ゼオン VS ソラ
「死神の使いだぁ…?」
ゼオンが眉を寄せ、空を怪訝そうに睨む。だがゼオンは急に
「ブヒィッ、ブッ、ブハハハハハッ!」
と腹を抱えて大笑いしだした。
「ブフォッ! ブヒヒヒヒヒッヒヒヒヒヒヒヒッ! し、死神だって…、コ、コイツが……」
笑い続けるゼオンを見て、今度は逆に空が怪訝な表情をうかべる。
「何がおかしい」
問いかける空にゼオンは
「ブヒッ! お、おめぇが笑わせたんだろう。ブヒヒヒッ! 弱人族でひ弱そうなオマエが死神だって……」
と、ひーひー言いながら笑い続けている。
笑い続けるゼオンを観察し、話を聞いた空は、どうやら死神と言う単語がツボだったかとアタリをつける。早速 ”死神からもらった力” をゼオンに見せてやろうかと辺りを見渡したとき、腹を抱えたままのゼオンが空に話しかけた。
「お、オマエはアレか。ブヒッ! お笑いでゼオン組に入りたいのか? ブハハハ!」
「はぁ? お笑いだぁ?」
思わず空がゼオンに聞き返すと、ゼオンは急に真面目な顔つきになって
「ダメに決まってんだろうがぁ! 弱人族がナメてんじゃねぇぞ! おい、野郎共、侵入者だ! つまみだせ!」
と怒鳴り散らし、人を呼び始める。しかし空は…
「ケガ人は少ないほうがいいよな」
といいながら、目の前にある重厚で豪奢な造りの机を『片手』で持ち上げ、
「ほーらよっ…と!」
とドアの前に放り投げた。
「な……っ!」
轟音と共にドアを塞ぐ机を見たゼオンは、目を見張って驚いている。それはそうだろう。見た目『弱人族』の空が『猪人族』の血を引く力が自慢の自分でも重いと感じる机を、軽く片手で放り投げたのだから。
「くっくっく…。言ったろ、”死神の使い” ってよぅ……」
驚愕しているゼオンに顔を戻し、指をぽきぽきとならしながら近づく空と後ずさりするゼオン。そして壁際までゼオンを追い込む。そのときキラリと光るものが見えた。
何だろうかと思った空が辺りを見回すと、かなりの重量がありそうな等身大の銀の女神像を見つける。その像を軽々と抱えると、ニヤァ…と残忍な笑みを浮かべながらゼオンのほうを見る。
「ブギたちから聞いたぜ。女好きなんだってなぁ。この女を抱かせてやるよ」
と空は笑いながら銀の女神像をゼオンに向かって放り投げた。
「ブヒッ!ぬあっ!」
両手でずっしりとした女神像を抱えたゼオンはさすがに力自慢だけあり、倒れるまではいかなかった。 ふう、と息をついて女神像を置いたゼオンの視界には、今度は巨大な本棚を本を入れたまま運んでくる空の姿が入ってきた。
「あはは。これもお願いしまーす」
と言いながら、空は巨大な本棚をゼオンに向けて押し倒す。
あわててゼオンは倒れこむ本棚を両手を広げて本棚を押しとどめようとし、
「ブッ! ぐ…っ!」
なんとか踏ん張って本棚を押さえるが、空が本棚をこっそり押しているためになかなか押し上げられないでいる。
懸命に踏ん張っている状態のゼオンに、空はいきなり本題をぶつける。
「俺がなんでテメーのとこ来たかって言うと、おまえんとこのブギにからまれてよ。そんときいろいろ話聞いたんだよ。孤児院の話とか…」
空は話を続ける。
「なあ、ブギたちは院長先生が逃げたって言ってたけど、マウル…だっけ? あいつの話だと院長先生を殺したのってオマエなんだって? 何で殺したんだ?」
「ぐっ、ああ?何だってオメェがそんなこと…っ!」
「ふむ、どうも立場を分かってないらしいな。潰されたいようだ」
空はぐいっと銀の女神像を引き寄せ、放り投げるフリをする。
「ブヒィ! やめろ、やめてくれ! は、話すから離すな!」
「つまらん、やっぱ潰すわ」
「ヒィ! い、言います言います。あ、あれだ。あの女が勝手に死んだんだ。殺したんじゃねぇ、ヤってたら死んでたんだよ!」
「あん、どういうことだ? 詳しく話を聞かせろ」
「ま、まずコレをどかしてくれ。こ、こんなんじゃ話しができねぇ」
空はチィッと舌打ちをして本棚を戻す。へたり込んでゼイゼイ言ってるゼオンに女神像を持ち上げて脅しをかけながら話の続きを催促する。
「ヤってたら死んでいたって…どういうことだ?」
「そ、それは…」
うっかり口を滑らせたゼオンは気まずそうに顔を背ける。なんだってこんなことに…と内心毒づきながら、ゆっくり思い出しながら話し始めた。
「あのとき、孤児院の院長、もともと修道女のフィオナっていう兎人族なんだが、その女を俺はモノにしたくてな、孤児院に投資を持ちかける代わりに俺の女になれって暗に言ったんだよ」
「…で?」
「そしたらはっきり断られた。まあ、想定内だからしつこく言い寄ったんだ。そしたら警察に言いやがって」
この世界にも警察があるらしい。なかなか重要な情報だと思いながらも空は話を続けるように言う。
「だが俺様はゼオン組の組長ゼオンだ。当然街の警察なんかにも息のかかった奴等も多い。話なんかは筒抜けだ。そいつらから話を聞いたところ、フィオナは子供達と引っ越す手続きを執っていることがわかった。だから俺はそれを利用して、フィオナを別邸に呼んだ。別邸を引越し業者の店ってことにして、ゼオン組の息のかかった警官に送らせることでな」
「そうして別邸へ来たフィオナを俺は出迎えた。最初は俺もフィオナと紳士的に話していたが、あいつは嫌だ嫌だの一点張りでな。めんどくさくなって押し倒しちまった。へへ…」
「そんでヤっちまったんだがフィオナは初めてだったらしくてな。すげぇ抵抗すんだよ。だから押さえつけるこっちも必死でヤっちまってな…」
「気付いたら首を折っちまってた」
頭を掻きながらゼオンが反省を感じさせない態度で話を続ける。
「まいったぜ、口から泡吹いてるわ、股間からすげぇ血ィ流してるわでよ。その後はガキの面倒見たり、警察に裏取引したり大変だっ……」
ふいにゼオンの話をさえぎって空が動きだし、女神像を片手で持ち上げる。
「首を折るってよぅ…。こういう感じか?」
女神像の首をぽきんとへし折り、ゼオンの前に放り投げる。
――――ごんっ!
と、鈍い音を立ててゼオンの前に転がる女神像の首。それを見たゼオンがひっと悲鳴をあげ、首の飛んできた方向に目を向けると、能面のような顔をして空が立っていた。
「次はオマエの番だよぅ…」
空の怒りは頂点を越えていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「ブヒィッ! ブヒィイイイイ!」
ゼオンは必死で抵抗するが、空は全く動じない。何しろパンチもキックも軽々と弾かれてしまうのだ。そうこうしているうちに、またも服に手にかけた空は、
――――ビ、ビビッ、ビィリリィーッ!
と引き裂く。マウルの着ていた革製品と同じように簡単に裸にする。そして最後の一枚も破り捨てた空は乾いた笑顔をゼオンに向けて言い放つ。
「くっくっく…。まずはブギたちに裸で謝って貰おうか。タマを抜かれたくなかったらな」
「くそっ! な、なんで誰も来ねぇんだよ!」
実際には何事かと人は集まったのだが、裸のままのマウルが腕を見せながら先ほどの話をして追い返していた。最初マウルは部屋の中の様子を見ていたが、飛んできた机がドアを塞いだのを見てあきらめ、おとなしく見張りをしている。
なにしろ部屋の中から聞こえてくる音が重たそうな派手な音ばかりであり、下手に覗いていると巻き添えを食いそうだからである。ほかに被害者を増やさないため、マウルは見張りをしているのだ。ちなみに今はマウルは他の組員から服を取ってもらい、ちゃんと服も着ている。
結局被害にあうなら逃げた方がいいと他の組員は考えたわけで、ゼオンの人望のなさがはっきりした訳だ。まあ、逃げる組員も大概ろくでもないのばかりであるが。
「うるせぇよ、ブタぁ…」
「ブヒッ! うわああああああぁ!」
そういいながら空はゼオンの両足首をつかみ、その両足首を自分の肩で担ぐ。そして裸のゼオンを逆さ吊りにして引きずっていく。
ところがドアの前まで来たら机で塞がっている。自分でやったことなんだがどかすのも面倒くさい。なので空は右足を壁に向け、
――――――ドガッ! ガズゥウン!
壁を蹴り破った。
「うあああああああ! お、俺の家がぁ!」
ゼオンが叫んだとき、空は巻き添えを食って座り込むマウルと目が合った。
「オウ、馬面ァ…。コイツ貰ってくぜ」
「………」
マウルの答えは聞かず、ずるずるとゼオンを引きずっていく空。
ゼオンはマウルに向かって助けを求めているが、マウルが動くことは無かった。
「ちくしょう! 俺をどこまで連れて行く気だ?」
不安顔のゼオンが叫ぶ。それにニヤケ顔した空が答える。
「ああ? 言ったろ、ギブたちに謝れって。花屋の隣の酒場だ」
「そんなとこまでこんな格好で行くのかよ!?」
じたばた抵抗しながら反論するゼオンに対し、空は笑いながら、
「ばーか。いなかったら見つかるまで探しに行くからな。もちろんこのままで」
「くそっ! 誰か! 誰か助けてくれ! 誰でもいい!助けてくれーーっ!」
助けを求めて悲鳴を上げるゼオンに空は冷たく言い放つ。
「何が助けてだ。オマエは院長先生を助けなかっただろうが。これからのことを期待して黙って待ってろ。どんな惨い死をお前は迎えるんだろうなぁ? あの世で待ってる人がいるんだ。会えるのが楽しみだろ?」
暗に空に殺害するとほのめかされ、ゼオンは息をのむ。生かされているのはブギたちに詫びを入れさせるためだけなのではないか。そんな考えがゼオンの脳裏に浮かぶ。
しかし、空にはゼオンを殺害するつもりはなかった。もともと空は地球人であり殺人には抵抗があるのだ。だからこそ服を裂き、裸にして恐怖心を煽るのである。
実はマウルの腕を潰したのも本来は潰すつもりは無く、ちょっと力んだだけの結果だったりする。理力調整のスキルをデルトから貰ってはいるが、まだ転生初日であり、慣れては無いのだ。
そんな空の考えをゼオンが知ってるはずも無く、裸の巨漢が逆さ吊り状態で泣き叫びながら引きずられていく。
そして空は泣き叫ぶゼオンのことなど気にも留めず、それよりも陵辱された挙句に無残な死を迎えた院長先生のことを、ブギたちに素直に話していいものかどうか悩んでいた。
――――ごんっ! がつっ!
「うぐっ! ぎひっ!」
――――ごつっ! がん!
「うぎぃ! あぐっ!」
ゼオンは後頭部を打ちつけながら引きずられている。逆さ吊りと言ってもゼオンの方が身長が高く、どうしても頭を打ってしまうのだ。その異様な光景は街の人の噂になり、大勢の人が何事かと見物に来る。
空の相手がゼオンであるとわかり、ゼオンもまた助けを叫んでいるのだが、街一番の力を誇るゼオンがあっけなく裸で引きずられているのを見て街の人々は手を出さずにいた。
街の人の中にはゼオンが嫌いなのか『がんばれー』などと声援を送っている人もおり、ここでもゼオンの人望のなさが伺えた。
そして二人は花屋の隣の酒場『ラティーン』に着いた。
「おら、ブタぁ、さっさと来いや!」
空は乱暴にグロッキー状態のゼオンを引っ張り、ラティーンの中に入った。そして素直に揃って席についてるブギたち4人に声をかけ、外に呼ぶ。
「あっ! ソラ。無事だったっ…えっ!」
空をみて立ち上がったマリィが後ろにいた巨体の男を見て驚く。それに倣いブギたち三人も驚愕している。
「お、おい、後ろの…」
「まさか…。ホントに…」
「ゼ、ゼオン…さん…」
そんな戸惑っている4人の前に、空は頭から血を出してるゼオンを引きずり出し、正座させる。
ヒイヒイ言うゼオンの頭をつかみブギたちにむかって
「ちょっと…、言いづらいんだけどさ、コイツから話を聞いた。正直話していいかどうか悩んだけど…、やっぱみんなに誤解されたままの院長先生がかわいそう…っていうか、その…」
言いよどむ空にマリィが寂しげな表情を浮かべながら問いかける。
「院長先生がかわいそう…って、やっぱり死んじゃってるってこと?」
言いよどんだ空は意を決して、マリィの目を見つめてうなずく。
「ゼオンが自供した。俺が怪しいと思ったことをつついたらあっさりと認めたよ」
実際は圧倒的な力で脅して証言をさせただけなのだが、院長先生の惨い最期をマリィたちに伝えたくない空は殺されたことだけを伝える。
ゼオンはと言うと、血を流しすぎたのかうなだれたままだ。後頭部を何度も石畳に打ち付けていたのだから当然の結果と言えるだろう。ゼオンでなくほかの人ならば死んでいたかもしれない。
しかし、空はゼオンに容赦しなかった。
「また引きずられたく無ければさっさと謝れ。他にも行く所があるんだからな」
他にいくところがどこか見当もつかないゼオンは恐怖で体を竦ませる。しかし空はゼオンの頭を鷲掴みし、
「文句があるのか?」
と脅して、ブギたちに対する謝罪を早くするように求めるのだった。
「お、俺がフィオナを殺した。だがわざとじゃねぇ。や…ぶごっ!」
空は余計なことを言いそうになったゼオンの頭を床にたたきつけ、そのままの状態でゼオンに凄む。
「早く詫びいれろっつってんだろうが!」
「す、すいません! す、すまなかった! このとおりだ」
ゼオンの頭を押さえつけている空に対し、ブギやマリィたち4人は二の句を次げずにいる。あのゼオンが裸で自分達に謝っている。しかも院長先生を殺したと自供したとなれば、自分達を騙していたことも自供したも同然だ。その自供をさせたのが目の前の弱人族風の男なのである。
その男、青井空は立ち上がり、ブギたちに向き合い質問をする。
「俺はコイツを警察にぶち込もうと思う。仲間が警察にもいるらしいから釈放されるかもしれないが…。それでお前らに聞きたい。コイツどうしたい?殺すか?」
「ひっ!」
小さい悲鳴をゼオンが上げるが、ブギたちはお互いの顔をみながら静かにかぶりを振った。
「いや、いいよ。院長先生のところに送りたくないし。それにゼオンが死んだら…俺達仕事なくなるもんな」
「仕事なら俺の家を建てるのを手伝え。給料もだすぞ」
「アタイら住むとこないもん」
「ほかに仲のいい人もゼオン組にいるしな」
「いなきゃいないで困る…かも」
空は苦笑しつつゼオンの方に目を向ける。そして思いついたことを口にした。
「じゃあこうしよう。俺、お前ん家住むわ。そこから家建てるために通うことにする。俺の家が建ったらブギたちの家も建てる。ムカついたらお前殺すから、死にたくなければせいぜい接待してくれや」
急に言われて目を丸くするゼオン。それを聞いたマリィがはしゃいで空に飛びついてきた。
「それ、楽しそう。いつからやるの?」
「ちょ、マリィ。ブタさんの返事をまだ聞いてないよ。まあ、断ったら引きずって帰るだけだけどな」
「ひいいい!」
「で、どうなんだよ。ブタぁ…?」
睨みつけ、低い声でゼオンを脅す。ゼオンは首をぶんぶん縦に振り続けた。
そんななかにわかに周りが騒がしくなる。どうやら観衆がいたらしい。誰も止めないところをみると、ゼオンがやられるのを面白がって見ていたようだ。
その観衆を掻き分け、二人の男が空の前に現れた。同じ服装を着ているところを見ると、どうやら警察らしい。そして…
「ゼオン組襲撃、および暴行罪できさまを逮捕する!」
こうして、空は逮捕されたのだった。