ルキリヤの初依頼、初魔法
「というわけで、あのゴブリンを狩るのだ!」
クテイがビシィッと指を指す。
指の先には緑色の醜悪で小柄な人型の魔物がいる。獣の皮を腰に纏うだけの格好だ。ちなみに無手である。
「…………どういうわけで?」
「ん~ノリ悪い! ギルドで依頼を受けたでしょ? ゴブリンを一定数狩る、そういうわけだよ」
「ああ、そういえばそうでした。何故でしょう? いきなり場面が切り替わったような、そんな気が……」
ルキリヤはしきりに首を捻る。
「?」
「いえ、何でもないです……。それじゃあ、丁度目の前にゴブリンがいますし、狩りますか?」
二人は港町ミランから少し離れた平原でゴブリンと対峙していた。依頼はゴブリンを一定数討伐するという、Dランクの依頼だ。
これの成果によってはルキリヤもEランクからDランクに昇格できるだろう。
「ん。それじゃあルキリヤ、魔法を使ってみよー。 魔力操作まで、出来るようになったから、後は実践してみ」
「ええ、まあ、クテイさんに言われてからなるべく魔力操作をするようにしてましたし、結構スムーズに動かせるようになりましたが、どうやって魔法を使えばいいんでしょうか? 本での知識なら多少はありますが実際にするとなると……」
ルキリヤは不安な顔を見せる。
「んー…………そうだ、詠唱をしてみたらいい。詠唱は、魔法を使う補助してくれる。慣れるまでは詠唱をすればいい。魔力を手に集めてから、水か、風の、簡単な魔法を詠唱してみ? 後は勝手に発動する」
クテイは見本を見せるように手に魔力を集めて、詠唱をしながら手のひらをゴブリンに向ける。距離が離れているからか、馬鹿だからか、ゴブリンは気付いていない。
「…………風よ、流れをつくりて刃となれ」
クテイが詠唱をすると、手のひらの魔力が風の属性を得る。
「【風刃】」
ゴブリンに向け開いた手の前で風が渦巻き、一つの刃となり放たれる。
魔力からの変質によって風の刃は薄緑色を帯びている。
「グギャ!?」
ゴブリンは寸前に自分に向かってくる刃に気付いたが、時はもう遅し。胴体を袈裟斬りにされて血を吹き出して絶命する。
「おぉ~!」
ルキリヤは胸の前で手をしきりに叩く。
クテイの魔法を手放しに褒めている。
「どやぁ」
ドヤ顔をするだけでなく実際に声に出してしまうクテイ。
「とまあ、簡単な魔法だけど、こんな感じ。本当なら微風を起こすような、水滴を創るような魔法からはじめてもいいんだけど、そこは才能の塊。ルキリヤだもの。風の、軽い攻撃魔法位、出来るよ、ね?」
知らず知らずのうちにハードルを上げられるルキリヤ。
「へ? …………え、えぇ! も、勿論、出来ますともさ!」
若干あやしい。
「ん。今のは見本だから丁寧にやったけど、ルキリヤはその内、魔法を撃つときの感覚を覚えて、詠唱の補助無しでも撃てるようにしないと、ね」
更にハードルを上げられる。
「えぇー…………ぅん、いいでしょう! やってやります! クテイさんの満足のいく結果を見せてやります!」
吹っ切れるルキリヤ。やけっぱちとも言う。
「む!」
ルキリヤは自慢の四つ耳をピクピクさせる。
「新しいゴブが来ますね! クテイさん、見ててください!」
ルキリヤはその索敵能力でゴブリンの出現を察知したようだ。
現に少し遠くからゴブリンが歩いてくるのが見える。向こうはまだ気付いていない。
「良い的ですよ! ……風よ、流れをつくりて刃となれ!」
ルキリヤが翳した手に集められた魔力がゆっくりと薄緑に色付く。
クテイに比べると多少は魔力の収束も変換効率、速度も劣る。
「…………【風刃】!」
ルキリヤの手にある薄緑色の魔力が渦巻き、風の刃がゴブリンに向かって放たれる。
「グ、グギャー!?」
風刃はクテイのそれよりも遅く、狙いが甘いが、確かにゴブリンに向かって飛び、その体に斜めに傷をつける。
「や、やりました! やりましたよクテイさん!」
ルキリヤはそのクールな顔を崩して喜ぶ。
つり目でキリッとしたその目もとは緩んでいる。
「………………ぇ?」
クテイは驚き固まっている。
本来ならば発動すれば良い方、発動しても、ゴブリンに届くまでに掻き消えるか、検討違いな方向に飛ぶかと思っていたのだ。
「すごいですよね!? これってすごいですよね!?」
ルキリヤははしゃぎにはしゃぐ。
「…………ん。すご、い。…………まさかここまでとは……」
クテイは素直に褒める。
茶化すこともしなかった。
「ですよね! いや~、私って天才なのかも……」
ズバンッ!!
「ひゃ!?」
突然の音に驚くルキリヤ。
もふもふの尻尾が逆立ってしまっている。
なんの音かと有頂天だった心を静めて注視すると、
「…………詰めが甘い」
クテイが片手をつき出してため息を吐いていた。
「……え?」
ルキリヤがその手の先に目を向けると、
先ほどとは違う場所にいるゴブリンが。今は胴体が二つに別れている。
ルキリヤが放った風刃ではとどめはさせていなかったのだ。
瀕死のゴブリンは起き上がり、ルキリヤに向かって牙をむき出しに襲いかかろうとしていた。
「冷静なら、その耳で、勘で、気づけたはず。ちゃんと安全か確認してから、だよ。喜ぶなら」
クテイがそう静かにたしなめる。
「は、はい。ごめんなさい。以後気を付けます…………
…………ところで、今の魔法は……?」
クテイが放った魔法。ズバンッ!! と音をたて、ゴブリンを真っ二つにしてしまった魔法。
ルキリヤはそれがどんな強大な魔法なのかと、疑問に思う。
「ん…………ただの、風刃」
クテイはあっさりと答える。
「え!? 風刃? さっきとぜんっぜん違いましたけど……」
「今のは、詠唱を使わず、魔力の収束と魔力の変質を最速に、威力を高めにした」
クテイ曰く、魔法の発動を最速にして威力を高く意識して風刃を放ったのだそうだ。
「…………まぁ、音が出ちゃったし、魔力の効率が悪くて魔力を込めたわりには威力が伴わないし、まだまだ」
クテイは問題点を上げる。
ルキリヤはそれを聞いて絶句する。
(ええええぇぇ!? あんなの見せられてまだ納得してないとかどういうこと!? というか私ってあんなゴブリン一匹倒せないで調子のってたのー!? わー、は・ず・か・し・いー!)
ルキリヤの内心はハチャメチャだった。
実際は、初めての魔法であれだけのことが出来れば上出来も良いところなのだが。
「?」
ルキリヤが一人百面相しているのを不思議な顔でクテイは眺めてた。
「く、くていさん! 次です、次! まだまだ魔法を使い足りません! 早く次のゴブリンを狩りに行きますよ!」
「ん? いいけど……どうした、の? そんなにやる気で」
「ちょっと自分の未熟さを噛み締めたところです。早く鍛練を!」
「そうなの?」
「ええ。そりゃあもう」
ルキリヤはその日、ゴブリンを狩りまくった。
覚えたての魔法である【風刃】を使いまくった。
魔力切れを起こしてフラフラになるまで狩りまくった。
しかしそのお陰か、風刃に限って言えば詠唱無しでそれなりの速度それなりの威力を出せるようになった。
やはりそれはかなりの成長スピードであるのだが、クテイの高みを見てしまったルキリヤはその凄さに気付いていない。
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