死神の少女
俺は今思い出している。
あの日…。俺が地球で死んだときのことを。
確か、俺は幼馴染の上野卦真と一緒に大学から帰宅する途中だった。
「空、メシ食って帰ろうぜ。腹減ったよ」
「お、んじゃ来鳴軒で食って帰ろうか。あそこのラーギョハン大好きなんだよ」
子供のころからの御馴染みの店の名前を伝えられ、幼馴染はすぐに反応する。
「俺はソース焼きそばかな、量多いし、鉄板目玉焼きがイイネ!」
「そーっすか。おまえ昔からそればっかだな。ソースは俺」
「ああ、つ、つまらない…。うまいこといえてないぞ。いや、ほかの人が聞いたら評価するか?て、いうか空もラーギョハン専門じゃん。空は昔から棚上げうまいよな。ホント感心するわ」
「いや、あの、卦真サン、このネタ言いたかっただけなんで…」
ボケる時は自分に不利な状況でもあえてボケる。その姿勢に感心しつつ呆れながら幼馴染は言う。
「ほんとーにブレないやっちゃ。20年生きてここまで自己を維持するとは。ある種の才能なのかもしれん」
うんうん、と一人うなずく幼馴染といつも通りの会話をし、いつも通りの帰宅路を歩きその日を終えるはずだったのに……。
しかしその日は突然に乱入者が現れた。
「空、あぶない!!」
しかし幼馴染の叫びも空しく、哀れ青井空は車に撥ねられてしまうのだった。
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「もしもーーし。起きてくださーい」
「む、ん・・・ぶはっ!」
「あ、やっと起きたですぅ~。早く起きてくれないとエライことになるところでしたよ~」
目を覚ました空の前に、黒と白のチェックのワンピースに黒のジャケットを羽織った少女がにっこりと微笑んでいた。
「あれ、君は?え、なんで俺、こんなところに?え、俺は確か家に帰る途中で…??」
幼馴染と帰宅途中だったことを思い出す空に、少女は自己紹介と事のあらましを伝える。
「えーっとぉ、私の名前はデルトっていいます。その、あの~、えっと…死神? デス…」
「死神…だって? まさか俺はもう……死…」
歯切れの悪い少女を見ながら、空が自分のおかれた状況を確認し始めたとき、思い切ったようにデルトは話を切り出した。それはもう見事な土下座とともに。
「ごめんなさい! アナタを殺したのは私ですぅ! 同姓同名の人と間違えちゃったのっ! ごめんなさいゆるしててへぺろ~☆<」
「テメー!!反省してねーだろおおおおおおおお!!!!」
殺したと言われ激高する空に対し、デルトはさらに窮屈な土下座状態のまま話を続ける。
「えー、そんなことないですよぉ。反省してまーす。それでですね、ご相談がありまして…。えへへ。」
「相談?人のことぶっ殺しておいて何が相談だ!さっさと生き返らせろ!俺はまだやりたいことがあったんだ!」
空はこの理不尽極まりない自らの死に憤りを隠せない。将来は物を造るような仕事に就きたいと思い大学は工学系に入学した。
昔は料理人になりたいとも思ったこともある。料理をするのも好きだ。だから高校のころ始めたレストランでのバイトを今も続けている。
それはなるべく自分の欲求に沿った人生を歩むため、これからも歩けるように、と自分が興味を持ったことに対し、懸命に努力をしてきたのだ。
それだけに今回の少女の死亡宣告による突然の人生の終焉にかなりのショックを受けていた。だが死神と自称する少女が話しかけてきたこと。それに先方のミスであるからにはなんらかの救済処置が施されるだろう、ということを冷静に考えてもいる空だった。
「残念ながら~、生き返ることはできませんデス…。はい」
「ファッ!!」
素っ頓狂な叫び声を思わず上げてしまった空に、デルトは話を続ける。
「ですが、別の星になら転生という形で復活させることができます。ご相談というのはまさにこの事でして。えへへ…。」
「はぁ?」
何言ってんだコイツ? と訝しげに眺めながらふと思い出したように空は話を切り出した。
「じゃあ、地球人で転生させろよ。そっくりそのまま俺で転生させろ。はい論破。」
「え~、できませんよぉ~。だって時系列がおかしくなっちゃいますし、それに…」
「それに? ……何だ。勿体ぶらずにさっさと言えや!」
イライラMAXの空は顎をしゃくって少女に話を続けるようにするのだが、少女の答えは残酷なものだった。
「あなたの身体”ひき肉”デスもん。きゃっ、言っちゃった」
空は少女の残酷な告白を虚ろに眺めるだけしかできず、呆然と立ち尽くす。そして少女は話を続ける。
「どうしても地球で生き返るとなると…あなたは”ひき肉マン”での復活で、もちろん化け物オカルト扱いでイジメの対象になりますぅ。それに”ひき肉”なのでその場でたたずむだけですよ。何もできません。それでもいいならやってやれないことはない…ですぅ。それにもう時間がないのデス。」
「時間がない? このまま俺は消えるってことか?」
「はいデス。もう決断しちゃいましょう。あなたが寝ている間にこちらでいい星を選んであります。地球そっくりなオススメな星デス。惑星マーナという星デス。もうそこで好きに生きてください。ああっ、もうこんな時間。急がないと上司にバレちゃう。早く。早く。ご決断を!」
さらりと個人的な理由をまぜて少女はせっつく。どうやら死なす人間を間違えてしまうのはかなりまずいことのようだ。
デルトは脂汗を流しながら早口でまくしたてる。間延びしてた口調もいつの間にか直っている。
「地球人のあなたにとってその星の人は蟻んこみたいなものデス。俺TUEEEEEEEEEEEEE!!しちゃってください。ほら、お金と、地球人の質量のままその星の大きさで転生できるようにしますから。あ、もちろん理力調整スキルもつけときますね。このスキルがあれば望む時に自動で力を発揮しますよ。守備力だってスゴイですよ。なにせ質量が違うから相手の攻撃なんて軽い軽い。記憶もそのまま地球のもってていいです。言葉も自動翻訳です。便利でしょ? ね? ね? だから上司には内緒にいいいいいいいい!!!」
「おい、それよりもしこのまま俺が消えるとどうなんの?」
ふと思いついた疑問をデルトに投げかける空。地球で生き返れないなら死んで見るのも悪くはないかなと思い始めているのだ。
「駄目です! 私のミスが上司にばれて怒られます! 下手すれば永遠にブラックホールの掃除です! いや、いやです。助けて! あんなところの管理なんか私には無理です。上司には絶対内緒にしないとだめなんです。だから協力してください。私にできる最大限の権利をもっての転生なんです。これ以上無い好条件なんです。ちゃんと家に転生させますから。もう私の方の準備はできているんです。あ…、ホントにやばい。やだっ! 間に合わない! こうなったら……」
そもそもお前が間違えるのが悪いんだろと呆れる空を、泣いて説得を続けるデルトだったが、痺れを切らしワープホールを成形する。虹色の円錐が空を包み込む。
「おい、死神女! コレはなんだ。まだ話はおわっ……!」
「時間切れです。強制転生します。大丈夫。かなりの好条件での転生です。よき人生を!」
「でるとぉぉぉぉぉっぉ! てんめぇぇぇぇぇ!! ま……っ…」
シュパーーーーーン……
空の断末魔の叫びをよそに、デルトの展開したワープホールは臨界に達し、彼を惑星マーナへと転生させたのだった。




