第10話 叛意
魔王は満身創痍の様相で、全身血に濡れ、片手を押さえながら足をずるずると引きずっていた。
「魔王様! お怪我はご無事ですか!」
「魔王様!」
と、俺と同時に召喚されたのであろう魔族や補給係が続々と魔王に集まっていく。
「どけ!」
が、魔王はそれを歯牙にもかけない。
「おい、お前。俺に食われろ」
「あぁ、ありがたき幸せ!」
魔王は近くにいた魔族に命令し、魔族の顔をわしづかみにする。人間の侵入で大きく傷を負い、他の魔族から生命力を奪うという算段なのだろう。
「あぁ……」
魔族は魔王に掴まれ、そこから魔力を奪い取られるが、恍惚とした表情で身を預けている。魔王に魔力を取られるというそのことこそ、魔族の至上の喜びとすらいえるのかもしれない。俺はごめんだ。
魔王によって生命力を吸い取られた魔族は体がやせ細り、顔は干からび、千年もの間天日干しにあったかのように乾き、やせぎすの体となった。もはやその体に生気はなく、おそらくは死んでいるのだろう。魔王の部下にとって魔王から直接に力を吸い取られるといったことは光栄なのかもしれない。俺が下位の魔族だった時も俺がそれを喜ぶことが当然だと言わんばかりに容赦なく痛めつけられた。
理解できない文化だ。
近辺の魔族の魔力をあらかた吸い尽くした魔王は、俺に向かってゆっくりと歩いてくる。吸い取った魔力自体が質の悪い下位の魔族からだったからか、あまり体に回復の兆しは見えない。
「光栄に思え、お前の魔力を私が受け入れてやろう」
魔王はそう、高慢に言い渡し、俺の顔に手をかざそうとした――が、俺はそれを拒み、真横に飛び退る。
俺が何の違いもない普通の魔族だったなら、魔王に仕えることを至上の喜びとするような魔族であったのならば、喜び、魔王の血となり肉となることを許容しただろう。だが生憎俺はお前に無下にして殺された元下位の魔族だ。お前に殺されてやる理由なんてない。
「貴様……」
魔王は静かに額に青筋を立てる。
「私に魔力を渡せと言っている」
魔王は力づくで俺から魔力を奪おうと肉薄してきた。が、百五十七回の転生を終えた俺に魔王の動きは遅すぎた。
恐らくは幹部級の魔力を体内に有すこの身体に加え、満身創痍の魔王、加えて何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も殺し合いを経験してきたことで身に着けた戦闘スキル。
俺が魔王に負けるような要素はどこにもなかった。
「うがああぁぁっ!」
言葉にもならない言葉で魔王は俺に襲い掛かり、かばっている右手に狙いをつけ、右手側に回り込む。まともに攻撃できる腕から距離を取ることで直撃を避け、さらに俺の攻撃を防ぐことが出来ないよう、右手側に回った。
魔王は目を見開き、こちらに向き直る。
が、そうすることも予想通りだ。魔王が右手側に回った俺に向きなおそうとした瞬間右手側に飛び、飛ぶと同時に裂帛の気合と共に右手に殴打を繰り出す。
「っ…………!」
そこはさすが魔王というべきか、痛苦に悶えるような声は漏らさない。
しかしダメージは確実に蓄積され、俺の殴打によって右手が根元から粉砕する。
「貴様……何故私に反抗する。お前は私の部下のはずだ。幹部にして反逆心などに目覚めたか」
「違うね、俺はあんたに悪逆非道の限りをつくされた名も与えられなかった下位の魔族だ」
「何を……」
理解できないといった面持ちで立ち尽くす魔王に、新たに殴打を加える。
「ぐぉっ……」
ついに痛苦に耐え切れなくなったのか声を漏らすが俺は殴打を続ける。
魔王の体中に拳の痕が出来上がり――
「貴様が私を殺したとしても下にいる人間どもに殺されるだけだ、俺の血となれ。よく考えろ」
それでも魔王は俺を説得する。
だが俺は止まらない。俺は魔王に殴打を続ける。
魔王も俺を説得することを諦めたのか、ついに俺に反撃してきた。
そこからは血みどろの戦いだった。