藍沢と田中 其の一
ここは翔華大学附属南部病院の救命センター。
ここにはドクターヘリがあり、フライトドクターやフライトナースが毎日のように入る出動要請に備えていた。
フライトドクターは橘、三井、藍沢、田中、緋山、藤川。
フライトナースはベテランの大野、新人の谷口。
そして今はフライトドクター候補生のフェローの今井、名取、横峯もいた。
そんなある日の夜。
スタッツルームにはフェローシップの書類を記入する田中が1人残っていた。
そこに、ICUから帰ってきた藍沢がきた。
今日の当直は藍沢と橘である。
だが、橘は息子のところに行っているので、実質は藍沢1人の当直だ。
藍沢「帰らなくて良いのか?今日は当直じゃないだろ?」
田中「帰ったら、実質、当直が1人になっちゃうでしょ?それに、今はこれを書かないといけないの」
そう言いながら、田中が藍沢に見せたのはフェローシップに関するフェローの指導計画書だ。
藍沢「フェローの指導計画書…」
田中「そう!一ヶ月見たくらいじゃわからないって。」
藍沢「それなら、俺も考える。フェローの指導は、俺も手伝う。お前は1人で抱え込みすぎだ」
田中「手伝ってくれるの?」
藍沢「あぁ。でないとお前と過ごす時間が減る」
田中「ありがとう」
藍沢「で、どいつのがうまく浮かばないんだ?」
田中「あぁ、この人なんだけど」
そして、2人は一緒に1時間近くかけてフェローの指導計画書を記入した。
そして、次の日の朝…
カンファレンスが終わったあと、ドクターヘリ要請のホットラインがはいる
今日のヘリ番は田中と大野そして、フェローの今井、パイロットは梶さんだ
ヘリ番の田中がホットラインに出る。
それと同時に藍沢が仕事用のiPhoneでCS室に電話をいれる。
田中「こちら、翔南救命センター」
消防「こちら、○○消防。森林公園で転倒している女性を発見、意識混濁」
田中が大野の顔を見ると、大野が頷く。
消防「ドクターヘリお願いします」
田中が一瞬藍沢を見ると藍沢がグーサインを送ってきた。
これは、CSに確認していた藍沢からのヘリが飛べるという合図だ。
このグーサインはここの病院の救命センター統一でヘリが飛べるという合図になっている。
それを確認し、田中が答える。
田中「わかりました、こちら翔南救命センター、そちらに向かいます。患者の状態は追って教えてください」
そして、CSからの放送が救命センターに響く。
CS「ドクターヘリ、エンジンスタート。ドクターヘリ、エンジンスタート」
ヘリ番の3人が乗るとヘリは飛びたった。
そして、ランデブーポイントについた3人は消防の先導で患者のもとへ走った。
患者は宮野という女性。意識不明で田中の診察結果、脳梗塞の恐れがあることがわかった。
ヘリに患者を乗せ、3人が乗りヘリが飛びたった。
しばらくして、患者の宮野が嘔吐した。
すると、すぐに患者の吐瀉物をあびた大野が意識を失った。
横を見ると今井も吐き気に襲われているようだ。
すると、田中も目眩に襲われる。
田中「梶さん!何かわからないんですけど機内の空気が汚染されてます!窓、開けます!」
すぐに、田中、梶が窓を開け、今井も横の窓を開ける。
田中「匂いがない…神経ガスかな…」
田中が独り言のように呟く…
梶「田中先生、大丈夫か?」
ドクターの田中を心配して梶さんが声をかける。
田中「私はまだ大丈夫です。それより梶さん、操縦室と治療室の換気をやめて下さい。梶さんが倒れるとまずい」
梶「了解、CSにこのこと伝えた方がいいんじゃないか」
田中「そうします」
田中は一瞬目をつむるとすぐに無線のスイッチを上げて、足でペダルを踏んで話し始める。
田中「こちら翔南ドクターヘリ。ヘリの機内で患者が嘔吐。吐瀉物をあびた大野さんが…意識を失いました。今井、田中も吐き気、目眩に襲われています。」
それを聞くと初療室にいた藍沢は隣のCS室に走った。
藍沢「あと、何分ですか」
CSの町田が答える。
町田「およそ5分です」
すると藍沢がCS室のマイクで田中に語りかける。
藍沢「田中、除染の準備をしておく」
田中「おねが…」
次の瞬間、『バタン』という音が無線から聞こえてきた。そして、今井の声が聞こえる。恐らく田中が無線のペダルを踏んだままなのだ。
今井「田中先生…田中先生!藍沢先生!田中先生が意識を失いました!」
明らかに動揺しながらも状況を伝えてきた今井に藍沢が冷静に語りかける。
藍沢「今井、よく聞け。田中は大丈夫だ。」
今井「えっ…」
藍沢「落ち着け…。田中の身体をゆっくり起こして、座席の背もたれに背中を付けさせろ。そしたら、ヘリに常備されている酸素マスクをつけさせるんだ。お前も体調の変化に気をつけろ。何かあったら、無線で報告しろ」
今井「はい…」
今井が返事をすると藍沢はCS室を出て初療室の端にある棚に走った。
その後ろを名取たちフェローが追う。
名取「除染の準備ってなにが起こったんですか」
藍沢「患者が毒物をのんでいたかもしれない」
名取「えっ…」
すると、藍沢が初療室から廊下に出てヘリポートに走りながら電話をかけた。
その相手は今、会議に参加している橘だ。
藍沢「…ヘリに乗ってる全員が汚染されている可能性があります」
橘「わかった。初療室とヘリポートそれから緊急外来は立ち入り禁止にしてもらう。患者の移動はこっちでやる」
そして、患者の移動が始まった。ちょうどその時に食堂から緊急外来にエレベーターで降りてきた藤川、緋山は目の前に患者が溢れているのを見て思わず看護師に問いかける。
緋山「広田、どうした?何があった。」
広田「初療室、緊急外来は立ち入り禁止になりました。ドクターヘリの機内が汚染されているそうです」
緋山「ヘリが」
藤川「汚染!?」
それを聞き、藤川と緋山は違う方向に走り出した。
初療室に走る緋山、患者の移動の指揮をとる藤川…
そして、準備が整った時ヘリがヘリポートに着陸した。
ヘリのドアが開くと今井が逃げるようにヘリから降りてきた。
フェロー2人が同じくフェローの今井の元に走ろうとするのを藍沢が、止める。
藍沢「名取、横峯。お前らまだ接触するな。医者が全員倒れるのはまずい」
今井に藍沢がかけよる。
藍沢「大丈夫か?身体状況教えろ」
今井「えっと…患者さんが嘔吐して大野さんが…」
藍沢「まず、全身洗え!」
そう言って、藍沢が看護師に今井を託す。
すると、ヘリの反対側からストレッチャーを押しながら走っていく緋山が藍沢に言った。
緋山「藍沢!田中が!」
藍沢「わかった」
そして、藍沢はヘリの座席にぐったりともたれかかりながら酸素マスクをつけている田中にかけよる。
藍沢「田中、わかるか?」
藍沢は田中に声をかけながら備え付けの酸素マスクを素早く外す。そして、対光反射を確認し、藍沢は目線を身体、全体に向けると、足元に患者の吐瀉物があった。
吐瀉物をあびていたのは大野だけではなかったのだ。
田中の身体を横抱きにしてストレッチャーに乗せると、藍沢は田中を除染に連れていく。
今井「目眩、吐き気、顔面紅潮があった。匂いは…すみませんまだ思い出せません」
藍沢「わかった。思い出したら教えろ。思い出せないなら匂いが無かったのかもしれない。名取、聞こえたか?毒物の特定急げ」
名取「はい!」
藍沢「匂いがない…。神経ガスか…」
そして、初療室…
藤川「藍沢…これどうなってんだよ!」
藍沢の代わりに橘が藤川にこたえる。
橘「今、毒物特定中」
橘が指さしたホワイトボードには10種類ほどの毒物が書かれている。
医師も看護師もここにいる全ての者が毒物を特定すべく考えている。
藍沢「思い出せ…思い出してくれ今井。お前が患者と一番近くにいたんだ。その時の状況を、思い出してくれ。呼吸状況、目の見え方、音の聞こえ方…どんな小さなことでもいい。思い出してくれ…」
その発言の最後の方は医師としての藍沢の発言ではなく、1人の男。藍沢耕作としての言葉だった。
そして、今井が口を開いた。
今井「吐き気がして、眩暈がして、呼吸が速くなって…匂い」
藍沢「匂い?」
今井「甘い匂い…いや、甘酸っぱいかな?」
梶「でも、田中先生がヘリの中で毒物を考えてる時は匂いがない…神経ガスかなって言ってたよな?」
藍沢「お前が感じて、田中が匂いを感じない…」
一瞬目を閉じて、ハッキリ言った。
藍沢「シアンだ…」
藍沢の視線を感じて橘が頷く。
すぐに解毒剤が投与された。
処置が終わり、ICUに宮野、大野、田中が並んで寝かされた。一番救命のデスクに近いのは田中のベットだ。
HCUには、今井、梶が並んでベットに座っていた。
その時、初療室では…
藍沢「うっ…はぁはぁはぁ…」
橘「藍沢!?」
橘がすぐに酸素マスクを藍沢につける。
橘「ゆっくり、呼吸しろ。ゆっくりだ」
藍沢「はぁ、はぁ、はぁ〜」
呼吸がだいぶ落ち着いたのか、藍沢が話し出した。
藍沢「大丈夫です…。はぁ、はぁ…久しぶりで…自分も驚きましたが…喘息の発作だと思うので」
橘「そうか…」
そう言うと、橘は錠剤と水を手に藍沢の横にしゃがんだ。
橘「これ飲めるか?」
橘が手渡したのは、喘息患者に処方する薬だった。
藍沢は橘に頷いてそれを受け取り、飲んだ。
その日はICUに運ばれた人は誰も目を覚まさず、夜になった。
名取、横峯、緋山は家に帰った。
藤川は付き合っている大野の横に、藍沢も同じように田中の横にいたが…藍沢はその場を離れICU、HCUの前の長椅子に座った。
すると横に誰かが腰を下ろした。
梶「藍沢先生、すまないな。」
藍沢「えっ?」
梶「無線で報告する前に俺は田中先生に言われたんだ。『梶さん、操縦室と治療室の換気をやめて下さい。梶さんが倒れるとまずい』ってな。俺はあの時、内部での換気をやめた。だが…」
藍沢「田中の判断は正しいと思います。もちろんそれに従った梶さんの判断も。俺が田中の代わりにヘリに乗ってもそうしたと思う。それに、梶さんは毒物におかされながらも田中と大野、今井そして患者を病院に連れてきてくれた。だからこそ、全員のバイタルが安定してるんですよ。もし、ドクターヘリが墜落してたら、あいつらは一命を取り留め無かったかもしれない…。ありがとうございます…」
梶「そうか…。藍沢先生でもそうするのか。じゃあ、俺はベットに戻るわ。藍沢先生、少しは寝ろよ。田中先生が目を覚ました時に目の下にクマがあったら逆に心配させるだろ」
藍沢「はい。わかりました」
そして、藍沢は田中のベットの横の椅子で眠った。
次の日の朝…
病院に来てICUを見に来た橘が驚いて、ドアで止まると後ろを歩いていた三井に怒られた。
三井「ちょっと、いきなり止まらないで」
橘「あぁ、悪い。見てくれよ、あいつら」
橘に言われて見たICUの中には、同期であり恋人である仲間の事が心配だったのかそれとも目をいつ覚ましても良いようにとずっと横にいたのか。どちらかはわからないが横の椅子で眠ったであろうか2人の医師が当直でもないのにICUで寝ていた。
橘「なぁ、目…覚めるよな」
三井「えぇ…きっと」
そして、2人はスタッフルームに行った。
その頃、スタッフルームに来た緋山は、いつもなら来ている藍沢、藤川の姿がないことに驚いた。
緋山「橘先生、藍沢は?」
橘「藍沢はICU、田中の隣の椅子」
緋山「じゃあ、」
三井「藤川先生は大野さんの隣の椅子よ」
緋山「あ、はい」
三井「そろそろカンファレンスが始まるし、2人とも呼んできてくれる?」
緋山「はい!」
返事をして部屋を出ていく緋山を見て橘が言った。
橘「おいおい、お前が呼びにいかないのかよ」
三井「私が行ったら恐縮しちゃうでしょ。それに、同期の状態は知っておいた方がいい」
橘「ま、そうだな。田中の仕事は藍沢に任せるか」
そう言った橘に顔を向けた三井はその後に立つ、梶、今井の姿に気がついた。
三井「今井先生、梶さん!」
橘「おいおい、今井。大丈夫なのか?」
今井「はい。念のため、ヘリ番は変わってもらいたいのですが、地上勤務はやります」
橘「そうか。何かあったら…」
藍沢「俺に言え」
今井「えっ…」
藍沢「お前達のフェロー指導計画書を書いたのは田中だけじゃない。俺も書いた。何かあったら、俺がその場にいるなら俺に言え」
橘「だそうだ。藍沢がいない時だけ俺に言ってくれ」
藍沢「それより梶さんは大丈夫ですか?」
梶「おう、大丈夫だ。副操縦士としてヘリに乗ろうと思う。」
三井「無理はしないで下さいね」
早川「今日は元々、自分がヘリ番の日ですよ。特に何もなければ梶さんは病院にいてください」
藤川「早川さん…」
早川「いきなりシフトを変えないでください」
藤川「じゃあ、今日ヘリの要請があったら、早川さんの操縦か。お願いします!」
早川「えぇ。お願いします、藤川先生」
谷口「お2人とも宜しくお願いします」
藤川「おう」 早川「えぇ」
そして、カンファレンスのあと…
ICUを見て回る橘たち…
橘は1人の女性の前で足を止めた。
『宮野明美』
研究所の職員なのかIDカードから判明したが年齢は20歳。
現在の国籍は日本。
緊急連絡先は『宮野志保』続柄は妹と記されている。
昨日のシアン騒ぎの患者だ。
橘は早速その妹に電話をした。
すると、電話口の向こうから声が聞こえた。
志保「はい…お姉ちゃん?今、組織の研究所にいるから昼ぐらいに抜け出して公衆電話からかけ直す」
それだけ言うと、電話は切れた。
橘は電話を待つことにした。公衆電話からの電話を…
昼頃、橘のデスクに置かれた電話がなった。『宮野明美』のものだ。
橘「はい」
志保「えっ?」
橘「私、翔華大学附属南部病院救命センターの橘と申します。宮野明美さんのご家族の方ですか?」
志保「はい、妹の宮野志保です」
橘「お姉さん何ですが、千葉県の森林公園で倒れているところを公園職員に発見され、脳梗塞の疑いがあったので意識不明の状態でこちらにドクターヘリで運ばれました。実際は脳梗塞ではなくシアン化合物によるものでしたが、今も意識が戻りません」
志保「そんな…」
橘「こちらに、来れますか?」
志保「…明日。明日の早朝なら」
橘「何時でも構いませんよ。今日は私が当直ですから」
志保「研究所で働いているので4時ぐらいでも…」
橘「わかりました。」
志保「それから、私の携帯への電話なんですが、あれは研究所の携帯なので全部ほかの者に聞かれてしまうんです。ですので…」
橘「では、意識が戻ったら、1回だけコールを鳴らします。危険な状態に陥った時は鳴らし続けます」
志保「わかりました」
橘「では」
志保「姉をお願いします」
そして電話が切れた。
すると、隣にいた藍沢がICUにいた谷口から声をかけられた。
谷口「藍沢先生、大野さんが目を覚ましました」
藍沢「わかった、すぐ行く」
そして、藍沢の後ろについていくようにして橘が大野のそばに行くとそこには藤川も来ていた。
そこで、藍沢が麻痺などがないか確認していく。
大野「藤川先生、私のバイタルはどう?」
藤川「安定してる」
藍沢「大丈夫だ。麻痺も見当意識障害も見られない。」
藤川「良かった」
橘「ゆっくり休め。無理はするな」
大野「はい」
藍沢「じゃあ」
そう言って、藍沢がスタッフルームに戻っていく。
橘も戻ろうとしたが、振り向いて藤川に言った。
橘「何かあったら、電話をいれる。お前達は2人で話でもしてろ」
藤川「はい!」
そして、橘は戻る途中、田中のバイタルを確認した。安定しているが、目を覚まさない。
そして、その日が終わった。
次の日の朝4時…
スタッフルームを1人の女性が訪れた。
橘「どうされました?」
志保「宮野明美の妹の志保です」
橘「こちらにどうぞ」
そう言って、橘はICUの隣の会議室に志保を通した。
橘「…それで、お姉さんが自殺未遂なのか意図的に誰かに飲まされたかはまだわからないんです」
志保「多分、組織の人間によるものです。組織調査を行います。もし、誰かが面会に来ても誰も通さないでください。姉にも私にも親族はもうお互いしかいませんから」
橘「わかりました」
志保「あ、でも。諸星大。彼だけは通しても良い。お姉ちゃんの彼氏だから。」
橘「わかりました。それじゃあ、こちらにどうぞ」
そう言って、橘は妹を姉のもとへ連れていった。
妹が手を握ると、宮野明美が目を覚ました。
志保「お姉ちゃん…」
橘がすぐにチューブから酸素マスクに変える。
明美「志保…、どうして、あなたが?大丈夫なの?」
志保「お姉ちゃんの運ばれたこの病院から昨日の朝、電話がかかってきたのでも、研究所にいたからお昼に公衆電話からかけ直したら、お姉ちゃんがシアン化合物のんだって…」
明美「シアン?まさか…」
志保「危なかったんだと思う。私の研究がなかなか進まないから…」
明美「多分、ジンね…気をつけるわ。志保も気をつけて」
志保「でも…」
志保が目線を橘に向ける…
橘「麻痺も見当意識障害も見られない。大丈夫だ」
それを聞くと明美が言った。
明美「そろそろ、時間でしょ?私はここにいるから。あなたはこれ以上ここにいると危ないでしょ?行きなさい。退院したらファイブコールする」
志保「そしたら、また私から連絡するわ」
明美「うん」
志保「姉をお願いします」
橘「はい」
そして、志保がICUを出ていった。
橘「大変なんだな」
明美「えぇ…。それより、シアンだったって。私の治療をしてくださった方は大丈夫ですか?」
橘「治療をしていたのは1人のフライトナースと1人のフライトドクター、そして1人のフライトドクター候補生だ。そして、パイロットが1人同じヘリに乗っていた」
明美「その人たちは?」
橘「フライトドクター候補生とパイロットはその日のうちに回復した。フライトナースは昨日目が覚めた。麻痺も見当意識障害もない。だが、フライトドクターとして乗っていた田中はまだ目を覚まさない」
明美「えっ…」
橘「バイタルは安定してる。あとは目を覚ますだけだ。」
明美「ごめんなさい…」
橘「謝る必要は無い。お前がのもうとしてシアンをのんだわけじゃないんだろ?」
明美「でも…」
橘「今日こそは目を覚ますだろう…」
すると、田中の横にいた藍沢が起きた。
藍沢「おはようございます。橘先生」
橘「あぁ。バイタルどうだ?」
藍沢「安定してます」
橘「そうか…」
藍沢「田中…目を覚ましてくれ。俺は、お前と話がしたい」
普段は決して泣くことのない藍沢が涙を流した。
その涙は、田中の腕に落ちていく…。
藍沢「田中…」
すると、藍沢が握っていた田中の手が藍沢の手を握り返した。
橘がすぐにチューブを抜いて酸素マスクに変える。
藍沢「田中!」
すると田中がスーと目を開けた。
田中「藍沢先生、橘先生…」
橘が麻痺を確認する。
橘「大丈夫だ。麻痺も見当意識障害もない」
藍沢「良かった」
田中「…」
橘「じゃあ」
そう言って、橘がスタッフルームに戻る。
そして、田中が藍沢に視線を向ける。
藍沢「目を覚ますのが遅すぎだ。お前が一番最後だ」
田中「えっ…」
藍沢「今井と梶さんは2、30分後には意識がしっかりした。大野は昨日の午後に目を覚ました。そして、お前の10分ぐらい前に宮野明美が目を覚ました。そして、お前が最後だ」
田中「ありがとう…」
藍沢「何が?」
田中「隣にいてくれて…私が目を覚ました時…」
藍沢「当たり前だ」
田中「それに、それ。フェローの指導計画書。書いてくれてたんだね」
藍沢「あぁ」
田中「速く、現場に復帰できるようにするね」
藍沢「えっ…」
田中「このままで、藍沢先生に倒れられると困るし」
藍沢「大丈夫だ。お前はゆっくり治せ」
田中「嫌なの。藍沢先生と同じ職場に立ちたいの」
藍沢「わかった。わかったから…今はちゃんと休んでくれ」
田中「藍沢先生…」
藍沢「俺もお前と一緒に仕事もプライベートも過ごしたい。でも、今は休め。ちゃんと元気になってヘリで飛べるようになってから同じユニフォームを着ろ」
田中「わかった」
この話を聞いていた人物がいた。
それは、たまたま廊下を通りかかった脳外科の部長をしている西条だ…
そして、西条は成長した2人の姿を見て音を立てずに廊下を歩いて行った。
藍沢「フッ。まだ4時だ。もう少しお前は寝てろ」
藍沢が田中の頭を撫でる。
田中「藍沢先生?」
藍沢「ん?」
田中「ちゃんと寝てないでしょ。」
藍沢「そうだな。お前が心配だったから」
田中「寝てきていいよ。バイタル安定してるし…」
藍沢「あぁ…でも…」
田中「それとも、腕だけ貸してあげようか?」
藍沢「いや、そんなことしたら、お前が寝れなくなるだろ。お前が寝たら、仮眠室で寝てくる」
田中「うん」
そして、藍沢が手を握ってくれたおかげで田中は落ち着いて寝始めた。
それを見て藍沢は仮眠室に行った。
その日の朝のカンファレンス…
そこには、橘、三井、藍沢、藤川、緋山、谷口、そしてフェローの姿があった。
橘「大野、田中も目を覚ました。後遺症は見られないが今日、明日は休みにさせてある。覚えておいてくれ」
そこにドクターヘリの出動要請が入った。
ヘリ番は藤川、名取、谷口がヘリポートに走り出す。その後で橘が言う。
橘「一般道で玉突き事故だ。出来るだけ多くの人が現場に必要だ。私と緋山、三井そして横峯お前は現場に向かう。こちらでの処置は藍沢、今井2人が中心で頼む。」
そう言うと、橘が全員を見渡す。
今井「えっ…」
田中「こっちは私と藍沢先生でまわします。そっちに連れてってあげてください」
その発言に、驚いて声がした方をみると会議をしている部屋とICUの間のドアの部分に、ベット休養を言い渡されていた田中、大野がいた。
大野「藍沢先生と田中先生のフォローは私が入ります」
橘「…」
田中「自分に出来ることをさせて下さい」
橘「わかった。今井、お前は三井と一緒に来い」
今井「はい」
そして、タッチアンドゴーでヘリが何度も来る。
初療室が一段落した時、CSから連絡が入った。
CS「現場の医師が足りないようです。誰か行けますか?」
その言葉にその場にいた誰もが息をのんだ。
そこに、脳外科部長の西条先生、そして同じく脳外科の新海先生が現れた。
西条「藍沢、こっちはどうにかしておくお前、行ってこい。」
すると、着替えに行っていた田中が戻ってきて西条に言った。
田中「私も行かせてください!」
西条「フッ。ユニフォームに着替えてきたってことは止めても行くんだろ?行ってこい。体調が悪くなったらヘリで患者として戻ってこい」
そう言うと、目線を動かした。そこには田中と同じようにフライトナースのユニフォーム姿に身を包んだ大野がいた。
西条「お前もか?…行ってこい」
大野「はい!」
そして、藍沢がCSに連絡をいれる。
藍沢「ドクター2名、ナース1名が行けます」
CS「了解です。5分後到着予定です。お願いします」
藍沢「了解」
田中「行こう」
藍沢「あぁ」
田中「西条先生、新海先生。こっち、お願いします」
2人「了解」
藍沢「田中、行くぞ…」
田中「うん…」
そして、3人は走って行った。
ヘリに乗ると、パイロットは梶さんだった。
梶「藍沢先生と田中先生に大野さんか…久しぶりの組み合わせだな」
田中「そうですね」
藍沢「現場はどうですか?」
梶「あぁ、かなり酷い。10台以上が絡む事故だ」
藍沢「わかりました」
着いて早々藍沢、大野、田中はそれぞれ違う場所に走った。
大野は緊急オペをする橘のフォロー。藍沢と田中はそれぞれが赤タッグの患者の治療に…
そして、治療が終わった時、藍沢と田中、大野は一緒にいた。
そこに橘が後ろから声を掛けてきた。
橘「お前ら、まだ残ってたのか?」
田中「えっ…」
橘「病院での治療担当の奴がどうしてここにいる」
藍沢「実は…」
藍沢は西条先生と新海が来てのでフライトドクターとフライトナースは現場に行けと言われたと言った。
橘は苦笑すると、藍沢に言った。
橘「じゃあ、じゃんけんだな。」
3人「えっ…」
橘「4人いるんだ。勝った1人が患者用のストレッチャーだ。」
そして、じゃんけんをした結果は橘、田中がドクター用の座席、大野がナース用の座席。そして、藍沢が患者用のストレッチャーに寝ることになった。
藍沢「えっ…俺…」
橘「ほら、行くぞ。藍沢!お前が一番最初に横から乗れ」
橘に言われ、藍沢が仕方なく患者用のストレッチャーに寝そべった。
藍沢はすぐに自分の異変に気がついた。
呼吸が…上手くできない。
藍沢「…」
橘「どうした?藍沢。身体がおかしいか?」
藍沢「……大、丈夫…です」
田中「藍沢先生?」
藍沢「大丈夫。たいしたこと…ない…」
そう言いながらも顔を歪める藍沢
橘「どおした?またか?」
藍沢が明らかに顔を歪めている。
田中「発作?」
藍沢「はぁ、はぁ…座っていいですか?この上に」
橘「あぁ…楽な体勢をとれ」
藍沢が起き上がり、苦しそうに呼吸をする。
橘がすぐに喘息患者用の薬と水を手渡し、藍沢がすぐに服用する。そして、橘が手渡す酸素マスクをつけた。
しばらくして、落ち着いてきたのか、藍沢が話し出す。
藍沢「俺、喘息持ちなんだ。ちっさい頃からずっと…。大人になって、ずっと喘息の発作は無かったのに、この前発作が起きて…」
橘「初療室での処置が全員終わって初療室の消毒をしおわったらいきなり藍沢が苦しみ出してな」
藍沢「橘先生に初療室で治療してもらったんだ」
田中「えっ、それっていつ?」
橘「シアン騒ぎの後。初療室の消毒が終わってからだ」
藍沢「ホントにあれはびっくりしましたよ。高校生や大学生のときでさえ発作を起こさなかったのに、この歳で喘息の発作を起こすとは」
橘「あぁ、そうだな。まぁ、ここにいれば他のどこの部署よりも対応のスピードは速い。喘息の発作が起きてもすぐに対応できる。」
藍沢「薬があれば自分ひとりでもどうにかなりますよ」
田中「そう?でもそれはダメ。発作が起きたらちゃんと患者として処置されなさい」
藍沢「他に人がいればな」
大野「少なくとも、ここにいる人がその場にいたら自分で治療せずに任せてくださいね」
藍沢「あぁ」
田中「で、今はもう大丈夫?」
藍沢「あぁ…平気だ」
橘「藍沢、一応精密検査を受けてくれ。これはお前の担当医師としてだ」
藍沢「わかりました」
橘「田中、お前もだ。藍沢と一緒に明日は色んな検査を受けてこい」
田中「えっ、はい」
そして、病院に着いた。
田中と藍沢はダブルサイズのベットの個室に割り振られていた。
橘「悪いな。この部屋しか空いてない」
それだけ言うと、橘は部屋を出ていった。
藍沢と田中がダブルのベットのうえに放置される。
外では、雨が降ってきたのか雨の音と雷の音が聞こえる。
藍沢「お前がここで寝ろよ。俺は向こうで寝るから」
そう言って指さしたのは、部屋に置いてあるソファーだった。
田中「ううん。ダブルサイズだし、藍沢先生が隣で寝ても大丈夫だよ」
藍沢「じゃあ、お前が耕作って呼び捨てするならここで寝る」
田中「耕作、一緒に寝よ」
藍沢「何で?」
田中「だって、耕作の寝る場所がなくなるし」
藍沢「俺はソファーでも寝れる。心配要らない」
田中「そうじゃなくて…」
藍沢「フッ。素直じゃねぇな。雷が怖いんだろ?」
田中「何でわかるの!」
藍沢「昔からそうだった」
田中「……お願いだから、一緒に寝て…」
藍沢「わかった」
そう言うと、藍沢はベットに座っている田中の横に横になった。
田中「ありがとう」
そう言いながら、田中も藍沢の横に横になった。
藍沢「お前がヘリから連絡してきて、お前が倒れたあと、動揺しながらも今井が連絡を続けたんだ。『藍沢先生!田中先生が意識を失いました!』ってな。俺は、その時お前のヘリに瞬間移動したいぐらいの気分だった。どんな毒物なのか…頭の中を毒物の名前が駆け巡った。」
田中「耕作…」
藍沢「で、お前の処置が終わって、初療室の消毒をしたあとに今度は自分が発作がおきて。ホントに死ぬかと思った。子供の時以来、喘息の発作は起きてなかったから凄く苦しくて…」
田中「耕作もたたかってたんだね」
藍沢「田中ほどしゃない」
田中「私のこと…亜依って呼んで」
藍沢「亜依」
田中「明日はデートかな」
藍沢「はっ?明日は精密検査があるから1日中院内を行ったり来たりしないといけないだろ」
田中「橘先生は藍沢と一緒にまわれって言ってたから…」
藍沢「まぁ、確かに2人だしデートみたいだな」
田中「やった!」
藍沢「でも、どうせ救命のユニフォーム、着ていくんだろ?」
田中「まぁ、そうね。何かあったら困るし…」
藍沢「それに、俺の担当医は橘先生だが、お前の担当医は俺だ」
田中「そうなの?」
藍沢「あぁ。悪かったな。橘先生じゃなくて」
田中「良かった…藍沢先生で」
藍沢「えっ?」
田中「橘先生に診てもらうより、藍沢先生に診てもらう方が良い。安心する」
藍沢「そうか。」
田中「うん」
少しの沈黙のあと…
藍沢「なぁ、亜依」
田中「ん?なに?」
藍沢「結婚して」
田中「えっ…」
藍沢「こんな仕事してるから、大事な日をしっかり祝えるか分からないし、誕生日とかもちゃんと祝えないかもしれないけど…こんな俺でもお前が良ければ…」
田中「私で良いの?」
藍沢「あぁ、お前じゃないと嫌だ」
田中「じゃあ、決まり。結婚しよ」
藍沢「亜依、左手貸して」
田中「うん」
すると、藍沢が田中の左手の薬指にシンプルだけどとても綺麗なリングをつけた。
田中「えっ…この結婚指輪って、この前の!」
そう、この指輪は同期の田中、藍沢、藤川、緋山、そして先輩であるナースの大野と5人で近くのショッピングモールに行ったときに入った宝石店で一番高い値段で置いてあった結婚指輪だ。
藍沢「気に入るといいんだが…」
田中「ありがとう!しかも真ん中のダイヤだけ色が違うと思ったら真ん中は誕生石なのね」
藍沢「あぁ…サイズは大丈夫か?治療の邪魔にはならないか?」
田中「大丈夫」
藍沢「そうか」
田中「結婚するって決まったなら、耕作がソファーで寝る理由はもう無いね」
藍沢「そうだな」
次の瞬間大きな雷が鳴り、田中が思いっきり藍沢に抱きついた。
震える手で藍沢に抱きついた田中の背中に手をまわし藍沢も抱き返す。
藍沢「怖いなら、引っ付いてろ。お前が平気になるまで」
田中「うん…」
藍沢「大好きだ、亜依」
突然の愛の告白に驚いたが田中も藍沢と同じ気持ちだったので言った。
田中「私も」
それからずっと2人は抱き合っていた。
いや、田中が抱きついてくるのを藍沢が受け止めていたと言ってもいい。
どれぐらい時間が経ったか…
ドアをノックする音が聞こえる。
慌てた2人は手を布団の中で繋いだままだが抱き合うのをやめて、藍沢がノックに応える。
藍沢「はい」
すると、緋山、藤川、大野がはいってくる。
緋山「藍沢、田中!ご飯行かない?」
田中「えっ…」
緋山「あれ?どうして2人で寝てんの」
田中「それは…」
藍沢「ベットが1つしか無いからだ」
緋山「えっ…」
田中「着替えて来る。私服に。ちょっと待ってて」
そう言って、カーテンスペースに行って着替える田中を見て、藍沢がベットの上に私服をだした。
それを見て緋山と大野が廊下に出る。
いきなり上の服を脱ぎ、白のTシャツを着る藍沢。
その藍沢の腹の腹筋を見て藤川が言う
藤川「お前、腹筋割れてんの!」
藍沢は驚くことではないという顔をして答えた。
藍沢「あぁ」
着替え終わった藍沢と田中の私服は思っていたよりもセンスが良かった。
藍沢は黒のシンプルなTシャツにジーパンというスタイルだっだ。それに、白のジージャンを着ていた。
田中は黒のスカンツに白のTシャツそして重ね着のジーンズ柄の薄い上着を着ていた。
そして、病院の食堂に着き、ご飯をそれぞれ頼む5人。
そこに、橘と三井そしてその子供の優輔。そして、パイロットの早川があらわれた。
三井「あれ?藍沢先生と田中先生は?」
と三井先生。恐らく私服で藤川の隣にいる2人がその2人だと思っていないのだろう。
すると、藍沢が
藍沢「お疲れ様です。三井先生」
田中「橘先生」
三井「あ、ごめん。私服でわからなかった!」
藍沢「いえ、普段は私服でここにいませんから」
田中「優輔君、こんばんは」
田中に挨拶されて少し照れ気味に優輔も挨拶する。
優輔「こんばんは」
早川「皆さんお疲れ様です」
と早川さん。
緋山「お疲れ様です、早川さん」
そして、楽しくご飯が始まった。
しばらくして…
緋山「ちょっと、田中。あんた、左手見せて」
田中「えっ、うん…」
田中が左手を見せる。
その場でご飯を一緒に食べていた藤川、大野、三井、橘、早川、優輔も緋山につられて田中の左手を見る。
緋山「あんた、これ誰に貰ったの!」
緋山が田中の左手の薬指にハメられている指輪を指さして言った。
田中「えっ…」
田中が思わず困ったような顔をして藍沢を見る。
藍沢「…」
田中の視線に気づき藍沢が田中を見る
田中「耕作…」
緋山「えっ…」
田中「藍沢先生に貰ったの」
緋山「はっ?藍沢って田中のこと好きだったの?」
藍沢「悪いか?」
緋山「えっ…いや…」
橘「やっと渡せたのか。良かったな」
藍沢「はい」
優輔「おめでとう。受け取ってもらえたんだね」
藍沢「あぁ」
早川「あ、あの。緋山先生」
緋山「ん?」
早川「結婚を見据えて、お付き合いしてください!」
緋山「へっ?わたし?」
早川「はい!」
緋山「私でイイの?」
早川「はい」
緋山「ぜひ」
三井「おめでとう」
そして、ここに集まった9人はジュースで乾杯した。