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二 顔合わせ

「おはようございます」

「おはようございます」

 出勤二日目、今日は庁舎前で課長と出くわした。


「丁度良かった。田辺さんに伝え忘れた事があったのです」

「何でしょう?」

「あぁ、でも、あまり周りに聞かれたく無い話なので、課に着いてからの方が良いかもしれません」

「分かりました」

「それでは、一緒に参りましょう」


 課に着き、着替えを済ませてから、課長のデスクの前で話が始まる。

「お恥ずかしい話なんですけど、うちの課のあるフロアに通じてる、エレベーターと階段は一つづつしか無いんです」

「そういえば、扉の前にエレベーターが一基あるだけでした。でも、それが恥ずかしい話なのですか?」

「そりゃあ恥ずかしいでしょう。それだけ人の出入りの無い、暇な部署という事の証明になってしまいます」

「ん~、でも、警察が暇というのは良い事だと思います」

「それはそうですね。恥ずかしい理由の二つ目なんですが、あのフロア自体が設計から漏れてしまった為に、エレベーターが一基という事実もあるのです」

「漏れてしまったとは、なんだか可哀想な境遇みたいですね」

「ねぇ、恥ずかしいでしょう。それと、税金で建てられた庁舎に設計ミスがあったとは、外部に知られたら大事になってしまいます。そんな訳で、この件は他言無用でお願いします」

「分かりました。昨日、他の職員の方の態度が少しおかしかったのは、そういう理由があった訳なのですね」

「態度がおかしかったのですか。公安というのは、そういう扱いを受けがちなんです。気になさらない方が良いと思います」

「そうですね。私も配属が公安と知った時は、複雑な心境になりましたから」

「複雑な心境とは?」

「ドラマとかだとエリート振ってたり、手段を選ばなかったり、嫌な奴等の集団だと思ってましたから」

「そうですか、そう思われがちなんですよねぇ」

「あっ!すいませんでした。分かってもいないくせに、勝手な事を言ってしまいました」

「良いのです。私が聞いたのですから。誤解を解いておきたいのですが、公安というのは「公共の安全と秩序」の為の組織なのです。国民の生活を護るという警察の仕事を、裏から支えているのです。誇りを持って仕事に取り組んでください」

「はい!分かりました」

「それに、今日は何人かに会えると思いますが、うちの連中を見れば公安の嫌なイメージなんて吹き飛ぶと思います」

「はい!楽しみです」


「この課の始業時間って何時何だろう?もうすぐお昼だというのに、誰もやってこない、課長は今日は何人かに会えると仰っていたけど、どうなんだろうなぁ」

 十二時を過ぎたので、自分のデスクでお弁当を拡げ、食べ始める。

 一人だけの食事は寂しいと感じ、明日からは食堂に行こうと思いつつ食事を終えた。


「おはようございます」

「おはようございます」……って、もう昼過ぎですけど、どこの芸能界なの。

 芸能界という言葉が思わず浮かんだの無理も無い、まるでファッション誌から抜け出して来た様な美女が入って来た。


「初顔合わせですね。お二人共、自己紹介をして下さい」

「初めまして、田辺都たなべ・みやこです。浅草警察から参りました。こちらでは経理を担当させて頂いてます」

「初めまして、細川亜里沙ほそかわ・ありさです。主に欧米関係の案件を担当しています」

「二人とも、初対面とはいえ堅いですよ。うちの課は少人数なのですから、アットホームに参りましょう」


「いやぁ~そりゃ無理ってもんでしょう。いくら今時の娘さん達でも初対面ですからねぇ。第一、課長の雰囲気が堅いんだからなおの事ですねぇ」

「唐突過ぎます。まずは、高野も自己紹介をしなさい」

「それもそうですねぇ。高野明王たかの・あきおです。国内の案件が担当です」

「初めまして、田辺都です」

「その後は聞こえちゃったから、言わなくても大丈夫ですよ。それよりも、趣味と好きな男のタイプとか話さないと、自己紹介にならないですねぇ」

「それってガールズトークでしょうに、生臭坊主が何を言ってるんですか」

「亜里沙ちゃんは私に厳し過ぎますよ。それに私の心は乙女なんですから、ガールズトークだって問題無いですねぇ」

「高野さんは、お坊さんなのですか?」

「代々続く寺の息子ですからねぇ。言っておきますけど、亜里沙ちゃんは生臭坊主扱いしてるけど、私は違いますからねぇ」

「アナタの宗派は生臭坊主の代名詞みたいなものでしょ」


「はいはい、相変わらずじゃれ合っちゃってますね」

「東郷も、まずは自己紹介からです」

「初めまして。東郷雅とうごう・みやびです。物理を含めた制圧を担当しちゃってます」

「初めまして、田辺都です。浅草警察から参りました。こちらでは経理を担当させて頂いてます」

「うちは今迄ちゃんと、経理の出来る人間がいなかったから、助かっちゃうよ。私は数字が苦手だから尚更ね」

「脳筋ですからねぇ」

「ん?!アンタの脳でも、吹き飛ばしちゃおうか?」

「雅さんが言うと冗談に聞えませんね」

「……冗談じゃ無いんですか?」

「あはは!冗談に決まってるでしょ。私が危ない人に思われちゃうから、止めてよね。じゃあ、私は装備のテストがあるから、また後でね」


 東郷さんは、廊下の奥へと歩いて行った。


 私と課長を残して、各人がこの場を後にした。

「なかなか個性的な人達だったでしょう」

「なかなかと言うより、相当と言った方が適切だと思います」

「手厳しいですね。ああいう人達ですけど、実力は折り紙付きなのです。其々が各分野での日本のトップと言っても良いレベルなのです」

「公安の方なんですから、そうなんでしょうね。それにしても、まさか、あの三人で全員という事は無いですよね」

「うちは少数精鋭ですが、さすがにそれは無いです。ただ、潜入捜査をしている者もいますから、全員が集まる事は滅多に無いので、顔合わせが終わるのは暫く掛かりそうですね」

「所轄でも、刑事課の人達が、そんな感じでした」

「さてと、田辺さんの仕事の邪魔になりますから、お喋りはこの辺にしておきましょう」


「ただいまぁ~」

 んん?!何故に幼女?

「田辺さん、紹介します。私の娘の安倍晴美あべ・はるみです」

「こんにちは。お父さんの部下の、田辺都といいます」

「こんにちは。安倍晴美です。小学校二年生です。宜しくお願いします」

「こちらこそ、宜しくお願いします」

「自己紹介が終わったみたいだから、晴美はいつも通りに待っていて下さい」

「はぁ~い」


 晴美ちゃんは、廊下の奥の方に走って行った。


「学校が終わった後は、私の帰る時間までこちらで待っているんですよ」

「あのぉ~、それって問題にならないんでしょうか?託児施設じゃありませんし、公私混同にも程があると思うのですが」

「うちの課はアットホームな雰囲気を目指していますから。それに、前にも言いましたが、かなり特殊な部署なんですよ」


 家庭事情も特殊なんじゃ、とは言えなかった。


「こんにちは」

「こんにちは」って、こんどは女子高生かい。

「東郷さんは出勤されているでしょうか?」

「失礼ですが、どちら様でしょう?」

「私が紹介しましょう。吉岡法子よしおか・のりこさんです。お若いですが、剣道の達人で警視庁に出稽古に来られているのです。おそらく女子では、日本一の実力者だと思います」

「田辺都です。こちらで経理をやっています。剣道凄いんですね」

「吉岡法子です。先程は失礼しました。課長が言い過ぎなだけで、大した事はありません。事実、東郷さんに稽古をつけていただいています」

「そうなんですか、でも謙遜される人って、本当に凄い人なんだと思いますよ」

「凄いという点では、私などは、あなたの足元にも及びません」

「えぇ~、私のどこが凄いっていうんですか、からかわないで下さいよ」

「法子ちゃん、東郷は奥にいるから、訪ねていいですよ」

「はい。それでは失礼します」


 凛としたいう表現が似合う女子高生も、奥へと入って行った。

 奥?更衣室があるという記憶しか無いんですけど?私がボケてるのかな?


「課長。奥には更衣室しかなかったと思うんですけど、私の勘違いでしょうか?」

「あぁ、それも恥ずかしい話なのですが、設計ミスなんでしょうね、非常に分かり難い出入り口になっているんです。田辺さんには関係の無い部屋なので、説明するのを忘れてました」

「晴美ちゃんまで、奥に行きましたね」

「私の執務室がありますので、そちらで課題をやっているのです」

「あんなに小さい子なのに大変なんですね。お父さんがエリートだから、プレッシャーを与えてるんじゃないですか?」

「私は娘にデレデレですから、そんな事はありません」

「あんなに可愛い子だったら、そうなっちゃいますよね」

「有難うございます。私の宝なんです」


「おいっ~す」

 和やかな空気を掻き消す様に、ワイルドを絵に描いた様な男が入って来た。

「何だ何だ、えらく空気が美味いじゃねえか!」

「遅いぞ犬飼。新人に紹介するからこちらへ来い」

「おう。そっちの姉ちゃんかい、なかなか良い匂いがするじゃねえの

「初めまして、田辺都です。浅草警察から参りました。こちらでは経理を担当させて頂いてます」

「おう。俺は犬飼優作いぬかい・ゆうさくだ。荒事を……担当……して……います」

「荒事?ですか?」

「すぐに暴力に訴える連中を、窘めるという仕事なんです」

「そうなんですか、お疲れ様です。市民を暴力から守るお仕事なんですね」

「くくっ、だいぶ違うとは思いますが、大筋では合っているかもしれません。さて、犬飼、話があるから奥へ行きましょう」


 課内は私一人になってしまった。


「あの姉ちゃんは一体何なんだよ」

「さすがの犬飼も借りて来た犬になっちゃったのは、腹を抱えて笑ったわ」

「借りて来た犬とは上手いこと言いますね。亜里沙さんにも見せたかったです」

「うるせい!てめえら、まとめて犯すぞ!」

「出来るのかい?」

「無理でしょう」

「まぁまぁ、犬飼は初めて彼女に会った訳だが、力を十分に感じられた様だな」

「あぁ、理屈じゃ無く、絶対に逆らえないってくらいの大きな力を感じたな。でも、その力はずっと浸っていたいと思うくらい、心地良かったんだよな」

「動物の勘だから確かだろうね。冗談はさておき、今日初めて対面したんだけど、全身の澱が吹き飛ばされちゃった感じがしたよ」

「それは私も感じましたし、実際体も軽くなっています」

「お前は胸が軽くなったらヤバイだろう」

「このエロ狼が何を言い出す」

「しょうがねえだろう。満月なんだからよう」

「田辺さんの力は、満月時の犬飼でさえ抑え込んでしまうのだから、想像以上でした。昨日は犬飼がいなかったので、改めて言いますが、くれぐれも彼女に逃げられない様に、気を付けて下さい」

「おう」


「お疲れ様でした」 

 その後、誰も戻って来なかったので、少し寂しい思いがする。

 返事が返らぬ挨拶をして、帰途に就いた。


 今日会えた人達は皆さん濃い人だったなぁと、帰り道で思い返した。

 細川亜里沙さん。あんな綺麗な人って見た事無い、外国の血が入っているみたいな感じだったけど、欧米関係が担当と言ってたから、そういう事なんだろう。


 高野明王さん。背が高かった。ニメートルくらいある様に見えた。その上ニューハーフ?お坊さん?インパクトだったら今日一番だった。


 東郷雅さん。姐御って感じだった。公務員にあるまじき露出の高い服着てたけど、めちゃめちゃナイスボディだった。出るとこ出てて、引っ込むとこ引っ込んで、羨ましいプロポーションだった。


 安倍晴美ちゃん。課長の娘さんとの事だったけど、とても可愛い子だった。でも、家庭事情を疑ってしまうくらい、しっかりしていて、とても小学校二年生とは思えなかった。本当はあのくらいの年頃だったら、お友達と遊びたいんだろうけど、ちょっと可哀想に思えた。


 吉岡法子ちゃん。さんと呼んだ方がいいかと思うくらい凛としていた。剣道の達人らしいし、正にサムライって感じだった。その彼女に稽古を付ける東郷さんは、単なるナイスボディのお姉さんってだけじゃ無いんだなぁと思った。


 犬飼優作さん。最初は乱暴な怖い人かと思ったけど、礼儀正しい人だった。今日会った人の中では普通の人って感じだった。


 まだ職員の方がいらっしゃるそうだから、会えるのが楽しみだと思った。


「ただいまぁ」

「みやちゃん今日ね、物凄く素敵なお客さんが来たのよ」

「そう、どんなお客さんだったの?」

「イタリアから日本のお菓子を勉強に来たらしいけど、超イケメンだったのよ」

「お母さん、イタリア語なんて話せたっけ?」

「それがね、勉強したそうで、日本語ペラペラだったのよ」

「へぇ~凄いねぇ、それより今日の晩御飯は何?」

「あんたねえ、人が折角イケメンの話してるっていうのに、若い娘が色気より食い気でどうすんの」

「今日は私も、とても個性的な人達に会ったから、イケメンくらいじゃ驚かないの」

「だから、並のイケメンじゃ無いんだって」


 お母さんの力説が止まらなくなっている。

 私はお腹が空いてそれどころじゃ無いっていうのに、仕方が無いから自分で支度をする事にする。

 料理は済んでいた様なので、配膳するだけだった。


 夕食の時間もお母さんのテンションは落ちるどころか、パワーアップしていた。

 今夜はお母さんの独演会と化していた。


 それにしても、お母さんの様なオバさんを、ここまで魅了する相手ってどんな人なんだろう。

 食後のお茶を飲みながら、私は考えた。

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