魅惑の……
「ふっふっふっ……」
暗がりの中、一人の女性に近づく人影が。
「いや、やめて……やめて下さい……」
女性は後ずさる。
女性は暗くても分かるほど凛々しく、整った美しい顔をしている。
しかし、その普段なら格好いいという印象を与えるであろう顔は今は恐怖に彩られている。
「ふっふっふっ……」
尚も近づく人影。
「いや、いやぁ……」
女性は幼児退行したかのように、いやいやをしながら後ろに下がっていく。
だが、遂に壁にまで追い詰められてしまった。
「ひっ……」
「もぉ、逃げるのは、終わり……?」
人影は女性に話しかける。
意外にも高く、可愛らしい声だ。
「やっ、いや…………
………………アアーーッ」
もうお分かりの方も多いと思うが、この二人はクテイとルキリヤだ。でないとこの物語は全年齢対象でなくなってしまう。
何をしているのかというと、闇組織潰しから帰った後、着替えやらなんやらを済ませた後のこと。
クテイがルキリヤから報酬を貰っているのだ。
つまりは…………
「もふ、もふぅ……♪」
である。
「ちょっ、クテイさん、強いです。耳と尻尾は敏感なので、もっと優しく…………あんっ!」
クテイは、最早普段の無表情どこいった? と言いたくなるような恍惚とした、ふにゃっとした表情を浮かべている。
ここが宿屋の部屋でなければ、到底見せられないような顔だ。
ボッコボコにされた闇組織のメンバーが見たらなんと思うだろうか?
ちなみに可愛らしいパジャマを着ている。
対してルキリヤは、クテイのもふりが気持ちよかったのか、表情が緩んでいる。最早形だけの抵抗だ。
時々漏れる声が無駄に色っぽい。
更にちなみに、クテイのパジャマを貸して貰っている。流石に小さすぎたのか、クテイの持ってる一番でかいサイズでもピチピチだ。
ボタンを幾つかあけているものの、その大きな胸が少々強調されてしまっている。
「あっ、んんっ。ちょっ、クテイさん、上手くないですか……?
あっ!? エルフ耳は! エルフ耳は勘弁を!!」
遂に、クテイの狼耳と尻尾もふもふから、エルフ耳ふにふにに移行しようとしている。
「よい、ではないか~。よい、ではないか~」
「なんですか!? その棒読みは!?」
ルキリヤの抵抗むなしく、エルフ耳もふにふにされてしまう。
「んんぅ! きゃうん!」
ルキリヤの声も自然と大きくなる。
「エルフ耳、触ってるのに、犬の反応……?」
クテイはこてんっと首を傾げる。
「お、狼ですってば! ……はうん!」
それから暫く、魅惑のもふもふ、ふにふにタイムは続いた。
パジャマでの和気あいあいとしたじゃれあいと、妖しいじゃれあいとは紙一重であった。
***************
「うぅ……もう、お嫁にいけません……」
ルキリヤは床で女の子座りをして、嘆く。
「ん。大丈夫。私と、おにぃちゃんが、もらったげる」
ルキリヤとは対照的に、つやつやしているクテイは親指をたてる。
「なんで会ったこともないお兄さんに貰われることが決定しているんですか! というか、クテイさんも!?」
即座にツッコむ。
しかし、ルキリヤは戦慄する。まさかクテイにそんな趣味が……?
「ん。ルキリヤ、共有。皆、仲良し」
あっ、これは分かってないやつだ。
ルキリヤは自分の発想が恥ずかしくなった。
まさか、クテイが女の子も好きな性癖だなんて疑うとは……
思っていたよりもクテイはずっと純粋だったようだ。
「ところで、やっぱりお兄さんがいるんですね」
ルキリヤは話題を逸らすように尋ねる。
あられもない姿を晒したダメージは既に完治したらしい。
「ん。おにぃちゃんと、会うのが、私の目的」
ルキリヤはクテイの独り言を思い出す。
「ああ~、おにぃちゃんに胸張って会えないとか言ってましたもんね。どんな人ですか? お兄さん」
ルキリヤは興味があった。クテイのお兄さんなんて全く想像がつかない。
「んー? おにぃちゃんは、私と全然、ちがう」
クテイは遠い目をして、寂しそうに答える。会えない兄のことを思い出しているのだろう。
ルキリヤは聞かない方が良かったかと躊躇うが、聞かなきゃいけないことだと割りきる。
ルキリヤはアホの子だが、その辺は無神経ではない。
「違うんですか?」
「ん。全然。
おにぃちゃんは明るくて、私より人付き合い、上手くて…………天才だった」
クテイは懐かしそうに言う。
(クテイさんが天才って言うなんて……どんな人なの?)
ルキリヤは益々興味が湧いた。
「まあ、おにぃちゃんは、認めない、だろうけど……」
目を細め、楽しそうに言う。
「好きなんですね。お兄さんのことが」
ルキリヤはクテイの心をこんなにも占める兄のことを考えながら確認してみる。
「ん。だいすき♪」
花咲くような笑顔とはこの事だろうか? ルキリヤは思った。
(ヤバイですよ! なんなんですか! この可愛らしい笑顔は!)
ノックアウトされかけたが、なんとか耐えきる。
しかし、耐えきった後ふと頭を過ぎるのは、今後はこの可愛さを耐えていかなければいけないということ。
軽く目眩がした。ああ、無理だな……と。
話に一区切りがつくと、ルキリヤは真面目な顔で改まって言う。
「それで、勇者……なんですよね? クテイさんは」
「ん? そーだよ」
答えると、クテイは片方にだけ着けた手袋を外す。
「そ、それが……」
「ん。ゆーしゃもん」
クテイの手の甲には勇者紋が浮かび上がっている。
「これは……凄いですね。伝説上のものですよ」
ルキリヤは本で見た物の実物を見れて感動する。
「そんなこと、ない。
私と、おにぃちゃんを引き離した、やなやつ」
クテイは忌々しげに紋章を見つめる。
「クテイさん……」
ルキリヤは事情を詳しくは知らないが、クテイの心情を朧気に察した。
「まぁ、これのお陰で、おにぃちゃんを、追いかけられるんだけど、ね」
クテイは忌々しげな眼差しをやめ、手袋をはめ直す。
「そうです! そういえば、特別な力が得られるんですよね!」
ルキリヤは本で読んだ記憶を引っ張り出す。
「ん。幾つか。
……まぁ、めんどくさい、けど……ふわぁ……」
クテイは欠伸をしながら言う。
「めんどくさいって……
使いこなすのがですか?」
ルキリヤは少し呆れながら問う。せっかくの力をめんどくさいって…? と。
「…………ん、それ、も、ある……」
遂には力尽きたようにベッドにバフッと横になった。
寝てしまったようだ。静かに寝息をたてている。
マイペースなものだ。
ルキリヤはそんなクテイに布団をかけながら、微笑ましく思う。
「……ふふっ。無理もないですね。もう深夜もいいところですし。今日は色々有ったから疲れてるのでしょう。
…………もしかして、私が眠っていた三日間ずっと起きてた……?」
ルキリヤはとある可能性に行き着いた。
「はわわわ!」
まだ確定した訳ではないが、申し訳なさで一杯になる。
「ご、ごめんなさい、クテイさん。
…………って、寝ているクテイさんを見ると、私も眠く……」
ルキリヤも目を擦り始める。
ルキリヤ自身も今日は驚きの連続で疲れているのだ。
「何処で寝ましょう……?」
改めて見てみると部屋にはベッドが一つしかない。
「ま、まさか同じベッド……?」
ルキリヤは迷いに迷うことになる。