第6話 化け猫と少女
俺は少し可哀想になった。こんな森の中でこんな小さな女の子が迷子になって今でも生きていること自体奇跡といえる。
俺が転生する場所は常に紛争に溢れていることから、この森にも魔物がうようよしていると考えられる。
というか、何度か転生されたこのとある森だ。最後にここに来てから三十年くらい経っているような気がするがおそらくまだ魔物が潜んでいる事だろう。
迷子で気を動転させていたからか、俺に気が付かなかった少女に声(?)をかけてみる。
「みゃー」
「あ!」
少女は俺に気付き、喜色を浮かばせる。
「猫ちゃん!」
少女はすぐに俺に駆け寄り、頬をすりすりとしくる。
止めて欲しい、鼻水とか涙とか色んなものが俺の毛についてくる。というか、俺みたいな化け猫を見てすぐに駆け寄らないことを注意してあげたい。
俺が悪意ある化け猫なら、もうこの女の子の人生は終わっていただろう。
「猫ちゃん猫ちゃん猫ちゃん!」
少女はもう先ほどまでの不安に満ちた顔をしていなかった。
単純な女の子だ。
最初こそ鼻水だらけにされ、少し不快に思ったものの、俺も段々と嬉しくなってきた。
百五十六回の転生で疲れ果てた。毎度毎度戦闘を繰り返し、会話すら出来ずに、戦闘を行うモンスターと化した。
いざ会話が出来たと喜べども、奴隷のように扱われる下位の魔族。
悲しかった。心が荒んだ。
他人との接触に加え、人間の五感を全て取り去ると数日で気がおかしくなるという実験を聞いたことがある。
五感ではないものの、会話も出来ず、他人との接触をも取り去られた俺は無償の愛を求めていたのかもしれない。
少女の優しさが、身に沁みた。
ガサガサガサ。
茂みが、大きく揺れた。
「グルルルルル」
茂みから三匹の狼が出てきた。
迂闊だった。少女との触れ合いに気を取られ、魔獣の気配を察知するのが遅れた。
「あ……あぁ……」
少女は恐怖を顔に張り付け、足がすくんでいる。恐怖で失禁し、カボチャパンツに染みが出来ている。
足元へと水が伝っている。
どうしようか、俺がここで狼を殺すことは簡単だ。が、そんなことをしてしまっていいのだろうか。
ここで俺が狼を殺せばこの女の子は俺を怖がり、避けるかもしれない。
今俺を避け、一人で森の中を彷徨えば死亡することは火を見るよりも明らかだ。
俺の力を見せずに狼から少女を逃し、少女を逃がした後俺も追いかける。うん、この考えがベストだ。
そう考えていた時、少女が必死に叫んだ。
「らめ! らめだもん! 猫ちゃんはらめ! 来ないで!」
「……!?」
俺は耳を疑った。
失禁し、狼を前にしながらも、命の危機に瀕しながらも俺を庇った。
いや、実際自分の命の危険に気付いていないのかもしれない。だが、失禁するほどの恐ろしさは味わっているはずだ。
それでも、俺を守ろうとした。
その行為はそれだけで、この少女を雄弁に語っていた。
俺が守る。
決めた。
俺が守る。俺がこの子を守る。誰にもこの子を傷つけたりはさせない。
決意した。俺は決意した。
心根から異常な優しさを持っているこの子を、俺は守る。
「ガルアアアァ」
狼が少女の喉元を噛み切ろうと跳躍する。
「ひっ!」
少女は必死の形相で体を反転させ、俺を抱き上げ庇うような形になった。
心の底から、俺を守ろうとしていた。
出会ったばかりの俺を、守ろうとした。
守りたい。
俺はこの子を守りたい。
守る。
「みゃー」
俺は少女の手元からするりと離れ狼に立ち向かい、三叉の尻尾を軽く薙いだ。
俺以外の全ての時間がゆっくりと過ぎた。
俺は、化け猫として体内に巡っていた大量の魔力を脳に集中させ、全ての感覚を鋭敏にさせる。
相手がゆっくりと動いている。蚊でも止まりそうな遅さだ。
「ガッ」
突如、眼前の狼が半分に割れた。 いや、割った。真っ二つに、切断した。
薙いだ俺の尻尾は狼の頭先から尻尾に抜ける。
研ぎたての包丁が豆腐を切るように、するりと切断された。
俺は出来るだけ脱力し、最も美しく狼を殺すよう加減した。
「……」
「……」
狼は沈黙している。連れの一匹が成す術もなく死亡したことに茫然自失とし、動きを止めていた。
狼にも知能はあった。
「キャイーン」
という声と共に残りの二匹の狼は逃げ去っていった。
少女を守った。
俺は少女を守ることが出来た。
「みゃー」
俺は勝利の雄たけび、もとい鳴き声を上げる。
俺は少女を守ることが出来た。初めて何かを守ることが出来た。それだけの力が、身についていた。
「え……」
が、少女は喜んではいなかった。少女は茫然とした声を漏らしている。
嫌な予感がした。
嫌われるのではないか。逃げられるのではないか。
出来るだけ嫌われないよう、練習した媚びる声を出す。
「みゃぁ~」
が、少女は表情を変えない。表情を変えないまま、言った。
「ありがとー。でも……猫ちゃん、らいじょーぶ……?」
心配していた。
俺の安否を、心配していた。
どこまでも心根の優しい少女だった。
俺は嬉しくなり、頬を摺り寄せ喜びの声を上げる。
「みゃーん、みゃーん」
「猫ちゃ~ん」
少女も喜び、俺と頬をすりすりする。
その後俺は少女に抱かれ、少女と共に森を抜けるよう徘徊した。
なかなか進まないです。