青井空ディナーショウ
「おや、ソラ君。こんなところにいたのかい?」
マロウが顔を覗かせ、つけ麺を頬張っている二人に声をかける。マロウはレティルに用事があった様子だが、ちょうどいいといって二人にまとめて用事を伝える。
「そろそろ会場の準備をするから、二人とも手伝って欲しいんだ」
「いいですよ。何をすればいいですか?」
「こっちも了解です。おじさん、隣の広場でいいんでしょ?」
レティルはそう言って広場に向かおうとして、何かを思い出したように足を止める。そして空につけ麺のをマロウに食べさせたらどうか提案する。
「つけ麺? なんだいそれは」
マロウが首を傾げるが、まずはどうぞとレティルがマロウに麺を薦める。
ずずうう、ちゅるっ! もぐもぐ…
「へえ、不思議な食感だね。これどうしたんだい? どっかの新商品かな?」
初めてつけ麺を、いや、初めて麺という食材をすすったマロウがおどろいた表情でレティルに尋ねる。
「あはは。おじさん、それソラさんが作ったんだよ。アタシびっくりしたよ。すっごい手際がよくってさ。しかもいろんなことに詳しいし。それにそこの箱みてよ。その箱に野菜とか入れると腐らなくなるんだって! ソラさんに会ってから驚きの連続だよ!」
レティルはまるで自分のことのように空を褒めちぎる。マロウはつけ麺の驚きよりも、すっかり空になついたレティルの態度の方がよっぽど驚きであった。なにしろレティルは、気風のよさと姉御肌気質のため、友人は多いが浮いた話を聞いたことの無い娘だ。なのでマロウは幼馴染の娘である彼女の将来を気にはしていたのだ。
しかし、母親のカティルもクールな女性だったが、今の旦那に惚れてからはかなり展開が速かった気がする。やはり血は争えないのかとマロウは思った。
なぜマロウがひと目見ただけでレティルの恋心に気付いたのか。それは、レティルの尻尾が空の方向に向かってぴこぴこしているからである。尻尾で体をさわさわするのは、情愛を示すマーナ人特有のサインであり、付け加えれば、尻尾でお互いの性器を撫で合えば行為までOKのサインだったりする。さすがにまだレティルはそこまで勇気はださないのだが。
「いやあ、一体二人の間に何があったのかねぇ? それよりその箱って、さっき僕がソラ君にあげたやつだね。この箱ってそんな効果なかったよなあ…」
「ああ、レティルさんに協力してもらってちょっと氷結魔法をかけてもらったんです。そうして内部をひんやりさせれば、ある程度分子の働きを抑えて腐りにくくさせることができるんです。僕の故郷では冷蔵庫って言って、みんな使ってますよ」
厳密に言えばこれは冷蔵庫ではなく”クーラーボックス” である。冷蔵庫は常に一定の温度を保つことが重要であり、電気の力で温度を一定に保っている。今回の箱はその機能がないので冷蔵庫とは呼べない。空が面倒くさがって冷蔵庫で統一しただけである。
「と、とにかく箱を冷やしておいて、その中に食材を入れたら腐らないってことだね。どれ位長持ちするんだろう?」
「まだ実験してないんでなんとも…。それに自分的に麺寝かせるだけなんで半日持てばよかったので。魔法かけなおせば数日は持つと思いますけど、食材の種類にもよりますよ。肉や魚なんかは凍らせた方が長持ちしますから。故郷では冷凍庫って言う箱に、凍らせた肉や魚を一月位は保管してますね」
「おじさん、アタシたちラクノの村へ行ってくるよ。そこの特産のメープの乳を持ってこれれば、ソラさんの言ってる事の正しさを証明できると思うんだ。ついでに両親に紹介もしたいし…」
「ただ村に行くのはちょっと先になるかな。いろいろ準備したいし。その前に鍛冶屋に行きたいんです」
あっけなくレティルの希望を粉砕する空だったが、レティルは準備は当然と肯きながら鍛冶屋で何を買うのか問いかける。
「ん、ちょっと作って欲しいものがあって。それができればラクノの村に行けるよ」
「作って欲しいもの? なに作るの?」
レティルが興味津々な顔つきで尋ねる。もう何をするのも気になっているようだ。そんなレティルに空は、
「たぶん言っても分からないよ」
と、あっさり答えるのだが。しかし、恋する乙女は食い下がる。
「すぐにできるものかい? 今言って来て造ってもらってこようか?」
と、健気に尽くす乙女に空は、
「遠心分離機って、知ってる?」
「ごめん、わかんない…」
レティルは悲しそうに首をふった。
そんな二人のやり取りを見ていたまマロウが、頃合をみて話に割り込む。
「二人とも、そろそろ準備しないと」
「あっ、うん」
「いけね、すぐに準備します。あ、そうだマロウさん」
「ん、なんだい?」
「どうせ外でやるなら屋台みたいなのやりたいんですけど…。鉄板とかありませんか?」
突然に話を振られたマロウは空の急な質問に戸惑う。そもそも主役が空なので働かせるつもりは無いのだが、
「あることはあるけど、一体なんに使うんだい? 鉄板で串焼きでも焼くのかね?」
「まさか、レティルさんに怒られちゃいますよ。もっとみんなで食べられる故郷の料理です」
あははと空は笑ってマロウの疑問に答える。
「祭りって言えば ”焼きそば” でしょう」
今、ラテルの街で新たな食文化が花開こうとしていた。
☆~~~~~~~~~~~~~~~~~☆
「もうじきできますよ。ちょっとまっててください」
宴会が始まり、挨拶もせずに即席の屋台で焼きそばを作る空。予想よりも人数が多く、すでに仕込んだ分が底を見せてきている。
ちなみに焼きそばと言っても日本のソース焼きそばではなく、塩やきそばを焼いている。ダシガラのスープを塩、スパイスなどで味を調え、茹でて水切りをした麺にからめてしっかり焼く。麺の表面に焦げ目がついてきたら、レティル自慢の串焼きのタレをさっと混ぜ込み完成である。
ちなみにこの焼きそばは、物珍しさと酒の作用かはわからないが随分と評判が良いようで、造っている空も満足いく結果となっている。
そして空の隣では、同じ火の元を使い、レティルが串焼きを焼いている。先程までは出来合いの串焼きを差し入れようかと思っていたのだが、空が熱々の方がいいというので一緒に焼いているのだ。
今までラテルの街では寄り合って差し入れなどで宴会を催していたために、屋台を宴会で出すことは実は初めてだったりする。料理が熱々で酒が進み、話もはずむ。早速空に質問が飛んだ。
「ねー、ソラはレティル姉と恋人なの? アタイも恋人になれるかなあ?」
よく見たら、マリィが焼きそばを頬張りながらちょこんとこちらを見ている。なぜ、ゼオン組の少女がこの宴会にいるんだろう。よく見たらブギたちまで飲み食いしている。別に問題になってる様子も無いのでまあいいかと気持ちを切り替える。そんな少女の質問に答えようとした空だが、レティルが先に質問に答えていた。
「マリィ。恋人になるならもっと大きくならないとね」
「ぶー。ずるいよー」
かわいらしく拗ねているマリィ、その後ろからも質問が飛んでくる。
「それより、ゼオンはどうした? くたばったんか?」
「いや、殺してはいませんけど…」
答える空に、横から別の情報が飛んでくる。
「ゼオンなら警察で取り調べうけてるって言ってたぞ」
「横領やら奴隷売買、人まで殺してたらしいじゃねぇか。そんなヤツがいままで警邏隊なんて良く認められてたな」
「今回は門番のヤツも一緒に調べてるらしいから、なにかあるかもしれないな」
「でも証拠が無いんだろ。今回も帰ってくるんじゃないか?」
噂話を聞き、焼きそばを焼きながら、空はゼオンについて考えていた。
(どうやら前回は証拠不十分で戻れたらしいが、ひょっとすると今回は証拠が出るかもしれない。あの馬面の門番が院長先生の遺体を処分したらしいし、彼女にゼオンが言い寄っていたことはマリィたちが証言するだろう。どのみち警察の調査を待つしかないだろう。結果はレティルさんが聞いてくるだろうし。)
いろいろ考えているうちに、焼きそばが終わってしまう。そこまで仕込んでなかったとはいえ鉄板を開けとくのも勿体無いので、次の仕込みに移る。それをみたレティルが、
「ソラさん、いきなり何を焼きだしたの?」
「お好み焼き」
「聞いたこと無いね。最初一口ちょうだい。アタシおなかすいちゃって」
「ちょっと即席ソース作るんでまってて」
そう言って空はダシガラに小麦粉を少量混ぜ、とろみをつけると、レティルの自慢のタレを混ぜ込む。その中にソイユの実を擂ったもの、酒などをブレンドしていく。ちょっと酸味が足らないが悪くは無い。特製ソースの完成である。焼いたタネにそのソースを塗ってレティルに渡す。
「へぇ、いい香り。いただきまーす」
はふはふ…
レティルがかわいらしく食べる。その味に満足そうなレティルの笑顔を見た他の参加者がこぞって注文をする。
「兄ちゃん! 俺にもくれよ」
「俺も」
「アタイも!」
「おっしゃ! 待っててくれ、今焼くから!」
こうして宴会は夜通し続き…
そしてこの日から空に
『鉄板職人』
と言うあだ名がついたのであった。
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それから一週間後…
マウルの供述により、院長先生の白骨化した遺体が山中から発見される。
そして皆が気付かぬうちに、
ゼオンの処刑が執行されたのであった…。
どうしようか迷いましたが結局処刑しました。さよなら、ゼオン…。