ソラ、その後…
ゼオンが処刑されても、ラテルの街は変らない。
しばらくたって、旅人や、商人達などがちらほらと戻ってきている位だろうか。
相変わらずにぎやかであり、祭り好きな住民たちである。新しい文化に触れるたびに祭りを開催するのだ。
そんな街で青井空は暮らし始めた。しかし、まだ彼に安寧は訪れることはない。街の住民が放っておかないのである。
なにしろ次々に地球の珍しい文化を紹介していくのだ。ひっきりなしに客が訪れる。
例えば、鍛冶屋で遠心分離機の型を造った後、ソラとレティルはラクノの村へ行き、乳製品の保管手段の確立と、バター、生クリームの製造に成功したことや、それを使ってパンの品質を向上させたことなどがあげられる。
具体的に言うと、鍛冶屋で自作した独楽のような形の器に絞った乳を入れ、馬鹿力で高速回転させるという原始的な遠心分離によりバターを抽出し、乾物屋で仕入れた干した果実を発酵させて造った酵母を使って日本でよく食べられる一般的なパンに近いものを造ったのである。
そのパンが評判を呼び、もはやラテルでは空は ”パンマイスター” などと呼ばれ、空を知らない人間はもはやいない。
そして、ラテル経由で王都に入った商人がその評判のパンを王室に献上したことが原因で事件は起こった。
「フェリアーヌ様?」
アロエが第二皇女であるフェリアーヌを探しているのだが一向に姿が見えない。またいたずらでもしようと、どこかに隠れているのではと思い、あらゆる場所を探すのだが全く見つからない。
そんなアロエがため息をついたとき、ふと机にメモ書きが置いているのを発見する。それには、
「ちょっとパンをたべにいってきます。しんぱいしないでください」
……と書かれていた。
「――――まったく、面倒な『おてんば姫』様ね……」
アロエはため息を追加し、すぐにマロウと通信をつなぐのだった。
☆~~~~~~~~~~~~~~~~~~☆
空は今、新作のパンを開発中であった。
先日自分の小屋の隣に焼き窯が完成し、熱に慣れさせるために毎日火を入れるついででもある。
「温度計があればいいんだけどな」
空は日本との勝手の違いに愚痴をこぼしつつ、窯の火加減をみる。アルバイト先のレストランでは自家製パンも売りの一つだったため、そこそこのタイミングは分かってはいる。そんな彼の視界に白銀の煌きが混じる。
「お主、何をしているのじゃ?」
空が声の聞こえた方に振り向くと、そこには銀色の髪にピンと立った犬耳、さらには髪と同じ色をした白銀の尻尾を揺らし、あどけなさを含ませた鼻梁の整った美少女が立っていた。
小学校高学年ぐらいだろうか、胸を張って質問してくる少女に対し、一瞬空は見蕩れるが、すぐに気を取り直して答える。
「ん、パンの新作を試作してるんだよ」
「ほうほう、それは興味深いのう。吾も見学してよいかえ?」
「おう、これから焼くからちょっと待っててくれよ」
空は窯に試作品を並べたトレイを入れる。一種類だけではなく何種類か焼くつもりだろう、それぞれに形が違っている。尻尾を振りながらフェリアーヌがつぶやく。
「うふふ、たのしみじゃのう」
「まあ、試作だから味が合わないかもしれないから、そん時は勘弁してくれな」
「それも含めて、たのしみじゃよ」
フェリアーヌがにこにこしながら答える。
その笑顔を見た空は、この美少女は何者なんだろうと思ったが、ふと肝心なことを聞いていないことに気付き、フェリアーヌに対し質問をする。
「そういえば自己紹介がまだだったね。俺は青井空っていうんだ。君の名前は?」
「吾か? 吾はフェリ……」
ふと名乗りを思いとどまるフェリアーヌ。こっそり書置きだけ残して出てきた身である為、あまり本名名乗って大騒ぎさせるのもまずい。ここは…と思い偽名を名乗ろうとするが、
「フェリィか。かわいい名前だね。よろしく、フェリィ」
といって、空は右手を差し出し、握手を求めてくる。
「うむ、吾はフェリィ。よろしくなのじゃ。ソラ」
結局、中途半端な本名を偽名とし、手を握り返すフェリアーヌであった。
そんなこんなで話をしつつ、パンの焼き上がりを待つ二人。そして無事パンが焼きあがる。
「おっしゃ! 完成だぜ!」
「おおう、はよう、はよう食べさせるのじゃ」
「まて、フェリィ。まずは手を洗いなさい。そこのボウルに水張ってるから」
「むう、先に洗っとけば良かったのう……」
ぶつぶつ言いながらもきっちり手を洗うフェリアーヌ。ここに育ちのよさが見えるのだが、貴族でもなんでもない空は気付かない。
空はトレイから皿に移し、試作品を並べていく時にフェリアーヌに内訳を説明する。
「左から『ジャムパン』『クリームパン』『ミートパイ』『あんぱん』の4つだよ。さあ、どうぞ」
「ほああ、いい香りじゃ~」
パンをくんかくんかしているフェリアーヌは尻尾を高速回転させながら、まずは左にあったジャムパンを半分に分け、空に手渡す。そのとき、フェリアーヌが中身を見てびっくりする。
「中に何か入っておるのじゃ! すごい工夫しておるのう!」
驚くのも当然、なにしろこの世界にはせいぜいスープに浸して食べるくらいしかパンの食べ方は無いのだから。
「ジャムは熱いぞ、気をつけろよ」
「大丈夫じゃよ。いただきまーす」
待ちきれずにかぶりつくフェリアーヌ、どうやら熱さには平気だったようではじめて味わうジャムパンに大喜びする。
「おいしい! これは甘くておいしいのじゃ!」
「ふむ、もう少し酸味があってもいいかな」
などと空は冷静に判断するが、その間にジャムパンを食べつくしたフェリアーヌは次のパンに取り掛かる。
「こ、これは!」
フェリアーヌはぷるぷる振るえながら顔を空の方に向ける。どうやらクリームパンらしいが何かあったのだろうか。空は気になってフェリアーヌに問いかける。
「どうした? 何かまずいものでもあったのか?」
「とんでもない! これは今まで食べた中で何よりもおいしいのじゃ! じゃむぱんよりもこれがいい!」
恍惚の表情を浮かべ、ぷるぷるしながら『ほああ…』などといっている様子から、相当気に入ったのであろう。試しに自分のパンをあげてみる。
「くれるのかえ? すまぬのう!」
そう言った瞬間、フェリアーヌの口にクリームパンが消えていく。個人的にはもう少し卵の風味があってもいいと思うが、これはこれでいいのだろう。なにしろべた褒めだったし。
そうして試作品をフェリアーヌと二人で平らげたあと、パンをお気に召したらしいフェリアーヌからとんでもない爆弾発言が炸裂した。
「決めた! 吾はここでしばらく厄介になるのじゃ! ここならばあやも見つけられまい!」
「はあああああ!? ダメに決まってるだろ、家に帰れ!」
「ダメ?」
かわいらしくフェリアーヌが伺いたてるのだが、空の答えは変らない。
「ダメ」
「仕方ないのう、おとなしくマロウの家に行くか」
ふと耳にした固有名詞に空は思わずフェリアーヌの顔を見る。ちょっと拗ねた表情もなかなかの美少女だ。まさかマロウの身内とは。ぶつぶつ言って拗ねているフェリアーヌに空は提案する。
「なんだ、フェリィはマロウさんのお孫さんかなんかかい? だったらパン焼いてお宅に届けるよ。俺もマロウさんにはお世話になってるし、そんな遠くもないしな」
「まあ、それでよいかのう。では楽しみに待っておるぞよ」
そう言って尻尾を振ってバイバイした後、フェリアーヌはマロウの家に向かう。
空とフェリアーヌの初邂逅はこんな感じだった。
そしてその日から、フェリアーヌは空の家に入り浸り、それを聞いたフェリアーヌの婚約者と言う王族の男に襲撃され、あっさり返り討ちにするのだ。それも唯の事件のひとつでしかないのだが……。
それから何年も月日を重ね……
空は今現在、王都でレストランを営んでいる。
そして、しっかり結婚している。驚くことに3人と結婚しているのである。マーナでは重婚は同性の間で問題が無ければいいらしく、特に非難されるようなことではないらしい。
二嫁のレティルと三嫁のマリィが一緒に厨房で働いており、王都ではかなりの高級レストランである。
なにしろ王室ご用達なのだから当然それなりの格式は求められるのだ。とはいっても庶民に手が出せないほど高値でもない。かなり幅広い料理のメニューを用意しているため、気軽に庶民も利用しているからこそ人気店なのだ。
「やあ、ソラ料理長。ラテルの支店もブギたちのおかげで繁盛しているよ。今日は国王陛下の誕生祝だから、どんなメニューか楽しみだよ」
マロウがひょこひょことやってくる。もともと彼の協力で王都に店を出すことができたため、顔パスで食事してかまわないと言っているのだが、彼は律儀に食事を済ませてから顔を出すのだ。相変わらずのお人よしっぷりである。今日は別の用事で来たのであって食事はしていないが。
「マロウさんが来たって事は、そろそろフェリィが着くころかな」
「本人は毎日居たいみたいだけど、さすがに皇女様は忙しくて無理だからねぇ」
「皇女様がソラの正室なのにかわいそうね。言ってみれば自分の店みたいなのに居られないなんて」
「今日は皇女様は泊まっていかれるんでしょ? だったら今晩は私達は遠慮するわ」
ウインクしながらレティルが空にささやく。マリィも同じ意見のようだ。そんな中、フェリアーヌが到着する。
「皆より先に来たぞ。準備は整っておる…ようじゃな。まあ、心配してなかったがの」
「フェリィ、お疲……!」
口を開いた空だったが、開口一番でフェリィにキスで口を塞がれる。
「ソラにはあとでたっぷりと吾をご馳走するゆえ、今日は陛下のために腕を振るっておくれ」
フェリアーヌに抱きつかれたままの空の周りにみんなが集まる。
「ほら、早く仕込みの具合を確認しないと」
「そうだよ、ソラしか振れない鍋が多いんだから」
レティルとマリィが二人を引き剥がす。
「まあよい。疲れるのは今ではないしのう」
意味深な発言をして、フェリアーヌは国王の出迎えの準備をする。そして一言、
「今度こそ懐妊したいものじゃ……」
そう、誰にも聞こえないようにつぶやいた。
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王都のレストランで笑い声が聞こえる。
それは日常の一角にすぎない。そして日々の更新は続いていくのだ。
今の登場人物がみんないなくなっても、新しい命が生まれる限り、更新は止まらない。
惑星マーナの文化史に多大な影響を与えた男は、
マーナの歴史書にこう記されている。
アオイソラは ”ニホンジン”と、いうあだ名で呼ばれていた……と。
これでおしまいです。
拙作を読んでくださった方、どうもありがとうございました。
厚く御礼申し上げます。