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第四章 最終日 前半

 目覚めたらもうとっくに登校時間は過ぎていた。

 昨日帰ってきてからの記憶がない。よほど心労が重なっていたのだろう、そりゃ殺人鬼だ、吸血鬼だ、妖精だと、空想の世界にしか生きられないような者達が、この数日で俺の平凡だった日常に一気に割り込んできたのだ、無理はないだろう。そして先日覚醒した華月式シュミレーター、これの負担が思いの外大きい。慎重に制限や効果を検証していかないと駄目だ。昨日のような窮地に陥った時に使えませんじゃ意味がない。

「遅刻したら、先輩に何言われるかわからんな・・・」

 まだ走れば間に合う、それでも寝汗でビッショリのこの体は気持ち悪かった。俺は迅速に用意を済まそうと急いでベットから飛び起きた。



 寸刻を争って、学園近くまでそれなりのスピードで走ってきた。全速力を出さないのは、また汗をかいたらシャワーを浴びたかいがなくなるからだ。

「多少遅れたが、まぁ許容範囲だろう・・・・・・」

 地雷にさえ触れなければ基本骨喰先輩は大らかで器がでかい。俺の状況も察してくれてるだろうし怒られる事はないと思うのだが。そんな事を考えながら校門を通り過ぎると、一瞬だったが校舎より奥、運動部系の部室棟はある方へと入っていく二つの人影が見えた。 

「あれは・・・・・・」

 一人は姉さんを筆頭に水鏡学園四大美の象徴と謳われている三年の彩宮法子。つねに取り巻き連中を引き連れて思いっ切り目立っていたから覚えている。そしてもう一人は、たしか去年からこの学園に来た新任の数学教師。

「なんだ、密会か・・・・・・?」

 現在、9時ちょいすぎ程。開戦時間は3日間共9時半からだから、勝ち残ってる部は念入りにミーティング中だと思う。俺がひっかかったのはそこだ、彩宮先輩が率いる女子テニス部はまだ健在だ。それに基本参加者は大会中の教師との接触が厳禁だったはず。

「匂うな・・・・・・」

 教師の協力を得られたらどんな不正をされるかわからない。

 しかし勘ぐるのもいいが、もしこれがただの逢瀬だったのなら時間の無駄だ。ただでさえ遅刻してきたのだ、開戦時間を過ぎたら骨喰先輩も痺れを切らすかもしれない。

「登校早々であれだが、使ってみるか・・・・・・」

 目を閉じて想像する。結果はすぐに出るからロスは矮小だ。

 

 A・・・・・・俺は二人の後を追った。

 B・・・・・・このまま部室へと向かう。


 この選択で俺の全てが激変する事になる。俺を構成していたそのすべてが崩れ去る。


 Aを選んだ俺が見たものとは・・・・・・。

 

 二人の姿が消えた方へできるだけ慎重に近づく。

 校舎を曲がってしばらく進むと、いくつかの部室棟が連なっている場所にでる。それなりに距離があったため見失ってしまったが、この近辺にいるのは間違いないだろう。この先にはなにもないし、もし戻ろうものなら俺と鉢合わせするはずだ。

 この辺りは運動部の部室や、用具室などがある。普段誰かしらの生徒がいそうなものだが、ここに配置されている運動部は皆敗退している部だけ。権利書を奪われたらそこはもう奪った部の陣地だから部員が来ることはできない。

「と、なると用具室があやしいな」

 正規の部員は入れないが、権利書を奪った部の部員なら自由に出入りできる。人目を避けている様子だったから、俺なら少しでもリスクのある場所は選ばない

 用具室には窓もないから覗かれる心配もない、俺は用具室に当たりをつけてそっと近づこうとした。と思った矢先に用具室の鍵が開く音が聞こえた。俺は反射的に建物の影へと身を潜める。なにも疚しい行為はしていないつもりだが、心臓の鼓動は早くなる一方だ。

 わずかに隙間が空き、外の様子を伺うように暗闇から目だけが見えた。瞳が合ったわけではないのにその眼光に俺は息を詰まらせた。これはまるで先輩やあの妖精に睨まれた時に酷似している。俺は悪寒で意志とは無関係に体が震え出す。

 よほど警戒しているのか、ドアの開閉はないまま数分程経過した。やっと人が通れるほど開かれると、教師の男は何事もなかったように用具室を後にした。

 出てきたのは教師だけ・・・。俺はもはや嫌な予感しかしなかった。

完全に教師の姿が消えてから、俺はゆっくり身を乗り出した。おどおどしながらも用具室へと向かう。扉に手をかけ、緩慢ぎみに開いてゆく。

「うぅ・・・・・・っ!?」

 真っ暗な室内に光りが差し込んでゆく。それと共に充満していた匂いが外へと溢れでた。

俺はこの匂いを知っている。

 俺はこの光景を知っている。

 俺はこの花を知っている。

 

 目を見開いて固まっていた俺の首筋に光が通った。

「がっ・・・・・・!」

 後から後からと首元から血が湧き出てゆく。声にならないうめき声をあげながら俺はそのまま膝から崩れ落ちた。

 俺の周りがどんどん赤く染まってゆく。どろどろとしたものが広がってゆく。薄れ行く意識の中で声が聞こえた。

「う~ん、男は殺らない主義なのだが・・・・・・。しかたない、ストーカーがその歪んだ愛ゆえに相手を殺し、自身も自ら後を追った。・・・・・・少し強引か、ははは」

 不快な笑い声が狭い室内に響く。

 笑いたければ大いに笑え。それも今だけだ。

 今際の際で俺は誓った。

 声は覚えた。

 姿も焼き付けた。

 俺はこいつを必ず殺す。

 必ずだ。


 

 二人の後を追った結果、俺の死という結末で幕は閉じた。

 Aを選んだ事が俺にとって本当に良かったかはまだ結論は出せない。一生夢の中か、永遠の苦しみの中でも目的を果たすか。

「・・・・・・始まりか」

 彩宮法子の事はどうでもいいが、奴が欲望を満たすのは癪だ。

 シミュレートの中では慎重に近づいたが、今は気づかれた方が都合がいい、急げば二人が用具室に入る前に追いつけるだろう。

 場所を特定できてるので、俺は最短距離で二人を追う。

「先輩~、彩宮せんぱ~いっ!」

 背中が見えた所で大声で声をかける。名を呼ばれぎょっと振り向く彩宮法子。まずい所を見られたかとでも思ったのだろうか。こちらはなにも気取ってないように普通に接する。

「俺、テニス部なんですけど、なんか先輩達が彩宮先輩を捜してまして・・・」

 テニス部は男女混合で百人以上いるんだ、お気に入りを取り巻きにしているようなこいつが部員全員把握してるはずもない。あくまで俺はただの小間使い、ただ呼びに来た一部員を演じればいい。

「あ、あら、そうなの。なんの用かしら?」

 随分動揺しているようだが、がんばって冷静に振る舞ってる。それが滑稽で少し笑えた。

「ふむ、ミーティングを抜け出してきたからかな。彩宮くん戻ったほうがいいだろう」

 隣の教師がそう促した。

「そ、そうですね・・・・・・」

 彩宮法子は少し残念そうだったが、素直に頷いた。このままいけば数分後には死んでいたというのにおめでたい女だ。つくづく笑わせてくれる。

「先生、ではまた・・・・・・」

「俺、まだ頼まれた用事があるんですが、途中までご一緒しますよ」  

 目撃者が出来てしまったら、この後、俺が離れても実行はしないだろうが、一応保険だ。  俺達は校舎に向かって歩く、教師はその場に留まった。

「あ~、先生・・・・・・。俺も近いうちもう一度お会いします・・・・・・」

 そんな教師に振り向き様に不敵にそう告げた。

「ん、なにか僕に用かな?」

 さわやかな笑顔を俺に向ける、だがその目は歪んでいるのが俺にはよくわかる。

「ええ、とっても大事な用です・・・・・・ははは」

 今の俺もきっとこいつと同じ瞳をしてるんだろうな。

「ふむ・・・・・・君、名前は・・・・・・?」

 何かを感じ取ったのか、俺に興味を示したようだ。

「華月・・・・・・華月ルキです」

 俺ははっきり名を示した。

「華月・・・・・・」

 教師の眉が微かに動いた。そうこれは宣戦布告なのだ。

 俺がお前を殺すと言っているのだ。  

もう少し待て、今はまだ力が足りない。

 整ったらすぐに殺しに来てやる。

 だからもう少しだけ待っていろ。



 AM:9:35分

 彩宮法子と校舎に入るなり別れると、俺は殺人部の部室へと向かった。

「すいません、遅れました」

言葉とは裏腹に悪びれた様子もなく部室へと入った。俺以外のメンバーはすべて揃っている。

「いや、問題ないぞ。体は大丈夫か?」

 先輩は遅れて来たことに責める所か、俺を気遣ってきた。

 心配そうに俺を見つめるその顔、それが見たくないっていってるんだ。あぁ、虫酸が走る。今すぐ怒鳴り散らしたい衝動がわき起こるが抑える。

「ええ、少し寝坊しましたが、そのお陰で体調は万全です」

「そうか、それはなによりだ・・・・・・」

 心から安堵したように、先輩は綻んだ。

「ルキくん・・・・・・昨日はごめんね・・・・・・」

 しおらしく近づいてきたのは邪子だった。一応昨日の事を気に病んでいるのだろう、当然だ、俺が止めたのに、無視してつっぱしった結果が、あのざまだ。

「骨喰先輩、俺、今日は邪子と二人で行動したいと思います、いいですか?」

邪子には目もくれずにそう提案してみる。

「別行動するということか? 妖精達の件もある、最終日だし全員で行動した方がいいのではないか?」

「妖精に関しては、対抗策をご教授してもらいましたし問題ないかと。それに邪子だけの方が俺もなにかと動きやすいです、均等に分散するよりどちらかに戦力を傾けていた方がいいでしょう」

「うむ、問題は妖精だけではないのだが・・・・・・まぁ、ルキくんがそう言うなら・・・・・・」

 少なくとも俺は昨日の働きのお陰で先輩の信頼をある程度は得ている。俺が自信たっぷりでそう提言すれば断る理由もないだろう。

「ただですね、また邪子が俺の言うこと聞かないと困るわけですよ」

 ジロリと邪子を睨む。邪子はしゅんと俯いた。

「まぁまぁ、邪子には私がよく言い聞かせたから大丈夫だ。今日はちゃんとルキくんの指示になんでも従うはずだぞ」

 邪子が先輩の言葉を受けて俯きながらもコクコクと頷いてみせた。

「本当ですか? 極限状態での命令無視は命取りですよ」

「邪子が目を覚ましてから朝までずっと説教したから間違いないよ」

 それでも俺はまだ信用できない。こいつは頭じゃなくて体で行動するタイプだ。

「では、証拠をみせてもらいます」

「証拠・・・・・・?」

 骨喰先輩が不思議そうに尋ねる。

「そうですね・・・・・・おい邪子!」

「は、はい!」

 俺が強めに名を呼ぶと、邪子は背筋をピンと伸ばして返事をした。

「服を脱げ、全部だ」

「ル、ルキ君っ!?」

 俺がそう命じると骨喰先輩が驚いて間に入った。

「大丈夫です、俺は異性に興味はない、八尺もだ。だから邪子がここで全裸になろうがなにも恥ずかしい事はない」

「し、しかし・・・・・・」

「なんでも従うんでしょう? これで躊躇してるようではとても背中は預けられませんよ」

 俺と先輩が問答している間に、邪子はもう脱ぎ始めていた。

「じゃ、邪子!?」

「ん~、大丈夫だよ、今日お気に入りの下着だし☆」

 上着が床に落ち、シャツのボタンに手をかけてゆく。必要性があるのかと問いたくなるほどの薄い胸だが一著前にブラはつけている模様。カップ数が合ってないのか余りまくっている。スカートも膝からするりと落ちて、星模様の上下お揃いの下着が露わになった。ちなみに八尺も矢出もこんな時でも通常運転でこちらすら見ていない。

「下着も?」

「もちろんだ」

「うん、わかった」

 ここまで来たら骨喰先輩もなにも言わなかった。ただ俺を怪訝そうに見つめている。  

生まれたての姿、いや靴下だけは残っていたが、そこまではいいだろう。

「もういいぞ、十分だ」

 貧相な体だったが、やはり引き締まっている。傷一つない綺麗な肉体。俺がもし女に年相応の興味があったのならばたぶん見取れていたことだろう。

「ルキ君、これで満足だろう。これでも邪子は相当恥ずかしいのだ、せめて服を着る時は外に出ていてくれたまえ」

「え、邪子、別に・・・・・・むぐっ」

 邪子がなにか言いかけた瞬間、先輩は床の制服を拾って邪子の顔に向かって投げつけた。

「ほらほら!」

 俺は無理矢理追いやられるように部室から外に出された。

 別にいいが、八尺はいいのかよ。

 数分後、俺は部室への入室を許可された。

「では、俺は邪子と可能なかぎりつぶしてきます」

「うむ、私達も残りの部をかたっぱしから行くぞ」

「あぁ、そうそう俺の携帯でこの部のパソコンにアクセスできます?」

「ん? パスワードが何重にもかけてあるが、必要なら教えるぞ?」

「お願いします」

 殺人部のパソコン情報は使える。学内の閲覧不可なデータベースにも普通に繋がるからそうとう便利だ。これを使わない手はない。

「そうだな、もし可能なら昼くらいに一度合流しよう」

「はい、近くなったら連絡ください」

 こうして俺達は別れた。そう袂は割れたのだ。

 さようなら先輩。

 次に会う時は敵同士です。


 AM:10:06分 西校舎 廊下


 俺達は昨日、妖精に出会った付近に来ていた。破片は片づけられていたが窓は戦闘の爪痕を残し割れたままだ。

「おい、邪子、ナイフは何本もってる?」

「え、ナイフ? 二本だよ☆」

「そうか、いつも持ってるのはどっちだ?」

「零羽テインだね☆」

「よし、じゃあそれと携帯を寄こせ」

「・・・・・・?」

「いいから早くしろ」

 邪子は訳も分からず、それでもちゃんと俺の言うことを素直に聞き、ナイフ一本と携帯を俺に手渡した。

 受け取った俺はそれをポケットに忍ばせると、そのまま廊下を突き進む。?マークを頭に何個も受けながらも邪子は俺についてくる。

「まずは、手駒がいる」

 俺は突き当たって先にある部室前で足を止めた。俺の考え通りだとここにいるはずだ。

「邪子、このドアをぶち破れ、できるだけ原型はとどめておけよ」

「は~い☆」

 鍵が掛かってあったため強引にこじ開けるしかなかった。

 邪子が隙間を通すようにナイフを翳すと、鍵が切裂かれ扉が開いた。

 暗闇に足を踏み入れると、見知った人物がいた。

 手足が厳重に縛られ、口には猿ぐつわが覆われている。

「むぐ~! むぐぐっ~!」

 押し込まれた布あたりで声も出せずに必死に呻いている。俺を今にも殺さんといわんばかりに激しく睨み付けているが、今の俺には必死に足掻くその姿が芋虫みたいで可愛くすら見える。

「邪子、こいつを解いてやれ」

「いいの?」

「ああ、早くしろ」

「は~い☆」

 殺人部の一員としてはいいわけないが、邪子は従順な態度で俺に従う。邪子が一降りすると手足を拘束していた縄が切れた。

 少女は解放されると同時に体勢を整えると、後ろへ距離を取った。

「どういうつもりだ!?」

 俺達の行動が理解できないのか、そう問いただしてくる。

「まぁ、待て。その前に・・・・・・邪子」

「ん?」

「お前はもう用済みだ。自害しろ」

「え?」

「早くしろっ!!」

「は、はい!」

 邪子は手に持つナイフを胸に突き刺し、そのままゆっくりと崩れ落ちた。

「なっ!」

 ナイフの先からドクドクと血が溢れて、中の白いシャツが赤く染まってゆく。それを驚愕の眼差しで見据える妖精。

「林道ミハル、いや銀色の腕のヌァザよ。俺についてこい」

「貴様、一体、なにを!?」

 訳も分からず俺と邪子を交互に見る林道。

 骨喰先輩は人目を嫌ってこいつを運んでいった。だから遠くまで行くとは思えない。しかも大会中は見つかる心配はないと言っていた。つまり、俺達が落とした部、殺人部が権利書を所持している部の部室だということだ。その二つを踏まえた結果、ここに行き着いた。

「俺は、オベロン。ティターニアと対なす者。お前達の主だ」

 俺ははっきりとそう言い切った。できる限りの威厳を備え、完璧に演じきってみせようと。

「しょ、証拠は・・・・・・?」

 突然名乗りを上げられて困惑するヌァザだったが、明らかに敵意が失われたのはわかった。後は決定的な材料を見せつけてやれば信用するだろう。

「そうだな・・・・・・ちなみにヌァザ、お前の真名はーーーーーだ。」

「っ!?」

 林道ミハルという名は偽名だ。近しい者にも知り得ない本名。分かるとしたら本人とこの殺戮妖精に加わった時に教えた創立者のティターニアのみ。

「それだけではない。俺の吸血鬼に対する憎悪は誰よりも強い。それは今し方見せただろう」

「・・・・・・・・・・・・」

 林道は血だまりの床に寝転ぶ邪子を見下ろした。 

「本当に・・・・・・オベロン様で・・・・・・?」

「諄いっ!」

「し、失礼しましたっ!」

 ヌァザは慌てて俺に跪いて忠誠と見せた。先の戦闘でこいつの性格はある程度見切れている。冷静に見えて熱い。拘りが強いため扱うには手を焼くかもしれないが基本は単細胞なのでどうにでもなるだろう。

「お前は俺とは別の吸血鬼を追っていたのだろう?」

「は、はい。私達が追っていたのは吸血鬼ノスフェラトウです。まさか他にもあれほど吸血鬼が潜んでいたとは・・・・・・」 

「白百合の花・・・・・・」

「ええ、必ず殺害現場にその花を残すと言われる、吸血鬼ノスフェラトウ。吸血鬼の中でも屈指の凶悪さで、若い女性ばかり狙って残忍にいたぶり殺す異常殺人鬼です」 

 爪が食い込むほど強く拳を握りしめる。これで確定した。疑う余地は皆無。俺が朝見た彩宮法子の惨殺死体の前にも白百合の花が真っ赤な中で際立っていた。

「この学園には他に三人吸血鬼がいる。こっちには今何人の妖精が来ている?」

「私も含めて三人です。フィンとクーがいます。妖精一の頭脳と妖精一の手練れ。それにオベロン様が加われば相手が多くても遅れは取らないかと・・・・・・」

「ふむ・・・・・・」

 林道はそうは言ったが、双方どちらの戦力も今の俺では計りきれない。特に骨喰先輩のあの化け物じみたステータスは敵になれば脅威でしかない。

「まぁいい。ノスフェラトウも他の三人も顔は割れてる。早急に他の仲間と合流し戦力を集結。その後、吸血鬼達を根絶やしにするぞ」

「はいっ!」

 俺は確固たる覚悟を備え、この場を後にする。

 

 邪子の携帯とナイフを奪ったのは、骨喰先輩がこれで俺達の居場所を特定していると践んだからだ。普通に考えればGPS機能を備えた携帯だけでいいと思うが、邪子はとにかく間抜けなので携帯を忘れる事もあるだろう、俺が仕掛けるなら肌身離さず持っているナイフの方にする。確信はないので両方持ってきたという訳だ。

「どちらかは華道部に身を潜めているだろう?」

「よく、ご存じで。フィンが華道部の一員として学園に入りました」

「だろうな、四人しかいなかったのにこの大会に参加している。さらに最終日まで残っているのだ予想もつく」

 携帯を取り出し華道部の権利書所有者を検索。一年女子、フィアナ有栖川。こいつがフィンか。名前からしてハーフかなにかか。

「連絡は取れるか? お前の時のように場所がわからん」

「可能です。携帯は電源は切られてましたが奪われてはおりません。クーにもつけますか?」

「あぁ、それと武器は玩具じゃなくて全員本来の物を用意しとけ」

「無論でございます。全員、あいつらの武器に対抗できる程の得物を持ち得ています」 

「そうか・・・・・・」

 先輩の天下五剣は厄介だ。鬼に金棒とはこのことか。武器による補正が千日手封じに色濃く影響を及ぼす。伝説の武器シリーズを持っていた邪子にも勝ったヌァザに補正が掛かれば勝率は一気に高くなる。

「場所は屋上だ。そこで戦略を練る」

「はい」

 ヌァザの武器は他の者に持ってこさせるとして俺達はまっすぐ屋上へと向かった。



 AM:10:12分 屋上

 高いフェンスに取り囲まれた屋上で待つ事数分。金属が擦れる音と共にドアが開いた。

 肩までの金髪の髪を靡かせ入ってきたのはこの学園の制服を纏う女子生徒。傍らには2匹の大型の猫を2匹引き連れている。2匹とも種類は違うがどちらもでかい。たしかあれはサーバルキャットにカラカルキャット。サーバルは猫というよりはもはやヒョウに近い。カラカルの方も長く黒い耳が特徴で非常に俊敏、数メートル跳躍するというそのしなやかな曲線は美しい。

「オベロン様、フィンがつきました」

「ああ・・・・・・」

 フィンと呼ばれた少女は、俺を黙って見ながら親指を舐め思考に耽っていた。ヌァザが言うにはこいつが妖精一の頭脳派という事だが、さてうまく丸め込めれるかな。

「やぁ、俺がオベロンだ。この学園には現在四人の吸血鬼がいる。殲滅するためお前達の力を貸してもらう」

「・・・・・・ねぇ、本当にオベロン様?」

 フィンは俺では無く隣にいたヌァザに問いかけた。

「あぁ、間違いない。私の真名も知っていたし、なによりオベロン様は私の目の前で吸血鬼の一人を討伐してみせた」

「ふ~ん・・・・・・」

 ヌァザの言葉にも完全には信用してないようだ。それでもこれ以上問いただす気配はなかった。

「ヌァザがそういうなら信用してあげる・・・・・・」

 先にヌァザを仲間に引き入れたのは正解だった。こいつの方からでは果たして取り込めたかどうか。

 フィンは手に持つ槍を地面に置き、俺の前に跪く。

「失礼しました。先ほどまでのご無礼をお許し下さい。私は妖精フィン・マックイーン。フィアナ有栖川と申します。こちらの猫はブランとスコーラン、私の頼もしいパートナー達です」

 フィンが俺に忠誠の仕草を見せたからか、先ほどまでうなり声を上げていた2匹の猫が急に大人しくなった。   

「あぁ、頼もしいかぎりだ。これで後一人か…」

 もう一人、妖精最強と謳われるクーを待つのみ。

 フィンの挨拶が済んでから数分後。

 ここは屋上だというのに、空から少女が墜ちてきた。

「いえ~い、クーちゃん、華麗に参上っ!」

 綺麗に着地し俺達の前に降り立ったのは、ご多分に漏れずここの制服を着た小柄な少女。 

背には槍を二本携えて、威風堂々と起ち上がる。

身長は他の二人に比べれば随分と低いが、腰ほどの髪がかなり目立つ。根本は黒いのに先端向かうにつれて赤に、そして金髪へと変わってゆく。

「ヌーちゃん、はい、これっ!」

 背負う槍の一本をヌァザに投げた。

「ご苦労。まずはオベロン様にご挨拶だ」

 クーは俺をまじまじと見つめるとニコリと笑った。

「あたいはクー。妖精クーフーリンの空風凛だよっ! よろしくねっ!」

 クーは俺の手を握ってぶんぶん縦に握手を交わした。

「あ、あぁ、お前には期待している・・・…」

こいつからは切裂邪子と同じ匂いがする。もしかして一番扱いづらいのかもしれない。

「オベロン様、人員も武器も揃いました。御指示を・・・・・・」

これで戦力は整った。いよいよ殲滅開始だ。

「よし、お前ら槍を掲げて誓いを述べよ・・・…」

 妖精の三人は俺の言葉を受け、天に三つの槍を交差しながら掲げる。

「我ら、例え誰かが欠けようとも、最後には吸血鬼を滅する事を誓わんっ!」

「「オォォォォォォォォッーーー!」」

 ヌァザが吼え、二人が答えた。三人の誓いは空へと上ってゆく。その姿は桃園の誓いさながらだ。ここはそんなに綺麗な場所ではないがな。

「よし、これから吸血鬼をすべて滅する。まず標的を吸血鬼ノスフェラトウに定める。お前ら我に続けっ!」

「はっ!」

 本当は最後にじっくりと仕留めたかったが。まずは確実に一匹だ。



 骨喰先輩の方は、こちらが仕掛けないかぎり手は出してこないだろう。この考えには自信がある。

 俺自身はこの中では戦力外、実質3対3になる。少しこいつらの実力を見ておくか。

「フィン、お前華道部の権利書持ってるのか?」

「はい。所持しております」

「そうか、悪いがお前達の力量少し計らせて貰う」

 携帯を取り出すと、現在戦闘中の部がないか調べる。

「・・・・・・先輩はあいかわらずがんばってるな」

 殺人部がすでに2つほど潰していた。その他は・・・・・・。

「テニス部とバスケ部が交戦中だな。よし、ここに介入するぞ」

 俺は大会を捨てたわけではない。殺人鬼はここにいるだけではない。すべて根絶やしにするには資金はいくらあっても困らない。初期投資にこれだけあれば後はどうにでも増やせる。

「俺達のデビュー戦だ。少々派手にいくぞ」

 場所は第二体育館。バスケ部の陣地だ。テニス部の方が仕掛けたのだろう。双方合わせると200人近くの部員がいる。今頃は阿鼻叫喚の地獄絵図のようになってる事だろう。

 


 AM:10:36分 第二体育館

コート5つ分ほどの広大な体育館にはテニス部、バスケ部が入り交じり醜い争いをしていた。ここにはルールなどない、ラケットで殴りかかるテニス部、ボールは武器にならぬと肉弾戦で迎え撃つバスケ部。お互い権利書を持つ部長を狙い狙われ怒号が飛び交う。

「部長の顔は検索済みだ。これはあくまで大会の一環だ、遠慮はいらない。千日手封じを使わずこの場の全員をやれ」

「はいっ!」

「はっ!」

「あいよ~っ!」

 三者三様に返事をすると、妖精達は戦場へと飛び立った。

 クーが槍を一降り、近くにいた生徒達が竜巻に巻き込まれたように吹き飛んだ。

 フィンが槍を突くと、線上にいた生徒達が後ろへと押しこまれていく。

 ヌァザが槍を叩きつけると円上にいた生徒達が木の葉のように舞い上がった。

「あはははははははは、すごい、すごいな、これなら十分あの骨喰先輩達に対抗できる」

 次々と地に伏せてゆく二つの部員達を遠巻きに見ながら俺は確証を得た。

 クーは妖精最強だけあってもうむちゃくちゃだ、体が動く度に屍を積み上げてゆく。

 フィンの猫達も自分の主の死角を守り、フィンは後ろを気にせず攻撃できる。

 ヌァザは他の二人のような派手さはないが一撃で敵の戦力を削ぎ無駄がない。 

 五分も立たずにその場には妖精だけが残った。

「よし、お前達の力は見せて貰った。正直予想以上だ。権利書を回収後、ノスフェラトウを討つっ!」

 首を洗っていろ、簡単に死ねると思うなよ。この世に命を持って生まれてきたこと後悔させる。ありとあらゆる苦痛を加えて無慈悲に、残虐に、徹底的にいたぶり尽くしてから殺してやる。



 AM:11:05分 校舎裏

 職員室に赴き、普通に教師を呼び出した。

 教師はなにも言わずに俺についてきてくれた。

 妖精達は先に身を潜ませ待期させて置く。

俺の華月式シミュレーターの使用回数は五回。昨日の夜あれだけ苦しんだのだ昨日使用しただけ(先輩にやられた千日手封じ分もカウント)の数が限界と見ていいだろう。すでに朝一回使っているので残り四回。できれば殺人部と対する時のために取っておきたい。

 こちらは妖精屈指の三人、あちらは一人。俺サイドの方が圧倒的有利、シュミレーションするまでもない。欲をいえばこいつらに千日手封じも使わせたくない。

「華月くんだったね、僕になにか用かな?」

 わざとらしく聞いてくる数学教師、俺の名を聞いた時点でもう察しはついているだろうに。

「ええ、ちょっと復讐を・・・・・・」

 ありったけの憎悪をこめて俺は教師を睨み付けた。教師はそれを心地よく思ってるのか涼しい顔をしている。

「あぁ、やっぱり、華月って聞いて、思い出したんだ。君は華月ルミ君の弟かい?」

「お前が姉さんを・・・・・・」

 歯を喰いしばし、今にも殴りかかりそうになるのを必死で抑える。

「あの子は良かったよ。いい顔をしてた。最後までル―君、ルー君叫んでたな、そうか、君の事だったんだな」

 この瞬間、俺のなにかが音を立てて切れた。

「お前ら、やれっ! 絶対殺すな、こいつは俺が殺るっ!」

 俺のかけ声と共に三人は潜んでいた影から攻撃を開始した。

 勝負はすぐに決する。ここまでは俺の考え通りだったのだが、結果はまったくの見当違いの方向へと動いた。



 一閃っ! 狂凶恐殭彊脅リリーフランソワッ!!!!!!



 いつ手にしたのか、教師の手には鎌が握られていた。

 教師の千日手封じが発動し、三人の妖精はそのまま頭から墜ちていった。

「これアダマスの鎌っていうんだ。伸縮できてね、持ち運びも楽だし切れ味はそれはもう最高だ。どうだい、試してみるか?」

 一瞬で俺の戦力を奪われてどうしていいかわからない。まさか三人掛かりでこうも簡単にやられるとは露ほども思っていなかった。後手が思いつかず立ち尽くす俺に教師は鎌を振りかざした。

「安心したまえ、この妖精達はちゃんと僕が可愛がってあげるから・・・・・・」

 それが俺の聞いたこの世の最後の声だった。



「はぁはぁぁっ! はっはぁっ! はぁはぁはぁはぁっ!」

 体育館を後にしてからの着いたエンテランス前、俺は嫌な汗を全身から拭きだし、地面へ手をついた。

「オベロン様っ! どうしました?」

 急に倒れ込んだ俺にヌァザ達が駆け寄る。

「くそくそくそっ! 見といて正解だった・・・・・・」

 貴重な一回だったが、使っておいて本当に良かった。これで俺は二回あいつに殺された事になる。   

「ノスフェラトウは今の俺達では手に負えない・・・・・・」

「え?」

 まさかあれほどとは。最高位の妖精達を揃えても勝てないなんてどうすればいいんだ。

 俺の言動に疑問を抱いていたヌァザ達だったが、例え仲間でも手の内は見せたくなかったので俺は説明を省いた。

「誰かノスフェラトウの千日手封じの使用回数は知り得ているか?」

 俺の問いに、全員が首を横に振った。

「では、お前達の限界は? ヌァザは二回だったな」

「あたいは一回だよっ!」

「・・・・・・私は二回です」 

クーとフィーが答える。一人一回ずつぶつかって行けばノスフェラトウの使用限界が3回以下ならまだ勝機もある。

「しかし、先に発動されたら負ける。もっと仲間がいれば・・・・・・」

 それにしても頭の中でのノスフェラトウのあの余裕はなんだ、相手がわからない内から躊躇無く千日手封じを使ってきた。しかもこっちは三人がかりというのに。それが少しひっかかった。

「妖精の増援は可能か?」

 俺の意見を求めると、ヌァザがかぶりを振った。

「吸血鬼達は世界中に存在します。同士達も世界中に散らばり、時間をかければ呼ぶ事も可能でしょうが、現在、この付近には私達だけです」

「ただでさえ最強クラスが集結してるんだ、贅沢は言えぬか・・・・・・」

 俺が途方に暮れていると、ふいに頭によぎるあの顔、何度振り払っても浮かぶイメージ。

 あの人ならどんな困難でも笑いながら乗り越えてしまうに違いない。

 あの人が隣にいる時どんなに頼もしかった事か。

 あの人とならどんな難攻不落の現状もぶち破れる気がする。

「オベロン様っ!」

 突然声がかけられ、俺の前にヌァザが立つ。

「妖精・・・・・・敵・・・・・・妖精・・・・・・殺す・・・・・・」

 いつの間に現れたのか、俺達の数メートル先に立つ一人の美少女。異性の容姿など気にした事のない俺が、つい美しいと思ってしますほど他者と圧倒するその端正な顔立ち。神が創り出した最高傑作。一度見たら永遠の目に焼き付くほどの美しさ。こいつの美貌、姉さんにも劣らない。なにも考えずにただただ魅せられていた。

「こいつ、吸血鬼ですっ! 迎撃しますっ!」

 それは同性のヌァザ達も例外ではなかった。敵のあまりの麗しさに目を奪われていた。そのせいで三人の初動が遅れた。

 少女の両手が交差する、瞬間、飛んでくる二つの光。

「くっ!」

 俺の前でそれを受けたヌァザが俺を巻き込んで大きく後ろへと押し込まれる。

 俺達は堪らずその場に倒れる。

 それを狙ったかのように続けざまに幾度となく飛んでくる何かに、クーが動いた。

「せいやぁっ!」

 横から割り込んで、そのすべてを打ち落とす。地面に落ち突き刺さるそれは金属の破片だった。

「クーっ! 威力が段違いよ。ただの金属じゃないっ!」

 それを見たフィンが叫ぶ。その声が届く前にはクーが俺達を庇うように前に出ていた。この間にも等間隔でこちらに向かってくる光は絶えない。

「わかってる、あたいの迎ボルグが喜んでるっ! これもシリーズものだねっ!」

 弾丸のように無数に撃つ込まれる欠片を、流石のクーも防ぐのがやっとだった。

「ブランっ! スコーランっ! 行ってっ!」

 フィンが猫達に命じると、2匹は獲物を囲むように襲いかかった。

「あれぇぇぇ??? いいのかぁぁぁあっ!? ガード崩れたぜぇぇぇぇっ!」

 フィンの背中から声が飛んだ、気づいた時にはもう遅い、背後から何者かがフィンに攻撃を加えた。

「がっ!」

 フィンはそれでも咄嗟に手に持つ魅栖輝ティンで受けるが、体勢が整ってなかったため地面を引きずるように大きく離される。

「非力だねぇぇぇ、か弱いねぇぇぇっ! だから女は嫌いなんだよなぁぁぁぁっ!」

 こっちは見知った顔だった。吸血鬼クラリモンド・八尺天。ただいつもと違ったのはその口数の多さと、いつもは持っていない双棒。

「俺のヤグル死と藍ムールでグチャグチャにしてやんよぉぉぉぉっ!」

 膝をつくフィンに八尺は追撃をかける。

 主の危機を察したか、従者の猫たちが切り返し標的を八尺に変える。だがどう見ても間に合わない。

「ちぃぃっ!」

 すでに起ち上がっていたヌァザが装備していた自身の槍を八尺目がけて投げつけた。

「うおぉっ!」

 瞬く間に八尺の心臓まで届いたヌァザの槍。それを貫く前にクロスさせた二つの棒でガードする八尺、がその衝撃ゆえ大きく後退させられる。

「いや~、流石、噂に違わぬ軍グニルっ! だけどぉぉぉぉぉ」

 ヌァザが八尺の言葉の先にあるものを身をもって知るまでは刹那の時。

「武器離しちゃっていいの~? 攻撃しちゃうよ~☆」

「なにっ!?」

 その声、聞いた事があった。もう二度と耳に入ることはないと思い込んでいた。

「とっりゃぁぁっ!」

 ヌァザの背に相手の蹴りが食い込む。海老のように反り返りながら宙を舞い、放物線に落ちたその後も勢い収まらず地表を転がされるその体。

 仰向けになりようやく止まったヌァザに空から人影が覆い被さる。首元に二刀のナイフを突きつけられ、ヌァザはここで初めて自分に攻撃を加えた人物の顔を拝んだ。

「き、貴様・・・・・・なぜ・・・・・・?」

 少しでも動けば、二つのナイフで首と胴体は簡単にさよならだ。ヌァザはわき起こる恐怖を恥じながらも学校指定のジャージを着た敵の瞳をしっかり見据える。

「吸血鬼はちょっとやそっとじゃ死なないんだよ☆」

 たしかに胸にナイフが突き刺さっていた。血もシャツを染めるほどでていた。それなのにこいつがなぜこの場にいるんだ。

「うなぁっ!」

 前方で叫び声、自由になった八尺が防戦一方でがら空きのクーの後ろから容赦なしの連撃を繰り出す。

「鉄壁ぃぃ破ったぜぇぇぇぇぇっ! おい、ブルンヒルダっ!」

 シリーズ武器による強襲に堪らず仰け反るクー。八尺は今が好機と矢出に声を飛ばした。

「五月蠅い。わかってる・・・・・・」

 先ほどまで飛ばしていた金属とはまた異なる物が手の中で目映く光を放っていた。

「魔眼をも貫くこのタス羅無。存分に思い知れ・・・」

 虹色に輝くビー玉のような物が矢出の指先に弾かれると、瞬刻でクーとの距離を裂いた。

「うがっっ!???」

 クーは迎ボルグの柄で間髪受け止めるが抑えきれない、軌道を逸らせる事には成功したが上空に矛先を変えた玉はクーの顎を掠める、肌には直接触れていないがそれが纏う空気の層だけでも想像を絶する衝撃だった。クーは脳を超振動で振られ白目を剥いて倒れ込んだ。

「・・・・・・回収・・・・・・めんどくさそう・・・・・・」

 伝説の武器シリーズ最小のタス羅無。もう空へ飲み込まれその姿は見えない。  「・・・・・・でも妖精最強を討てたんだ、しかたないか・・・・・・」

 瞬く間に三人中二人までが戦闘不能に追い込まれた。

「ヌァザッ! クーッ!」

 絶叫するように仲間の名を呼ぶフィン。肉弾戦は他の二人より不得意、ならば得意の頭脳でこの最悪な状況を打開する案を思考するフィンだったが、この俺が思い浮かばないのだ、そんな良案は考えも及ばないはず。

 どう行動していいか二の足を踏めず呆然とするフィンにいくつもの影が光速で重なってゆく。

「・・・・・・・・・っっ!?」

 フィンは声を発する暇なく地に伏せた。

「・・・・・・やれやれ、折角の殺戮妖精達だってのに、全然使いこなしていないではないか」

 フィンの側でその姿を現したのはご自慢の名刀を片手に呆れ顔でこちらを見つめるかつての仲間。俺が姉さん以外で初めて敬意を示した唯一の女性。

「骨喰カンナ・・・・・・いや、吸血鬼ルスヴン・・・・・・」

 俺は先輩を激しく睨み付ける。先輩はそれをフフンと余裕で受け流しながら俺へと歩み寄ってくると

「さぁ、ルキ君・・・・・・君には説明の義務がある」

 一気に豹変、俺の目の前で威嚇を込めて目を剥いた。猛烈な重力に押しつぶされそうな眼差し。フィンに攻撃を加えた先輩を敵と認識して向かっていった猫達もその勢いが縛り付けられたかのようにピタっと止まった。忠誠心や意志とは無関係な本能が自分達の行動を遮断させられてた事には理解できてはいまい。

「義務? 敵である貴方にそれを言う必要性はありませんよ」

 俺は怯まない、だって最後に部室を出たときにこうなる事は覚悟していたから。この数日一番近くで骨喰先輩を見てきた俺が敵対する事を決めたんだ。

 もうこの世界には未練はない、ただ最悪一つだけでも目的は果たさなくてはならない。その後なら死んでもかまわない。だから恐れるのは死でも骨喰先輩でもない、俺が恐れるのは目的を遂行できない事だけだ。

「・・・・・・・・・淀みの中に光りが見える。一体君の身に何が起った? 私に話してはくれないのか?」

 先輩が俺の前に膝を付くと瞳をより深く合わせてきた。いつもの先輩だ。この吸い込まれる感覚、まるであの人のように。

「これは俺の問題です・・・・・・」

「・・・・・・そうか。ならば、私の話をしよう。少し付き合ってくれないか」

「・・・・・・じゃなきゃ妖精達を殺すと・・・・・・そう言ってください・・・・・・」

「・・・・・・わかった。では私の話を聞け。さもなければ妖精達は全員殺す・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 俺は黙って頷いた。

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