第8話 魔族との戦闘
俺がそう考えているうちに、突如背後の女騎士が魔族に突貫した。
「うああああぁぁぁぁ!」
気合といえるのかも疑わしい声を発し、魔族に斬りかかった。が、魔族は体勢を崩すことなく刃を受け止め、女騎士の首を絞める。
「うっ……」
女騎士の攻撃は容易に受け止められ、悲痛に声を漏らす。
俺はその隙を逃さない。女騎士の背後に隠れ、三叉の尻尾をそれぞれ上、右、左から魔族に向かい射出した。
人の壁と自分の体格差を利用した、死角からの攻撃だ。
苦節百五十六回の転生から編み出した攻撃手段だ。
魔族は突如現れた三叉の尻尾に目を見張り、即座に女騎士の首から手を放し、身を捩るものの一つしか避けきることが出来ず、残り二つを身で受け止める。
「ぐっ……」
と、魔族は呻き、屈む。
「えやああぁぁぁぁぁっ!」
女騎士は隙を逃さず上から斬りかかり、魔族の首筋に裂傷を加える。
が、魔族も女騎士に反撃し、掌底を突き出す。
女騎士は吹き飛ばされ遠くの大木に衝突し、口から血液を噴出させながらも鬨の声をあげ、すぐにこちらに向かってくる。
俺は、女騎士への反撃で体勢が崩れた魔族の喉元に三叉の尻尾を再度射出するが一つは避けられ、もう二つは手で掴まれた。
危機を察知した俺は三叉の尻尾を根元からちぎり、魔族の喉元に噛みついた。
「ああああぁぁぁっ!」
と、魔族の悲痛な叫び声が聞こえ、徐々に力を失っていく。目はうつろに、そして体も痙攣している。どうやら俺の尻尾には猛毒があったらしい。
が、魔族もそれで終わることなく最期の力を引き絞り、不用心で、即座に殺せそうな少女に光弾を放った。
俺は少女の身を守るため光弾を自らの身で受け、自慢の毛は焦げ、身がただれる。
光弾は徐々に俺の身を蝕み、ゆっくりと俺の視界を奪い足元をふらつかせる。
俺と魔族が必死の攻防を繰り広げていたところに女騎士がようやく帰って来た。
「うおおおおおおぉぉぉっ!」
と今度は勝ち誇ったような喊声を上げ、魔族の喉元に剣を突き刺そうとした。
魔族は横に体を捩じらせ、刀身を掴み、振ることで女騎士を吹き飛ばす。そしてその剣の柄を持ち直し、俺に向かって刺突した。
光弾の効力なのかなんなのか、身に力が入らなくなった俺は、ただれた身に剣を差し込まれ、悲鳴を上げた。
それを見ていたクロワは
「らめぇぇぇぇ!」
と、魔族に駆けた。
クロワは俺たちの戦いを見てただただ固まっていたが、俺の死を予見してか、不意に駆けてきた。
魔族はにたりと口角を上げ、少女の首を跳ねる軌道をとり、剣を薙いだ。
俺は、また時間が止まったような感覚に襲われた。
この母体には時間を操る能力か何かがあるのかもしれない。
俺は緩慢になった時間の中でもひたすらに、必死に体を動かし、薙いだ剣を一身で受けた。
少女の前で俺の体は真っ二つに千切れ、意識をだんだんと失っていく。
だが、魔族はまだ足元をふらつかせながらも、生きている。
「猫ちゃん!」
と、真っ二つになった俺の体を二つ手に取り、くっつけるようにそっと地面に横たえる。
こんな状況でも俺が生きていると思っているのだろうか、残念だが死にかけだ。
だが、まだ死ぬことは出来なかった。魔族がまだ生きている。女騎士もどこかに飛ばされた。あと数秒もしないうちに少女は殺される。
そんな顛末にさせる訳にはいかなかった。俺もまた最期の力を振り絞り、全身に力をいれる。だが、真っ二つに千切れた体は動かない。
動け。
魔族が勝利に酔いしれ、にやりと笑いながら、俺を看取ろうとしている少女にやって来る。
動け動け。
魔族はゆっくりと、まるで殺すことを喜ぶかのようにやって来る。
動け動け動け。
魔族は剣を振りかぶった。
動け動け動け動け!
魔族は剣を薙いだ。
動けよおおおおぉぉぉぉ!
薙いだ剣先が少女の首元を切断しようとしたその時、必死の呼びかけで動いた俺の三叉の尻尾が魔族の背後から後頭部に突貫し、魔族の顔面を破壊した。
やった……。
俺は迫りくる危機を回避できたことに嘆息する。
あぁ、この母体、尻尾が千切れても動かせるパターンの母体だったのか……。
そして、俺は薄れゆく意識の中、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「猫ちゃあああぁぁぁぁぁぁん!」
少女が目に大量の涙を浮かべ、俺のことを呼んでいた。
「みゃーん……」
と、俺は力なく答える。
あぁ、初めてだ。こんな風に、人に看取られながら死ねるのは……。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁ!」
少女は大粒の涙をポロポロとこぼしながら号泣する。
泣きすぎだよ……。
あぁ、こんな風に死ねるなんて、なんて心地良いんだろう……。
俺は、だんだんと五感を失っていく。
「ありがとう、追跡猫。お前は本当はいいやつだったんだな。私の過ちをどうか、どうか赦してほしい。そして次会えるなら、こんな形ではないことを望みたい。本当にありがとう、騎士として最高位の賛辞を。汝の未来に、幸あれ」
最後に、女騎士が俺の元に帰って来て最高の賛辞と謝意を述べるのを聞いて、俺はまた意識を失った。
都合百五十七回目の転生である。