酒場での会話
数百年、もしくは数千年に一度現れるという魔王。
凶暴な魔物の軍勢を引き連れ、人族を初めとする他の種族達を皆殺しにし、侵略するという、最悪の存在だ。
それに対し、魔王と同じ時代に現れ、人族を初めとする様々な種族を纏め上げて、魔王の軍勢を討ち滅ぼすとされる存在。それが勇者だ。まさに救世主、英雄の名に相応しい。
勇者とは誰が成るのかは誰にも分からないという。
勇者には体の何処かに勇者の紋章が浮かび上がるのだ。それが誰になるのかは全く予想が出来ないのだ。
あるときは、その時代の王子が勇者に選ばれ、聖剣を手に魔王軍を圧倒したとか。
またあるときは、ただの平民が勇者に選ばれ、壮大な成り上がりを果たし、魔王軍を制圧したという。
勇者とは総じて強大な力を持つ。それは勇者の紋章が現れると、その人物は勇者としての特別な力を手にするからだという。
「――――ってのが、魔王と勇者の言い伝えだ。新人」
「へぇ! そうなんですね! 知らなかったなー。」
ここはとある町のとある酒場。冒険者風の男二人が酒を飲みながら談笑している。
「ところで先輩。最近は魔物がよく現れるようになったり、特別強い魔物が現れたりと、ちょっとした異常が起きてますよね?
これってもしかして魔王が現れる予兆なんじゃ……?」
安っぽい装備を着けた新人と呼ばれた男が言う。
「ああ? まあ、確かにな。最近は物騒になってきてる。
それに前回魔王が現れたのは千年前だ。可能性はある。
だがな? まだ勇者ってのはまだ出てきてないんだよ。
勇者には体に勇者の紋章が浮かび上がる。そしてそれを見つけたら直ぐにその国のお城に行かなきゃなんねぇ義務があるんだ。
そして、お城で修行を受けなきゃいけねぇ」
年期の入った装備を身につけ、先輩と呼ばれた男が言う。
「へぇ。修行を受けなきゃいけないなんて、大変ですね」
「だが食い物には困らないし、贅沢も出来る。更に、強さも手にはいる。それと名声もな。
だから、勇者なのに名乗りでないってのはあり得ないんだ。そして、勇者が見つかったら国民、ひいては世界中に知らされる」
「なら、まだ知らされてないってことは……」
「ああ。勇者はまだ現れてないんだろうな」
二人の会話は、頼んでいた料理が来た時点で途切れてしまった。
「ゆーしゃ……」
男達と同じ酒場のカウンターに、外套を纏い一人で座っている人物はそう呟いた。
「ますたーさん。ごちそうさま」
「あいよ」
外套の人物はお金をカウンターに置くと、人物にとっては高めの椅子から飛び降りて、トコトコと外に向かって歩きだした。
「んー、紋章……」
その人物は道を歩きながら、誰にも見えないよう片方にだけ着けている手袋をずらす。
そこには……
「ん。かわいく、ない」
外套の人物曰く、可愛くない紋章が浮かんでいた。