表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

1 宇宙戦争

「諸君、我々は勝利した」


 その言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、僕たち人類は歓喜した。市街を歩く人々はみな同時に両の腕を挙げ、見ず知らずの間柄であることなど気にせずに抱き合った。決して負けるのでは、などと悲観していたわけではない。なぜなら僕たちの側に負ける要素など微塵もなく、開戦前でさえそれは明白だったのだから。だが、それでも嬉しいものなのだ、勝利というものは。


「よっしゃ! じゃあ今日は祝いに飲むか、秋吾」


「父さん、いくら夜とはいえ今日火曜日なんだけどいいの? っていうか僕未成年だし……」


「若い癖に何古臭いこと言ってんだよ」


 僕の父、透吾郎は僕の背中をバシバシとたたきながら一升瓶を煽った。父さんの大きな手のひらによる攻撃に耐えながら、曲がりなりにも保護者だろあんたは、と僕は口には出さずにツッコミを入れる。


「大体なあ、昔の文化が今に伝わるってのは別に悪い事じゃねえと思うがよ、何で暦はなくなったくせに平日と休日なんていう前時代的なモンばっかしは残ってんのかねえ。やるときゃあやる、やらねえときはやらねえ。別にそれでいいじゃねえか、なあ?」


 勝利宣言を聞く前から前祝いだ、とか言って飲み始めていた父さんは既に完成状態、頬は緩みふらふらと落ち着きがない。こういう時は真面目に答えたところでどうせ意味がないのだろうな、と思いつつも僕は相変わらず背中への連続攻撃を続ける手を払いのけながら一応返答する。


「昔は今みたいに働かなくても満足のいく生活ができるわけじゃなかったんだからしょうがないよ。それに今更曜日がなくなったらそれはそれで困るわけだし」


「別に困りやしねえさ、代わりに月がきれいな日、木が生い茂る日、とか呼べばいいんだからな」


「父さんそれほとんど変わってないじゃないか……」


 理屈の通じない相手との議論ほど不毛なものはない。僕はどうせこの理不尽な問答から逃れられないのならいっそのこと、と思い手近なグラスを父さんに差し出した。



 ――――――



 先ほどの勝利宣言、これは僕たち人類と地球外生命体との戦争の結果である。西暦、などという古臭い暦が廃れてからおよそ百年。紆余曲折を経て一つとなった地球人は、ついに宇宙を支配する、という新たなる野望を抱いた。はるか昔の文献では巨砲を一つ引っさげた宇宙船が一隻、大海原へと旅立って大冒険を繰り広げたらしいが、敵のいなくなった地球人は随分と大それたことをした。文献に登場する巨砲の百倍の威力を持った砲台を二十積んだ船を五十隻。文明レベル的に比べるのもおこがましいほどの差だ。

 ともあれそれだけの戦力を要する地球軍は意気揚々と宇宙へと進出、そして念願の地球外生命体を発見するに至る。宇宙人。かつてはそう呼ばれていた彼らに地球人は宙人という総称をつけ、友好的な関係を築こうと模索を始めた。ところが、だ。かつて僕たちが想像をし、胸を躍らせた地球外生命体は果てしなく低能であり、無能であった。文明はあるにはある。だがその程度が低すぎた。主産業は農業。鉄さえもまともに加工のできない彼らの道具は石や木を無理矢理紐で結び付けたようなものばかり。はっきり言って地球にとってほとんど利益がない、大外れ。地球人は落胆し、彼らの植える種だけを奪い、帰還した。

 そしてこの時持ち帰った種。これこそがこの戦争の火種となった。


「んで、父さんはなんで宙人は怒り狂ったと思う?」


 気泡一つも生まれないほどに澄んだ透明の液体がそろそろ回り始めた頃、僕は今回の戦争について父さんに意見を求めた。


「そんなもん決まってんだろ、農耕しかやることない奴らから農耕を奪ったも同然の行為を地球人はやったんだ。宙人にどれくらいの感情があるのかは知らねえけど、俺たちだってそんなことされりゃあ腹を立てるにきまってる」


「そりゃそうかもしれないけど、種を奪ったくらいで人を殺さなくたっていいじゃないか」


 種を奪った地球人たちが彼らの星から撤収する前日、一隻の船が宙人達に襲撃を受けた。圧倒的な文明の差があったとしても、不意打ちというのは十分な効果を上げる。結果、宙人の撃退には成功をしたものの、乗組員の一人が農具によって撲殺をされてしまったのだ。それに対して逆に地球側が激怒し、人類は初めて、人類以外との戦争を開始した。


「あのなあ、めちゃくちゃ古い話だから知らないだろうけどな。まだ人類が人類と争いをしていた頃は高度文明国の人間が未開の地に行ったとき、普通に先住民に殺されたりしてたんだ。規模が違ったって同じ生命体なんだ。別に不思議なことなんかじゃねえさ」


 泥酔しているはずなのに父さんの言葉は理路整然としていた。


「……やっぱり父さんには敵わないな」


 これだけ酔っていても父さんにはすべて事象に自分なりの答えを持っていた。対する僕はといえば、他人の考えをそのままとってつけたような答えしかない。はっきり言ってどこにでもいるような人間なのだ。ほろ酔いしつつも自分を卑下する僕を、父さんは笑い飛ばした。


「たかだか19歳のガキが何生意気なこと言ってんだか。いいか、若さってのはな、すなわち伸びしろなんだよ。俺だってお前の年のころは右も左もわからねえクソガキだったさ。みんな若い時はそうなんだよ」


 やたらと分厚く、大きな手で父さんは僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。この人はやっぱりすごい。そして何よりも僕の父親なのだ。こんなに贅沢なことはない。僕は父さんに見えないように、うれしさで顔をゆがめた。


「あ、でも俺の方が女の子をもっとブイブイ言わせてたけどな!」


 贅沢、とは少し言い過ぎたかもしれない。僕はまた違った意味で顔をゆがめた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ