ソラ、彷徨う
空が商店街でレティルと話しているころ、王城の一室でアロエは通信水晶で弟と会話していた。
通信水晶とは魔力で同期し、それぞれが携帯することで通話を可能にするマジックアイテムである。使い方は一箇所で二つの水晶に魔力を込め、それぞれが携帯すればいい。簡単ではあるが、それなりに魔力を使うため、よほど親しい間ぐらいしか使用されていない。現状では王城の関係者が街の様子を定期的に確認するのに使うのみであった。
「ちょうどいいわ、マロウ。姫様に取り次ぎます」
「ええっ! 姉さん、それは…」
「よい、久しいな。マロウ」
元気よくフェリアーヌがマロウに声をかける。
突然の皇女の出現に、マロウは恐縮して水晶の向こうで平伏しているのが見える。
そんなマロウにフェリアーヌは、
「そんな伏しておらんで早う教えぬか。いじわるじゃのう」
もちろん教えろとはゼオンを屈服させた空のことである。
王城でいつも退屈しているフェリアーヌは、わくわくした愛らしい顔でマロウに話の続きをせがみ、彼を困らせている。
何の気無しに姉に話した弱人族の男を、まさか皇女殿下が興味を持つとは。
さすがに”おてんば姫”と言われているだけのことはある。
マロウは心の中で彼女の異名の正しさに感心する。もっとも当然口には出さないが。
「はい。では申し上げます。 …その、どこからお話いたしましょう?」
「警察に捕まったのであろう? そのあとどうなったのじゃ?」
空が脱走したあと、当然警察は逃亡した空を探しに来た。
マロウの元にも聞き込みに来たのでその時の話をしようかと考える。
「はい。そのアオイソラと申す弱人族は警察に捕まったのですが…」
「ふむふむ、それで?」
「あっさり脱走いたしました」
「なんと! まことかや!」
水晶の奥でぴょこっと飛び跳ねる皇女を見て、マロウは相好を崩す。話を聞いているときのフェリアーヌの可愛らしさにすっかり気を許したマロウは次々と話を続ける。
「はい、警察が言うには、不思議なことに牢にはおかしな点が見当たらなかったそうで…」
「ほう! いかにして抜けたのかのう?」
フェリアーヌはうれしそうに考え込んでいる。空がどうやって脱走したのか推理しているのだ。
「警察は手引きした者がいるのだろうとしておりますが、実は彼はラテルに来たばかりで知り合いらしい知り合いはいないとか」
「おや、マロウはなんでそんな事知っておるのかや?」
「じつは昨日会っておりますので。なんでも家を建てたいそうで…」
「ほほう、マロウの家に行けば会えるのじゃな? 吾も会ってみたいのう! ばあや、吾もマロウの家にいくぞよ!」
フェリアーヌが空に会いにマロウの家に行こうと催促を始めようとするが、
「フェリアーヌ様、みだりに臣下の家に行くものではありませぬ」
アロエがぴしゃりとフェリアーヌを抑え、
「アオイソラなる者を王城にお召しになるのもいけませぬ。氏素性の分からぬ者を殿下の前に出すなどもってのほかでございます」
と釘を刺す。
「ぶう~、つまんないのじゃ…」
頬を膨らませて不満を表すフェリアーヌに、アロエは再度「なりませぬよ」と言っている。
フェリアーヌは今はあきらめ、空の現状を尋ねることにする。
「して、脱走してどこに行ったのじゃ?そなたの家かえ?」
「いえ、ゼオン組に戻りまして…」
「ほう、現場に戻ったと?」
「はい、そしてまた警察に捕まりそうになって逃亡中でございます」
「なんと摩訶不思議な男よのう!」
フェアリーヌはあはははと声を上げて大笑いし、アロエとマロウの姉弟をいったい何がそこまで面白いのかと驚かせる。
アロエやマロウは知る由もないが、フェアリーヌはこっそり城の屋上で昨日の空の行動を目にしており、銀狼が持つ独特の嗅覚で彼の不思議な力を感じ取っていた。
もちろん一般人には王城から遠く離れたラテルでの空の行動を見ることは不可能であるが、先祖がえりしてフェンリル体になったフェアリーヌには可能であったため、不思議な感覚を持つ空が気になっているのである。
「よい、また分かったら教えておくれ」
「はい、今商店街組合で探しておりますので、分かり次第お伝え致します」
「ん、警察ではなく組合が探しておるのか?」
「はい、おそらく味方に引き込みたいのだろうと…」
ならば、と、何か言いかけたフェリアーヌに対し、アロエが口を挟む。
「フェリアーヌ様、どちらの肩を持ってもなりませぬよ」
「…ばあやはゼオンが嫌いであろ? 弟の味方はせぬのかや?」
「我々が特権で裁いては太守や組合会の立場が無くなります。我々は公平でなければならないのです」
「なるほどのう…。確かにそうであるな…」
「さすが、吾のばあやじゃのう」と感心するフェアリーヌに、アロエはしれっと一言添える。
「まあ、私の身内にちょっかい出したら近衛師団を派遣させて壊滅に追い込みますが…」
「もう、ばあや! 今の一言で台無しじゃぞ!」
孫と祖母の漫才らしき余興をみたマロウは、はははと笑いながら「ではまた連絡します」といって通信を切る。マロウにとって空は顧客の一人になるかもしれないため、空を弁護することはやぶさかではない。
しばらく思案にふけったマロウであったが、家の裏から彼を呼ぶ声が聞こえたため、何事かとマロウが裏庭に出るとレティルが手招きをしており、
…その後ろには所在なさそうにしている噂のアオイソラがいた。
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「いや、もうなにがなんだか…」
空は頭を掻いて困惑した表情をしている。レティルから話を聞いたところ、ゼオンの後を受けて『外部警邏隊隊長』をやってみろと言われて困っているようだ。
確かに、自分が襲撃したから警察に追われているのであって、被害者であるゼオンの職を奪うのはいかがなものかと思っているのだろう。やはり彼は来たばかりで、ゼオンとこの街のいきさつは知らないようだ。この街の人間なら勝どきを挙げているところだろう。
その前に、マロウは肝心なことを聞いていなかったと気付き、空に尋ねる。
「そもそも、なんでゼオンを襲ったんだい? 理由がはっきり認められれば警察だって罪を軽くしてくれるはずだよ」
「いや、最初はゼオンじゃなくブギたちに絡まれたんですよ。あの子達と話をしていたら、どうも彼らの孤児院の解散はゼオンが絡んでいるらしくて。ゼオンが孤児院を解散させなければブギたちはゼオン組に入ることも無く、俺も絡まれずに済んだのかと思うとムカついちゃって。あとは腕試し…ですかね?」
ブギ…たしか孤児からゼオン組に入った子供たちかとマロウとレティルは思い出す。いつも元気で絡むような子供たちではなかったと思ったが、空が弱人族だと知って脅かそうとしたのであろうと推測する。そしてその推測は間違っていなかった。尤も、空という男は外見だけ弱人族で中身は全く違うのだが。
マロウが思案中に、隣で話を聞いていたレティルが口を挟む。
「じゃあ、ゼオン側に原因があったんだね。でもなあ…、本丸行って裸にして捕まえて、見せしめに街中で屈服させてるのってどうかなあ…。私が言っといてアレだけど、そもそも警邏隊長は陛下に任命されたんだからゼオン倒してもダメだよね……あはは」
いまさらに警邏隊の任官には、国王の委任状が必要だと気付くレティル。頬を掻いて気恥ずかしそうにしている。
さらに空がもうひとつの警察に追われる理由を説明する。
「あ、それと警察は俺のことを『他国からの刺客』って疑ってました」
「ああ、その線も疑われてるのか…。」
三人ともうーんと唸って知恵を集めようとするが、文殊の知恵は浮かんでこなかった。
空は痺れを切らし、提案する。
「もう、百叩きとか強制労働とかしますよ。そのほうが俺もすっきりする」
…どうせ痛くないだろうし、と空は考えるのだがそれを知らないマロウたちは、
「そ、そこまではならないと思うよ」
「まあ、仮に刺客だったらその日に逃げるだろうし、第一殺すだろうしねぇ…」
そんな中、レティルが手のひらをぽんと叩き、笑顔で提案してくる。
「そうだ、ゼオンに会えばいいんだよ。あいつを脅せば済む話じゃないか! ついでに話をまとめちゃおう。」
「なるほど。あれだけやられれば少しはゼオンもおとなしくなるだろうし、いいんじゃないかな」
と、マロウも納得する。あの人のよさそうなマロウでさえゼオンには容赦がない。ほんとゼオンってどんだけ嫌われてるんだ……?
そして、
「―――そんなんでいいのか?」
と、ますます不安になる空であった…。
そろそろゼオンとの一件も落ち着きそうです。次回あたりかなぁ…。