プロローグ
ここはドラゴンが空を飛び、狼や大鬼等の凶悪な魔物達が地を徘徊する荒野。
ただの人間など存在することさえも許されないような危険な場所だ。
今まさに、巨大な恐竜のような魔物と獅子のような魔物が絡み合いながら互いの命を奪わんとしている。
恐竜が尻尾を激しく獅子に叩きつけるようにして凪ぎ払おうとするも、獅子は紙一重でそれを躱し、恐竜の喉元へと喰らいつこうと飛びかかる。だが、恐竜はそれを即座に躱し、戦いは仕切り直しになる。
そのような魔物同士の争いがここでは毎日至るところで行われている。まさに弱肉強食の生態系が築かれ、弱いものは淘汰される世界だ。
しかし、今日はいつもと少し様子が違った。
外套を着た人影がこの荒野を歩いている。
顔は外套を着ているせいで分からないが、その小柄さから、人族であるならば子供か女だろう。
その人影はここが危険な場所だという自覚は無いのか、平然と歩いている。
その人物は遂に恐竜と獅子の争う地点まで来てしまった。
だが、人物はそれに気付いていないのか構わず歩き続ける。
「グオオオオ!!」
恐竜が人物の存在に気付いてしまったようだ。
獅子との戦いをやめ、その大きな口で噛みつきにいく。
しかし、
「――――」
人物は何かを呟くと、その姿はその場から消えた。
恐竜は完全に標的を見失ってしまったようだ。狼狽えたようにせわしなく首を振り、周囲を見る。
「―――」
消えたかのように見えた人物は、いつの間にか恐竜の後ろを歩いている。
それにようやく気付いた恐竜は勢いよく振り返り、再び喰らいつこうとするも……
その巨体には縦に線が入り、遂には真っ二つに分かれてしまった。
「グワアアア!!」
それを見ていた獅子は、しかし恐れることなくその前足を人物に降り下ろそうとする。
普通の人族であるならば、確実に殺されてしまうような威力の攻撃を。
しかしまた、
「―――」
何かを唱えた人物の手に、その人物と同じ位の大きさの魔方陣が出現し、その攻撃を受け止めてしまった。
「グワアア!?」
「―――」
驚きに目を見開く獅子を気にすることもなく、また何かを唱えると、今度はもう一つの手から光の槍が現れ、獅子を貫いてしまう。
絶命した二匹の絶対強者を、最早気にも止めずに、人物はまた歩きだそうとする。
その時、荒野に一陣の風が吹く。
その風は人物の外套の顔を覆うフード部分を取っ払ってしまった。
「もぉ……おにぃちゃん。今度は、どこ行っちゃった、の……?」
その外套の下には、目も覚めるような美しい少女が。
青い瞳。そして綺麗な金髪のショートヘアー。
瞳が大きいことから猫のような印象を受ける人もいるかもしれない。雰囲気は子犬を思わせる。総じて小動物だ。
年の頃は十代半ばか、あるいは、それより幼くも見える。
とても先ほど凶悪な魔物二体を軽く倒した人物とは思えない。
更に付け加えるなら、その無表情気味な顔に、怒りか、はたまた寂しさか、色々と混じ合わさったような表情を浮かべているのも場所と時を考えれば可笑しい。
少女は何処からか地図らしき物を取り出す。
「この町に、いるかも?」
一ヶ所だけ跳ねている髪……通称アホ毛をみょんみょんと揺らしながら呟くと、外套を被り直し、少女はまた歩きだした。