惑星マーナへ
「ん…ここは?」
意識の戻った空はあたりが見慣れない部屋であることに気づく。薄暗く、ログハウスのような佇まいであるようだ。家具もベッドとランプぐらいしかない。奥にはかまどの様な物もあるようだがそれだけだ。殺風景すぎんだろと思う矢先に、頭に少女の声が響く。
(…ん。空さーん! 聞こえますか~?)
聞き間違えるはずの無い声。つい先ほどまで会話していた少女の声を聞き、はっきりと空は意識を覚醒する。
「デルトぉ…」
(ちょっと、空さん、声怖いですよ。それよりどうですか? こちら空さんの転生を無事確認できましたけど。そっちお金とか体調とか、変なところありませんか?)
「はぁ、お金…これか?…うおっ、これは…!」
たんなる設備のひとつだと思っていた大き目の白い袋の中に、大量の金貨があふれ出す。
(金貨一万枚ほどあります。遠慮なく使って下さいね。ちなみに金貨一枚で1万エムノです。まあ一万円と思ってくれればいいです。ちなみに大銀貨一枚で五千エムノ、銀貨一枚で千エムノ・・・)
「・・・ということは大銅貨一枚で五百エムノで銅貨一枚で百エムノってことか?」
(そのとおりです。ちなみに大石貨一枚で十エムノ、石貨一枚が一エムノですから、覚えておいて下さいね。あと・・・ちょっと外に出てみてください。)
「所持金一億エムノってことか。これを見る限り本当に転生をしたみたいだな。もう腹くくるしかねぇのか」
デルトに言われて外に出る空の前に、予想以上に美しい風景が目の前に広がる。
「へぇ、滝が近くにあって。あれは小川か。その向こうに、あれは街か?人がいるんだな?」
(どうやらお気に召したみたいでなによりです。あとでお金もって街に行って見てください。それよりも身体の方が気になりますね。そこいらの石をてきとーに投げてみて下さい。まあ、普通にえいっと。)
「んじゃ、あの木にすっか。せーの、よっ!」
ヒュン!ばっきぃいいん!
ずっ…しゃああああぁぁぁ……ん…
デルトに言われ、素直に手ごろな石を投げる空だったが、石はうなりをあげながら木をへし折り後ろの崖に吸い込まれていった。
「うおっ!!!」
(うふふふふふっ!ちゃんと設定どおり身体も機能しているみたいですね。)
自分の投げた石のあまりの威力に愕然とする空だったが、薦めた死神の少女は結果に満足そうにつぶやく。
(どうですか?この世界ではあなたは最強といっていい程の存在なんです。お金持ちにして最強の人生をぜひ歩んで行ってください。さあ、これ以上は上司にバレちゃうからこれで切りますね。空さんは街にでも行っていろいろ見てくるといいでしょう。)
「街…か、たしかにいろいろ知りたいこともある。行って見るか。あ、そうだ、デルト。」
(ん~、なんですか?)
脳内通信を切ろうとしていたデルトに空は声を出して話しかける。実際は思っただけで伝わるのだがどうしても聞きたいことだっただけに声に出てしまったのだ。
「俺はもう地球には戻れないのか?ここで科学の発展をさせて、宇宙工学を極めて地球を目指しても無理なのか?」
最後の希望をデルトに伝える、しかしデルトからの返事は無情な答えであった。
(……残念ですが無理です。この星の文化レベルでは地球はまず見つけられないでしょう。そもそも星系が違いますから。地球からマーナを見つけるのだって無理ですから。)
「そっか…。まあ、とにかく街に行ってくるわ。じゃあな。」
何枚かの金貨をポケットに入れ、残りの金貨をベッドの下に隠しておく。今気づいてみると自分の服は事故にあった当日のままの、ライトジャケットにジーンズという格好である。財布やスマホはもっていないが、これはデルトの密かな便宜のひとつである。この服装の質量も”地球での質量”を維持しているために相当な防御力を誇るのだが、空がこの事実に気づくのはかなり後になってからであった。
(空さん。本当にさようなら…。がんばってくださいね。まあ、私のせいでもありますケド……)
「もういい。帰れないならここで楽しく生きてみる。デルトのくれたアドバンテージもあるから、開き直ってはっちゃけて一生を全うするわ。死んだらまた会いにいくから。じゃあな。」
いくつかある空の美点のひとつに、気持ちの切り替えの速さがある。”駄目なときは何やっても駄目、でも行けるときはとことん行け。”が地球での口癖のひとつでもあり、また友人たちにも定評のある点でもあった。
(ふふっ。ありがとう。また会いましょうね。それでは~)
そう言い残し、デルトは脳内通信を遮断する。そしてそれからが空のマーナでの人生の出発点になるのだ。
「おーし。とりあえず街にいってみるか」
空は元気良くふもとの街に向かって歩き出した。