒田「わかった。20:30だ。昼ごはんの後は何も食べないでくれ。水は構わん」
藍沢「わかりました」
黒田「じゃあ、俺は。田中、お前は藍沢の担当医だ。藍沢のバイタルちゃんとしとけよ。他の患者は他の奴がついてるから大丈夫だ」
田中「はい」
そして、黒田先生は行ってしまった。
藍沢「黒田先生、俺達のこと信頼してくれてるんだな。だいぶ」
田中「うん。私達も成長出来てたんだね」
藍沢「亜依も思うか?黒田先生に言われると落ち着くよな」
田中「うん」
藍沢「こんなに落ち着いてるなんて珍しくないか?」
田中「ん?救命が?」
藍沢「あぁ」
田中「黒田先生パワーかな?」
藍沢「いつまで続くかな」
田中「藍沢先生が治るまで」
藍沢「あと1時間は何も起こらないで欲しいよな」
田中「うん」
藍沢「俺さ、亜依に救命に戻ってくれって言われて、その後に祭りの出しが民家に突撃した事故があっただろ?」
田中「うん。私が脳外に電話したやつでしょ」
藍沢「あぁ。あの日、嫌な予感がしたんだ。救命にいた時に何かあるかもって時に感じてたその感覚が…だから、帰れなかった。新海や西条先生は当直じゃないのに帰らないのか?って言われたけど」
田中「そうだったの?」
藍沢「あぁ。それで、電話がかかって来た時はやっぱりって思ったし、現場に必要とされてるならそっちで脳外の患者を診た方が良いと思ったんだ」
田中「なるほどね」
藍沢「それに、お前もいるし」
田中「そうね」
藍沢「さっきも言ったが現場で無理はするなよ。患者も大事だがお前も大事だ。まぁ、俺が言えないか」
田中「耕作は私がいる状況だったでしよ?私がちょっと無理するとしたら耕作と一緒の時だよ」
藍沢「そうか」
田中「うん」
藍沢「行かなくて良いのか?スタッフリーダー」
田中「行ってきます。耕作」
藍沢「あぁ。何か会ったら言えよ。黒田先生みたいに声だけで指示とかは俺にもできる」
田中「うん。もしかしたら頼むかもね。その時は宜しく」
藍沢「あぁ。それじゃ、行ってこい」
田中「うん。行ってきます!」