第六章 ラザフォード司教、契約者を捕まえる。
今回は短めです。
ヴィルドさんと一緒に歩かんかったせいか。全く進展もなく、祝日の礼拝の日を迎えた。
略装の司教服である法衣と違い、生地もちょい高め絹の黒の法衣。刺繍も結構凝ってくれてるのね。黒と白糸でしてくれてんの。一応、宗教家の間では金糸と銀糸が禁色として、巫子と特例を除いて使っちゃいけねぇからだと思うが。いつもより縦に長い黒の帽子を頭にのっけて、白い布のストラを肩にかけて出来上がりっと。やっぱり、これをつけないと落ち着かねぇな。このときだけ、司教位を示す銀の杖……錫杖なんかを手に持ってるけどな。
正装の司教服を着た俺をちらっとヴィルドさん見ただけで、配属予定の西区の教会に行っちゃった。馬子にも衣装とか思ったんかね。
いくら司教の正装とはいえ、俺とクリスくらいしかこのときばかりは、黒っていねぇから浮く。他の司教達も法衣だけはこのとき白を着るから。そういう意味で、悪魔祓い師って特殊なんかもね。
キョロキョロと目だけ、周囲にやっているが。いねぇな、噂のチビッ子悪魔祓い師司教。そのチビッ子の法衣も黒だろうし、目立つと思ったんだが。
今日は大聖堂の一部も一般公開して、市民も中に入れる。市場も開かれるからなぁ。薬草院なんかの連中は、今日を筆頭に稼ぎを出すんじゃなかろうか。
「………クリスよー。この杖、打撃用にうってつけだよな」
もうちょっと、太さだってあってくれた方が、悪魔や魔獣なんかをぶん殴るのにちょうどよさそうだが。俺の片手で楽々握りこめるから、結構華奢なんだよ。
「不謹慎っすよ、司教。バルドさんやヴィルドくんみたいなこと言わないで下さい」
……言ったんか、ヴィルドさん。昨夜、クリスとモラさんと一緒に正装の準備してた時、ヴィルドさんもおっちゃんもいたからな。その時かね?
シャラシャラ杖鳴らして歩いていると……やっべ。今嫌な顔が視界に入った。無視を決め込んでいたが、相手からニヤニヤ笑って来やがった。……来んなよ。
「これはこれは、ラザフォード司教。どうされたのです? お怪我をなされて」
風船司教。……いや、ダニエル司教。司教といっても、大聖堂の歴史だか何だかの一級らしい。その一級っていわゆる貴族の二男、三男とか後継ぎになれねぇやつのためのポストと陰口叩かれるやつで、実体はさほどない。……いわゆる出世コースのためのものらしいんだが。俺には、興味もねぇ。
しかし、なぜかそいつに目をつけられたのか、やたら粘っちっこく話しかけられる。情報収集担当の悪魔達いわく、じじいの後釜とか懐刀とか言われている俺に嫉妬しているとかなんだとか。……冗談じゃねぇぞ。おい。誰がそんな面倒なことするかよ。
じじいとは違う意味で、体格も立派な風船……じゃなくて、ダニエル司教は、一度捕まると長い上に、嫌味ったらしいのよ。……どっか行ってほしい。
「えぇ、ちょっと……」
うちの部署は生傷絶えねぇとこなんでね。悪ぅございましたね。
「市民の女性達の嘆きの声が聞こえてきますねぇ。くれぐれも用心していただかなくては」
その割には、結構嬉しそうじゃね?
なんでも、俺は黙ってさえいればルックスだけはいいとのことで。市民の女性や貴族の娘、果ては未亡人、既婚者マダムにここで働くシスターにも受けはいいらしい。……俺は何してもカッコイイに決まってるだろ。
で、それにも対して、その風船はご立腹なんだと。若者風情がって。部下のコメツキバッタに漏らしていたのをきいている悪魔達。
――それを俺に報告されても。俺にどうしろというんだろうな?
しかし、こんな風船も、普段何考えているかさっぱり分からないヴィルドさんと比べると、分かりやすいな。ヴィルドさんの何を考えているのか分からない独特の雰囲気と、ねぇ。いや、比べるのもヴィルドさんに申し訳ないというか。こんなんで、じじいの後釜狙うのもおこがましくねぇか?
「それは、それは。……ありがとうございます」
一応愛想笑いくらいはしてやるけどな。……ヴィルドさん、やっぱりいなくてよかったかも。下から小さな声で「やりますか?」とか聞いてきそう。悪魔絡みじゃなくても、その手のモラルの欠けるやつ、嫌いだもんね。本人もそう言ってたもんね。ヴィルドさんの沸点は何か、分かるようになってきたよ、俺。
「そうそう。ラザフォード司教聞きましたか? 例の司教……何でも、お披露目は次の満月に行う、月に一度の大きな祭りの時にするそうですよ? 枢機卿も人が悪い」
情報収集していた天使もそう言っていたから、知っている。来月かよ、緑化祭の時かよと俺もちょっと残念だった。やっぱり、まだ中央から帰ってきてねぇのかもな。普通は、新人の司教のお披露目って聖誕祭後の祝日に行うんだけどな。
風船は俺の方にさらにすり寄り、内緒話をするかのように小声で話しかけてきた。
「なんでも、その子供……枢機卿の隠し子だとかいう噂もあるそうですよ」
そう言われているのは知っていたが。あのじじいに子供がいるとは思えねぇな。外戚の子を引き取った、ではなく?
「その上―――次の巫子候補なのだとか」
巫子候補が悪魔祓い師ってまずねぇだろ。水と油ほど性質的にも存在的にもかけ離れてるぞ。
現在、神とか崇められている天空神しかり、大地神しかり。元は人……『門』の向こう側に行った人間で。早い話、悪魔と成りたちは変わらねぇのな。ただ、国を守護するほど、その力が強大で、その者自神の護る意識の有無の違いだけで。
そんなことを考えてしまって、思わず苦笑する俺に気を悪くしたのか、風船は「あくまで噂ですぞ」と憮然として付け加えた。
ここ市民達が待つ身廊に程近い回廊なんだが。こんなところで立ち止まって話をするのもなぁ。前から、こういうことにも利用される場所だからな。こういう時ぐらいしか、司教同士って顔も合わせねぇし。特に俺のような多忙な部署を束ねているところはな。仕事仕事で、滅多にこっちに来られねぇからな。こういう祝日の集まりでしか来ないな。
「おやおや、お二方。……こんなところで、何の内緒話ですかい? 僕も混ぜていただきたいねぇ」
ニコニコと好々爺然としたじじい。じじいも正装で緋色の法衣だった。……一番、最後に来ないといけない人だろ、あんた。なに、さっさと来てんだよ。
「枢機卿………わ、私はこれで」
そう言いつつ、そそくさ退散する風船。……裏切り者め。
「……新しく、悪魔祓い師になった子供についてです。私の部下にしたいという話をしていたのです」
まだ諦めてなかったのといわんばかりにうんざりした様子の枢機卿。ほっとけよ。人員不足なんだよ。悪魔祓い師ってやつわ。
「……ラザフォード司教ぅー。僕は本人の意向をきいてからって言ったよね? お披露目したあと本人に聞いてよ」
「しつこいねー」とぼやいていた。……聞こえてるぞ、じじい。
本人に聞いたらオッケーなんか。ずいぶん緩いな。
「そんなことよりあの子どうだい? 一昨日会ったとき、ちょっと落ち込んでたからね。大した怪我じゃなさそうだけど」
俺の頬を一点集中的に見ての発言だな。ヴィルドさんがしたって知ってんのね。
「……新しいことに精力的にチャレンジしてますよ」
このままだと、西区や東区の教会に盗られそうなほど、下水処理に関心を持ち、その手の呪術式の造詣も深くなっていた。その上、魔獣やその子孫に菌とかウイルスとかいうものをもっているか、解剖とかもしたんだと。やりたいことをみつけて、どことなく楽しそうだった。
「そう、よかった。やっぱり、ラザフォード司教に預けて正解だったね」
うんうんと頷くじじい。孫の成長を喜ぶ祖父になってるぞ。年齢的には間違っていないが。あんた、子供いないだろ。そもそも、結婚しているって聞いてないし。隠し子だとしても、俺には一言くらい何か言うだろうと、自負があるが。――それくらいには、お互いに信頼してますから。
★
肩っ苦しい儀式も終わり、無礼講となったが。……この日は月に一度ほど、みんな羽を伸ばしたりせず、必要な雑貨品なんかを購入して終わりっていうのがほとんどだ。俺は一応、どんな時でも仕事だがな。……ただし、外回りは他の悪魔達の仕事で、俺は大聖堂内部の見回りだけだがな。
今日一日、ずっと正装……手袋ぐらい、白いのつけてぇな。黒って、呪術式描いてもばれにくいって利点があるっちゃぁあるが。一人、縁起悪いよなって気分になる。だって、葬式も俺これと同じ格好だぜ?
確かに、悪魔も元は人間だし? 年中喪に服さねぇとなぁって気持ちにならねぇって言ったら、ウソか。いくら正当化しても、人殺しと変わらねぇものな。
―――っていうか、嬉しいっちゃあ、嬉しいけど。……ちょい、邪魔かも。
「ラザフォード司教さまー。私、胸が苦しくて。……悪魔に憑かれてしまったのかもしれません」
「司教様のお顔に怪我が。……私の家お抱えの薬師に診させますわ」
キャイキャイと俺を囲む女性方。いつものこととはいえ、勘弁してくれ。心なしか、クリスの目が怖えぇぇ。いや、きっと嫉妬とかではないと思うが。単に仕事の邪魔だからだろう。クリスも集中してるのに、横でわいわい言われて囲まれたらなぁ。
同じ囲まれるなら、子供か小動物の方がいいってクリスも言ってたよ。俺や悪魔達に愚痴ってたよ。悪魔達は、女の子の方がいいに決まってるだろって反対にクリスをディスっていたが。そういうこともあって、あんまり悪魔達とはクリス、仲もよくねぇのな。考え方が、真逆だし。
「……悪いけど、俺、今仕事中だから」
クリスも自称悪魔憑きの女の子を見たが、違うと首を横に振った。ヴィルドさんの言葉ではないが、内部にも施せるようだから、要注意と知らせたし。それでも違うと断言しちまうんだからな。違うんだろうな。
ヴィルドさんみたいな気功術師でもない限り、そう簡単にできんだろうな。いや、気功師じゃなくても出来る的なこと、ヴィルドさんは言っていたような……。
西の空、パンという音と同時に上がった黄色の光。あの位置……教会か。なんかあったな。
「悪い、クリス。俺、行くわ」
「お気をつけて!」
正装のまま、西の教会へと走る俺。
道中、中央区担当のオメガと遭遇し、一緒に来た。
西区の配置は、町内をウェスタと二人の若い修道士。教会内に、イアンっていう三十代のアンジェの契約者である司教補佐とヴィルドさんだったはずだ。なんか、不手際でもあったか……?
東地区の教会は孤児院と併設しているため、厳重な結界も張られている。そのため、ことを起こすなら、西区の教会だろうって。だから、比較的戦闘力の高い猛者達を固めていたが。
西区の教会内には、倒れ伏した人々……その手当てをする修道士二人。空気感染型の悪魔憑きを増やす呪術式にかかったんか?
「司教……住人達は気絶しているだけです! ウェスタとヴィルドを追ってください」
自身も食らったようなのに、気丈にも答えるイアン。解呪はしてんのか?
「行くよ、ラザフォード。あの化物が、何の処置なしで行くわけねぇっしょ? ちゃんと解呪してるよ」
またオメガ、お前。ヴィルドさんをそんな扱いして。……体内に悪魔憑き用の呪術式を植え付けられても解呪できるの、ヴィルドさんだけなんだぜ? 重宝してくれよ。
ウェスタの気配を追うが……やっぱ正装はいつもより重い。ちゃんとスリットも入れてるんだが、走りにくいわ。
ウェスタを追う道中、至る所に破壊の跡があった。石畳が抉られていたり、何かを燃やしたりした跡。……これ、契約者の仕業だと思いたいね。間違っても、恐怖の権化の仕業だと思いたくない。
路地先に、逃げる粗末な服に身を包んだ契約者らしき男。……それを追う、なぜかボロッちくなっているウェスタ。よかった、追いついたか。
「おい、ウェスタ。……ヴィルドさんは?」
「知るか?! こっちが聞きたいよ!」
ウェスタと並走し、聞くと俺に泣きそうな顔して。……またやったのか、ヴィルドさん。
男の足元で、青白い呪術式が光ったと思った瞬間、地面が崩れた。
「「ヒィィィッ!!」」
なぜか俺の両脇で悲鳴を上げ、俺に抱きつく悪魔ズ。……うん、誰かわかったよ。いや、その方以外、いらっしゃらないだろう。地下から現れた……いや、御降臨なされた恐怖の大王。契約者の足首をつかんで、全身が青白く光ってやがる。
「……もう、逃がしませんよ」
瞳が青白い炎を上げてやがる。体に描かれた呪術式を使ったんね。
契約者もさすがにパニックを起こしたのか「アヒャアヒャ」と意味のわからないことを言っていた。こんな意表を突かれたら、誰だってそうなるよな。腰から下も力抜けてるんだろうなぁ。無事な石畳に尻もちついてやがる。
「……ヴィ、ヴィルドさん! 手、手ぇ! 力入れすぎ! 足、砕ける!!」
ミシミシ変な音してるって思ったら、契約者だよ! 一生歩けなくなるぞ。
「あぁ、ラザフォード司教。すみません。この呪術式、久しぶりに使うので。加減ができませんでした」
体の呪術式を使うのをやめたようで、青白い光も消えた。それでも、十分足首を握る力は強いようで、契約者も逃げる気配をまるで見せなかった。
ようやく地上に出てきたヴィルドさん。瞳が怪しいよ。よっぽど契約者が嫌いなのか、それとも西区の人達を悪魔憑きにしようとしたことにご立腹なのか、絶対に許さない、といわんばかりだった。切れ長の瞳も殺気を帯びているよ。
「解呪等、よろしくお願いします」
淡々と俺に言うヴィルドさん。俺にあっさり引き継いでくれるようだった。
ヴィルドさんが解いたり連れて行ったりするんじゃないの?
「私は破壊された道の舗装と教会の人々の介抱を行います」
確かに、適材適所だな。
ヴィルドさんも足首を手放し、壊した足場を無事な地面に直接呪術式を描いて修理していた。その呪術式も西区の司教から教わったんだろうね。
「……な、なぁ、あんた。わ、わしと契約してくれ。わしはあんたの下僕になる」
ヴィルドさんに這いつくばってにじり寄る契約者。全く、何言いだしてんの、こいつ? ヴィルドさんは人間だぞ。………いや、確かに魔王の素質は十分に……十二分にあるが。
「人間と悪魔の違いも分からぬ者等、不要」
殺気……三日前、俺にぶつけてきたものよりもずっと重く、濃いもの。ヴィルドさんが本気で怒ったのだろう。
悪魔ズはもう腰抜かして、ガタガタ震えながら抱き合ってるよ。オメガなんて、泣いてんじゃねぇか。俺、こいつらのフォローまでしたくねぇ。
「……ち、ちがう。わ、わしは……長い間、北のこの地で悪魔の研究をしてきた。あんた……いやあなた様は、そこにいる悪魔より。いや、今まで会った悪魔より――――ずっとずっと悪魔らしいです……!」
さて、問題だ。悪魔を誰よりも嫌う人間がいたとする。そんな人間が、悪魔になりたいと切望する悪魔との契約者に誰よりも悪魔らしいと言われた。その上、契約をと迫られたら……どうするか。
「―――よほど、死に急いでいるようですね」
―――閑話休題!
殺意を明確に高めるヴィルドさん。
そりゃそうでしょうね!
ヴィルドさんの殺気はさらに鋭く冷たくなっていた。触ったら、切れてしまうのではないかと思うほどだった。
ヴィルドさんが闇しか歩けないと言っていた。だったら、そいつを殺すのか?
今までのヴィルドさんならそうしただろう。
―――だけど。
「……よろしかったですね。ラザフォード司教のいらっしゃる時で」
ヴィルドさんのまとう殺気が消えた。
悪魔ズも少しホッとしたように抱き合ったまま石畳に座っていた。
俺がいるからって。……いなかったら、確実に殺してたねヴィルドさん。よかったよ、俺。こっち来てて。
すでに契約者はいないものとみなしているようで「よろしくお願いします」と俺に頼んだだけだった。
もうヴィルドさん、教会へ帰っちゃったよ。もちろん、あちこちを修理しながらなのだろうが。
悪魔ズに、はよ立てと視線だけで促した。
あんまり人眼に着いても悪いってことで、一応手首を縛るタイプの呪術式をして、俺とつないでおくか。逃げられてもかなわんしな。
のろのろと立ち上がった悪魔ズ。よかったよ、ようやく立ち直ってくれたかよ。
「……あの化物。マジで魔王だよ」
「怒らせたらあかんで、あれ」
ヒソヒソ話す悪魔ズ。今日は恐怖体験しただけで、本当に酷い目に遭ったのはウェスタだけだろ。……たぶんな。一体だけボロッちくなってたのもな。ヴィルドさんは、またしても、いやどんな時でも無傷だったし。
「できれば、一緒に行くぞ。ヴィルドさんの方に行きたければ止めんぞ」
淡々と言うと、悪魔ズはブンブンと力いっぱい首を横に振っていた。……でしょうね。
俺について来てくれるのね。心強いよ。
確かにアンジェの契約者だなぁ。本物…だよなぁ。使い魔ってこともなく。
とにかく、契約者でなくなってくれれば、悪魔憑きを作ることもできなくなるだろうし。それで万事解決…かな?
トコトコ西区から中央区へと橋を目指して歩くが。これでいいのか、と疑問が。
「なぁ、悪魔の研究してたっていうなら、こいつらも悪魔って知ってるだろ? 契約するんなら、こいつらとかじゃなくてよかったんか?」
天使より新米のこいつらや黒死病を流行らせたやつでもよかったはずだ。北部地方のこの町にいたなら、そういうことも知っていたはずだし。
「……あの悪魔とも契約していて利点はあったからな。他のだと有利にできんだろ」
確かに。契約していても、ヴィルドさん以下の呪術力じゃな。クリスとかとそう変わらねぇよ。
しかし、ヴィルドさんとなら下僕でもいいって。
……いや、うん。気持ちはわからなくもねぇか。
一瞬、ヴィルドさんが呪術式をバックにナイフ持ってる姿が目に浮かんだ。
初日に悪魔三体相手にしてから、呪術式もそんな派手なのを使っていないとはいえ、なぁ。使うまでもないからだろうが。二級の進級用の本を読みながら使っていたそうだから。まだ覚えきれていねぇのかもな。それなら、ものすごく親近感がわくが。
……ヴィルドさんに限って、それはまずないと思う。
「あんたも契約者なら、なぜさっきのとしない? そんな者達よりも上級の悪魔だろう?」
ヴィルドさんになんてこと言うんだ。あの人は人間だよ。……一応。まだ。きっと。……タブン。おそらくは……。人間で……ある、はずなんだ。
自分で言っておきながら、すっごい不安になってきたぜ。どんどん、俺の願望が入ってきているよ。
「いや、同じ悪魔扱いされたくないな。あんな化物」
「あいつは化物だっつぅの。悪魔でも魔王クラスだろ」
後ろでコソコソ悪魔たちが話しているが。ヴィルドさんに失礼すぎるだろ、お前ら。
――俺も一瞬そう思ったので、強くこいつらを叱れねぇんだがな。
「それ、本人に言って殺されかかったの忘れたんか? あの人は骨の髄まで悪魔嫌いなんよ。そんな人に、何ケンカ吹っ掛けてんの」
ヴィルドさんにとっては禁句にも等しいぜ、さっきのはよぉ。
「人ではなかろうて。……堕ちた者特有の気配がした」
ヴィルドさんは闇の中を歩く人間の気配はしても、人間をやめた者の気配はしねぇよ。まだ身体は人間だよ。きっとね。……たとえ、相当いじっていてもな。
「堕ちた人間でも、あそこまでしねぇよ」
「どんな悪魔を消したかったんだろうな」
……悪魔を祓うために、自身を悪魔化させないとしても、それに近いところまで追い込んだんだろうな。そして、それを果たして、空を見上げていたのか。
「ヴィルドさんは堕ちてねぇ。お前の勘違いだよ」
とんだ悪魔研究家だよ。より巨大な悪魔と契約を交わした方が、その契約者も大きな呪術式を使えるからな。だからって、ヴィルドさんかよ。
「……わかっておらんな。人ではないと言っておる。本人に聞けばよかろう」
そんな恐ろしいことできるか?!
ヴィルドさんも、人間と悪魔の違いもわからんのか、なんてニュアンスなこと言ってたし。人間だろ。……自称な、とつけたいがここは我慢する。
―――俺の足が止まった。……なんか、身体に違和感が。
「……カハッ」
赤いものが口から飛び出た、と思ったら、腹? 胸? なんかズキズキする。ナイフとかが別に刺さっているわけでもないのにな。
その場に立っていられなくて、前に倒れ込んでいた。
「ラザフォード?!」
「どうしちまったんだよ!?」
慌てて駆け寄り、俺の体を浮かす悪魔ズ。
いや、そんなことより、契約者を……。
逃げ去っていく契約者と。俺の心配をする悪魔達の顔が視界の端に移った。
それを最後にして。俺の意識は……暗転した。