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ヤンデレスタンダード  作者: どろどろ
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1話:おかしな常識

『やっぱ、この世界おかしいだろ』

 

 そう、何度呟いたかもわからない言葉を口に出す。

 別に俺は中二病を発症しているわけでも、反抗期特有の斜に構えた態度というわけでもない。

 いや、一度死んで生まれ変わった転生という中二設定はあるのが、これは関係ない。

 しっかりとした理由がある。


「どうしたのイッテツ君? そんな疲れた顔で変なこと言って」


 隣から茶色のショートカットに、犬耳(・・)しっぽ(・・・)が目立つ少女が、青く大きな目をさらに大きくして尋ねてくる。

 こいつの名前は犬塚(いぬづか)チヒロ。

 俺と同じ重愛(じゅうあい)高校2年生の幼馴染。

 そして、種族は犬人間とでも言えばいいか。


『いや……俺の常識がおかしいのかと思ってな』

「そう言えばイッテツ君って初めて会ったとき、やけに私の耳とかしっぽに興味をもってたよね」

『まあ、昔は珍しく感じたからなぁ』


 この世界がおかしい理由その1。

 ファンタジー世界のように様々な種族がいる。

 例を挙げれば、エルフやヴァンパイアにラミア、探せばドラゴンだっている。

 それに、現代日本みたいな社会なのに魔法が存在する。もっとも余り使われないが。


「昔は一杯モフモフしてくれたのに……私はいつでも準備万端なんだよ?」

『いや、もう子どもじゃないんだからな』

「お、大人のスキンシップがしたいの? もう、大胆なんだからぁ」


 耳をピコピコと動かしてトリップに入るチヒロに溜め息をつく。

 まあ、おかしいと言っても、俺が今気にしているのは種族とかじゃない。

 見た目は慣れればいいし、魔法だってそこまで凄いものでなく、科学技術もある。

 本当におかしいのはもっと別のことだ。


『コホン。なあ、チヒロ。お前はあれ見てどう思う?』

「え、何? あれって」

『あそこで修羅場ってる二人組だよ』


 そう言って学校の玄関前で起こっている惨劇を指差す。


「ねえ…平等院君。さっきの女は誰なの?」

「だからさ、サキちゃん。俺っちの部活の後輩だって何度も言ってるでしょ!?」

「こっちも私以外の女を見ないでって何度も言ってる…!」

「いやいや! 日常生活に支障が出るよねそれ!?」

「平等院君は私だけのものなのに…。もういい、平等院君を殺して私も死ぬ!!」

「ちょっ、包丁は洒落にならないって―――ギャァアアッ!?」


 白昼堂々と行われる、痴話げんかと言うには重すぎる喧嘩。

 断末魔の悲鳴と共に血飛沫が上がり、悲劇の無理心中の現場が出来上がりだ。

 普通ならこんな光景はアニメか、ヤンデレゲームでしかお目にかかれない。

 だというのにだ。


「まーたやってるよ、あの二人」

「ええなぁ、ウチも彼氏作ってあんなんやりたいわぁ」

「平等院のやつ相変わらずリア充だな、そのまま爆発すりゃいいのに」

「君の心臓(ハート)を貫くなんてロマンチックね……」


 通りがかる生徒は気にも留めない。

 それどころか、はやし立てる人間までいる。

 どう考えても異常な光景だし、血も涙もない人間しかいないのかと疑うような光景だが、その理由はすぐに明らかになる。


「あ、斎藤先生。あの二人がまた心中したんで蘇生魔法お願いします」

「なんだ、またか」


 うちのクラスの担任の斎藤先生が呆れたよう顔をして二人に近づく。

 因みに、斎藤先生はケンタウロスの男性だ。


「よし、蘇生、蘇生っと」


 先生が適当に魔法を唱えると光が死んだ二人に当たり、見る見るうちに傷を癒していく。

 この世界の魔法は攻撃系は危ないからかあまり使われないが、こういった治療系は多くある。

 骨折だろうが、致命傷だろうが一瞬だ。寿命や重い病気以外は簡単に治してしまう。

 もっとも、俺の種族(・・)はこういった魔法とは縁がないのだが。


「ふぅ、俺っちふっかーつ! 斎藤先生ありがとうございまっす」

「あれ…? 私なんでこんなことしちゃったんだろう……」

「起きたかお前達。なら、汚した分は二人で掃除しておけよ」

「二人で……よし、仲直りの共同作業と行こうぜ!」

「初めての共同作業…!」


 お互いにはにかみながら初めての共同作業、もとい血の掃除を始める二人。

 そんなどう考えても異常な光景に頭を痛めながら、視線をチヒロに戻す。


『で、お前はあれを見てどう思った?』

「雨降って地固まるって素敵だね!」

『降った雨も固まったのも全部血だけどな』


 この世界がおかしい理由その2。

 死生観とか常識が色々とぶっ飛んでいる。

 街をちょっと歩けば、先程のような光景が簡単に拝める。

 簡単に生き返れるせいか、簡単に人が死ぬのだ。


「はぁ……憧れちゃうなぁ。私もイッテツ君とあんな風にいちゃいちゃしたいよ。というわけで、今すぐ私をメチャクチャにして!」

『何がというわけだ、アホ』


 軽くデコピンをお見舞いしながら呆れた目で見つめてやると、何故かチヒロは息を荒げ出す。

 しまった、忘れていたがこいつの性癖は特殊な部類だった。


「その雑な対応…それに私の体に突き刺さる痛み(快感)…! これが私への愛ね!?」

『どちらかというと、俺の今の感情は、幼馴染が人の道を踏み外しているという(あい)だ』


 簡単に言えばこいつはドMだ。

 それが発覚したのは、幼いころにドッチボールでこいつを当てたときだった。

 目を潤ませて俺を見つめてくるこいつに、あの時は傷つけたかと慌てたものだったが、興奮していただけだった。俺の心配を返して欲しい、猛烈に。


「その冷たい返しも大好物だよ!」

『ダメだこいつ、どうしようもない』

「その罵倒おかわり!」

『お前には人としての誇りがないのか?』


 本物の犬のように左手を俺の手に置き、期待するような眼差しで尻尾をブンブンと振るチヒロ。

 幼馴染の将来への不安から溜息を吐き、改めてこいつの顔を眺めてみる。

 黙っていればどこからどう見ても美少女だ。ドMだが。

 正直、なぜ俺なんかに好意を向けてくるのか未だに分からない。ドMだが。

 なので、改めて尋ねてみることにする。


『……お前、本当に俺のことが好きなのか?』


「当たり前だよ! 私がどれだけイッテツ君のことが好きか言ってあげようか?

 君の魂が好き。イッテツ君は私にとって神様がくれた奇跡なんだよ。

 君の匂いが好き。私は犬と同じぐらい鼻が利くからどこにいても君を追えるんだよ。

 君の顔が好き。そんなにイケメンじゃないけど優し気で、私を包んでくれそうなところ好き。

 君の体が好き。脂肪の下に適度に筋肉がついたお腹に、ほんのり固い二の腕が好き。

 君の名前が好き。山田って苗字もいいし、イッテツって響きも好き。

 結婚したら、私の名前が山田チヒロになるって子どもの頃からずっと考えているんだよ。

 まだまだ、好きなところがいっぱいあるんだけど語り切れないよ。

 あっ、嘘じゃないよ? ホントにホントに君のことが大好きなんだよ。

 好き好き大好き。何度だって言えるし、日記には毎日君のことを書いているんだよ。

 君が今日何をしたのかと、それを見た私の君への愛を毎日10ページ―――」


 どうやら俺は特大の核地雷を踏んでしまったようだ。

 数秒前の自分を呪い殺したい気分になりながら、何とか話を止めさせる。


『ああ…うん、わかった。もう言わなくていいから。お前が俺のことが好きなのはわかったから』

「えへへ。想いが通じるって嬉しいね」


 しっぽをブンブンと振って上機嫌に笑うチヒロ。

 そんな様子に俺は引きつった顔で天を見上げる。


 そして、心の中でこの世界で最もおかしいと思う事柄を叫ぶ。


 この世界がおかしい理由その3。

 この世界の人間。特に女性の愛は重すぎる。

 ようするに―――この世界にはヤンデレな女性しか存在しない。


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