商店街組合の動向
またも警察から逃げた空は、現在商店街に向かって歩いていた。
この世界や、自分の身体能力に慣れてきたからであろうか。
歩いている間に、冷静に考えをまとめられるようになってきた。
頭を冷やしたともいっていい。
空はなぜ自分が警察に追われる理由を考え、いまさらに納得する。
なにしろマウルやゼオンに対して大暴れし、怪我もさせているのだ。当然の理由であった。
空本人は特にゼオン組に恨みがあるわけでもない。ただブギたちの話を聞き、義憤に駆られて行動しただけである。
だが被害者であるゼオンたちにしてみれば、とばっちりを受けただけであり、迷惑この上なかっただろう。
さらにまずいことに王国から『外部警邏隊隊長』の肩書きを受けたゼオンへの狼藉は、王国への反抗にも取られるだろう。実際、スパイの疑いもかけられているのだ。さらに街中で噂も駆け巡っている。もはや逃げられないだろう。目立ちすぎたのだ。
「これはまずいな…マジで」
本当に今更であるが、いろいろと傲慢だった部分を否めない空であった。
転生と自身のチート能力に増長しており、腕試しをしてみたかった。実際の理由は義憤などよりこっちの一言に尽きるであろう。得られた点は、自身の圧倒的な強さの確認ぐらいであった。
「でもなあ、捕まっても話通じないんだよな…」
実際に警察に取調べを受けたとき、正直に転生したことを話したが、信じてもらえなかったのだ。それを証明するのに脱走したのであるが、火に油を注いだ結果になったようである。
そうやって、あれこれ考えながら歩いていると、ふいに空は声をかけられた。
「ちょっとちょっと! 素通りとはあんまりじゃないか!」
レティルがこっちみてぷんぷんしている。どうやら商店街に入っていたらしい。
そういえば腹が減っていたことを思い出すと、空もレティルにいろいろ聞いてみようと立ち止まる。
「ああ、おはようございます。レティルさん…ですよね?」
「なんだい、名前しってるの…ってマロウおじさんから聞いたのか」
「マロウおじさん?」
聞いたことの無い人の名前が出てきて首を傾げる空に、レティルは建築屋のおじさんであることを伝える。
「ああ、あの…」
「そうそう、あの人のいいおじさんだよ。そんなことより店に来て手ぶらで帰る気かい? いま串焼きがちょうどあがったんだけどねぇ…」
ちらっちらっと買って欲しそうに空を見てくるレティル。もちろん買うつもりである。
「じゃあ、タレ串3本ください。塩焼きはないですか? あったら2本ください」
「まいどありぃ! 塩は今から焼くけどいい?」
「うーん、今警察に追われてるからなぁ…。塩はいらないかな」
「なんだ。昨日の件でかい? …そういえばお兄さん捕まってなかったっけ?」
昨日、空がゼオンを引きずっていたことをレティルは見ていたので、空が警察に行ったのも知っていた。そういえばなぜ今買い物してるんだろうと空に質問をする。その質問に対し空は、
「いやあ、脱走しました」
「だ、脱走? 釈放されたんじゃなくて?」
「うん、脱走。逃げれるなら逃げてみろって言われて、それで…」
「ぷっ。あははははは! お兄さんホントおもしろいねぇ!」
目の前の男の想像以上の行動に大笑いするレティル。正直言って目立つから抑えて欲しいが、レティルは声を上げて笑っている。
「あの、もうその辺で…」
「あはははっ! ご、ごめんね…。ぷくくくっ…」
笑い続けるレティルに、空は周囲の視線を感じて落ち着かない。そんな空に対し、涙目を擦りながらレティルは安心させるように言う。
「大丈夫だよ、お兄さん。警察には組合から言っておくからさ!」
「組合から…言っとく?」
「そう、ゼオンとっちめたくらいで商店街のお得意様を取り上げんなってね! なにせ串焼きを金貨で買うお大臣様だし、パンもワインも金貨で買ったんだろ? すぐに噂になってたよ」
この世界の貨幣であるエムノの計算が面倒だからと、空は全部金貨で支払っていた。それをブギたちに見られて昨日の顛末になったのだろう。まさか噂になっていたとは。改めてラテルの噂の広がりの早さを思い知る空であった。
「まあ、そういう訳だから塩串も買っていきなよ。じきに焼きあがるだろうからさ」
「はあ…、ありがとうございます…」
あいまいに返事をする空に、レティルはさらに話を続ける。
「ゼオンはウチら商店街の仕入れ業者から賄賂もらったり、値打ちものを横取りしたりとやりたい放題でさ。商店街は迷惑してたんだ。港町からの仕入れもアイツのせいで小さくなってね。今回はいい気味だったと思うよ。告げ口するとアイツらに襲撃されるから、みんな今まで黙っていたんだけどさ」
「襲撃って……、ひどいなそれは」
「一応ゼオン組は野盗や魔獣から街を守っていたし、王国も功は認めていたからね。それで図に乗っていたんだろうけどさ。でも、それももう終わりだよ」
「え、何で終わりに? 俺、アイツ殺してはいないんだけど」
終わりという言葉に空は首を傾げる。
怪我が治ればゼオンは復活し、いつもの警邏活動に戻れるはずである。いくらフィオナを殺害したとはいえ、すでに有耶無耶になっている事件であって、いまさら立件は不可能だろう。
しかし、レティル達商店街組合の意向は違っているようだ。
「終わるように組合が話を持っていくのさ。そうだね…『お金持ちの旅人から金品巻き上げようとして返り討ちに会う様なゼオンに警邏隊は任せられない』ってのはどうだい?」
「うーん、うまくいきますかね? それより、なんでそこまでゼオンを嫌っているんです?」
商店街組合はどうもゼオンに恨みを持っているらしく、おかしな話の展開に戸惑う空であったが、レティルは興奮してきたようで話を止めない。
「さっきも言ったじゃないか、やりたい放題だって。本来、このラテルの街は交易都市なんだよ。それがゼオン組が外を見回るようになってから商隊が避けて行く様になったんだ。港町であるリルから王都フェレオンまで商隊が直接行ってしまうんだよ。おかげで海外モノは王都で買うしかなくなったんだ。商権が向こうにあるからね。直接港行っても売っても貰えないんだよ。こんなことってあるかい? 全部ゼオン組のせいだよ。アイツらは商売を分かってないのさ!」
思いの丈を一方的に捲くし立てたレティルは、若干引き気味の空を見てコホンとかわいく咳払いをし、姿勢を正してまた話し出す。
「まあ、あれだ。悪いようにはしないよ。警察に何か言われたらアタシの名前出していいから。ゼオンをぶっ飛ばすようなお大尽な勇者サマを警察なんかに渡したら女が廃るってもんさ!」
空はレティルの話を聞いて、なぜゼオンが街中で嫌われていたかが分かった。
確かに昨日ゼオンを引きずっている間に、誰一人として空を止めようとする人間はいなかったのである。いたのは面白がって囃し立ててる民衆だけであった。
その理由が今のレティルの話の中にあった『ラテルの衰退』であった。
暴力に怯えてゼオンを追放できなかった組合にとって、確かに空は救世主なのかもしれない。何しろ軽々とゼオンの巨体を引きずり、ブギたちに詫びを入れさせていたのだから。
そうこうしている間にちょうど塩串焼きが焼き上がる。空に焼けた串焼きを手渡すとき、レティルは何か思いついたようで、いきなり空の手を握り提案する。
「そうだ! お兄さん、その力で警邏隊長やってみないかい? 組合で推薦するよ!」
その突拍子もないレティルの提案に、空は思わずむせ返る。
「ぶっ! なんでそうなるの? そもそもそんな下克上でいいんですか?」
下克上と言う言葉に首を傾げるレティルだったが、いいのいいのと活発に笑い飛ばす。話の急展開に呆然とする空だったが、レティルに気になった疑問を投げかける。
「レティルさんたち組合の人がゼオンを嫌う理由は分かりました。でもなんだって後釜に俺を? 王都から代わりの人材を派遣するとか、ゼオンに俺の名前出して逆に脅すとかいろいろありますよね? 第一、俺はこの街に来たばっか……」
レティルは腕を出して空の発言をさえぎり、自分の顔を人差し指で指して話し出す。
「…私は、先祖に銀狼がいるんだ。今は純血じゃない、亜人だけどね」
はぁ、と気の無い返事をする空にレティルは続ける。
「…銀狼はね、鼻が利くんだよ。お兄さん、いや、ソラ君は何か違うってね…」
「だからきっと大丈夫だよ!」
信じていいよと笑うレティルに、
空は苦笑いを返すのが精一杯であった…。