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ソラ、地球の文化を伝える

 さっきからどうもレティルの様子がおかしい。

 もじもじと俯きながら「はい」だの「うん」ぐらいしか言わない。

 何か怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。やはり、いきなり女性の手を握るのは失礼だっただろうか。などと空は気にしだす。


 一方で、レティルはやはり先程の空のアクションに戸惑っている。

 手を握られ、見つめられながら「君がいないとダメだ!」などと言われ、頭がショートしてしまったのだ。

 今レティルは19歳。もうじき20歳になる。この惑星マーナでは一般に成人になるのが16歳からであり、レティルの周りではすでに結婚している友人もいるので、別に男女の話が出るのはおかしいことではない。

 だが異性と交際した経験の無いレティルは、先程のゴヤの冗談もあり、まさか急に自分が告白されるとは思っていなかったため、戸惑っているのである。


 空にしてみれば、考えている案を実行するためにはレティルの協力が必要なので「いないとダメ」発言をしただけで、恋愛感情はさすがに持っていないし、そんな軟派な男でもない。

 では、レティルの何が必要かというと、先程見せた『氷結魔法』に他ならない。


(石で出来た箱を水でぬらして、そこに魔法をかければ ”冷蔵庫” になるんじゃないか…?)


 レティルの戸惑いをよそに、空はそう考えているのである。

 そんな空は隣でもじもじしているレティルに話を振る。


「ねぇ、レティルさん。食料品の保存って、この世界ではどうして…って、あの? レティルさん?」

「ふぇっ! あ、ああ。何? うん、保存? ホゾン? えっと…」

「どうしたんです? 何か変だよ。顔も赤いし…」

「そ、そんなこと無い。もう19歳なんだから! 大人のアタシはこれ位なんでもないんだからね!」

「い、意味がわからん…」


 赤い顔色を空に指摘され、手をぶんぶん振りながら否定するレティル。このとき空は目の前の女性が実は年下であることを知った。


「へぇ、レティルさん19歳なんだ。俺の一コ下だったんだね。大人っぽいからびっくりしましたよ」

「えっ、アタシ? 年下?」

「うん、俺は今20歳。もうすぐ21だけど」

「えっ、あ、あの…。ご、ごめんなさい。あなたを年下だと思ってたから生意気言ってしまって…」


 しゅんとするレティルに、空はあわてて強引にさっきの保存の話に戻す。


「いやいやいや! レティルさんどうしちゃったの? 元気だして行こうよ。調子狂っちゃうじゃない!」

「だ、だって…」

「いいから! それよりさっきのこの世界での保存の方法を教えてください。ね?」

「う、うん。えっと…。日のあたらないところに置いて、腐る前に仕込むかな? だから買い物は毎日いくよ」


 なるほどなるほどと肯きながら、満足そうな顔をする空。


「じゃあ、戻ったら早速準備するかな。レティルさん、手伝ってくれませんか?」

「はっ、はい…。そ、それより…」

「ん?」

「レティル…って呼んでください。ソラ…さん…」


 空の呼びかけに、レティルは頬を赤らめ、恥ずかしそうに俯きながらそう返事をするのであった。



 ☆~~~~~~~~~~~~~~~~~~☆



「で、レティルさん、先程の鳥の骨を火にかけます」


 家に戻った二人は早速調理を開始する。結局呼び捨てには「世話になってる人に失礼だからできない」とお断りしてある。そんな空に「まあ焦っても仕方ないか」としぶしぶ納得するレティル。二人とも恋愛には奥手であった。お互い呼び捨てすればすむのだが…。

 そんなレティルは串焼きの準備を始め、空は先程の鳥ガラと傷野菜を一緒に水で煮込んでいく。寸胴に火をかけたら今度は小麦粉を取り出し、水を入れてこね始める。それを見たレティルが、


「あ、ウチは窯がないからパンは焼けないんだ。何を作るの?」


 と、不思議そうに聞いてくる。その質問に対し空は得意げに、


「ふっふっふ。これはね、麺を打とうかと思っているんだ。この世界で見たこと無いから、ちょっと作ってみたくて…」

「麺? 聞いた事ないよ。どんなのなんだい?」

「それは見てのお楽しみ」


 などと会話をしつつ、器用に片手で卵を割り、卵を混ぜた小麦粉をこねる空。煮立った寸胴のアクを取り除きながら、てきぱきと動いている。レストランでのバイトの成果だろう。


「さーて、しばらく弱火で煮込んで…と。レティルさん、手伝ってください」

「はいっ、ソラさん。それで…なにをすれば?」

「…これです!」


 じゃーん。と取り出したのは石でできた蓋付きの箱である。すでに水で濡らしてあり、準備万端である。軽々と持っているのは空だからできることであり、レティルだったらすぐに落としてしまうだろう。


「これに氷結魔法をかけて欲しいんだ。箱の内部を凍らすくらいに」

「…箱を攻撃しろと? よく分からないことをさせるねぇ…」


 首をかしげながらも素直に魔法をかけるレティル。すると箱の内部が凍りつき、かなり冷えている。これならばしばらく持つだろう。大成功である。


「おおー! さすがレティルさん! 頼りになるぜ!」

「えっ、そ、そうかい…? えへへ…。ま、まあ、素直にうれしいよ。ふふっ」


 はにかむレティルは気風のいい姉御肌の顔ではなく、すっかり恋に囚われた少女の顔をしている。残念なことに冷蔵庫の成功に喜ぶ空は気付くことはなかったのだが…。


「えへへ…。あ、アタシもソラさんのこと、頼りにしてますから…」

「本当かい? まあ、力仕事なら任せて下さい。それと、いろいろと俺の知ってることを教えますよ。この冷蔵庫のほかにもなにか協力できると思いますんで」

「そういえば、れいぞーこ?ってこの箱のことでしょ? なんなのこれ?」


 それはね、と言いながらこね終わって布で包んだ小麦粉を冷蔵庫にしまう空。


「しまっちゃうの? このまま食べるのかい? おなか壊しちゃうよ…」

「まさか、しばらく寝かせるんだよ。グルテンを落ち着かせないとおいしくならないからね。それには冷蔵庫が必要なんだ。いろいろ便利だよ」


 聞きなれない言葉に首を傾げるレティル。正直空が何言ってるかほとんど理解できない。これが文化レベルの差なのだろう。レティルの疑問は増えるばかりである。


「そもそもなんで冷やすんだい? あったかいほうがいいじゃないか?」

「ああ、生鮮食料品は冷えると分子の動きが鈍るんだ。だから痛むのを先延ばしにできるって訳。凍らせればかなり長持ちするよ。凍結によって、分子もほとんど動かなくなるけどね。肉なんか冷凍したほうがいいと思うよ。野菜は凍らせると壊れる時があるから、凍らせずに冷やしたほうがいいけどね」


 理由を説明する空だが、レティルはさっきから空に振り回されぱなしで、絶賛大混乱中であった。とりあえずあいまいに返事をしておくことにする。そもそも変った男なのは最初から知っていたことじゃないかと。


「…そうなんだ。でも、なんでそんなこと知ってるの? す、すごいけどさっ!」

「地球じゃ常識なんだけどな…。まあ、これがあれば食品が長持ちするってこと」


 いままでこの星は保存に無頓着だったのかなと疑問に思う空であったが、レティルは目を輝かせて飛びついてくる。


「うん、すごい! やっぱり、ソラさんはすごいよ! えへへ、一緒にラクノの村に行こうね。メープの乳もこれで売れるんだろ? 親もきっと認めてくれるよ」

「そうそう、飲み物は冷やしたほうが保存が利くからね。これがあればいろいろと食事の幅も広がって、さらに自給率も上がってくると思う」


 さらりと気になる発言がレティルから出てきていたが、空は冷蔵庫のことだと勘違いして気付かない。そうこうしてる内に再び寸胴が煮立ってきたので、アクを掬い、さらに火を弱める。

 と、同時に空は何かの仕込みをはじめ、冷ましたお湯を深い花瓶のようなものに注ぎ、布巾で蓋をしてこれまた冷蔵庫に仕舞うのだった。


「あ、いけない。見とれてアタシの仕込みが遅れちゃう所だったよ」


 レティルが自分の役目を思い出して串に肉を通すのだが、時間も押し迫っており手が足りなさそうなので、あとは熟成待ちの空も手伝うことにする。その際、空の提案した串のバリエーションが人気を呼ぶのはちょっと後の話である。 


「そろそろいいかな」


 そう言って空は冷蔵庫から小麦粉を取り出し、麺を打ち始める。馬鹿力のおかげでなんなく伸ばすことができ、あっさりと中太の麺ができあがる。それを見たレティルが食べたそうにしているので、試食をかねて食べることにする。


「これを茹でて、あとはスープを…、そうだ、レティルさん」

「は、はいっ!」


 いきなり呼ばれたレティルはびっくりして串を落としそうになるが、なんとか落とさずに耐えることができた。空はごめんごめんと謝りながらレティルの隣にある甕に指をさす。


「このタレをちょっと貰いたいんだけど…」

「ん、どうするの?」

「こうするんだ」


 そう言ってお椀にタレを一杯入れ、その上にガラスープを注ぐ。ちょうど麺も茹った様で、水で締めて皿にあける。これで完成だ。


「さあ、どうぞ。これが俺の故郷にある『つけ麺』だよ」

「つけめん…」 


 レティルは折角のつけ麺に手を付けずにじーっと見つめている。そんなレティルを見た空はああ、と気付いて串を2本取り出し、器用に麺を挟んでスープに付けて食べ始める。


「俺たちはいつもこうやって食べるんだ」


 …ずずっ、ずっ!


 空は顔を上げ、レティルと目が合うと、


「おお、自分で作って言うのもアレだけど超うめぇ!」

「あ、アタシも食べたい。どうやって食べるの? そうやって串で挟むの?」

「箸がないからフォークですくって食べるといいよ」


 フォークの提案は聞かず、すでに串の扱いに慣れているレティルは、挟めないながらもちゃんと麺をすくって食べ始めていた。


 んぐんぐ…、ぷはっ!


「へぇー。初めて食べたけどおいしいね。特にこの食感がなんとも言いようが無い…、うーん、なんだろう? もっと食べないとわかんないわ」


 そう言って、うれしそうに再びちゅるちゅる可愛らしく食べ始めるレティルに自分の味が認められたと、空は心の中でガッツポーズをする。 


「ふむふむ、この歯ごたえ。麺…だっけ? おいしいねぇ。…それとこのスープもいいね。ウチのタレにこんな使い方があったなんて…。むぐむぐ…」

「捨てる部分の骨でダシをとったんだ。あっさりしたダシに串焼きのタレの甘辛さが合うと思ったけど、ビンゴだったわ」

 

 わははは、どうだと高笑いする空。レティルはそんな空をうっとりと見つめ、


(不思議な人……。ソラさん……)


 と好感度を爆上げしていくのだった。



 



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