出会い
「んー。ますたーさん、おにぃちゃんのこと知らなかった……」
外套を着た人物は、見るからに残念そうに溜め息をつく。
まるで漫画の登場人物がそうするように、背中にいくつもの線が入っているのが幻視できる。ガッカリ、といった感じだ。
「宿屋に戻ろっかな?」
人物はまたトボトボと歩きだす。
足取りは重い。
「…………ん?」
ふと立ち止まる。
人物は何かを見つけたらしい。
「人……?」
路地裏の目立たない所に、ゴミが落ちている。
いや、よく見るとボロボロな人間のようだ。その人間は気を失っているらしい。
「?」
外套を着た人物は周りを見渡す。
しかし、誰もこの人間には気付いていないようだ。更に言うとまだ暫くは見つからなそうである。
路地裏でボロボロの人間が落ちている。まあ、そうそう見つからないだろう。
「…………………………もぉ。しょうがない、かな……」
どうやら助けることに決めたらしい。
人物は一見ゴミのようにボロボロで、汚れている人間に近寄る。
「ん~! 起きて!」
それが怪我人を労る態度なのだろうか。
かなり強めに揺さぶり、起こそうとしている。
「うぅ……、ここは…?」
なんと。今の対応で合っていたらしい。
人間は目を覚まし、ゆっくりとした動作で起き上がった。
起き上がったことで分かったが、人間はどうやら獣人族の女性らしい。女性といってもまだ二十歳には届いているかどうかといった年頃か。
今は汚れ、くすんでいるが銀色の綺麗な髪に、凛々しい顔付き。
汚れていても整った顔立ちであることが窺える。
しかし、そんなことよりも気になるのは……
女性には頭に三角の犬っぽい耳と、もう一組み。
エルフ耳が横に備わっていることだ。
ウルフカットの髪から飛び出ている。
「ッ!?……誰!?」
女性の意識が完全に覚醒したようで、外套を纏った人物から飛び退き、露骨に警戒心を露にしている。
凄まじい殺気だ。
しかし、ここにいるのはただの人族ではない。
「ん。よかった。気が付いた」
悠長にもそんなことを言っている。
殺気を柳に風とばかりに受け流している。
「あなたは!?」
犬・エルフ耳の女性は、そう強く誰何する。
「ん? 私?
………………私は、クテイシア。特別に、くーちゃんと呼ぶことを、許可する」
外套のフード部分、顔を隠していたのを脱ぎ、その美しさを無表情で彩った顔を晒し、言う。
「……」
思わず、何も言えなくなってしまった女性は呆然とする。
「むぅ。冗談半分。クテイ、って呼んで?」
今度は真面目そうにそう告げる。
「な、なんなの、よ……? うぅっ……」
女性は呆然から抜け出せないでいたが、遂には体力が尽たのか、倒れてしまった。
「無理するから……」
クテイは呆れたように呟くと再び外套を羽織り、その小さな体で自分よりも大きな女性を持ち上げて担ぐと、歩きだした。
「…………私、人さらい?」
見映えの悪さと状況に気づいたようだ。
「ん~? ま、いいか……」
打開策を思い付かなかったのか、そのまま歩きだしてしまう。
その姿を偶然見た町人が目を丸くしていたが、そんなものは気にせずに。