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第五章 最終日 中

AM11:37分 西棟非常階段 踊り場

 

 外に設けられた非常階段、各階を結び最終的には屋上まで伸びるそれの踊り場に俺達は場所を変えた。他の殺人部の連中は捕らえた妖精達を監視しているので、この場には俺を骨喰先輩の二人きりだ。

「私は病気がちの母親と二人暮らしだった。狭いアパートの一室、裕福とはとても言えなかったがそれでも私は幸せだった」

 骨喰先輩が手すりに体を預け校外を眺めながら唐突に話し始めた。

「まだ幼かった私はただ母親に甘えてくっついてるだけしかできないただの子供だった。流れてゆく時間、そんな私は日々日々弱ってゆく母親にも気づくことはなかった。そんなある日だ、本来目を覚ましているはずの母親が一向に起きない。何度声をかけても何度揺すってもお母さんは私を見てくれない。なにかがおかしい、子供ながらにも察していたとは思う、それでも私は毎晩一緒に寝ていた布団に潜り込んでしがみついた。その内母親が自分を抱きしめ返してくれると本気で信じて。異常なほど冷たくなっていた母親のぬくもりはついに戻ることはなかった」

「・・・・・・・・・・・・」

 俺は言葉が出ない。死体愛好者って自分で言っていたのはこういう事だったからなのか。

「きっと私はもうあの時に壊れていたんだなぁ」

 どこか遠くを見ている先輩。それは景色の先か、記憶の中か。

「それが先輩の殺人鬼になったきっかけですか・・・・・・?」

 先輩は俺の問いに静かに首を振り否定した。

「・・・・・・邪子の話をしようか。邪子は人の愛を知らない。あいつの両親はどうしようもない屑でな。邪子は日常的に虐待を受けていた。笑えば殴られ、泣けば殴られ、食事も満足に与えられず、寒空の中、躾と称して裸同然でベランダに出されたりいつ死んでもおかしくなかった。だからな、だから私が殺してやった。あいつを救うために私があいつの両親を手にかけた」

「っ!?」

「・・・・・・八尺の話をしよう。あいつとは中学も同じでな、二学年下だったが、非道い苛めにあっていたんだよ。おかしいだろ、生徒達はほぼ全員その事実を知っていたのに、大人は誰一人としてそれに気づかなかった。いや、教師などは気づこうともしなかった。八尺は見た目があの通り気弱そうで、男子には人気があったがそれを妬む女子から相当な攻撃を受けていた。知ってるか、女子の苛めは陰湿で耐え難いものだ。精神的に追い詰められた八尺はいつ死んでもおかしくなかった。実際そのグループのせいで過去に自殺した生徒がいた。奴らは反省するどころかまた繰り返したんだ。だから殺してやった。主犯格と取り巻き数人、事故に見せかけて全員殺した」

「・・・・・・・・・・・・」

 次々に口にされる殺人部の過去に俺はただただ聞きいることしかできなかった。

「最後に矢出の話をしよう。さっき眼鏡を外したあいつを見ただろう? 息を呑むほどの美少女ぶりだ。それは矢出が小学生の時だ、下校途中に変質者に襲われてな。人気の無い場所に連れ込まれた所を、偶然死体の処理をしていた私が見つけて間一髪で背後から首に刃物を突き立てやった。襲われた時点で矢出の心には大きな傷を負っていたが、私があの場にいなかったら矢出は取り返しの付かない過去を背負って一生苦しみから解放されなかっただろう。だから殺した。後々調べたがその変態には他にも数え切れない程の余罪があった。矢出のように綺麗な花には虫が寄りつくものだ、私はあいつに素顔をみせないように眼鏡をかけることをしいたのだ」

「・・・・・・・・・・・・」

「行政も警察も事が起らないと動かない。何かが起ってからでは遅いんだ。法は甘い、そして弱い。少年法? 情状酌量? そんなもの罪の重さに関わっていいものではない。例え何十年の刑期を終えても犯した罪が消える訳ではない。飲酒運転、さらにひき逃げで何人殺そうとも死刑にならんのだぞ。おかしいと思わないか? だから私が裁く。もちろん冤罪など起こりえないように徹底的に調べ上げる、更正の余地がなく法をうまく逃れた者だけを私達が裁くのだ」

「・・・・・・殺人を肯定するんですね?」

「そうではない、私達は地獄に堕ちるだろう、ろくな死に方もしまい。だがな、それでも私は私の信念に基づいて進む。もうそうなってしまったんだ。あの日、初めて人を殺めたあの日からもう道は繋がってしまったんだよ・・・・・・」

 先輩は憂い、その顔がいつも以上に陰りを見せていた。

「さて、私達の話は聞いて貰った。君の話を聞きたい。話してくれないか? 一見同じように見えるが私には分かる、今日のルキ君は昨日までの君とはまるで違う、一体何があったんだ?」

 吸血鬼、俺の憎む存在。だけど、俺もノスフェラトウを殺そうとしている。結局俺は先輩と同じ事をしようとしていたんだ。

「・・・・・・俺は今朝まで姉さんが生きてると思い込んでいたんですよ」

「・・・・・・どういう事だ?」

 骨喰先輩は俺の言葉が理解できていなかった。当たり前だ、俺の姉さん、華月ルミは半年前に死んでいるんだから。

「言葉通りですよ。俺は姉さんのイメージをずっと創り出し、姉さんが死んだ事に気づいていなかった。俺はあの日、姉さんの殺害現場を見たんです。あれはもう姉さんではなかった。グチャグチャで散々遊び尽くされた後の食いカスでした。姉さんが好きで好きで好きで好きで好きでその存在が生き甲斐だった俺がそれを見たらどうなると思います? 精神崩壊するのは必然だ。でも、そうはならなかった。俺の脳が自己防衛手段で記憶を遮断したんです」

「・・・・・・・・・・・・」

 今度は骨喰先輩が黙るしかなかった。

「思い出したのは今朝です。例の能力で偶然ノスフェラトウが彩宮先輩を殺した現場を見ました。あぁ、ちゃんとリアルタイムで彩宮先輩は助けたんでご安心ください。まぁ、そこで見たわけですよ。死体の横にあった花、姉さんの死体の横にもあった同じ白百合の花を。それを見て記憶の奥底に閉じ込めてあったあの光景が蘇ってしまったのです」

「・・・・・・・・・蘇ったのに君は大丈夫だったのか?」

「いやいや壊れましたよ、でも全部ではない。なんせ、その犯人がすぐ近くにいたんでね。復讐するため狂う訳にはいかなかった。俺は姉さんを殺したノスフェラトウを許さない。そして気づいたんですよ、吸血鬼がどんなに醜悪な存在かって事に」

 先輩は俺の理由を聞き終えると双眼を閉じ、ゆっくり息を吐き出した。

「ルキ君が妖精を使ってまで私達に対抗しようとした理由はわかった。だけどな、邪子も、八尺も、矢出も私が狂わせた。君が吸血鬼を憎むというのなら私が皆の分全て請け負おう。私だけを殺せばいい」

「そうですね、いずれ先輩の事は止めなくてはならないでしょう。どんな理由があっても人殺しはいけない。人じゃないならいいですけどね。例えば吸血鬼とか・・・。いずれにしても法があるってのは秩序があるって事です、それを無視するならそれこそこの世は混沌と化すでしょう」

「・・・・・・あぁわかってるさ。それが反社会的行為だったとしても、私が私である限りは止まらない。私はただ救える者がいるなら救いたいだけだ。死は死を持って償わせる。二人殺したら二人分、三人殺したなら三人分、同じ苦しみを与えて殺す。それはもう死ぬまで続ける」

 先輩の目には迷いがなかった。俺はこれ以上の問答は無意味を考え踵を返した。

「時間が惜しい。これ以上先輩に付き合ってる暇はありません。俺はノスフェラトウを討伐に行きます。妖精達は返してもらいますね、シミュレーションで一度全滅してますけど、先ほど先輩が格下の吸血鬼達で俺達を倒して見せたように今度はうまくやってみせますよ」

 歩きだそうとした俺を先輩が引き留める。

「ちょっと待て、いくらなんでもあの三人を使って吸血鬼一人倒せない訳なかろう」 

「俺もそれには予想外でしたよ。千日手封じを先に発動されて纏めてやられました。それだけ圧倒的って事でしょう」

「いや違う、あの三人を同時に相手して勝てる吸血鬼がいるとは思えない。シリーズ武器を持ってなかったとしてもだ。なにか裏がある」

 もし何か俺の知らない理由があるならこの先何回やっても勝てない。ここは先輩の意見を聞きたいと素直に思った。

「ちなみに皆シリーズ武器とやらは装備してました。そして不意打ちをかけたのに破れました」

 先輩は顎に手を置きながら思考に耽る。それを見てなぜか安心する、この先輩が考えれば、なにかしらの良案が浮かぶに違いないと思ってしまう。

「まさか重ねたか・・・・・・?」

「重ねた?」

「うむ、吸血鬼っていうのは殺せば殺すほどその感覚は研ぎ澄まされる。経験を積めば積むほど技量は上がる。それは千日手封じの回数にも影響する。純粋に欲望のまま人を殺め続けたノスフェラトウだ、通常数回の限定がもっとあるのかもしれない。例えば千日手封じを同時に5回重ねて発動するとか。それなら相手の力量は無視して回数を超えれば無条件で勝てる」

「そんな事が可能なんですか?」

「さぁな、私はやったことがない。でも千日手封じを発動されて負けたならそれしか私は考えつかない。こうなると・・・・・・」

「一人ずつぶつかって回数を減らしていくしかない・・・・・・」

 先輩は神妙に頷いた。

「しかし、それだと重ねる必要もなく、ノスフェラトウも一回ずつしか使わないかもしれないな」

「大丈夫です、それこそ名乗ればいい。簡単に勝てると思うなと、最強クラスの妖精達と知れば相手も確実に重ねてくるでしょう」

「それはそうだが、ノスフェラトウの限界回数が未知では勝算は薄いぞ?」

 それは分かってる。だけど。

「そのための俺の能力です、相手の限界見極めてみせますよ・・・・・・」

俺は今度こそこの場を後にする。先輩はまだ何かを言いたそうだったが、その俺を見る心配そうな顔がどうしても見ていられなかった。



 PM:12:05分 第二体育館側

 俺は先輩達の襲撃を受けた場所に戻ってきた。

 先の戦闘で気を失っていなかったヌァザまでも昏睡させられていた。その寝顔は安らかだったので手荒な真似はされていないのだろう。三人は纏めて拘束されて邪子達に囲まれるようにしっかり監視されていた。

 俺はその固まりに近づいてゆく。邪子はいつも通り緊張感がなかったが、矢出と八尺は警戒して構えた。

「そいつらは俺のだ、返してもらうぞ。大丈夫だ、先輩と話はつけた。お前達には手出しはしない・・・・・・」

 俺の言動に矢出と八尺が睨んだ。

「お前達には? 俺はなぁ、女はだっい嫌いだが、カンナさんだけは別だ。あの人のお陰で俺はこうして今ここに立ってるんだ。殺しだって俺の意志でやってる。カンナさんの力になりたいって俺自身が選んだ道だ。カンナさんと敵対するっていうならあんたでも相手になるぜ」

「私も・・・骨喰カンナに助けられたから今こうして生きてる。骨喰カンナには手出しさせない、もし傷つけるような事があったなら・・・私がお前を殺す・・・」

 邪子だけがキョトンとしていたが、便乗するように続いた。

「私もカンナちゃん大好きだよ☆ もしルキ君がカンナちゃんを苛めるなら、私・・・・・・全力でルキ君の事・・・・・・切裂くからね☆」

 俺は場違いにも吹き出した。どうやらうちの部長は大人気のようだ。

「ははは、骨喰先輩は部員達に随分慕われてるんだな。安心しろ、先輩は吸血鬼でもどうやら人だったらしい。俺は人成らざる者を殺す。だけどな、俺はお前達と別の道で先輩に貢献する、先輩がもうこれ以上手を汚さなくてもいいようにな・・・・・・」

 俺が妖精達の縄を解こうとする。しかし、堅く結ばれたその結び部は俺の力ではどうにもならなかった。俺が悪戦苦闘しているとそれを取り囲んでいた三人が動いた。

「ルキ先輩信じていいんだな? どうせ先輩から聞いたんだろ・・・俺が苛められてたって事。あの時、仲の良かった男友達は誰一人助けてくれなかった。ルキ先輩、俺はもう裏切られるのはごめんだぜ」

「男は嫌い、男は汚い、男は獣。だけど、華月ルキは骨喰カンナが見込んだ男。だから私も信じる・・・・・・華月ルキには見込まれただけの何かがあると・・・・・・」

「邪子はねぇ・・・・・・う~んとね、よくわかんないけどルキ君も好きだよ☆」

 吸血鬼の三人が、妖精三人を縄から解放してくれた。

「骨喰先輩を止めるって事は同時にお前達も止めるって事だ。俺は、殺人部みんな纏めてその呪われた運命から引きずり出してやる。お前らは他の人以上にもっと普通に笑って暮らせ」

「・・・・・・・・・・・・」

 三人は黙ってしまった。俺はどうしても殺人を肯定する気にはなれない、だが姉さんを殺したノスフェラトウを殺したいほど憎んでいる。どうせ、人は立ち位置でどうにでも考えを変える生き物だ。ならば今は自分がしたいように生きよう。

「さぁ、道は違った。お前達は骨喰先輩の元へ戻れ。俺はこれから今度こそノスフェラトウを討つっ!」

 


 PM:12:15分 校舎裏

 まずは相手の限界を見極めなくてはならない。

 俺は目を覚まさせた妖精達と共に再びこの場に立つ。

 呼び出しまでは同様、その先を変えてみる。



 華月シミュレーションっ!

 


 今度は同時ではなく一対一に持ち込んで攻撃を仕掛けてゆく。

 ヌァザ、フィン、クーの順でノスフェラトウを向かえ討つ。

 相手に千日手封じを先に発動され、結果は惨敗。俺はこの日三度目の死を迎えた。



 華月シミュレーションっ!



 相手の限界が三回以上と分かった時点で回数を削ってゆく戦法は無意味。それならどうにか先攻してこちらの千日手封じを先に出し実力で勝つしかない。しかし、相手の感覚の方が数段上なのか先に千日手封じを使うことができず、ここでも敗北、4回目の死を与えられた。



 一体どうすりゃいいんだ、何度イメージしても俺のデッドエンドにしか到達しない。すでに4回華月式シミュレーションを使っている。残りは一回。切り札は残しておきたい。日を改めるか? いや、復讐心でなんとか平静を装えている俺がいつ崩壊するかわからない。今日中にけりをつける。姉さんのいない明日を決着をつけぬまま迎えるのはごめんだ。

「オベロン様、どうしたのです? ノスフェラトウを討伐するのでないのですか? ・・・それに一つ腑に落ちません、何故私達は吸血鬼達から無傷で解放されたのでしょうか?」

 ヌァザが中々動かない俺に業を煮やして急かしだす。同時に疑心も生まれている。

「オベロン様は私達に何かを隠している。それでは貴方に命を預けられません。どうかすべてをお話ください」

「クーも聞きたいっ!」

 たしかにそうだな。先輩達の強さはきつく結ばれた絆に他ならない。俺はこいつらをただの駒としか見ていなかった。こんな事では勝てる勝負も勝てないのが道理。しかし話をしたらこの協力関係も終わり。今度こそ詰みだ。それでもこれ以上騙せない。

「あぁ、全部話そう。どうせ、もうノスフェラトウに勝てる手が思いつかない」

 ここらが潮時なのかもしれない。俺はもう姉さんの死を受け止めそして壊れよう。私情のために妖精達を死なせるわけにはいかない。

俺は自分の能力、そして姉さんを殺したノスフェラトウに復讐するためオベロンを騙った事、そしてどう足掻いても勝てなかった事をすべて話した。

「私達を騙していたのか!?」

「え~、オベロン様じゃないかったの~?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 ヌァザが憤り、クーが嘆く。フィンだけが親指を舐めながら無言を貫いた。

「すまない。どんな仕打ちも受ける所存だ。好きにしてくれ」

 どうやら俺はここまでの男だったらしい。姉さん、ごめん、仇はとれなかった。

 悔しくて、悔しくて、涙がこぼれ出す。俺はその場に泣き崩れた。姉さんをあんな肉片に変えた相手がすぐ近くにいるのに、姉さんの悲鳴を聞いて喜んでいたあいつが側にいるのに。どうすることもできない。

「気持ちは分からんでもない。だが、誇り高き妖精達を誑かした罪は重いぞ」

 ヌァザの罵声が心に刺さる。シミュレーションの中とはいえ俺はこいつらを何度も死に追いやった。ただ純粋に俺を信じ、そして散っていった。姉さんが見たらこんな俺を怒るだろうな。自分の目的のために他人を巻き込んで、優しい姉さんがそんな俺を叱らないはずがない。

「・・・・・・いや、貴方は紛れもなくオベロン様です」

 そんな中、フィンから驚くべき一言が発せられた。

「あぁ? フィンも今聞いてただろう、こいつはただオベロン様の名を騙ってただけだ!」

「違うな、そもそもヌァザ、お前は何故この方をオベロン様だと信じた?」

「それは目の前で吸血鬼を倒したし・・・結局生きてたけどな。後は私の真名を知ってた・・・・・・から・・・?」

「そうだ、私達ですら互いの真名は知らない。知っているのは創設者のティターニア様だけなんだよ。それなのにその方が知っていると言うことはティターニア様に教えてもらったという事だ。つまりは対なす妖精達の頂点、その一角のオベロン様に選ばれたって事に相違ない」

「じゃ、本当に・・・・・・?」

 たしかに、うまく扱ってくれと言われた。その正体にはとっくに気づいてたけどそんな意図があったとまでは思わなかった。

「誰とは言わないが、たしかに俺はその人に名乗る事を許された・・・・・・」

 俺の呟くとフィンが俺の前で同じ目線まで腰を下ろした。

「さぁ、オベロン様、どうか起ち上がって下さい。まだ仕事は残ってますよ」

 にっこり微笑んで、ハンカチを差し出して来た。

「なんて事だ、私は二度もオベロン様に刃向かう真似をするとは・・・・・・」

 ヌァザは呆然としている。クーは今一良く分かっていない。

「な~んだ、やっぱりオベロン様なんじゃん」

「ヌァザ、切り替えろ。私達はここからが本当の従者だ。私も今ひとつオベロン様を信用しきれてなかった。だがもう違う、私は全力でオベロン様の手足となって戦おう」

「そ、そうだな。私達がしっかりしなければまた吸血鬼に遅れをとってしまうな」

 ヌァザがパンを自分の頬を叩くと、その手を俺へと差し出してきた。

「さぁ、オベロン様、行きましょう。今度は負けません。ノスフェラトウ、必ず討ってみせます」

「クーも張り切っちゃうよっ!」

 今までとまるで違う、妖精達の気持ちが俺を取り巻く。そうか、殺人部の仲間によるこれと同じものを先輩は持っているのだ、だからいくら最強の妖精達を揃えても心がバラバラでは先輩達に勝てないのは当たり前だったのだ。

「ごめん、もう何も隠さない、もう迷わない、だからお願いだ、俺のために力を貸してください!」

 俺は力強く起ち上がる。そして深々と三人に頭を下げた。

「オベロン様、別にいままで道理で構いません。主らしくドンと構えてください!」

「クーもさっきまでの方が男らしくていいなぁ~」

「私も調子が狂います。あ、ちなみに私の千日手の限界回数嘘ついてました。本当は3回ですよ」

 なんだかフィンも堅い雰囲気から急に砕けた感じになった。これが彼女本来の地なんだな。

「うん、みんなありがとう。・・・でも、どちらにしろ、ノスフェラトウの攻略法を思いつかないと勝てない・・・・・・」

 折角心が一つにはなったものの、これでも結果は変わらない。何も案がないまま挑めば全滅するのは必至。

「他の吸血鬼共が戦ってくれれば、千日手封じのトータル回数は劇的に増えますがそれは無理でしょうね」

「そうだな、あいつらは動くまい、なんせ共食いになっちゃうからな・・・・・・」

 俺も先輩達に手を貸してもらうという手段は考えてはいた。だが、邪子を手にかけた時点でその可能性は消し去っていた。俺は完全に先輩達とは敵対したのだ、どの面を提げて協力を求める。しかしそれ以上に何か俺の知らない理由がありそうだ。

「共食い?」

「ええ、吸血鬼同士はよく縄張り争いで激しくぶつかっていました。それを避けるために今現在は暗黙の了解で吸血鬼同士が戦う事は御法度となっています。もし破れば私達妖精だけではなく吸血鬼にも共食い者として忌み嫌われるでしょう。すべてを敵に回すデメリットしかないので自殺願望者以外は避けるかと・・・・・・」 

 なるほど、最初から共闘は無理だったのか。そうなるとますます手が浮かばない。

「私達はわかりませんが、妖精最強のクーならサシでやれば吸血鬼一匹負ける事はないでしょう。先にクーが千日手封じを発動できれば勝てます」

「いや、俺もそれは考えた。でもどうやっても先手を取られるんだ、危険察知というか、そうまるで相手の千日手封じを後から重ねて相殺するように・・・・・・」

「自分の千日手封じを重ねるだけではなく、相手の千日手封じまでも重ねて消すと・・・・・・?」

「どれだけ限界回数多いんだよ~って感じだよねっ!」

「・・・・・・手詰まりか・・・・・・」

 学年一と妖精一の頭脳を合わせても打開策が出てこない。

 そんな中、フィンの猫達が急に東棟へと頭を向け唸りだした。

「っ!? すごい殺気が渦巻いてるっ!」

「あわわ、あんなの見た事ないよっ!」

「色々混ざってるっ! あそこで一体何が起ってるっていうの?!」

 俺は妙な胸騒ぎを覚えた。

「みんないくぞっ! 嫌な予感がするっ!」

 俺は妖精達を引き連れその場所へと急いだ。 

 

PM:12:43分 東棟二階 廊下

階段を駆け上がり着いた先で見た光景は。

 矢出がノスフェラトウに金属を打ち込んでいた。それを教師は片手の鎌を振り凌いでいる。

「やぁ、ルキ君遅かったではないか」

「ほ、骨喰先輩、これは一体っ!」

 吸血鬼同士の決闘は厳禁なはずだろう。なのに、なぜ殺人部の連中がこいつと戦っている?

「なんかな、みんなルキ君の手助けしたいってさ」

「っ!? だって共食いになるんじゃ!?」

「なるな、これで私達は同族殺しの汚名で妖精と吸血鬼、全員敵に回した」

「それならなんでっ!?」

「私の吸血鬼、君の妖精、どちらも使わないとこいつには勝てん。私が考えてもそれしか方法はなかった」

「そうじゃなくて、なぜ俺のためにそこまで背負うんですか!?」

 先輩は俺の捲し上げに、目を丸くした。

「なんでってルキ君は大切な殺人部の仲間じゃないか」

 さも当然のようにそう言ってくれた。

「だって、俺、先輩達を殺そうって、邪子にもひどい事したのに・・・」

「あぁ、邪子な。まぁいいじゃないか、死んでないんだし。それにしても一応あのぶかぶかのブラに血液パック詰めされといて正解だったな。君が女性に興味があったら邪子のバストアップの変化にも気づいていたかもな」

 く、まったく見てなかった。そういや部室で手術可能とか言ってたな、冷蔵庫にまさか血液が保存されてたとは。

「どっちにしてももう遅い。君も参戦してくれ。ノスフェラトウを倒すのだろう?」

「で、でも・・・・・・」

 後ろの妖精達を見る、いくら天敵相手とはいえその敵である吸血鬼達と共闘なんてこの妖精達が賛同してくれるはずがない。そう、先ほどまでなら命令違反を犯しても吸血鬼達と手を結ぶなど天地がひっくり返っても無かっただろう。だけどすべてを打ち明け絆を結んだ今なら。

「オベロン様、なにを迷っているのです、せっかく同士討ちしてるんです、これに乗ってノスフェラトウを倒しましょう」

「クーはオベロン様が命じるならなんでもするよっ!」

「私の計算では勝率が一気に数十倍膨れあがりました。やるなら今です」

 三人が力強く俺を後押ししてくれた。

「お前達・・・・・・。よ、よし。これで最後だ、今度こそ、今度こそ奴を倒すっ!」

 先輩達、妖精達の気持ちに答えなくてはならない。

「今は、矢出のグラー死ー座で足止めをしているが、接近戦を仕掛けたら相手の千日手封じでやられるぞ、相手の限界はわからないままだ。これは賭けになる」

 俺はここで最後のシミュレーションを発動させた。もう出し惜しみしてる場合じゃない、先輩達がすべてを投じて俺に協力してくれているのだ。俺は皆を信じて勝利を確信したい。

「・・・・・・いえ、勝てます。これは賭ではありません。もう俺達の勝利が見えました」

「そうか、見えたか? ならば私達は好き勝手やらせてもらうぞ!」

 先輩が動いた。

「八尺、行けっ!」

 廊下の反対側、ノスフェラトウの背後に陣取っていた八尺と邪子、先に駆けだしたのは声をかけられた八尺天。

「俺は吸血鬼クラリモンドだ! あんた、いい男だねぇぇえ。だけど俺は年増には興味ないんだよなぁぁぁぁぁっ!」

 双眸を握って、矢出のグラー死座ーを受けているノスフェラトウの背後から攻撃を仕掛ける。   

 

  一閃っっ!! 好色デストラクション!



 たしかに先に発動したはずの八尺の千日手封じ、しかしやはり後出しで重ねられたのか、やられたのは八尺の方だった。

「失礼だな、僕はまだ20代だよ。まぁ僕の場合、男全般興味ないからいいけどね」

 教師が言い終える前にはヌァザが地面を蹴っていた。

「私は銀色の腕のヌァザ。お前、いけ好かんな、私のタイプではないっ!」


 

 一閃っっ!!! クウラ・ソラス! 不敗の剣!



 ヌァザは先に軍グニルを投げつけ、それを追うように千日手封じを被せたが無駄だった。八尺と同じく床に倒れる。

「君、綺麗なのに残念だ、でも僕にも本命がいるから平気さ」

 ヌァザがやられるのを確認する前に邪子が飛び込んでいた。

「吸血鬼ジル・ド・レイだよ☆ ルキ君の仇、覚悟っ!」


 

 一閃っっ!!! 切裂きセレナーデ!



 違うぞ邪子、俺の仇ではない、俺の姉さんの仇だ。邪子は妙な事を口走りながら部室に飾られていた伝説の武器シリーズ、ナイフ形態を全て持ってきたのか、いくつも投げ込んでゆく。そして最後の二刀を構えて突撃したが、そのすべてが不発に終わった。

「う~ん、惜しいな。可愛いんだがちょっと君には知性が足りない。僕は聡明な子が好きなんだ」

 邪子の体が傾くと同時にフィンが走り出す。

「妖精フィン・マックイーン。その腐りきった心臓、打ち抜いてあげるっ!」


  

 一閃っっ! フィネガス! 騎士団の総撃!



  フィンは魅栖輝ティンをノスフェラトウの心臓目がけて突き立てたが、その太陽神すら殺しえた伝説の名を持つ武器ですらノスフェラトウには届かなかった。

「君、外人かい? 北欧系の真っ白な肌に綺麗な金髪、とても素敵だ。後で全部赤く染めてあげるね」

 フィンの瞼が閉じ、前屈みに崩れてゆく前に矢出の砲撃が止んだ。

「吸血鬼ブルンヒルダ、私は男が嫌い・・・お前は特に嫌い」

 矢出の投げていたグラー死ー座が打ち止めになった。元々グラー死ー座は一本の剣だった。それが戦いの中で粉々に折れていくつもの破片と化した。本家は本来槍に生まれ変わるはずだが、この同じ名を冠するシリーズ武器では破片のままらしい。残した比較的大きな破片を手にして矢出はノスフェラトウに向かっていった。



 一閃っっ!! 噛み切りメタモルフォーシス!



 矢出との距離が縮まるのと比例してノスフェラトウの口元がつり上がってゆく。

「そう、君だ。僕は一目で君が吸血鬼だとわかった、でもそんな事どうでもいいくらい君に惹かれてここまでのこのこ付いてきてしまった。それが例え罠だと知っていても君を無茶苦茶にしたい欲求には勝てなかった。君は最後に食べよう、僕は好きな物は最後までとっておく趣味なんだ」

 目的の品が目の前に転がり、今すぐむしゃぶりつきたい衝動をぐっと我慢するノスフェラトウ。遊戯の時間はまだ先だ、邪魔者はまだ残っている。

 靴を脱いで裸足になった妖精最強のクーが爆発的な踏み込みで一気にノスフェラトウとの距離を削いだ。

「妖精クー・フー・リン。自慢の迎ボルグ受けてみてっ!」

 クーは迎ボルグを宙に放るとそのまま回転、足の指で柄を挟むと近距離で蹴り上げるように投げつけた。 



一閃っっ! アルスター! スカサハ免許皆伝の証!



 あまりの威力に時空が歪み、一本の槍が何重にも増殖されたかのように飛散した。そのすべてが実態化したような強烈な一撃だったがノスフェラトウの前で炸裂する前に突然消滅した。「とんでもない子だね君は。でも強いだけじゃ僕のお気に入りにはなれないな。そうだね、後数年経って凹凸が出来たらまたおいで」

 あのクーですら傷一つ負わせぬまま意識を飛ばされた。

 もうこっちの戦力は一人だけ。だけど俺はまったく気に病まない。その最後の一人があの骨喰先輩なのだから。

「苦苦苦、見せ場だな。私は別に名乗らんが構わんだろう? ここの吸血鬼を束ねる者だ、その強さは推して知るべしだな」

 ここまでノスフェラトウがどれだけ使用回数を消費したかはわかっていない。

俺はここで先輩にそっと耳打ちする。

「ん、そうなのか? 苦苦苦、やっぱり賭になるか」

 先輩はそのまま抜刀の構えを取った。

 ここからノスフェラトウまで数メートル。

 先輩なら一指弾、65刹那で向こう側まで駆け抜ける。

「無理攻めもここまでだ。そろそろ詰みに行くとする」

「君はダイヤの原石のようだな。磨けば誰よりも綺麗になれそうなのに残念だ。せめて名前を教え・・・・・・」



 一閃っっ! 骨喰流抜刀術裏奥義! 速戦即決鎧袖一触!



「っ!? はや・・・・・・」

 ノスフェラトウが語っている最中に先輩が居た場所に煙がたった。

 次の瞬間には先輩は反対方向まで移動していた。

ノスフェラトウの体に斜めの切り傷が浮かび血が噴き出した。

「なっ・・・・・・!?」

 驚愕の表情を見せるノスフェラトウ。だが両者はまだ立っている。

「苦苦苦、予想以上の神速に反応できなんだか? これじゃ折角の千日手封じも意味を成さんな」

 先輩は千日手封じを発動させずに、通常抜刀で斬りかかったのだ。

「これは参った。まさか僕の反応速度を上回るとは。だけどこれで決められなかった君の負けだよ」

 先輩の足がガタガタと震えている。人間の出せる限界速度を瞬間的とはいえ越えたのだ、足がその瞬発力に耐えきれないのも道理。

「たしかに往復は出来なそうだ。しかし、お前もそれなりにダメージを負っただろう」

 ノスフェラトウの胸から留まることなく血が流れ出している。

「そうだね、防刃チョッキを着込んでいたにも拘わらずそれごと斬るとはね。普通に戦えば僕では勝てないな。僕より強いとなると君はルスヴン、フランシス、もしくは皆殺しの吸血鬼ネラプシのいずれかだろう。フランシスは顔見知りだしネラプシなら対峙してる時点でやられてるだろうから、残るはルスヴン。限界回数は7回だったかな」

 こいつ先輩の称号を特定しやがった。しかも限界回数を知っているのか。

「やはり、限界回数をわかっていたか。お前に攻撃を仕掛けたのは皆有名どこだからな。もしやと思って名乗るのをやめていたのだが・・・」

「ちなみに僕の限界回数はまだ七回以上ある。あはははは、もうどう転んでも君には勝てないな」

 ここでノスフェラトウは俺の方に振り返った。

「それで、君は吸血鬼でも妖精でもなさそうだね。まずは君を殺そう。彼女はあそこからでは助けられまい。悲痛に歪む彼女の顔が見たい」

 先輩の機動力はただでさえガタ落ちだ。俺と先輩は廊下の端と端。一方ノスフェラトウは大体中央にいる。俺に向かって来られたらまた殺されるだろう。

「やめろっ!」

 先輩が叫ぶ。それを聞いたノスフェラトウが笑う。俺は奴と目が合い唾を飲み込んだ。

「ははははは、死ねっ! 君の姉さんみたく慟哭してみせろ!」

 ノスフェラトウが鎌を構えて俺へと向かってくる。

 目の前まで縮んだ俺達の距離、ノスフェラトウは破顔させながら鎌を俺へと振り落とした。

「それは見た」

 間髪で俺は鎌を横へと避ける。

「なにっ!」

まさか避けられると思っていなかったノスフェラトウが喫驚する。

 実は先ほど一斉攻撃の前に俺が発動した華月シミュレーションでは勝利など見えてはいなかった。俺が見えたのは斜め下から振り上げられた鎌に真っ二つに裂かれる俺のデッドエンド。

「貴様っ!」

 続けざまに鎌を横薙ぎに振るノスフェラトウ。だがそれすらも俺は屈んで凌ぐ。

「それも見た」

 ダメージを受けて本来の実力ではないノスフェラトウの動き、先がわかっていてさらに常人よりは運動神経の高い俺ならば十分避けられる。

「馬鹿なっ! 君は一般人だろうっ!?」

 さらに斜めに振り上げられるアダマスの鎌、だがそれすらも半身をずらした俺の横を手応えのないまま空を切るだけ。

「それも見た」

 そう、俺はこの時点で三回殺されている。そのすべてのデッドエンドを俺はすでに見ていたのだ。そして4回目は来ないことも俺は知っていた。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 骨喰先輩がご自慢の愛刀を振りかざしながらノスフェラトウへと迫る。

「ちっ!」

 虚空、ノスフェラトウの意識が骨喰先輩へと移った。俺はそのモーメントを見逃さない。

「ぅがっ!!」

 邪子から奪っていた零羽テインをしっかり握りしめ奴の腰下に突き刺した。先輩の攻撃で防刃チェックを装備している事が分からなかったらこの攻撃は無駄に終わっていただろう。俺は力一杯深く深く突き刺していく。

「精神力を酷使する千日手封じ、今のお前に使えるかな?」

先輩が追いついた。追撃するのは今この時。



 一閃っっ! 骨喰流剣術奥義! 色即是空落花流水!



 先輩のその時その時考えついているような名前の千日手封じ奥義が炸裂した。   

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ノスフェラトウは何も発しないままその場に朽ち落ちる。

「・・・・・・やっと、やっと、勝てた・・・」

 俺はまだ信じ切れない。イメージの中で何度も破れ、殺され、討伐できなかった相手だ。軽く足で蹴ってみるが反応はない。本当に気を失っているようだ。

「やったな、ルキ君」

 先輩が刀と杖代わりにして俺に声をかけてきた。自分の事のように喜んでくれている。

「ええ、ついに倒せました。俺はこいつに何度殺された事か・・・・・・」

 すっと、俺は前屈みになり突き刺さっていた零羽テインをノスフェラトウの腰から抜き取る。そこから赤い血が溢れた。

「みんなはどれくらいで目を覚ましますかね?」

「そうだな、千日手封じでやられたとはいえ、その中で殺された訳じゃないから通常よりは早いだろう。揺すれば起きるかもな・・・」

「なるほど・・・・・・それはそうと、先輩、体は大丈夫ですか?」

 先輩は俺の問いに眉を提げた。

「苦苦苦、情けない事だが立っているのもやっとだ。神速抜刀後の千日手奥義は正直体に悪すぎるな・・・・・・」

「そうですか・・・・・・」

 見た目にもそう感じる、先輩の額には汗を滲ませ呼吸も乱れている。

 今なら俺でもたやすく先輩を殺せるだろう。

 俺は手に持つ零羽テインを強く握りしめた。



 3日目 AM:9:05分

 俺の意識は現実へと戻った。軽く手の甲をつねって見る、普通に痛みを感じる。たしかにうつつだった。

「はは、ようやくだ、ようやく全員殺せるルートに到達した。これでノスフェラトウも殺人部の連中も全員滅する事ができる・・・・・・」

 俺は今朝の時点で完全に覚醒していた。華月シミュレーションの限界数が5回なら、華月シミュレーション内でシミュレーションすれば最大25回発動させる事ができる。

「後は今見た通りになぞるって行くだけ。17回も繰り返してしまったがもうここまで来れば大丈夫だろう」

 最大の目的ノスフェラトウを倒す事もできた。

 できるだけ忠実に、シミュレーション通りに行動さえすればいい。

 無駄と思える事もしなければならないのが面倒だが、初期値敏捷性だ、少しの変化が後々大きな変化になってしまうかもしれない。因果律を変えないよう、まずはあの阿婆擦れのテニス部を助ける所から始めよう。 

  

AM:9:35分

 誤差数十秒、彩宮法子を救った俺は部室へと来た。邪子を全裸にすると先輩に部室から追い出される。今、邪子のブラに種を仕込んでいる最中だろう。入室を許された俺は横目で邪子の胸を見る、さっき見たツルペタの胸はたしかに膨らんでいた。

  

 AM:10:06分 西校舎

 ヌァザが監禁されていた教室へと入り、俺は邪子に自害するよう命じた。俺の命令を聞けという命令自体が骨喰先輩によるものなので、実質骨喰先輩の方が優先順位は上なのだ。俺が邪子に危害を加えるような命が下った時はこうしろみたいな事はすでに言われていたのだと思う。

 ナイフを自ら胸に突き刺し血溜まりを作る邪子、この時ちゃんと死亡を確認していたなら騙される事はなかった。しかし、こいつには生きていてもらわないと困るのでこのまま放置する。  

 AM:10:13分 屋上

 誤差一分ほど、まだ問題ない差分だろう。

妖精三人を仲間に引き入れる。こいつら強いんだが結局あんまり使えなかったな。

 実力はもう知っているが権利書は欲しい。そのためまた介入しなければならない。


 AM:10:37分 第二体育館

バスケ部とテニス部の戦いに割り込んだ。

 やはり三人とも相当の実力者達だ、ノスフェラトウには勝てなかったが今後の吸血鬼討伐には戦力として申し分ないだろう。


 AM:11:05分 校舎裏

 まずここで華月シミュレーションを何度か発動したのだが今は意味をなさないので使用しない。使用限界は何回かという俺の質問にフィンが嘘をついたとき、それを見抜いたように指摘てやりたかったがそれは我慢する。言い当てられた時のフィンの表情は少し見たかった。

その後、骨喰先輩達の襲撃を受けるのはわかっている。事前に妖精達に注意を促していれば勝利することもできただろうが、俺は何も言わず敗北を受け入れた。


 AM11:39分 西棟非常階段 踊り場

俺は先輩に呼び出され話を聞くことになる。少し早足で階段を上り誤差の修正を始めた。

 すでに聞いていた話。されどいちいち驚くような表情を見せた。真剣な顔で静聴していたがそれだけは演技ではない。正直もう耳に入れたくはなかった。何度も聞く話ではない、それを語る骨喰先輩の顔を見るのもなぜだか嫌だった。


 PM:12:05分 第二体育館側

捕らわれていた妖精達を解放する。吸血鬼の三人は骨喰先輩を心底慕っているみたいだ。自分達の人生を狂わされたというのに、俺にはどうしてもこいつらの思考が理解できなかった。


 PM:12:15分 校舎裏

ここが一番の難関だ。俺は役者でもなんでもない。ちゃんとこいつらの前で泣き崩れる事ができるだろうかと心配だったが、どうやら信じてもらえたらしい。シミュレーション道理に俺に忠誠を誓ってくれた。


 PM:12:43分 東棟二階 廊下

共喰いとやらになるというのに、先輩達がノスフェラトウと戦っている。俺は別に頼んでないのだが、こいつらの力は不可欠だ。なんで俺なんかのためにそこまでするのか馬鹿なやつらだ。本当に馬鹿なやつら。精々利用させてもらおう。

 やはりノスフェラトウは強敵だ、どんどんこっちの戦力を削いでゆく。

ついに先輩だけが残った。俺は今にも飛びだそうとしていた先輩の耳元で囁いた。

「実はさっき勝利なんて見えてなかったんです。千日手封じで行くとやられますので、通常攻撃で仕留めてください。先輩の抜刀速度には反応できな・・・・・・」

 

 駄目だ、このままでは俺はまた骨喰先輩を殺してしまう。

 別にいいだろう、こいつは吸血鬼だ、俺の憎むべき敵だ。

 

 先輩は吸血鬼だ。だけど人として俺はこの人が好きなんだ。

 なんだ、先輩に姉さんの代わりでもしてもらうつもりか?


 姉さんか、それもいいかもな。でも俺はただ・・・・・・。

 ただ?


前回の華月シミュレーションの幕引き。

 俺は先輩の胸に零羽テインを刺し込んだ。柔らかい先輩の体に抵抗なくナイフは奥へと進んでゆく。

「ぅっ・・・・・・やはりこうなってしまったか。ルキ君はこれで満足か? 君は救われたか? 私を手にかける事で君が姉の死を乗り越えられるのなら私は喜んで受け入れよう。でもな、邪子、矢出、八尺だけには手を出さないでくれよ・・・。あいつらは私がいないと何もできない・・・。お願いだ、それだけは約束してくれ・・・・・・」

 自分の心臓が外へと血を送り込んでいるというのに、他人の心配か。 

「約束はできませんね。あいつらも吸血鬼です。みんな殺しますよ」

「そんな・・・・・・ルキ君、お願いだ、お願いだよ・・・・・・」

「黙れ、大人しく朽ちろ。これから死に行くお前には無用の心配だ」

「ルキ君、お願いだ、お願い・・・・・・」

 先輩の瞳が涙で溢れそして虚ろになってゆく、だが口だけはいつまでも動き続けた。

まるでメモリが足りないレコーダーのように時より途切れながら同じ事を言い続ける。

「お願い・・・・・・お願いだから・・・・・・お願・・・・・・します」  

 死にかけのくせに俺の制服を掴む両手の力は強い。握りしめられたその手を振りほどく。その反動で人形のように力なく倒れる先輩。それでもなお俺に手を伸ばしてくる。

「ルキ君・・・・・・短い間だったが・・・・・・私は君の事を・・・・・・本当の・・・・・・弟の・・・・・・」

 悲しそうな、俺の行く末を案ずるような、あの俺が一番嫌いな表情。

だから。

 だから。

 だからその先輩の顔。



「見たくないんだよっ!」

 急に大声を出されて、骨喰先輩がびくっと体を震わせた。

「ル、ルキ君、急にどうした、何が見たくないんだ・・・・・・?」

「先輩は完璧で・・・・・・いつも悠然をしていて・・・・・・あんな涙でぐちゃぐちゃになった顔なんて見たくない・・・・・・」

 骨喰先輩は、意味不明な事を口走っている俺の言動についていけない。

「先輩には生き残ってもらいます。そして俺の姉さんになってもらう」

 先輩はキョトンと目を丸くした。

「どういう事だ? 私に華月ルミの代わりをしろというのか?」

「そうじゃない、ルミ姉さんはこの世でたった一人、代わりなどいない。先輩は骨喰カンナ個人として俺の姉さんになってもらう」

「君は姉至上主義だ・・・・・・こんな私にその資格があるのか?」

「・・・・・・俺は先輩が好きだ。でも俺は姉さんしか愛せない。つまりはそういう事です」

「苦苦苦、まったく意味がわからんな。だが私も君の事は好きだ、つまりはそういう事か?」 俺達は支離滅裂なお互いの会話に自然をと笑みが零れた。

 俺は何度も何度も繰返し先輩と触れ合う中で、どんどん彼女に惹かれていったのだ。同じはずのシミュレーション内でも先輩の仕草や表情は僅かに違う。ふとした瞬間にまた新たな先輩の一面が見える。それが堪らなく嬉しく思えた。 

「とりあえず俺に殺されないようちゃんと五体満足で生き残ってください」

「無論、そのつもりだ・・・・・・」

 先輩の神速抜刀はシミュレーション内では確実にヒットした。最初から首を狙えば仕留められるか。いや、上半身を防刃チョッキで守られているのだ、致命傷となりうる首を最重要点で防御するだろう。だからこそ先ほど薄くなった胸を切り裂けたのだ。そうなると下半身、足を狙えばいい。いやそれじゃ駄目だ。それで倒せても先輩が動けなくなったら今度は俺が先輩を殺してしまう。

 俺はもう一度先輩に耳打ちした。

「先輩、あいつ防刃チェックを着込んでいます。神速抜刀では致命的なダメージは与えられません。ノスフェラトウはまだ7回以上使えるといってました。でも、残りが八回なら・・・・・・そして先輩が同じ事ができたのなら・・・・・・」

「ん、そうなのか? 苦苦苦、なるほど、それではやっぱり賭になるか」

 先輩はそう言うと、腰に差していた二本の刀を床に突き刺した。

「おい、ノスフェラトウ。小細工は無しだ。決着をつけよう、全力でかかってこい」

 先輩の称号はこの時点ではまだ特定されてない。ノスフェラトウはシミュレーション内では自分より先輩の方が強いと認めていた。だからノスフェラトウの残り回数が8回でなおかつ純粋な千日手封じの対決に持ち込めれば勝てる。

「剣を突き刺して、足利義輝の真似事かい? それにしては三本足りないようだが、行ってもよろしいか?」

「残りは後で手に入れるさ。今は二本しかないが、三日月宗近に童子切安綱、これら二本は歴とした本物だ。お前相手には十分すぎる」

「ははは、ならば証明してみせろっ!」

 ノスフェラトウがアダマスの鎌を両手に先輩へと襲いかかった。



 一閃っ! 狂凶恐殭彊脅境強リリーフランソワッ!!!!!!


  

一閃っっ! 骨喰流剣術奥義! 疾風怒濤光風霽月!



 二人の千日手封じが交わる。

 決するは一瞬、されど中では激戦が行われている。

骨喰カンナの刀がいくつもの剣尖でノスフェラトウに傷をつける。

 ノスフェラトウのアダマスの鎌が骨喰カンナの柔肌を抉る。

 幾千、幾万の攻防のすえ、最後に立っていたのは、骨喰カンナの方だった。


 悠揚迫らぬ態度でしっかりと足をつけている。

 18649手投了、骨喰カンナの勝利。

「ふぅ、初めてだったが、できちゃったな・・・・・・」

 勝者が自分だと確信すると、先輩は息を一気に吐き出した。

「先輩、体は大丈夫ですか?」

 先輩は駆け寄る俺に、ニコリと笑顔を見せた。

「見て通りだ。君が襲いかかってきても返り討ちだぞ」

「ははは、それは良かった・・・・・・」

 相手の残りが8回ならこっちは7回すべて重ねてやれば純粋な千日手封じの勝負になる。千日手封じをノスフェラトウのように重ねることが前提だったが、先輩は初めてやってそれを成功させてみせた。実力勝負となった場合、互いが万全の状態だった今回、地力の強い先輩に軍配は上がった。

 俺は先輩に手を差し出す。

「ん?」

 握手かなにかかと思った先輩は俺のその手をなにげなく取った。

「きゃっ!」

 俺は強く握るとそのまま先輩を引き寄せきつく抱きしめる。

「ちょっ、ルキ君・・・・・・どうした・・・・・・」

 先輩の手から刀が擦り抜ける。

「もう先輩は俺の姉さんだ。二度と離さない・・・・・・」

「・・・・・・ルキ君・・・・・・」

 先輩は俺の腰に手を回してくれた。俺とは違い果てしない優しさで包み込むように。 

「先ぱ・・・・・・姉さん・・・・・・」

 お互いの瞳が重なる、先輩は目を潤ませ頬を染める、その反応、まるで普通の女の子のそれだ。

「すごく可愛い・・・・・・」

「ば、馬鹿・・・何言ってる。私は薄気味悪い、お前の姉さんのように綺麗じゃない・・・・・・」

「そんなことない、骨喰カンナは可愛い・・・・・・」

「もう、あんまりからかうもんじゃないぞ。そんな事初めて言われた・・・・・・」

 照れる目を逸らした先輩の顔に、俺の顔を近づける。

「あ・・・・・・」

 俺がしようとしている事を察し、先輩はどぎまぎしている。

「・・・・・・姉さん・・・・・・」

 先輩も受け入れ、二人の距離がゼロへと向かっていく。


「う、う~ん・・・・・・あれ私何で寝てたんだっけ?☆」 


 邪子が目を覚ました。

 俺はその瞬間、反対側の廊下の端まで吹っ飛ばされていた。

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