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ある悪魔祓い師司教の活動記  作者: 山坂正里
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 第二章  ラザフォード司教、少年ともに街を歩く。

一章のときに書くべきだったのですが、初投稿です。読みずらいかもです。

 一番鳥が鳴く頃。ぬくぬくとベッドの上で寝ていた俺はようやく目が覚めた。う~んと伸び上がり、今日もいい日になるかなぁと眼をこすっていた。すると、ノックもなく寝室の扉が開け放たれた。おい、マナー違反も大概にしろよ。


「さ、ラザフォード司教。早く止めてあげてください。助けてあげてくださいよ。ほらほら。司教服なんて、別段、今着なくていいですから。とっとと起きてください!」


 ぐいぐいと俺の腕を引っ張るクリス。……いや、お前、俺の側近中の側近だからって、親しき仲にも礼儀ありって言葉がだなぁ。


「顔を洗う? はっ! 寝言は寝て言ってくださいよ」


 今、鼻で笑ったいや、嗤ったよな?! 俺、一応お前の上司なんだが。


「寝て言えって言うなら、寝直していいってことだよな。じゃあ、おやすみ……」

「バカは休み休み言ってください! 今日は平日ですよ! 仕事してくださいっ!!」


 布団かけて寝直したら、バシバシ上から叩いてきやがるし。……冗談だっつうの。

 クリス、必死すぎて、ちょっと鬱陶しいぞ? 本音をいうと、記憶から抹消したかったが、ちゃんと覚えてるっつうの。そこまで、ボケてねぇよ。

 のそのそと起き上がり、まるで気も進まなかったが、クリスの先導に従って、続いて歩いた。

 クリスはばっちり着替えてるのに、俺は寝間着ってなんだよ。寝間着っていっても、白いチュニックなんだが。もちろんその下に、白とはいえズボンもはいているがな。悪魔祓い師って正装も略装もずっと黒なだけに違和感があるな。

 寝ぐせで跳ねた髪を気にして撫でながら、だ。俺の髪、猫毛なんか、癖が付きやすいんだよな。冬になると空気が比較的乾燥しているから静電気の所為か、雷系の呪術式を扱う所為か、よく跳ねているが。これで、髪を伸ばしたらさらに大変なことになるよな。今くらいがちょうどいいか。手入れとかする方じゃねぇし。


「しっかし、なんでクリスはあのガキにそんな肩入れするんだ? お前とも、ちょい年だって離れてるし。接点なんてねぇだろ?」


 クリスが単に子供好きっていうなら、話は別だが。ちょっと過保護すぎねぇ? 子供相手に無体なことをするなっていうなら、分かるが。残念すぎるくらいに分かるが。


「……司教も、俺が孤児院にいたってのは知ってますよね? その時に実の親にひどい虐待されたみたいで、今のヴィルドくんみたく、周囲に心閉ざしまくってる子がいたんですね」


 小さくため息をついたクリス。

 孤児院には、両親を亡くして身内がいないからって以外にも、そういう親から引き離すために入るっていうのもあるらしい。その子供もその口か。

 ただ、ヴィルドの場合、おもに悪魔が原因であって。悪魔以外はそうでもなさそうだがな。で、その子供は大人全部がアウトだったんか?


「……人間全部がアウトだったんですね。自分以外、信じられないって感じでしたね……。どうしても、その子とかぶっちゃうんですよ」


 余計に世話を焼きたくなるって? それは結構なことで。

 そんで、その子供、今どうしてるんだ? ちゃんと更生したんだろうなぁ?


「死にましたよ。悪魔と契約して………最終的には肉体も魂も儀式だか何だかに使われたそうでした」


 そういえばお前もここに来た当初、ヴィルドほどではないにしろ、悪魔嫌いだったもんな。


「……悪い。嫌なこと思い出させて」

「いえ。昔の話ですから」


 微苦笑するクリス。……お前、強いな。

 ここの宿舎は全部南向きで。廊下は片側しか部屋への扉がない。しかも、二階の全部屋二~三人用だから。それなりに広さがある。

 夜勤は猫男爵を除き、基本当番制で。同室の者と被る時もあれば、そうでないこともある。言い忘れていたが、ここの宿舎には悪魔を除いて、全員男しかいない。悪魔祓い師自体、女性がいないといっていいくらいだから。危険すぎるし、体力使うからな。

 二階の一番奥の角部屋。悪魔たちと新入り用の部屋なんだがな。

 ドアノブをひねるが、内側から呪術式で鍵かけてんのか? まるで開かねぇし。あいつらも、ガキ相手に容赦ねぇな。


「お~い。朝だぞぉー。そろそろ起きろよぉ~」


 どんどんドアを叩きながら言うが、全く応えがねぇな。クリスじゃねぇが、ちょっと心配になってくるじゃねぇかよ。

 カチャリと内側から鳴ったと思いきや、蹴破る勢いでドアが開いた。反射的に、ぶつかりそうだったから下がったが。立っていたのは、悪魔連中三人で……? っていうか、ウェスタ、お前、昨日の見回りさぼってんじゃねぇかよ。ちゃんと仕事しろよ。満月時は悪魔や魔物、魔獣の類だって活発化するし、昼の祭りの時ほどではないにしても、夜でも結構ピリピリしてるんだけどな。警戒レベル、ひと月の中でも高い方だし。悪魔祓い師だけでなく、国が派遣して巡回している警邏隊の方も緊迫感出してるくらいだし。


「……ラザフォードぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「ぶぁわっか! なんでもっと早くにこねぇんだよぉぉ!?」

「なんで、あんな本与えたんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお?!」


 三者三様、服やら顔なんかにあざやら火傷やら切り傷を負っていた。そんなやつらに抱きつかれて、おいおい泣かれても全然、嬉しくねぇ!! 大体、お前ら、悪魔なんだよなぁ?! 人間じゃないんだよなぁ?!


「人間、ヤダァァァ。もう嫌いいいぃぃぃぃ!」

「子供なんて嫌いだ。子供なんて嫌いだ。子供なんて嫌いだ」

「あれは人間なんかじゃない。化物だ。魔物だ。別次元の生物なんだ」


 ぶつぶつ念仏みたく唱えんなよ。逆に怖いわっ! ……とりあえず一晩で、ものすごいトラウマを植え付けられたんだろうなっていうのはわかった。


「あ、ラザフォード司教。おはようございます」


 部屋の奥、作り付けの机に腰掛け、俺が与えた(正確にはこの部屋に常に置いてある)本を涼しい顔で読んでいたヴィルド。

 なんでかな、と思ったら、椅子が壁に刺さっているんだが。後、部屋の惨状も自然目についた。天井とか壁とか床とかに、かなり深い傷やら謎の穴やら焦げた跡やら赤黒い液体をぶちまけたような跡やらがあるんだが。窓ガラスの代わりに張ってある石英を薄く切ったやつにもひびが……。

 この様で、何があったのか大体わかるが……。なんでこのガキは、無傷で修道士服をきっちり着てんだよ! 一寸の乱れもねぇんだ?!

 ヴィルドが、たった一言俺に挨拶しただけで、悪魔トリオは小さくなって震えながらも、背筋をピンと伸ばした。本当にお前ら、一晩で何があったんだっ?!

 ヴィルドが本を置いて、とことここっちに近づいてくると、トリオは「ヒェェェ~!?」「お、お助けぇぇ!!」だの口々に叫んで、完全に俺とクリスを盾にして後ろに隠れていた。

 昨晩とまるで態度ちげぇよ、お前らっ! 俺と契約した時やバルトのおっちゃんと対峙した時でも、そこまで怯えていなかったよなっ?!


「ん、クリスさんも。……おはようございます」


 深々とクリスに向かって頭を下げるヴィルド。俺よりクリス相手の方が断然愛想がいいっ?! 逆だろ、普通!


「お、おはよう、ヴィルドくん。……えっと、一体何が……」


 クリス、それ地雷!! 後ろの悪魔たち、ビビッて「ヒィィッ」とか喉が鳴って息のんでんぞ。


「いいえ、何も。本に書かれていたことを実践しただけです」


 悪魔連中、相手にな。

 悪魔に対する初心者の心構えにあるからな。どっちが上かはっきりわからせろって。悪魔憎しのやつがすれば、そりゃあ過剰になるだろうし。よりによって三対一だからな。……多少のことは仕方ないとはいえ、加減しろやっ!!


「……そ、そう。ヴィルドくんに何もなければ……よかったのかな?」


 俺にきくなよ! かすり傷一つも負ってなさそうだがな! 


「悪魔は多少頑丈とはいえ。……やりすぎんなよ」


 ハァァと露骨にでかいため息をついてみせた。まさか、ヴィルドのやつより悪魔どもの心配をしてやらねぇといけないなんてな……。ヴィルドのやつは、心外だとばかりにわずかに首を傾げた。


「ラザフォード司教の顔を立てて差し上げましたよ? 私から先に手を出した訳でもなく。……消滅させた訳でもないのですから」


 準二級受験者用ではなく、二級受験者用だから、一応載っているが。いや、一応、準二級者用でも載っているが。どちらにしても、それは試さなかったのな。……そして、お前はやりたかったのな。金剛石も裸足で逃げてく悪魔嫌いは言うことが違うな。

 その不用意な発言で、悪魔どもが俺とクリスにしがみついて「お、お助けぇぇ~!」とか悲鳴上げてるんだが。……他の連中も、気になってドアから顔だして「なんだぁ?」とばかりに見てるぞ。


「………とりあえず、部屋片付けようか。これは、どっちにしても今晩眠れないし」

「分かりました」


 クリスには従順なヴィルド。大人しく部屋に帰った。


「……お、お願いします! あ、あの化物と一緒は」

「その化物は私のこと? 自分達ばかりが被害者なんて言い方、やめてくれない?」


 とりあえず椅子を壁から抜こうと引っ張るヴィルド。やはり、冷たい目で悪魔たちを睨んでいた。確かに、先に手を出したのはこいつらの方だからな。そして、悪魔に化物扱いされたくないわな。

 「ヒィィ~!!」と情けない声あげて、俺やクリスに抱きつくな、暑苦しい! お前ら、本人目の前にして陰口叩いてチクッといて、怯えるのもどうかと思うぜ。


「おい、ヴィルド。こいつら、しばらく使い物にならなさそうなんだが。……どうしてくれるんだよ」

「知りません。仕事をするように、命令すればよろしいのではありませんか」


 あぁ、契約主の俺なら言うこときかせられるだろうって。……無理くね? だって、まだピルピル震えてるし。


「……にゃんにゃー。そろそろ交代の時間にゃー。にゃんで誰もこにゃいにゃ!」


 トテトテと場の空気を読めないバカ猫が来ていたが。

 こいつらの情けない姿を見せるのも可哀そうになってきたが、こいつらにもいい薬になるかなぁ。


「バッカ、こっち来るんじゃねぇよ、猫!」

「ま、魔者に毛皮はがれるぞ!」


 化物から魔者に変わってるぞ! 本当に、ヴィルド、お前何した?!


「にゃに言ってるにゃー。吾輩は上級悪魔様であるにゃ。恐れるものはにゃにもにゃいにゃ!」


 前脚上げて、自分は偉い発言しているが、まずないわー。にゃふにゃふと自分の発言に悦に入って笑ってても、ただの間抜けにしか見えねぇよ。


「黙れ、超下級悪魔。飯ならバルトのおっちゃんが用意しているから、下降りてろ」


 これ以上ヴィルドによって、悪魔どもにトラウマ植え付けられたら困るからな。こいつらからも、実体験を他の連中にも語ってくれそうだから、大丈夫だと思うが。


「ヴィルドよー。俺、着替えてくるから下で適当に飯食って待っててくれよ。本当は、こいつらと町の見回りする予定だったが。……俺と行くぞ」


 「お前らは、個々で見回りしてろや」と指示出すと「ラザフォード、ありがとう!」「大好きだっ!!」とか涙流して、気色悪いことを言ってきた。どんだけ、ヴィルドが怖かったんだと、問いたいが。もう少しだけ、落ち着いてからにしてやろう。

 「司教ー。スリッパパジャマは、廊下とはいえ、あかんやろー」とようやく場が和やかになってきた。「うるせー。クリスが急かすからだ」と冗談を交えて話せた。


「ヴィルドくん、昨夜寝てないんじゃない? 派手に呪術式使った後、通常業務に参加させるのは」

「クリスさん、お気遣い、ありがとうございます。私は平気です」


 後ろで和やか~に話しているけど、恐怖と惨状の元凶なんだよなぁ、あいつ。あいつらにも油断があったにしても、末恐ろしい子供。


「猫男爵、あいつらの言葉じゃねぇが、あんま、あいつに近づくなよ。いっそもう、視界に入るな。呪術式だけなら、二級以上の実力あるっぽいわ」

「あいつら、負けたのかにゃ?! にゃさけにゃさすぎるにゃ!」


 うっわ。傷口に塩擦り込むようなこと言ってやるなよ。


「それにゃら、吾輩がお手本を見せてやるにゃ!」


 任せろ、とばかりに言うが、やめとけ。被害悪魔、これ以上増やしたくないんだから。



 さっさと着替えて階下に降りてくると、クリスとヴィルドがなんかケンカしてるのか、声が響いていた。いや、響いているのはクリスの声であって。ヴィルドの方はそうでもないんだけどな。周りのやつらは止めずに遠巻きに見ているだけ。……止めろよ!


「ヴィルドくんが行くなら、俺も行くに決まってるでしょ! キミの方が成長期なんだから、休むべきだよ!」

「見習いですから。上司のラザフォード司教に従います」


 うわぁお。ウソつけ、お前。従うとか言いながら、俺のこと目の敵にしてんじゃねぇかよ。空々しすぎるわ。


「あー、司教ぅ~。止めてくださいよー。ヴィルドくん、昨日一睡もしてないのに、一緒に見回りするとか言うんですよー。無謀すぎですよね?」


 ……誘った俺に言わんでくれよ。そりゃー俺も、悪魔たちの前でヴィルドのやつが熟睡してる、なんて思ってねぇし。大方そうだと思っていた。


「本人が大丈夫って言うんだからいいんじゃねぇ? っていうか、お前ら、まだそんなことで言い合ってたのかよ」


 さっき、上で同じことを話してたろ? 


「違いますよ。ヴィルドくんが、俺も寝てないんじゃないかって聞いてくれて。俺の方こそ大丈夫かって心配してくれたんですよ」


 クリスもやっぱ寝てなかったかー。一番鳥が鳴くのまだかって、待ち構えてたんだろうな、とは予測してたが、マジかよ。おかんの心配性なら、わざと鶏を起こしに奇襲もしそうだったが、それは自粛してくれたよな。


「昨日より、顔も赤みが増していたので。初期症状が微熱の、あまり性質の良くない風邪が流行っていると小耳にはさんだので、訊ねただけです」


 あぁ、俺も聞いたわ。確か、王都ではかなりの住人が罹患したってな。健康な人間なら、罹っても三日ほどで、全快するが。そうじゃないのは、肺炎にもなりやすいってな。


「あぁ、じゃあクリス。今日は、大事をとって、休んどけ。町歩いて、住人にうつしたらよくねぇし」

「俺は風邪じゃありませんよ! 仕事させてください!」


 俺に詰め寄るクリスに、ヴィルドも言うまいか、と悩んだようだが、結局言うことにしたようだ。無表情ながら、少しためらいがちだった。


「その風邪は、体力のあまりない者が罹ると肺炎になり、最悪死亡するそうだと聞きました」

「そんな風邪に罹った疑いのあるクリスがガキに近づくのはよくねぇだろ。――もっとも、俺の傍を歩くつもりなら、その傍を歩いているヴィルドにうつしたいって言うなら話は別だがな」


 はっきりそこまで言うな、と非難がましくヴィルドは俺を見るが。そう言わねぇとおかんついてくるもん。仕方ねぇじゃん。


「ごめん。俺、そんなつもりじゃ……!」


 ヴィルドに謝るクリス。だが、ヴィルドもその辺わかってるって。ほら、ちゃんと「気になさらないで下さい」ってフォロー入れて。……って! めっちゃ敬語! この見習い、俺にも使えや!!


「というわけで、クリスは留守番な。そうそう、ヴィルドの部屋なー。しばらく、昨日と同じ、とこいろよ。連中動かした方が早いわ」


 クリスと同室にしたろうか、と思ったが、そんな風邪ひいているやつと一緒じゃあかんわー。あいつらにクリスの看病させとけばいいしな。

 クリスのこと、あいつら、ちょいバカにしてる節があったが、ヴィルドの名前出したらあっさり言うことききそうだし。ヴィルドとクリス、半端なく仲いいからなって。

 しっかし、悪魔どもも使えんのー。ヴィルドが音を上げて、じじいに泣きつかせようとたくらんでいただけに。完全に当てが外れたわ。次、どうしよっかなぁ。



 「くれぐれも、くっれぐれも、ヴィルドくんをいじめるな!」とクリスに釘を刺され、来た町内。ヴィルドのやつは、町を歩くのは初めてなのか、ちょっと周囲に気を配りすぎ。それでも、俺の後ろをちゃんと付いてきてるのは、さすがというべきか。

 古くからの建造物も多少残る町並み。たくさんではないのは何回か市内を巻き込む戦があったからなんだが。……それでも、呪術式をつかってそれなりの古さや趣を出すことに成功している町でもある。

 北部地方は大きく西、東そして大聖堂がある中央と三つの地区に分けられる。悪魔祓い師の見回りでは、それをさらに南北に分断してそれぞれの六つのブロックごとに人員や悪魔を配備している。

 俺とヴィルドが見回りをしているのは中央区と西区を分断する川を越えた、西区南地域だ。南のこちら側は、教会もあり比較的治安もいいからな。西区の北地域は、日中で聖職者といえども、女子供を歩かせるのはためらってしまうエリアもある。そのため、比較的歩きやすいエリアを歩くこととなった。本当は、中央区の南地域や東区の北地域でもよかったんだが。中央区と西区にかかる四本ある橋を渡ったことも見たこともないってヴィルドが言ったからな。いい機会だから中央区の北地域、大聖堂に最も近い『アイン』っていう橋を説明がてら、渡らせてやったんだよ。

 ――例のことながら、やつは無表情だったが。話していても、感情がない訳ではないようだから。内心ではどうなのか、よく分からんが。


「……で、悪魔祓い師の主な仕事は、こういう町の巡回なんだが。あんまり楽しいものでもないだろ? そう再々、悪魔とドンパチなんてやんねぇんだよ」

「されていても困ります。どれだけ悪魔の侵入を許す警備の甘い町ですか」


 ――うん、生意気な口は健在だわ。このやろー。増長させて、どうするんだよ、あいつら。


「……一応、悪魔や悪魔憑きが侵入してもわかるよう、関所にはそういう呪術式だって張ってるんだぜ? 普通の悪魔祓い師なら気づくぞ」

「悪魔の全てが関所を通るとでも? ずいぶんおめでたいですね」


 うっわ、辛辣。言いたいことは分かるけどよぉ。悪魔が絡むと人格変わるくね?


「あいつら、転移系の呪術式とかも使ってくるからなぁ。でもよぉ、それって相当上級だぜ? ここ、大地神の加護が厚いから、そう簡単に入ってこれんし……」

「一時、それもかなり弱りました。その時の残党がいないとでも?」

「いるだろうけどさぁ。今から……一番弱まったのは、五年前だっけ? なんだったんだろうなぁ、あれ」

「四年前です。大地神の雲隠れです」


 ……昨夜の件でか、俺へのあたりがめっちゃ冷たいわ。クリス、なんでこんな時に風邪なんかひいたんだよ。緩衝材になってくれや!

 いやいや、見習いごときにこんな生意気な態度をとらせておくのは、司教としての沽券にかかわる! 何としても、挽回せねば!!


「……悪魔連中の躾がなってなかったのは、悪かったけどよー。ちょっとは、機嫌直してくれやー。俺も、ちょっと悪かったかなー、とは思ってるわけで……」


 大通りを歩いていたが、あれ、ヴィルド? 後ろ、いねぇぇぇ!! 人の話聞けよ!

 脇道をのぞくとなんか、人の良さそうな住人と思しき人と話していた。そうしたら、一礼してその人が指さすその先に走って行きやがった。悪魔憑きでもみつけたのか?


「ちょっとすまん。さっきの子供、何をきいてたんだ?」


 それなりに、俺も有名人だからか、「ラザフォード司教?」なんて訝しげにきいてきた。優しげなおっさんは、なんで修道士の子供なんか気にするんだろうな。なんて不思議そうに思いながらも、元々話し好きなのか、あっさりと答えてくれた。


「下水の管理をしている、このあたりの教会区はどこだって。このあたりはあまり設備が良くないからね」


 あいつ、俺らの仕事じゃねぇこと気になってんのな。下水管理の呪術式なんてしらねぇし。扱ったこともねぇぞ。


「西地区だよって教えてあげたんですよ。そしたら行き方教えてくれって。……住んでるこっちとしたら、助かるからねぇ。あっちにある十字架があるとこだよって」


 さっき、指さしていた方を俺にも教えてくれる気のいいおじさん。おいおいおい! 大聖堂管轄の俺らが、あんま悪魔絡みのこと以外に首突っ込まんでくれ!

 北部大聖堂を中心として東西地区に教会区が分かれている。もちろん、信仰しているのは両柱神と変わりないんだけどな。やはり、北部地方でも広い町だから。日々…週の初めにあるミサや告解のためなんかにわざわざ大聖堂まで行くのは辛いぞ、という住人のためにおかれている。

 大聖堂って、基本誰でも入っていいよ、というところなんだが。住人の方が、貴族や役職持ちなんかに気を使っているのか、来ねぇのな。小奇麗な格好してる人しか、大聖堂のミサに来ている人って見ねぇのな。祈りの場所だろうし、俺なんかは貴賤とか気にしないが。一応、平等って聖書とか経典とかにも書いていたはずなんだがね。

 それでも、俺たちは巡回と称して、場所の区域は分かれているとはいえ、歩いているがな。


「ありがと。両柱の御加護があることを!」


 ささっと宗教家らしく、十字を切ってヴィルドを追った。問題事を起こされると俺の責任問題だよな、これ! 住人のため、良かれと思ってやるのはいいことだけどな!

 西区ってどちらかというと炭鉱があるところで、抗夫や工夫が多い。そのため、さっきみたいな力自慢系な男やその妻も多い。だから、子供なんてすぐ見つかるとか思ったけど、あいつ、足早いな! いねぇし! 教会着いちまったぞ!!

 大聖堂ほどではないにしても、それなりに装飾が施された白い壁や柱。その正面にはお決まりな大地を貫く雷をモチーフにした十字架が掲げられていた。そして、鐘楼(しょうろう)も建てられており、ちょうど昼時の鐘が大聖堂の鐘の音に合わせて鳴らされた。


「……ちょっとすんませんよー。失礼しますよー」


 堂々と正面から入り、辺りを見渡した。俺、あんまり教会には縁がなくて、ちょっと興味深いんだよな。大聖堂の民間人が入る講堂なんかをぐぐっと狭めた雰囲気だ。三、四十人収容したらいっぱいになってしまうくらいの広さ。長椅子と長机が二列に並べられていて、それが十何基か並んでいた。

 もちろん、一番奥の壁には例の十字と司教が教鞭に立つ台が置かれていた。

 ここの教会で働いている修道士や補佐に「ラザフォード司教っ?!」と驚かれた。ほんと、割り込んできて、ごめんねぇ。いつもは昼食がてらの休憩時にしか立ち寄らないからさ。絶対に人で混むから昼時の十二時は外して来るものな。


「……さっき、ガキの修道士が来なかったか? こっちで預かっているんだが……」


 俺の応対をしてくれる修道士は、クリスとそう変わらない年で若かった。やっぱり、グレーの法衣に腰に黄緑色の紐を巻いていた。教会区では司教付きが緑で、そうでない者は黄緑だったな、とうっすらと思い出していた。大聖堂ではお付きが青で、それ以外は水色に近い薄い青だったが。

 その若い修道士は、俺を微妙な表情で見てくれた。来てねぇのか?


「……その子でしたら、今、クロード司教が応対してくださっているかと思います」


 うん。礼儀のなってねぇガキだって思われただろうなぁ。……俺が預かっている以上、ちゃんと躾とけって思ってるだろうなぁ。……俺もそう思うよ。本っっっっ当に、迷惑かけてごめんね。


「……悪いな。すぐ連れ帰るから。仕事の邪魔したな」


 奥の方から、なんか和やかな雰囲気で出てきた俺と同じ黒の法衣を着て、紫の紐を腰に巻いている初老の男性。その陰に隠れながらのヴィルド。クロード司教のお手を煩わしてんじゃねぇよ!


「ラザフォード司教は良い部下をお持ちですね。ぜひやりましょう。今すぐやりましょう!」


 若い頃は北部に多い見た目の黒髪黒瞳だったと思われるグレーがかった白髪。それを肩につくかつかないかくらいに切りそろえているヴィルド以上に短く刈り上げていた。前髪はそれと比べ、少々長めで後ろになでつけていた。俺でも、首にかかるか、かからないくらいに切っているのに。すごいなぁ、刈り上げ。

 枢機卿|(狸じじい)|以上に穏和そうで、俺に握手を求めてきた。

 ……えっと、ヴィルド。お前、何言った?


「住人からの信任の厚いラザフォード司教にそう言っていただけますと、大変心強いです。ささ、案内しますよ」


 クロード司教、自ら?! 司教だって忙しいだろ!?


「……それは、ちょっと」


 やんわりと握られた手を外しながら、後ろに引き気味になっちまった。

 クロード司教が年下である俺にへりくだったような態度を示すのも仕方ないんだな。同じ司教位だけど、俺って資格持ちだし、大聖堂所属だし。どうしても優遇されがちなんだな。決して実家のせいではないと思いたいが。

 この町の教会区を任される司教って前任の司教の推薦でもなれちまうわけで。それで、二級の資格しかない司教補佐でもなれちまうからな。噂でしか知らないが、クロード司教もその口だったはずだ。


「ラザフォード司教は、大変ご多忙なクロード司教のお手を煩わせるのは忍びないとの心持ちのようです」


 淡々と他人事のようにのたまうヴィルド。うん、お前が全部仕組んだんだもんなぁ。俺知らねぇよ。


「なんと、お若いのに謙虚でお優しいのですか! 私のことなど、ラザフォード司教がお気になさらないで下さい!」


 わぁお、断りてぇ。何案内してくれんのよ。


「西地区の下水は入り組んでおりますから。……初めて訪れる際には注意が必要ですよ」


 やっぱりかよ! 俺、行くって言ってねぇよ! 悪魔祓い師とは関係ねぇじゃないかよ!

 言いたいことをぐっと我慢して、ヴィルドを睨みつけた。


「……ラザフォード司教も別の仕事でお忙しいと思いますので、私一人で」

「いや、行くわ。ヴィルドも、気にしなくていいからなぁぁぁ」


 余計なことしてくれやがって、このやろー! 後で説教だ!



「暗いですので、お気をつけください」


 呪術式で使った丸い球状の光を灯し、薄暗い下水を歩いた。一応、メンテナンスのために人が通れるように幅三十センチほどの道が一本だけあった。てっきり、膝下くらいある下水をかき分けて行くのかと思ったが、違うんだな。

 もっとも、その道があるのもこの主道(?)だけで、各家庭から出た生活排水を流す側道のようなところにはなかったが。そこはただ、二、三十センチほどのパイプのようなものだけなんだわ。地下にこんな空間が広がっていたなんて。俺にとっては初めての経験だわ。


「しかし、悪魔祓い師のラザフォード司教が興味をもたれるなんて……。目のつけ所が違いますね」


 俺もそう思うよ! なんだってこんなところに……。


「悪魔や悪魔契約者などの後ろ黒い者達は、空き家や地下のこの手の場所を拠点とすることが多いとのことです」


 ……なるほどね。一理あるな。俺が生まれる一昔前、北もそうだったって聞いている。中央の王都では今もそういう連中のパラダイスになってるってな。


「また、四年前に飢饉がピークだった折に、体に黒い斑点が浮かぶ黒死病が流行りましたね」


 あぁ、あったよ。その疫病と飢饉が原因で、たくさんの人が亡くなって、村がいくつか滅んだよ。


「原因は悪魔だったぞ。そいつがその黒死病の菌を作ったんだと」


 もちろん、そいつは俺が退治したが。今まで出遭った中でも、最強に近いクラスの上級の悪魔だったな。確か、爵位でいうなら、伯爵だったか? 俺と契約している悪魔で一番強いウェスタでもその下の子爵だし。それだけでも、格がだいぶ違ったな。


「……どういう感染ルートを用いたのかは定かではない、と報告書に書かれておりましたね」


 じじい、なに、部外者に報告書見せてんだよ。その知識が今役立っているのかもしれねぇが。一応、各大聖堂に配属されている悪魔祓い師にはその手の知識や情報を共有しているところもあるにはあるが。どうせ、俺の直筆のを見せたんだろうな、あのじじい。


「……人から人への感染だろ? 医療系司教たちの報告では接触感染だろって」


 なんで気に入らない、とばかりに下から睨みつけるかねぇ。ヴィルド、口でいえば、俺も分かるよ?


「……別の地域の研究データでは、ダニやノミ、蚊といった動物が媒介主となることがあるそうです」


 この地域には、その蚊とかいう血を吸う虫はいないけどな。その過程のうちに菌が変異を起こして人から人への感染もするようになって、あれだけ被害が大きくなったんだろうけどな。そう医療系の司教からの報告にあったし。


「……で、ネズミがその媒介主になった可能性が高いってか? だから、下水環境の整備にテコ入れしたいって?」

「……と、ラザフォード司教は提案されております」


 してねぇぇぇぇぇ!! 全部お前の考えっ! わざとらしく、俺をたてんでいいわ!


「さすがはラザフォード司教です!」


 クロード司教も、わざとらしく、俺を褒めんでいいっ!


「この主道だけでも数十キロ、側道を合わせますと何千キロになるともいわれております」

「下水の処理をしている施設は何か所ですか?」


 ……うん、話ついていけなくなってきたわ。もう二人で勝手にやっとけや。

 二人で仲良く話してくれちゃって、まぁ。俺ってば、完全に蚊帳の外だし。

 ……フフン、だ。悔しくなんか、ないもんね。



 そのあと、三人で処理施設の一つを見学したんだが。うん、さっぱりわかんね。

 一応、国だか、地方だかの行政関係者と協力し合ってやっているらしい。実際に行政関係者と刑務で服役している連中とかが、業務にあたっていた。

 やっぱり、刑務所で服役している連中は、こういうごみ処理とかに回されるんだな。そういう司法絡みは宗教ってノンタッチだから、よくわからんが。

 あぁ、すっかり日も暮れて。もう交代の時間じゃねぇかよ。今日予定していたとこ、全然回れなかったじゃねぇかよ! 余計なことしやがって、こいつ! しかも、昼ごはん下水の臭いの所為でか、食欲ねぇし! 食べる気しねぇよ!! ヴィルドも、普通に抜いているのか、平気だな。それか、一人、クロード司教にお会いした時食べていたか。お昼は大聖堂に帰らず、教会でお世話になるからね。中央区の南地域の場合は帰るけど。

 今は周りに人もいないし、説教タイムじゃ!


「おい、ヴィルド! お前、一体どういうつもりだよっ!?」

「ラザフォード司教。明日からは数カ月に一度くらい、刑務で働いている人達の確認も業務の一つに入れることをお勧めいたします」


 ……冷静に何を言うかと思えば。


「人の話聞けよ?! わぁってるよ! あいつら、知らん間に悪魔憑きにされてるようだったからな。……その打診しに、じじ…枢機卿にお伺いしてから行くよ」


 ごみ処理中にその手のものを触れてなったのだろう。実害がその連中には、まだ出ていないようだったが。


「……何でもそういう手続きが必要なのは、大変ですね」


 俺に同情した、とばかりにヴィルドは小さくため息をついていた。あぁ、まったくだ。

 ……って、確かに、結果オーライ的な話になったけど! お前、今日結構、規律違反っつうか、業務妨害してくれちゃってるんだよ?! わかってんのかよ!?


「ラザフォード司教、明日から別行動でお願いします。ラザフォード司教もそうですので、悪魔契約者の気配を察知しにくいのです」


 うぉい! 何勝手なこと言ってんだよ! それを決めるのは、お前じゃねぇだろ!?


「あぁ、そんな理由で……って納得できるか、馬鹿野郎! 大体、お前! 悪魔契約者かどうか、わかんのかよっ?!」


 俺もようやく、こいつそうかなって個人の特定までできるようになったとこなのに? 結構熟練者か、元々の才能資質に左右されるものだろっ?!


「え……分からないのですか?」


 はい、きました。悪魔嫌いの嗅覚半端ねぇ!!

 それで俺と初めて会った時、妙に冷たかったんだな。


「そういうわけにもいかんだろ。お前一人だとまた暴走されても困るし」

「暴走……ですか。あれだけ大量の悪魔憑きの気配を放置しろ、とラザフォード司教はおっしゃられるのですか? 悪魔憑きは、その本体である悪魔やその契約者にその生命力を力として与える。……それが常識ですが?」


 あぁ、一般論で正論だ。確かに、悪魔祓い師として、絶対に見過ごしてはならない事例だけどな。


「だから、そうじゃなくて。一言、俺に相談してからだなぁ」

「あの時……ラザフォード司教に話していては遅かったのです。ぎりぎり間に合ったのですよ」


 何が?! お前、秘密主義も大概にせぇよ?! あのじじいからの預かりとはいえ、いい加減にせんとしばくぞっ!?


「……ラザフォード司教、人間にはできることとできないことがあるのですよ?」


 このガキャー!! もう、あったまきた! 一回、しばく!

 中空に描いた円と四角、古代文字をベースにした赤黄色の記号。雷系の呪術式。……二級じゃあ、知ってるか知らんかのレベルじゃ!

 発動と同時にヴィルドが立っている位置に直撃……っていねぇ! ヴィルドのやつは、野生の動物かってばかりに、ほぼ真横に跳んでいた。俺が作った雷は、ただ石畳を砕いただけ。いや、まぁ、初撃は当たらなくてもいいけどよ。

 しかし、甘いわ! この呪術式、追跡もできるんだよ!

 呪術式を見て、どういう系統のものかわかったのか、次のが来るとばかりに低い姿勢で、その場から跳びのき、かわしていた。

 ちょこまかとこいつは……。いや、実際当たったらかなり痛いだろうが、一発でもくらえや!

 石畳だけではなく、おそらくは空家であろう建造物をも砕き、そこに止まっていたカラスも蹴散らした。しかし、なんでこいつは全部避けるんだよ! 攻撃を予知していやがんのか?

 ヴィルドが、呪術式を触り、発動させている俺の方へと向かってきた。この呪術式の欠点。呪術式を発動している間、その術者は動けない。

 だから、対象者に近づかれたら自爆の恐れもある。ヴィルドのやつ、気づきやがったか。

 舌打ちしつつ、呪術式をキャンセルしようとした。が、近っ! もう、ヴィルドのやつ三、四十センチくらいまで近づいていた。そこで軽く跳んだ、と思ったら、こっち向かって蹴り?! 反撃してきやがった! そんなヴィルドを追尾して、雷も近づいてきていて……。

 反射的に防御のように呪術式を解いていない方の腕をかざしていた。

 ほぼ目の前に透明の壁ができた。ヴィルドはそこを踏み台にして、大きく後ろに跳んだ。……そう、さっき俺が一部を砕いた建造物の屋上まで。……ギリギリまでひきつけて、回避するなんてもう戦い慣れしてるやつじゃねぇかよ。どんだけ修羅場くぐってきてるんだよと背に冷たいものが走った。

 ヴィルドを追尾していた雷はヴィルドが作った透明な壁に衝突し、相殺された。

 ……なめた真似しやがって。あいつ、俺を攻撃しようと思えばできただろ。ヴィルドのやつが足場代わりに使ったあの透明の壁を消したら、勝手に俺は自分で作った雷に撃たれたのに。

 ヴィルドはそこで屈んだと思ったら、すぐに飛び降りてきて。二階分くらいだからいいが、あんますんなよ。背、伸びねぇぞ。縮むぞ。

 そのまま俺の方へと走ってきて。くそっやるのかよ!? 思わずファイティングポーズをとった俺の脇を過ぎたヴィルド。


「……追いますよ、ラザフォード司教」


 ヴィルドが握っているのはカラスの羽? それが青白く光り、去ったと思われる方に倒れていた。

 追跡用の呪術式。……あのカラス、誰かの使い魔かよ!

 ヴィルドの後を追うが。くっそ、マジで、こいつ足早いな。


「なんの打ち合わせもなく、芝居にのっていただくとは……。さすがです、ラザフォード司教」


 俺らが監視されてるのお前、知ってたのね。で、どう伝えたらいいか迷った末にあれかよ?! お前、口下手だな!? いや、監視用の使い魔にこっちの会話が筒抜けだったらって懸念したからだろうが。


「いつからだ。使い魔……いたの」

「大聖堂を出てすぐくらいからです。さすがに地下ではいませんでしたが。……気づいていたのではなかったのですか?」


 ようやく並走できたが、一瞬俺を見た眼が、バカにしたもののように見えたんだが?! 俺の被害妄想かっ?! 無表情ながら、バリエーション豊かだなっ!


「感知系はクリスや悪魔たちの仕事なんだよ! 俺はもっぱら祓う専門だ!」


 それで、クリスの代わりに悪魔連れて行こうとしたら、ついて来てくれるやつがいなくなったんだよ! お前の所為でな!


「……クリスさんに同情させていただいてもよろしいでしょうか? ラザフォード司教クラスの契約者の側では、気づける契約者も気づけません」

「お前もばりばりの感知系だったんなら、シフト組み直すわ!」


 手すきそうな祓い専門と組ませてやる! 実践で使える感知系なら、俺とクリスと組ませたら偏りできるからな。いや、一度見本を見せるって意味でも組んでもいいか?

 ヴィルドの足が急に止まった。羽はまだ一方向を指してるのに?

 ヴィルドがじっと俺を見上げたと思ったら、すっすと足音も気配も断って羽が指し示す方へと行った。

 あぁ、その使い魔作ったやつが近くにいるから静かにしろってね。口で言えばわかるのに。何か言いたそうに見なくてもいいのにな。……それだけ俺と話したくないんか?

 路地の先を進み、いくつかの区画を過ぎてヴィルドがもう一度止まり、さっさと今いる反対側の壁、石畳を何か所か指していた。……あぁ、はいはい。罠系の呪術式があるから、触るなって? 俺もわかっているから大丈夫だ。

 この近辺は俺とヴィルドが歩く予定だった西区南側ではなく、西区北側なんだな。しかし、これだけ巧妙にトラップ張られてたら、わからんか。ここまず人も立ち入らない、ゴーストタウンエリアだからな。あの黒死病被害が酷かった地区だから。

 ヴィルドが周りに不自然さを与えないくらいに気配を消して移動している姿は、猫男爵の言葉ではないが、バルトのおっちゃんの若い頃を彷彿させた。

 使い魔の傍とあって、悪魔か契約者がいるから警戒するのは当然だがな。ある廃墟の前、トラップも多く複雑で、結構進みにくかった。……これだけあからさまだと、カラスの羽がなくてもそこが怪しいって分かるな。ったく、他の連中は何してんだか。

 ヴィルドの足が、また止まった。カラスの羽を見ていたな、と思ったら、手放した。

 青白い炎をあげてその羽が燃え尽きた。――あの使い魔、死んだか。

 コツンと俺の腕が壁に触れた。あ、まず。

 ヴィルドがすぐに振り返って、俺を無表情ながら、非難がましそうに見上げた。

 ―――うん、悪い。

 あちこちの壁や石畳が赤く染まる。罠系の呪術式、うっかり発動させた。

 下手したら、これ、悪魔とか契約者じゃなくて、普通の犯罪者とか後ろ黒いやつの場合もあるんだよな。すっごい不安になってきたぞ。

 ……しかも、この罠系呪術式、侵入者を知らせる系じゃなくて、排除する系かよ!

 小石程度から成人が使うのにちょうどいいほどまでのナイフが飛んできていた。くっそ、完全に俺の方が足引っ張ってるじゃねぇかよ。見習いのことをとやかく言える立場じゃねぇぞ。

 ヴィルドのやつは大丈夫かよ? そう思ったら、普通に自前と思しき刃の長さが二十センチほどの短刀を出して、向かってくるのを払っていた。……うん、とても頼もしい限りで。あのじじいがその点は心配ないというだけあるわ。


「……ラザフォード司教っ!」


 珍しく焦ったような声をヴィルドが上げた。あ、ヤバ。死角から今、ヴィルドが使っているやつより短めの十センチほどのナイフが俺に向かって飛んできてた。

 あー、これ、かわせねぇわ。なんて反射的に諦めかけていた。

 もう、距離も数センチしかねぇって時に、なにかが俺の体を押しのけた。そして、俺とナイフの間に灰色の物体が入り込んできて、代わりにその物体にナイフが突き刺さっていた。

 ―――おい、ウソだろ?


「なんで、お前が……」


 石畳の上にしゃがみ込むヴィルド。俺のことを嫌っていたはずなのに。なんでかばったんだよ。


「……お、怪我、は?」


 息も荒く、少し額に汗がにじんだヴィルドは、自分の身よりも俺の身を案じていやがった。バカか、お前は!


「ねぇよ。それより」


 ガタンと建物の方から音がし、走り去る音。……やっぱり、誰かいやがったか。


「……契約者が一人、です。……追って、下さい」


 突き刺さっていたナイフを引っこ抜き、石畳に投げ捨てたヴィルド。そのナイフの刀身は元からラベンダー色だったのに、少しヴィルドの血が付着していた。


「だが……」


 突き刺さったナイフは右腕のほぼ肩に近いところだからか、左手だけで、てきぱきと血抜きをして、と。的確に処置するヴィルド。


「追って下さい! 後で…追いかけます」


 逡巡する俺をたきつけるヴィルド。悪いな、俺は天の邪鬼なんだよ。


「……お前を放って行けるわけねぇだろっ?! ほら、怪我みせてみろ!」


 右腕をとって、修道士服の袖をまくった。素肌のそこには細かく文字が描かれたような痕があり、皮膚が赤く盛り上がっているように見えた。想像もしていなかったものに俺は絶句し、固まってしまった。ヴィルドは自身の腕を引っこ抜き「触らないで下さい」と言って拒絶した。

 ヴィルドの腕に描かれた文字は、明らか呪術式で。大方、肉体強化系のものだった。かなり古そうなものだったから。おそらく、物心がつくかつかないくらいにつけられたものだろう。

 ……なんとなく、ヴィルドが悪魔を嫌う理由が分かった気がした。

 何の苦もなく、ヴィルドは立ち上がり、いつの間にか修道士服の裾を切って結び止血していた。


「……逃げられてしまいましたので、帰りましょうか」


 これ以上深追いしても無駄だってな。それに、ヴィルドが負傷しちまったからな。

ヴィルドがそういう判断を下すのも、こちらへの攻撃はないと見越してだろう。攻撃するつもりなら、あんな風に逃げないってな。

 他の連中とも話をすり合わせたいし。なんでこの辺り見回りしてなかったんだって。



 ヴィルドの様子をうかがいながら、宿舎へと帰途についた。もう、終始無言で。ヴィルドは俺と目も合わせようとしなかった。ただ、黙々と足を動かしていた。

 こうなると、俺の方も正直つらい。じじいが俺を貶めるためにつけた暗殺者の類かと疑ったが、違うようだった。どちらかといえば、護衛のようなことしだすし。

 バルトのおっちゃんの言葉通り、あんまり近づかせねぇ方がよかったかもしれねぇ。そうしたら、ヴィルドもいらねぇケガもしなくてすんだのに。

 完全に日も暮れて、一番星もとっくに出ていた頃、ようやく宿舎についた。ちょっとゆっくり目に歩いたからな。


「ただいまー」


 ドアを開けて広間に行くと、ほぼ全員がいて、俺とヴィルドの帰りを待っていたという感じだった。

 なぜか、クリスのやつも起きていて、他のやつらの話を深刻そうにきいていた。全く、お前は。寝てろって言ったろ。


「司教、ヴィルドくんお帰りー。司教ー、ちょっと夜の交代の前に話あるんっすけど。……いいです?」

「あぁ、もちろんだ。俺からもあるからな」


 快諾する俺に、少しホッとするクリス。


「……すみません。先、休みます」


 下から小声で呟くヴィルド。心なしか、その顔色が悪かった。


「……あぁ、休め。今日は……悪かった」


 俺の不注意がすべて悪いだけにな。思わず顔が歪んだ。

 ヴィルドは「いえ」と短く返事をした後、階段を上って行った。

 完全にヴィルドの姿が見えなくなってから、クリスは腰に手を当て、俺をきつく非難がましそうに睨みつけた。


「司教、ヴィルドくんに何したんです? また、無理矢理連れ回したんでしょう?! まだ子供で、徹夜なんですから、やめてくださいね!」


 ガミガミ叱るおかん。……うん、今日はマジで悪かったってへこんでんだ。あんま、言わないでくれ。


「ちなみに、俺風邪じゃないんで。バルトさんと一緒に夜、見回りに行ってきますからね」


 あー、さいですか。好きにしてくれ。


「……やっぱり、他の地域でも何かあったんだな」


 どうやら、他の地域でも、囚人たちが悪魔憑きにされていたようだ。それも、日が暮れるまでに手を打たなければ、おそらく生命力を奪われていたかもしれない危機的だったそうだ。

 感知系である悪魔達もそう言うのだから、そうなのだろう。

 だからこそ、俺とヴィルドの方はちゃんと阻止できたか、と心配していたらしい。俺が感知系じゃねぇからな。もちろん、そこはみんな知っている。

 ……で、阻止していたからこそ、見回りが疎かになっていたんだと。そもそも、俺とヴィルドが歩いた地区は、日中でも普通の聖職者は立ち入り禁止エリアだ。ゴーストタウン、というだけあってならず者たちが住処にしている危険地帯だからな。

だから、初日から堂々と立ち入ったヴィルドに何もなかったのが不思議というか。俺が傍にいたからだと思うが。子供なんて格好のカモだからな。

 俺がその情報も加えて話すと、クリスは露骨に顔をしかめた。ヴィルドが、悪魔憑きと契約者みつけたってとこにもな。で、俺が勝手にするなって叱ったら、余計にな。


「……で、司教はヴィルドくんに、お礼をきちんと言いました? あんなに落ち込んで」


 ……言ってない。そのあとにあんなことが起こったから、うやむやになった。

 で、ヴィルドが使い魔を追跡用使って一緒に追ったなんて言ったら、クリス顔がひきつったよ。うん、わかるわー。お前、司教だろ、ちゃんと仕事しろよって話だよな。


「クリスさー。俺の傍歩いてたら、契約者みつけにくいか? 俺にはよくわからん」


 しょんぼりした俺に、クリスは鼻で嗤った。


「何をいまさら。ラザフォード司教の存在感が半端なく大きくて、小物の悪魔や契約者の気配なんて隠されますよ」


 ――うん、さっきの話のせいで辛辣すぎるだろ。


「……ラザフォードちゃんにケガはないようだねー。さっきの子供の方かな、ケガしたのって。血の臭いプンプンだよ」


 バルトのおっちゃんは、猫男爵の背をなでながら笑っていた。うん、笑い事じゃねぇよ。おかんってば、めっちゃ俺を責めてるし。なんでケガさせんだよってばかりに。俺の監督不行き届きだろって。こえぇぇ。


「……あぁ。そうだ、おっちゃん。この罠系の呪術式使う一派知らねぇ? ヴィルドのやつ、思いっきり刺さってたけど」


 法衣の内ポケットにこっそり持ち出していたナイフを差し出した。一応、刀身についていた血は拭ったけど。それでもまだ血が付いているのか、おっちゃんも猫男爵も嫌そうな顔をした。


「ラザフォードちゃん、残念だけど、このトラップねぇ。そこそこ呪術式に心得あるなら、わりと便利だから知ってるよ。刀身そのものが毒なんよ。おいちゃんも、仕事しててみつかって追いかけられた時、よく使ったよ」


 そうか、残念だ。じゃあ、その悪魔契約者は、そこそこの知識人ってことか。

 ……で、その毒ってどんだけの?


「……毒の耐性ないやつが刺さったら、死ぬよ。即死しちゃうよ?」


 あっさりのたまうおっちゃん。ひょいひょいとナイフを右手と左手に持ち替えて遊ぶんじゃねぇよ! 猫男爵、膝から飛びのいたよ! そりゃあ、おっちゃんはナイフの扱い慣れてるし、毒の耐性もあるだろうけどなっ!

 おかんは、泡食って階上へと駆け上がってたよ! ヴィルドのやつ、やせ我慢も大概にせぇよ?!


「ラザフォードちゃん、あの子供、明日からおいちゃん預かりにしてくんない? ラザフォードちゃんの傍におけんわ。……悪い影響しか出んだろ?  夕刻が迫っているのに、北西区行って、ラザフォードちゃんが無事なのも、その子供のおかげかな。ラザフォードちゃんなんて、格好のカモだし。おいちゃんなら、ラザフォードちゃん一人だったら、やりに行ってるね」


 ポリポリとナイフの柄で頭をかくおっちゃん。……マジでやめいっ! 俺が心配になるだろうがよ! いくらおっちゃんが慣れているとはいえなっ! そして、俺がカモかよ! ヴィルドじゃねぇのか。様子をうかがっている模様の気配がなかったと言ったら嘘になるが。

 後ろ黒い方はともかく、悪魔って、さっきも言った様に階級があるのな。その階級が高い方が強いし。本能なのか、なんなのか、そういうのを上げようとする傾向があるのもいる訳で。手っ取り早く、その階級を上げるには、人をたくさん害したり、もっといえば殺したりするのらしいのな。

 他にも色々と方法はあるらしいが、この場では割愛する。で、同じ人間を害すにしても、その人間が強い……もっといえば、呪術式の扱いに長けた者だとよりよいそうだ。だからこそ、悪魔連中からしてみれば、俺なんかはいいカモらしいんだな。だからこそ、そういう人間が町を巡回しているからこそ、悪魔祓い師の負傷率や殉職率は高いんだが。


「……お手柔らかに頼むぜ。あいつ、俺のミスであぁなったもんだし」

「ラザがドジ踏んでトラップ発動させたにゃ? そして、かばって刺されたにゃ? 意外といいやつにゃのかもにゃ」


 下からお座り姿勢で、しっぽを横にゆっくりペタンペタン倒して見上げてもかわいいだけだぞー。いや、実際そうだけどよ。見てたんじゃねぇか、この猫? いや、そんなわけないか。それなら、使い魔追いかける最中にでも、ヴィルドが一言くらい何か言いそうだしな。

 クリスがいないときでよかったよ。いたら、殴られるじゃすまねぇよ。


「……言いたくねぇけどな。それそのものが罠の可能性もあるからなぁ。――まぁ、あの子供は骨の髄まで悪魔嫌いのようだから。悪魔契約者のこともよく思っておらんだろうけどな。だから、まずそれはないと思うが、な」


 いい感じに結んでくれたな、おっちゃん。


「そういえば、体に呪術式刻むっていうのも、なんかあんのか?」

「刺青じゃなくて、直にか?」


 おっちゃんも、周りで聞いていた悪魔達もとても嫌そうな顔をした。確かに、あんまり気持ちのいい話じゃねぇわな。


「それってさぁ、呪術式の実験体にされたんじゃねぇかな」

「なら、親か育て親が契約者かその手の信者だった可能性大だな」

「あー、それなら、あのバカみたいな強さと俺らへの憎み方もわかるわー」


 一応、俺は誰がそうだったなんて言ってねぇが、ばれてるじゃねぇかよ。ぼそぼそと悪魔達は囁き合っていた。お前ら、勘いいな。……もしかしなくても、俺が単純なだけか?

 バタバタと足音荒く、階下へと下ってくるクリス。もうちょい、静かにだなぁ。


「司教っ! あんた、ヴィルドくんに何したんですか?! こんな置手紙を置いて出て行かせるなんて……っ!」


 クリスが俺に見せつけたのは、クリームがかった紙に『お世話になりました』の一言だけ書かれたもの。あいつ、字、綺麗だな。お手本レベルに整ってるよ。

 うん、これだと、俺が追い出した感半端ねぇな。広間に残っていた連中も、ちょっと非難がましく俺を見てくれちゃってますね。さっきまでの話聞いてたら、誰だって思いますね! 俺が悪ぅございましたよ!


「ラザフォードも、いくら出て行ってほしいって言ってたからって……ねぇ?」

「かばってもらって、足引っ張っておきながら、追い出すのは……ねぇ?」

「ちょっとばかり、人道に外れちゃってるんじゃないのか……ねぇ?」


 すでに人間じゃない悪魔連中に言われた?! 昨夜、コテンパンにやられた悪魔連中にもそう言われるなんてな!


「その子供、窓から出て行ったんなー。結構、鍛えられてるな。若い頃を思い出すよ」


 しみじみ語らないで、おっちゃん! 若い頃のおっちゃんは恐ろしすぎるだろ!


「わかったよ! 連れ戻してくればいいんだろ?! ちゃんと謝ってくるよ!」


 お前らは、見回り行ってこいや、と解散させた。

 ただ、何も知らないクリスは「ちょ、かばうって何なんですか?!」とかわめいていた。そこは、おっちゃん何とかしてくれ。


「ラザフォード司教。ラザフォード司教」


 どんどんとノックと共に呼びかける若い……クリスと同じくらいの男の声。玄関では、ノックではなく、呼び鈴使えや。

 たまたま近くにいた青髪のロベルトがドアを開けて、「何よ?」と言って応対していた。しかし、その司教補佐と思われる若者は素無視で(いい根性してる)俺の方をじっと見てきた。

 なんか、腰に巻いている紐が緋色って。えっと確か、こいつ……。


「枢機卿がお呼びです。すぐにお越しください」


 うん、昨夜も見た枢機卿付きだわ。だから、緋色なんだよな。

 ヴィルド、早速じじいに泣きついたんだな。

 ――それでも、俺が望んでいたのとはちょっと……いや、大分違うんだが。

 ヴィルド、ひょっとしなくても、俺の足の引っ張り方がウザくてやめた? いや、それか、自身の過去が相当後ろ黒いのがばれたから……。

 ヴィルド、そんなの気にしなくていいのに。


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