第八章 ラザフォード司教、祭典に出席する。
ラストです。
今日は件の満月時に行う祭典……緑化祭だ。結局、あのあと一睡もできなかったからな。夜が明けるころ、ヴィルドさんとお別れしたよ。約束の日だったからな。やっぱり、残ってくれねぇかな。
クリスを連れて、憂鬱に回廊歩いちまうよ。やたら声をかけられるが、平気よ。まったく、しつこいのー。
「本当にもう歩いて大丈夫なのねー。別に、今日じゃなくてもちゃんと紹介するよ?」
だから、なんでさっさと来ちゃうかなぁ、このじじいは! 緋色の正装法衣を着て。後ろに白い法衣を着た補佐もいるし。腰には緋色の布巻いてるんだね。
紹介って……? あぁ、そういえば今日だっけ? 例の司教のお披露目。……すっかり忘れてたよ。
「……ラザフォード司教、素で忘れてたね? そうそう、あの子がさ、ラザフォード司教にお礼言ってたよ? いい経験になったって」
ヴィルドさん、俺にはそんな素振り見せなかったのに。じじいには、そんなこと言っちゃうのな。
「俺んとこに来てくれますかね? 感知系で実地でも動ける人間って、俺のとこ、貴重なんですよね」
ヴィルドさんがいてくれるなら、今日みたく教会へのシフト決めとかいろいろ楽なんだけどな。おっちゃんとか、他のも午前中やら、休日返上でやってくれてるからなぁ。
「そこんところは、ちゃんとそっちでコンタクトとってよ。どうなるか、僕は安易に想像できるけどね」
やれやれとため息をつくじじい。なんだよ、それ。
一応歩きながら話しているが、誰もこっち向ねぇな。楽しい話でもねぇからか。
「そういえば、春の試験に受かった司教は、慣例として、聖誕祭の次の祝日の……ミサ時に紹介する習わしでしたよね? ……どうして今回、その司教だけ例外なんです?」
みんなが疑問に思ってても、ろくに聞いてないんだろうなぁ。そのせいで風船が語るようなデマが流れるくらいだし。
「――あぁ、それはね」
俺とじじいの後ろから来る、やけに背が低い、黒服に自身の身長以上の一・五倍ほど銀の杖…錫杖を持つ子供。……あれが噂の?
「――あぁ、ちゃんと一人で着れたんだね。やっぱりさぁ、補佐くらいつけた方が、いいんじゃないの?」
じじいも自分が推薦したというだけあって、その司教に気さくだ。
……そりゃそうでしょうね。
「結構です。どの道、仕事の足を引っ張るだけですから」
ものすごい高飛車発言。……えぇ、えぇ。そうでしょうね! 誰もついていけませんよね!
「そんなに怒らなくてもいいじゃない。キミについていける人間なんて、そうそういないよ。あらかじめ、今回はそのための研修だって言ったじゃない。機嫌直してよ。ヴ《・》ィ《・》ル《・》ド《・》」
……新しい十歳の司教、あなたかよ!? ヴィルドさん!!
そりゃあ、悪魔祓い師の一級や二級の試験受けねぇって俺が聞いても断固拒否だよっ! すでに受かっている人だったよ! 失礼すぎたよ! ごめんねっ!!
じゃあ、あの孤児院でのハンス司教補佐のおめでとうは、一級の資格に合格したからだよ! それなのに、まだ修道士服で、俺と一緒だから、なんでかなって思っていただろうねっ! エドガーも十歳なのに出て行ってさびしいっていうのもわかるよ!
しかし、司教より上って……。枢機卿か巫子か。偉い大きな野望だね、エドガー。
ヴィルドさんは、俺の方を見て「こいつ、やっぱり気づいていなかったんだ。気づけよ、この鈍感」って言いたげだよ。クリスだって、気づいていなかったよな?
「え? 俺は知ってましたよ? じゃなきゃ、あんな危険な囮作戦を何度も決行しません」
うそーん。じゃあ、アンジェ襲撃もヴィルドさん仮死化もヴィルドさんの本当の位、知っててゴーサイン出したの? 他の連中、みんな知ってたの?
「……薄々は気づいてたんじゃないかと。……っていうか、司教。今の今まで本当に気づかなかったんですね。本っ当におめでたい人っすね。常識的に考えて、そんな子供が何人もいるとは考えられないっしょ?」
ほっとけよ! お前はいつも一言多いよ!
そうだ。これを機に勧誘を……。
「お断りします。普通の修道士レベルにまでわざと落としていたとはいえ、気がつかないなどありえません」
普通でもなかったよ?! 暗部に通じまくってる修道士だって思ってましたから!
「ラザフォード司教にばれたら、即お披露目だったんだけど。なかなか、気づいてくれなかったからね。早かったら、初日、それか最初の一週間で普通気がつくでしょ。本当、どっか抜けてるところはそっくりだよ」
「似なくていいとこ似たねー」と呟くじじい。だから、誰によ! ヴィルド預けたやつか?
「うん。中央行ったからねぇ。『なんでよりによって悪魔祓い師にするんだっ!』なんて怒鳴りつけられたよ。本人の希望だって言ってもなかなか聞き入れてくれなくてねぇ。本当に大変だったよ」
笑い話みたく、じじいは、けらけらと笑ってるけどよ。俺に右手を縦に振って「ねぇ、おくさん知ってますぅ?」みたいなノリで言われても知らんがな。
それがあっち行けの合図なのか、じじい付きの司教補佐は一礼し、クリスを連れて先々と行っちまった。もちろん、他の司教方も早々に行くように手配していた。……本当に有能だな。
そんな空気を察知したのか、元々興味もないのか、ヴィルドさんもいねぇし。いつ消えたんだろ。
「そしたらねー。もう片方にも『ダメ、絶対!』なんて怒られちゃったよ。試験そのものより、そっちの説得の方が大変だったかな?」
だから、しみじみ語られても、俺はヴィルドさんを預けた人ら知らんというに。そもそも、ヴィルドさんって孤児院にいたのにそんな知り合い(?)みたいなのいたんだね。ちゃんと面倒みろよ。
「……ん? 面倒みたらさすがに大騒ぎになると思うよ? だって、ヴィルドを僕に託したのって、天空神と《・》大地神だからね。巫子候補にっていわれていたのにその天敵の悪魔祓い師じゃあ、怒るよね」
ニヤニヤ笑うじじい。めちゃくちゃ人が悪い。悪すぎる。ヴィルドさんが知らない重すぎるものの正体それかよ! 俺も中央で両柱とも会いましたが。会ってますけど、普通は思わねぇからね? あの風船の噂話、デマだって一蹴した方が正しかったのかよ。
俺が天空神と似てるって。……確かに、血縁関係、薄くても天空神とならあるとは思うけどさぁ。不敬すぎるだろ、じじい。かつて、よき理解者であったじじいだからこそ、両柱もたくしたんだろうが。どっちにしろ、断れねぇな。
あいたたた、と頭を押さえますよ、俺も。他の司教には聞かせられん話だろ、これ。なんで俺に言うのよ。知らん方がよかったかもしれねぇ。
「だって、同じ悪魔祓い師のよしみだし。知ってた方がいいかと思って。このまま成長すれば、神か魔王かって両柱も恐れていたそうだったよ。末恐ろしいだろ?」
神も恐れるって、ヴィルドさん。マジでどんだけ人じゃねぇんだろうか。俺、疑い出したよ。
「……本人はそんな自覚ないけどねー。中央では、著名だったそうだけど。天空神が手こずった悪魔憑きだったこともあるそうだし。中央の司教を暗殺したのもそうだったかもしれないとか。ついたあだ名が死神だったかな。姿をほとんど見せない一流の、ね。もっとも、僕の話も天空神や大地神からのまた聞きでね。一部間違いや誇張もあるかもしれないけどね」
おっちゃんの言葉は正しかったよ。……恐ろしすぎた。
★
じじいから、そんな話を聞いたせいか、フレンドリーに『ヴィルドさん』なんて呼べねぇ。知らない方がいいことって、世の中いっぱいあるな。
悪魔憑きいねぇかなって探しているけど、全然わかんねぇな。いやね、そりゃー、今日も俺の周りには女性とかいるけどさ。ヴィルドの方にもいるわけね。ほら、若いし。パッと見た感じ、凛々しいからね。
で、一応、研修中ってことだから、医療系も使えるし? お前、二級受けろよー。受かるよ、絶対。
「……なぁ、そういや、やりたいことって何なんだ? 悪魔祓い師としての功績だって今回の件しかり、その他にもすでにあるだろ」
中央でも黒死病が流行ったと言った。それはつまり、その病原菌を持つ魔物やネズミが今なおいる……いたということだ。
……じじいが、先月の満月の祭典に帰ってこられなかったのも、それが原因だ。
本来なら、その前の晩に帰ってくる予定だったんだと。
この御人、あろうことか地下道を火の海と化して、三日三晩燃やし続けた、と。で、その後始末にじじいも悪魔的……いや、猟奇的解決法を示した当の本人(?)も奔走されたそうだ。
幸いなことに、その炎による犠牲者はいないことになっている。……その炎の火力が半端なくて、骨すら残らなかったというのもあるそうだが。
……いや、もう人じゃねぇよ、あんた。北の地では、平和的にしてくれているようで、よかったよ。本当にそうしてちょうだいよ?!
「―――それは、私に聞いているのですか、ラザフォード司教」
顔にあざがあるからっていう女の人のあざを消して終わり、振り返る新司教。……いや、もう同じ人だって思いたくないんだけどなぁ、俺。
「当然じゃん。他に誰がいんのよ」
肩をすくめる俺に、じーっと見つめる新司教。何よ。文句あんの? 前みたく、名前呼べってか? いや、無理かもしんね。あんな所業を知っちまったからな。
「……中央には魔獣を操る者もいます。現に、暗殺ではそれを使っている者もいました。一刻も猶予がありませんでしょう?」
あー、それでそんな猟奇的な手法とったのか。……なんて納得するとでも?! 質問そらさないでくれよ! ちゃんと答えろや!
「……わざわざ、ラザフォード司教に言う必要性を感じえませんが?」
生意気すぎるね?! オイ、クリス。お前からも言ったってっ!
「司教がヴィルドくん……じゃなくて、ヴィルド司教に騙されたって感じちゃてってね。すねちゃってんだよ。いつもながら、大人げない人だから、無視してくれていいよ」
ちょい屈んで言うクリス。なんでそっちの味方すんのよ! 俺の味方してくれよ!!
ヴィルドのやつも「かしこまりました」なんて言いやがって。なんで、クリスには丁寧なんだよ! 俺にも言ってっ!!
「しかし、そんなこと司教に言ったんだ? ――俺も気になるなぁ」
クリス、うまいなぁ。これなら、吐きそうだ。
「……一定の資格の二級以上を取ろうとしている。ということで、ラザフォード司教なら、気づかれていると思ったのですが、無理ですか」
……うん、わかんない。
「ごめんねー。うちの司教、ヴィルド司教ほど頭切れなくて。そりゃー、一カ月預かってても、ヴィルド司教のことまるで気づけない脳筋で単純な人だから」
言葉ー!! ザックザック傷ついてますよ、俺! 俺のことけなしすぎだろ、クリス!
「ヴィルド司教はどこかの教会に行きたいんすよ。そのために今勉強中なんですよ」
「もうー」とあきれるクリス。……そうか、医療系も薬物系も、下水絡みも道路の修理も全部そうだったよ。あと農業絡みとか温度絡みとかしねぇといけなかった気が。
「そうっすよ。だから、悪魔祓いばかりでは働けませんよってことっすよ。だから、ラザフォード司教と一緒に宿舎には帰れませんってことっす」
「ねぇ?」と確認するクリス。そういう意味だったの?! やっべぇ。俺、こういうことはノンタッチだから、本当によく分かんねぇや。
「……いやさ。教会行きたいって。めっちゃ出世コース外れるぜ? いや、そんなの興味ねぇっていうのはわかっているけどさ」
だって、巫子候補だったんだし。ちょっともったいないだろ?
「そうでもしなければ、北の地は豊かになりません」
この地の元王族としての義務感からか? ご苦労なことで。
クリスは、話が重くなると気がついたのか「飲み物持ってきます」と言って席を外した。優秀な翻訳機が。ちゃんと言葉足らずにしゃべってくれよ?
「ラザフォード司教も、早合点をする癖を直された方がよろしいかと」
ほっといてくれや?! っというか、俺また何かしたん? 義務感ないってか? ま、そんな大昔のこと、知ったこっちゃないってか?
「分かればよろしい」とばかりに俺を見るのね。じゃあ、なんで北を豊かにすんのよ。出身場所、中央でしょ?
「……ここにはお世話にもなりましたし。迷惑もたくさんかけましたから」
目をふせて、また重い話? 厄介なの? 基本過去には興味ねぇって言いましたが。話してくれるなら、聞きましょう。
「……私の父は悪魔契約者で、母はおそらく、悪魔だったのではないかと思われます。物心がつくと同時に亡くなりましたが」
周りに誰もいないからか、口も滑らかね。
母親が死んだのが一番古い記憶って。トラウマじゃね? いくら悪魔だったとはいえ。
「その後、父は別の悪魔と契約したそうです」
どんどんきな臭くなってきたね。その悪魔って……。
「……魔獣を召喚することに長けた悪魔でした。もっとも、父が死ぬと同時に北の地へ来ましたが」
俺が祓った悪魔、か? そんな悪魔とかかわりのある人間だったなら、当然知ってたよなぁ。魔獣のことも全部。……っていうか、その悪魔、もしかしなくてもお前追ってきたんじゃ……。
「……………」
何も語らず、ただ俺を見るだけ。おい、そうじゃないよな?! 違うよなぁ?!
……いや、しかし、時期的にも、かなり合致しているよな?
沈黙が重いぜ? それなら、孤児院でのアンジェへのあたりもなんとなくわかってくるが。
「………もしかしなくても、その契約者―――お前殺した?」
父親相手にするか? なんて思ったが、アンジェの元契約者へのあたりを考えると、うんダメだ。疑惑がもうほとんど確信に変わった。
だってその仮説、契約者を殺したんなら、しつこく悪魔が追いかけてくるっていうのも分かるぞ。仇討ち的な意味と新たに契約をってやつでな。
そんな痕跡を残すようなヘマしたのよっておっちゃんなら言うかもしんねぇが。当時、六歳かそこらだろうからな。殺すだなんだって気分は良くねぇが。
いやいや、ついでにその悪魔は中央から疎開してきた人間を糧にしたっていうのもあるかもしれねぇが。
視線をそらさずに、じーっと見るだけっていうのも辛いな。しゃべってよー。祓う前に、その手の確認もしておくべきだったかな。相手も相当強かったし、性質悪かったし、更生の見込みなしだったから。早々に祓ったからなぁ。真実は闇の中……か。
「悪魔祓い師一級の最終試験が、一週間以内に地下にいる魔獣の掃討でしたから。もちろん両柱神の許可を得て行いました」
……えっと、藪から棒に何言いだすよ? まぁ、試験なら仕方ないか? もう、嫌がらせの前にいじめだろっていうレベルじゃねぇか。よっぽど両柱、ならせたくなかったんだな。
「しかし、そんな猟奇的犯行よく許可したな。両柱も無策というか」
「提案してみると、できるものならやってみろと売り言葉に買い言葉といいますか。神話通りに喧嘩早い神でした」
天空神の方だろうな、その発言。本当に考えなしというか、何というか。脊髄反射で発したんだろうなぁ、本当に単細胞というか脳筋な神だ。完全にごり押しで力技じゃねぇかよ。……そんな神に似てるって言われる俺って。もう、泣くぞ。似てねぇよ。俺はもっと思慮深いわ!
じゃあ、大地神の方はどうなんよ。あの神、どっちかというと策士家っぽいところがあるからな。
「いつかは駆除しなくてはならないことですし。早い方がいいだろうとのことで、笑って了承していました」
わぁお、あの神らしい。成功しようと失敗しようと、どちらに転んでもオッケーってやつかよ。さすが。
「で、実際にやって、天空神キレたんちゃう? 自分からふっておきながら、な」
「全くです」
やっぱりなぁ。まぁ、それはヴィルドの身を案じてっていうのもあるんだろうけどな。あの神って神話を紐解いたら、ちょいツンデレなとこあるし。……うん、似てないな。俺はちゃんと好意には好意で返すし。
「……できるからってすんなよ。そんな猟奇的なのさぁ。三日三晩、お前が火を燃やし続けたってことは、その間寝ずに呪術式を展開させ続けたんだろ? その間……天空神、止めに入らなかったんか?」
「それは、もちろん」
はっきり答えんなや。だったら止めろよ、なんて言葉が喉まで出かかった。だが、そこはぐっとこらえた。こんのチートやろーと内心では思っているが。
「しかし、そんな大規模な呪術式、よく知ってたな」
コントロール大変じゃね? そういう意味だったんだが。間違って解釈してくれて。
「劫火の悪魔と呼ばれる南部を昔守護していた神が得意としたものです。もっとも、私とて全力で使うのは初めてでしたが」
「そりゃー、使う機会なんてないもんねぇ。……ってアホかぁぁぁぁぁ?! そんなやつ、実際に使うなや!」
実際にちょっと知ってる、聞きかじっただけの呪術式使って、失敗して人や物、そして村や町なんかを巻き込んだ事例も少なくない。掃いて捨てるぐらいに存在する。下手をすれば、国丸ごとが滅んだ例もあるくらいだ。だから、そんなのは向こう見ずもいいところだ。
ちなみに、悪魔や神っていうのは、本当の名前のほかに通り名のようなものがつくんだよ。二つ名っていうほうがしっくりくるか。さっきの悪魔しかり、天空神、大地神しかりな。通常はやはり、その者の特徴に近いものがつくな。確か、俺が祓った悪魔は疫病の悪魔だったかな。モラさんだって潔癖の悪魔だし。猫は……猫だがな。本人……いや本猫にきくが。忘れたよ。
「……こんのデーモンめ! 悪魔より悪魔的ってなんだ!」
「私は人間です。くれぐれもお間違いなきよう」
冷静に指摘してもダメです。あんなことしでかすようなら、もう人間じゃねぇよ!
「黙れ、混沌の悪魔! いや、大魔王か? いろいろ破壊しすぎだ!」
こいつがもし万が一にでも神化したら、破壊神だろうな。間違いなく、悪魔化……魔王化の方が可能性は高いが。
「ですから、まだ『門』はくぐっておりません。何度言えばわかっていただけるのでしょう」
「くぐってなくても、そばにいたことが何回かあんだろ!?」
あんな桁違いの異質な空気に間近にさらされて平気っていうのはおかしいだろ! 仮死状態のふり、続けられねぇっつうの!
「ラザフォード司教は細かいことを気にされるのですね」
やれやれとあきれているようだが、細かくねぇよ! 結構大事なことだよ!
「悪魔祓い師なのですから、何事にも耐性があるだけです」
本当に面倒くさいやつって言わんばかりに言ってんじゃねぇよ! 耐性ってレベルじゃないよね?!
「――っていうか、中央で悪魔祓い師一級の試験受けながら、別の二級を受けるって何だ?! どんだけ、資格好きだよ!?」
そりゃー、教会の責任者になるなら、仕方なかろうが。
「実務経験が問われる医療系はまだですが、薬物系は受かりました」
あぁ、薬物の作用とか呪術式とかがわかれば受かるもんね、二級。それでも、すげぇな?! 数百、数千とあったと思うんだが?!
「私、薬物系の方々に御呼ばれしているので行きます。契約者や悪魔憑きがいたら気がつきますので、お気遣いなきよう。むろん、そちらを優先させていただきます」
じゃあね、とばかりに杖を振るデーモン。いや、そりゃあ、俺と同格だし? いいけどね? いいですけどね?! デーモンだもんね!
「……っていうか、デーモン! 医療系も受ける気か?! 実地のために、俺かよ!」
やっぱり、俺実験体?! 絶対に嫌なんだけど!
「私は人間です。秋の二級を受けてみてはどうかと枢機卿からも勧められましたから」
「あー、じじいに勧められたら断れんわなー。―――って、だからって俺を実験体にするんじゃねぇって言ってんだろうが!」
俺が猛抗議しても、どこ吹く風。全く悪びれた様子ねぇな。
「ご心配なきよう。こちらでは初めてですが、した経験はあります」
何回か言ってたからね。でもさ、それっていくつの記憶だよ! 少なくともブランク、四年はあるだろ!?
「かしこまりました。ラザフォード司教は抜糸をされるのは嫌だと。西区の司教にもお伝えしますか」
「抜糸が嫌なんじゃねぇ! お前が嫌なんだよ!!」
じろりと威嚇するように俺を睨んでもダメです。絶対、嫌だかんな!
「縫うのは良くとも、抜かせては下さらないのですね。残念です」
「糸縫ったの、お前かよ?!」
素人な俺から見ても丁寧な仕上がりーと思ってたけどな!
「……やはり、意識がない時でなければ素直になって下さらないのですね」
「さっきから、誤解を招くような発言しないっ!!」
デーモンめ、なんつぅこと言うかな?! ひとり言のように言っても、俺にも聞こえてるからねっ?!
――っていうか、クリス来たから立ち去るのね。ほら、両手に飲み物持ってきてるけど、あいつ、一礼して行っちゃったよ。
「クリスー、助けてくれ。デーモンのやろーが、俺の抜糸までするって言い出すんだ」
「当然でしょ? 司教の主治医はヴィルドく……ヴィルド司教なんすから」
クリス、今さらっと怖いこと言ったっ! 俺の主治医、いつからあいつになってんだよ?!
「内臓系やられて、今こうして無事なのも、ヴィルド司教のおかげなんですからね? たかが、教会区の司教くらいが治せるようなケガじゃなかったんすよ?」
「こんの司教、本当にわかってるんですかねぇ?」と小姑っぽく嫌味言われた?!
「そんな命の恩人様をデーモンって。本人が毛嫌いしてる呼び方するなんて、うちの司教は本当に恩知らずっすねー。心狭いっすねー」
クリス、どんだけあいつの肩もつのよ?! いつか、不敬罪で首にしてー。これで仕事ができるんだから、嫌味だよな。
「なんでって。そりゃー、ヴィルド司教は職務に真面目だし? きっちりこなしてますからね。そういう方とは仲良くしときたいに決まってるっしょ?」
そりゃね。同じお近づきになるならね。……ただし、それは話のわかる人間に限るがな。だから、あいつはその限りに入んねぇの! 人間じゃないし、話も通じねぇし!!
「大の大人が子供に嫉妬なんてみっともねぇっすよ? ヴィルド司教が主治医嫌って言うなら、ここの司教に診てもらいます? セカンドオピニオンって最近、流行りですし。どうせ、俺達の仕事って人が多いとこ行かないと意味がねぇっすね」
そりゃー、クリスがいいっていうならな。俺に異論はねぇよ。
医療系と薬物系って、こういうミサにおいて人気を二分するとこだけに、人も多いのな。だから、デーモンと二手に別れたっていうのは、よかったかもな。
★
クリスいわく、悪魔憑きも契約者もいなかったとのことだ。しかし、司教に縫い目を診せたっていうのが悪かった。
……いや、もちろん俺にとってね? めちゃくちゃ俺が叱られた。理不尽だ。
主治医が二級とるための訓練生だってとこまでは、まぁ、よかったんだわ。俺みたいな命がけの部署だから、医師もやっぱ一流がいいよねー、みたいな感じで同意してくれたわけな?
で、そいつが自分で抜糸したいとか言ってるわけで。ちょい不安だから診てくんね? とか軽い感じで言ったわけよ。もうちょっと丁寧な言葉遣いだったけど。
北で、医療系トップの司教様は、忙しくても心よーく引き受けてくれたわけで。
もちろん、俺の後ろで見ているクリスはいい顔しねぇけどな。一応、俺も二級持ちですけど、丁寧な施術ですよーとか。なんなら俺が抜きましょうかー。めちゃくちゃ痛いと思いますけどねーとか。茶々入れてきてたけどな。
俺の腹を診た司教の感想。うちで働けばいいのに。
何でもこういう施術って、皮膚を切ったり異物を取ったりするよりも、皮膚同士なんかを縫ったり組織や臓器を修復させたりっていうほうが、その施術者の腕がわかるんだと。文句なしにいい腕で、いい主治医だってさ。なんで二級とってねぇんだよ。むしろ一級の司教位でも問題ないレベルだと。お墨つきをいただいた。遠慮なく練習台になってやれってさ。
くっそー。それが嫌だから、お願いしたのになー。
しかも、いらんことに来週とか言わず、今日でもよくね? なんて。私の方から言っといてあげるよーとか。
やめて!!
★
……後日談。自称主治医のデーモンはさすがに今すぐ、じゃなくて。その次の日にしましょうってことで抜糸しましたが。
えぇ、しましたよ! 嫌々ながらな!
北部大聖堂内の医務室の責任者な医療系司教様、立会いの下! 上半身裸の無防備な姿で、ベッドに横たわってさ!
相手デーモンだぜ? いつ寝首かかれてもおかしくない相手だぜ?! 警戒すんなっていうほうが無理だろ!
俺が変に警戒していたからか、一言デーモンから付け加えられた。
「ラザフォード司教を亡き者にしようと思えば、わざわざ今や眠っている時を襲わずとも出来ますが?」
治療中に俺の気を紛らわせるために言ったにしろ、笑えねぇ! 普通に歩いている時でも出来ます宣言、恐ろしすぎるだろ! だから今の状態でも気にするなって言いたいのかもしれねぇけど、全然安心できねぇ!
確かに、俺が力んでいたせいもあって。施術主がいらん発言したからな! 痛かったといえば、痛かった。だが、今まで抜糸した中では、痛くない方ではあった。クリスの時とは比べ物にならねぇくらい、痛くなかった。
あと、縫った痕も切った痕もなぁ。結構きれいなんだよな。それでも二十針だとデーモンは言っていたが。呪術式で、縫った痕も消そうと思えば消せるってレベルなんだよ。……悔しいけど。あらかた、くっつけておいて、念のため、糸で縫いましたってやつなんだろうが。じゃなきゃ、こんなに早く現場復帰できねぇし。
「痕が気になるなら消せますよ」ってデーモンも言ってたが。大人しく辞退した。ケガは男の勲章なんてことはいわねぇが。施術主がデーモンだと……なぁ? 別に気にならねぇし。
そういう体の傷痕なんかを消せるなら、ひょっとしなくても、自身に彫られた呪術式も消せるくね? なんて聞いてみた。そうしたらかわいげもなく、あっさり肯定された。有用性があるから残してるんだと。なかったら、消して違うの描いてるよな。デーモンだし。マッドだし。
金輪際、ケガしねぇし、デーモンの世話にはなんねぇぞ、と俺は誓った。もういっそ、かかわんねぇぞと宣言したのだ。
そんなことを面と向かって言うと、デーモンは「そうですか」の一言だけ。本当に張り合いのねぇやつだ。相手にしねぇんだぜ。もう無視。眼中なしなんてばかりに。
猫より連れねぇよな、デーモン。
「そんなにヴィルド司教に構ってほしいなら、そう言えばいいのに」
なんてたわけたことをぬかした補佐には俺の方から黙らせた。子供なのに、もう一人前ですよみたいな顔してんのがむかつくんだよ。それ以外に他意はねぇっつうの!
おっちゃんいわく「そりゃー、ヘマした時、自分で治療できないとやっていけない業界だかんねぇ。誰も治してなんてくんないよ?」だから。それなりにできるでしょうね! 元が一流のその道の人でしたからねっ!
「悪魔絡みんときは、またお世話になるかもしんねぇんすから。仲良くしましょうよ」
俺は絶対嫌だかんなっ! デーモンの手を借りずに終わらせてぇよ!
もしものときはクリスか悪魔連中を窓口にするか?
「すんげぇ、後ろ向きっすね。普通に仲良く歩み寄ってもらいたいんすけどね」
やれやれとばかりにあきれるクリス。向こうがそう言ってくるなら考えてやらねぇことはないがな。俺からは歩み寄りたくねぇ。いや、もちろん、そうしないと住民に被害が出るって言うなら、話は別だが。
「そうなったら、ヴィルド司教の方があっさり折れてくれますよ。ヴィルド司教の方が、断然大人ですからね」
俺がガキだって言いたげだが、んなわけあるか! 俺だって、そこは大人ーな対応するわ!
「え、司教が? いや、無理っしょ? うちの司教にそんな腹芸ができるなんて期待してませんよ。孤児院でやったお芝居の方がマシなんじゃないですかレベルでしょ?」
鼻で笑うんじゃねぇよ! こう考えると、クリスの方がデーモンよりか暴言多いよな。内容からいって、デーモンが正論で、クリスは嫌がらせだけどな!
「それくらいの対応くらいできるわ! 人を何だと思ってんだよ!」
「キング・オブ・子供?」
クリス、いつか絞める。
「――医療系では、もう世話になりたくねぇよ」
俺がケガするって意味だからな。絶対嫌だ。痛いの嫌いだし。俺が呟くとクリスもあきれ気味に返した。
「いや、でもなぁ。司教、けっこー鈍臭いっすからねぇ。くれぐれもヴィルド司教のお手をわずらわしちゃダメっすよ?」
……いや、クリスの場合、親愛を込めてズケズケ言ってくるって思いたいんだけど。――――思いたいんですけどね?!
「うるせぇよ! 今日も張り切って見回り行くぞ」
真面目に仕事しろや、と俺の方から打診してやった。まぁ、俺一人飛び出していくと、後ろで小言言われるのがオチだからな。クリスがいねぇと識別できねぇだろだの。心配性のおかんにとやかく言われたくねぇっての。
変な悪魔が乱入してこようと、魔王が現れようと、俺の仕事の邪魔と住人の生活を脅かすなんてことさせねぇぜ。
ご愛読、ありがとうございました。同じキャラを使って別シリーズを作りたいなぁとか考えてます。
ラザフォード→ヒロインwww
ヴィルド→ダークヒーロー
クリス→おかん
バルト→影のドン
なかんじでずっと進めてました。
ラザフォードは非常に書きやすいキャラでありがたいです。
あくまでコメディ(ブラックがかってても)です。恋愛はゼロです。そこから発展はありません。