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第三章 二日目

翌日、俺は昨日の結果を纏めようかと少し早めに登校したのだが、部室につくとすでに俺を除く全員が集まっていた。

 骨喰先輩の目が少し赤い、なんだか眠そうだ。

「おはよう、ルキ君。今日も張り切っていこうか」

「お早うございます、皆さん早いですね」

「いやなに、昨日帰宅間際にパソコン部が情報戦を仕掛けてきてな、ついさっきまでネットワーク上で戦争をしていたのだよ」

「えぇ? 部室のパソコンにですか?」

「そうだ、ちょっと知られると不味い機密情報が満載だからこっちも必死だったよ」

「で、どうなったんです?」

「あぁ、大丈夫だ、最終的にあっちのパソコンが爆発するウイルスを送り込んだから、なんとか退いたよ。ついでに生身で乗り込んで権利書も奪ってきちゃった」

 パソコンが爆発するってどんなウイルスだよぉぉ、だよぉぉ、だよぉぉ。

 おっと、いけない俺は何事にも動じない強い心を持つと決めたんだった。

「最初からパソコン部に乗り込めば良かったんじゃないですか?」

「うちのパソコン、セキュリティはガチガチだったはずなのだが、奴らはそれを突破してきた。今後このような事がないように徹底交戦して格の違いを見せつけてやらなきゃだったのだよ」

「それで、爆発させたと?」

「イエスっ! 私が行った時、連中慌てふためいてたなぁ。20台全部パーだから相当応えたっしょ!」

 先輩は俺に軽くウインクをして得意げだった。この先輩、当初のイメージに反して結構お茶目なんだよな。人ってわからないもんだ、短い付き合いのなかでも色々気付かせられる。 

 しかし朝からこれだ、一体今日はどんな事が起こるやら。不安でもあり、楽しみでもあり、なんだか複雑な心境だった。



 AM:9:05分

 部室内では主に俺と先輩で今日の進行予定を模索中だった。

「現在残ってる部は半分を切った、ここからが本番を言ってもいいだろう」

「バレー、バスケ、テニス、陸上、やはりメジャー系はほとんど残ってますね」

「そうなんだ、私達が倒した野球、サッカー部以外は見込み通りだ。・・・・・・そこでなんだが、私から提案がある・・・・・・」

「なんです?」

 先輩の顔が曇った、なにか懸念でもあるのだろうか。

「この中にいて奇跡的に残っている園芸部なのだが、ここを今日最初に落としたい」

「ん、たしかに五人と少数な園芸部が健在ですね」

「たぶん、初日は標的にされなかったのだろう」

「普通なら真っ先に狙われそうですけど・・・・・・」

「うむ、だが今日はそうもいくまい。他に襲われる前に行動したい」 

「別にいいですが、むしろ他に取らせて横取りした方が楽じゃないですか?」

 他の部に権利書を奪いさせといて後から纏めて奪う、俺が当初考えた案だ。非現実だと早々に切り捨てたが今なら十分実現可能だと思える。逆に殺人部(真)は権利書を現時点で持ちすぎてるといってもいい、あまりに一強だと他の部が協力して対抗してくるかもしれない。先輩は純粋に勝負を楽しんでる面もあるだろうが、園芸部相手だとさして面白い勝負ができるとは思えない。俺には先輩の提案にメリットを見いだせない。

「んとな・・・・・・園芸部にはな・・・・・・そのな・・・・・・」

 俺が疑問を抱いてることを察したのだろうか、先輩がモゴモゴ口ごもりながらも必死で言葉を絞り出してきた。  

「え、なんです? はっきりお願いします」

「だからな・・・・・・友達が・・・・・・友達がいるんだよ・・・・・・」

 顔を朱に染めて先輩がそんな事を言い出した。ここの部の連中に友達なんているわけなかろう。残念ながらその枠には俺も入っている。

「嘘でしょ。もっとも先輩に関連のない項目でしょう」

「ば、馬鹿にするな。私にだってちゃんといるんだぞ! 園崎咲子っていうんだ」

「・・・・・・・・・・・・」

 口を尖らす先輩の顔はもう真っ赤っかだ、もしかして本当なのかと、俺は真偽を確かめるため口を閉じた。

「他のクラスの連中は目も合わせてくれない、でも咲ちゃんだけはな、こんな私にも話し掛けてくれるんだ。ペアを組むときもな、一緒になってくれるんだ・・・・・・」

 先輩の口元が緩む、心底嬉しそうに語るその姿はいつもの先輩とはまるで別人だった。

「だからな、咲ちゃんが他の部に襲われて怪我でもしないように、権利書譲ってもらうつもりだ・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 友達の顔でも浮かんだのだろうか、先輩がふいに微笑んだ。その顔に驚きよりも、戸惑いよりも、不覚にも可愛・・・・・・いやいやいやいやいや、意外だなと思った俺だった。

「わ、わかりました。正直半信半疑ですが、先輩の提案でいきましょう」

「そうか、恩に着るぞっ! では早速行くとするっ!」

 先輩がご機嫌に席を立つ。他の連中も先輩の動きに合わせるように腰を上げた。 

 数分後、この珍しく慈愛に満ちた表情が豹変することになるとはこの時の俺には知るよしもなかった。



 AM:9:20分 園芸部花壇前

 先輩の体が震えている。その先にはぐちゃぐちゃになった花壇。

 地面には散った花弁。

 散乱するそれらに囲まれるように数人の女生徒がへたり込んでいる。皆一様に顔を押さえ泣きじゃくっていた。

「咲ちゃんっ!」

 先輩が猛ダッシュで友達と呼んだ女子に向かって駆け寄っていく。

「ウゥ・・・・・・カ、ガンナちゃ・・・・・・ん、ウゥゥエエ・・・・・・」

「何があったんだ、咲ちゃんっ!?」

 先輩がぎゅっとその身を抱き寄せる、その友達は身を任せるようにもたれかかった。手は先輩の制服をきつく握りしめている。

「せっかく育てたのに・・・・・・やっと花が咲いたのに・・・・・・ひっ・・・・・・ひっ・・・・・・」

 よほど大事だったのだろう、悔しさと悲しさからか友人の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。

「どこの部がやったんだ!?」

「わかんない、わかんないよぅぅ。いきなり来てハンマーを振り回して・・・・・・私、止めてっていったのに・・・権利書なら渡すっていったのにぃぃ・・・・・・うわぁぁぁ」

 先輩の友達を包む両手の力がさらに増した。

「咲ちゃん・・・・・・怪我はない?」

「う・・・・・・ん・・・・・・。私達は大丈夫・・・・・・でも、でも、お花が・・・・・・カンナちゃんにも手伝ってもらったお花達が・・・・・・」

 先輩は優しく友達の頭を撫でる。その仕草に俺は気でも狂ったのか、一瞬姉さんを連想してしまった。

「ルキくんっ、掲示板と携帯はリンクさせてるな? 園芸部撃破はどこの部になっている?」

 先輩の声にはっとし俺は急いでポケットから携帯を取り出した。

「え・・・・・・えっと・・・・・・、陸上部になってますっ!」

「・・・・・・そうか」

 先輩は静かにそう言うと、友人の肩に両手を置き顔と顔を見合わせた。

「咲ちゃん、花はいずれ枯れるだろう、だけどまた咲かせる事ができる。大丈夫、陸上トラック一面の花畑を見せてあげるから・・・・・・」

「カ・・・・・・ンナちゃん・・・・・・」

 先輩が起ち上がる。俺にはその背を視界に納めるのも容易ではなかった。目が潰されるのではないかと思うほどの威圧感が襲ってくる。

「お前ら、行くぞ・・・・・・」

 いつものかけ声とは重みが違う、その違いからか、矢出が本を読むのを止め、バタリと閉じた。八尺も背筋を伸ばし弱々しい仕草は見せない、そして邪子はというと、目を細めほくそ笑んでいる。

 これ一体何が始まるんです?



 AM:9:35分 西棟寄り校舎裏

 ここに俺達が来た時には、すでに別の戦闘が行われていた。

 校舎を横に交戦していたのは、俺達の狙う陸上部、それに対するは弓道部と柔道部の連合チーム。三つの部が混戦しているここはまさに戦場だった。

 その中央にハンマー投げの選手だろうか、手に持つハンマーをぎゅんぎゅん振り回す陸上部員の姿があった。近接戦闘に持ち込みたい柔道部員が近づけずに歯ぎしりをしている。

「・・・・・・あいつだな」

 先輩の鋭い眼光がその陸上部員を捕らえた。

 横の校舎からは、一階、二階、三階からと弓道部が五人ずつ配置され窓の隙間から矢を放っている。矢の先端には白い布が多めに丸め縫い付けられ、殺傷能力こそないが、当たれば悶絶は必死だ。遠距離の弓道部を近距離の柔道部が守る陣形は相手にすれば相当厄介だろう。数で勝る陸上部も苦戦している。

「矢が邪魔だな。・・・・・・邪子、千日手封じを承認する、やれ」

先輩の指示に邪子は無邪気に喜んだ。お預けをくらっていた犬が許しを得たように。

 邪子がキャハハと笑いながら一番に戦地へと飛び込んで行く。各部が入り乱れている場の中心に着くと、弓道部のいる校舎を全面に見据える。

 無数に飛んで来る矢を、邪子はナイフ一降りですべて地に落とすと、校舎の角を利用し、壁を蹴りながら上昇していく、そしてそのまま三階の窓から校舎へと身を投げ入れた。



 一閃っっ!!! 切裂きセレナーデ!

 

 三階の人影が消えてゆく。邪子はすぐに窓枠に両手をつき、鉄棒を前上がりするように、前転しながら今度は二階の窓へ進入した。



 一閃っっ!!! 切裂きセレナーデ!



 まただ、また窓から見えていた弓道部の姿が消滅した。

 更には一階の弓道部員も同様の動きで消し去るとひょっこり邪子は窓から顔を出し、こっちに手を振った。ここまで僅か一分足らず。

「よし、ハンマー以外は用はない。矢出、八尺、残りを眠らせろ」

 邪子に続いて矢出と八尺も戦線へと突入した。

 矢出はポケットからメモ帳を取り出すと、数枚破って指に挟めた。



 一閃っっ!! 噛み切りメタモルフォーシス!



 邪子のように建物の中ではないので、今度ははっきりと見えた。

矢出が柔道部員の背中を縫うように瞬間的に端へと擦り抜けると、後ろの方からバタバタと屈強そうな部員達の体が崩れてゆく。

 対抗していた陸上部員がその異様な光景を目にする前に、八尺は動いていた。



 一閃っっ!! 好色デストラクション!



 刀を鞘から抜くように外したズボンのベルトを手に、八尺も一弾指の間に陸上部の人垣を通過していった。膝から落ちゆく何人もの陸上部員。

 怒号が飛び交い喧々たったこの場所は、ものの数分でいつもの静謐を取り戻す。

 地ベタに昏倒する数十人からなる学生の山、ポツリと取り残されたのは今だにこの状況に気付かず鎖を一心不乱に振り回している男だけ。

 先輩がそいつに歩み寄ってゆく。懐から短刀を取り出した。

「刀工、岡吉国宗が一本、隕石から作られたというこの流星刀、炭素を含まない隕石から刀を作るのは至難の業だったが、刀匠は見事に仕上げた。貴様ごときに使うのも勿体ないが咲ちゃんのためなら致し方あるまい」

 そう言うとハンマーの先が当たるか当たらないかという間際で先輩は横薙ぎに短刀を鞘から抜き放った。

 切り離された先端、それに伴い重心から解放された鎖が、それを持つ陸上部員のバランスを大きく崩し、慣性の法則により相手は豪快に吹っ飛んだ。

「????????」

 尻餅をついている男は、何が起こったか理解できてない。

 気づけば目の前には、あの不吉の代名詞、骨喰カンナの姿があった。

「あぁん、なんだテメーは!? いつの間にいやがった!?」

 絶対零度の視線で見下ろす先輩は、そんな問いにはもちろん答えない。

「一応確認しておこう、園芸部を襲ったのは、貴様だな?」

 文字通り背筋も凍るような目線で睨まれて、男は無意識に震え出す。

「あ、あぁ? お、俺だけど、べ、別にお前には関係ない・・・・・・だろうが・・・・・・」

「そうか・・・・・・」

 俺は、その時、先輩が手に持つ古刀を振りかざすのではないかと一瞬ひやりとした。とんでもない切れ味を持つそれが振られれば、人間の首なんて簡単に切り落とされて、根本から血が噴水のように吹き出るだろう。

「なぁ、お前、こんな玩具を振り回したら駄目じゃないか。当たったら怪我じゃすまないぞ。私が高い高いしてやるから我慢しろ、な?」

「あひ??」

 先輩が男の顔面を鷲掴みにする、そして力を込めながら男の体を持ち上げてゆく。

 体重60キロ以上はありそうな男の体を、先輩は片手だけで宙に引き上げた。男は足をばたつかせ必死に抵抗している。両手でなんとか先輩の手を引きはがそうをするがまったく離れない。

「さて、行くぞ・・・・・・」

 先輩が反動をつけた。

「そ~ら、他界、他界~っ!」

 そして目一杯、男を空へと打ち上げた。

 とにかくすっごい上がった。校舎があったから比較できたが三階付近まではいったのではなかろうか。男は頂点にたどり着くと、後は落ちるだけだった。 

 屋上から飛び降りるのと一緒だ、このまま地面に叩きつけられたら間違いなく死ぬだろう。

 重力を味わうまなく落下して来た男を、地面すれすれで先輩が足を掴んで止めた。

 どうやらスイカを落としたような結果にはならなかったので俺は内心ほっとする。

「ハヒィー、ハヒィー・・・・・・」

 ハンマー男は目を見開いて変な呼吸をしている。よほどの恐怖だったのか、ズボンから湯気が立ち上っている。失禁したようだ。

「・・・・・・ふん。おい、お前、ちゃんと園芸部員達に詫びをいれろよ。頭擦り付けて何時間も謝り続けろ。お前のせいで無残にも散った花達にもだ。花壇を前で永遠に謝罪しろ」

 そう言うと、先輩は無造作に男を投げ捨てた。今の先輩の言葉、果たしてこいつの頭に入っているのかどうかは疑わしい。

 

 ただでさえ悪魔の骨喰先輩が、魔神のようになられた一時でした。

「む、そういや権利書の事すっかり忘れてたな・・・・・・」

 片がついて頭が冷えたのか思い出したかのようにそう呟く。先輩が伺うように、邪子達に顔を向けたがこの三人が回収しているわけはない。

「ふむ、寝込みを襲うようで気が引けるが仕方ない、折角だから柔道部、弓道部、陸上部、三つ全部頂いていこう」

 先輩の言葉を受けて、俺は即座に携帯で学園の特設ページにアクセス、権利書を所持している生徒を検索する。原則で権利書は各代表が持っていなければならなかった。ちなみにうちのは骨喰先輩がしっかり管理している。

「柔道部は主将の矢部先輩、弓道部も主将の要先輩が持ってるはずですね。陸上部は・・・・・・一年女子部員の林道って子になってます」

「女子部員だと? 見たところここにはいなそうだが・・・・・・そもそも戦闘に参加していない・・・・・・?」

 陸上部員達が倒れている辺りを見ても、男子だけで女子の姿はない。

「危険だから別で待機してたんですかね?」

「たしかにそれも考えられるが、他の部は大抵が部長なり主将なりが持ってるのがセオリーなのに、入部間もない新人部員に大事な権利書を託すとは少々解せんな・・・・・・」

 各部が戦闘に突入したらその対戦場所は携帯で簡単にわかるが、特定の人物だけになるとそうはいかない。

「とりあえず、柔道部と弓道部のだけでも回収しておこう。陸上部のは後回しだ」

 名前はわかったが、どれが矢部でどれが要なのか誰も顔を知らなかったため、結局総当たりになった。弓道部は全員女子だったため、俺と八尺が柔道部と陸上部担当になった。しかしどちらも女子には興奮しない質なので結局の所意味はない。むしろ八尺の目が輝いているのが気になった。

「よし、なんとか見つかったな。陸上部のは場所がわからないのでどうしようもない。一先ず部室へと帰還するぞ」

 こうして俺達は数分前まで戦乱の地だったこの場を後にした。

 教護班には俺が連絡を入れて置いたけど、この倒れている学生達本当に大丈夫なのだろうか。権利書を探すついでに体を調べて見たが、息も脈もあって安らかな寝顔をしていた。峰打ちの類だったのだろうか、とりあえずは死んではいないようだ。しかし、このまま目を覚まさないなんて事は・・・・・・ないよな。

   

 

 AM:9:50分 殺人部(真)部室

 部室に戻った俺は、全員席についたのを見計らって話を切り出した。

「骨喰先輩、さっきの人がバタバタ倒れていったのなんですか?」

 両手を天井に体を伸ばしていた先輩が気怠そうに俺の方に顔を向けた。

「うあ~、さっきの? 千日手封じの事か?」

 さっきの咲ちゃんの敵を討つモードとは180度変わって今はだらしない顔をしている。フォトショップで修正したかの変わりようだ。

「千日手封じっていうんですか。峰打ちみたいな感じの技ですか?」

 先輩は俺の見解にお母さん指をち、ち、ち、と横に振った。

「全然違うぞ。何て言えばいいかな、ゲームとかでよくあるだろ、戦闘をショートカットするやつ。そんな感じだ」

「いや、俺ゲームしないんで・・・・・・」

「う~ん、じゃあ私とルキ君が今から戦うとする。現実でやればまぁ私が勝つだろう。そりゃもうルキ君の肉片はぐちゃぐちゃで原型はないだろうな。目玉とか飛び出して、腸もぶちまけながら・・・・・・」

「要点だけお願いします・・・・・・」

「要するに、結果だけいうと私の勝ちだ。そのルキ君が脳みそをまき散らすとかの過程をすっ飛ばすんだよ。省いたから実際には攻撃していない。でも私が勝つという現実のためには攻撃を受けたという事実も必要だ、だから現実ではダメージを受けてないのに、体は受けたと過程して外傷がないまま倒れたというわけだ」

「わけわかんねぇ!!」

 俺が叫ぶと、先輩の頬がプクーと膨れた。

「なんでわからんかな! 私がルカ君を斬る、ルカ君は真っ二つだ、でも現実では斬ってない、だからルカ君は血はでない、でも私は斬った、ゆえに私の勝ちだ」

「いや、現実では斬ってないんだから血がでないのは当たり前でしょう。なんでダメージ受けるんですか」

「だから斬ったんだってっ!」

「血がでてないんだから斬ってないでしょう!?」

「だから過程を省くっていってんだろ!」

「過程を省いたら斬ってないって事でしょう!」

「斬ったっ!」

「斬らないっ!」

「もういいっ! 実演してやるっ!」

「あはん?」



 PM:3:35分  

 俺は重たい双眼を開いた。

 初めに目に入ったのは、こちらを申し訳なさそうに見つめる骨喰先輩の姿だった。

「お、おう。目が覚めたか」

 全身が泥にでも覆われてるかのように重い。自分の体じゃないみたいだ。

「お、俺・・・・・・一体・・・・・・」

 思い出せない。先輩が懐に手を入れたのまでは覚えているが、その後何が起こったのかわからない。

「あ、あのな。私な、ちょっとやり過ぎたのかな~なんて思ったんだ。調子に乗ってな、58カ所も斬っちゃったんだ。そりゃあもう、神速で切り刻んでしまったんだよ・・・・・・」

「・・・・・・はぁ・・・・・・?」

 先輩は斬ったといってるが、見たところ俺の体に目立った傷はない。そもそも58カ所も神速で切り刻まれたら生きてるはずがない。

「ま、まぁ、こういう事だ。千日手封じによってルカ君は本当なら死んだんだよ。こればっかりは会得した者しかわからないな」

 会得した者しかわからないならなんで実演した。殺された今でもよくわからないが、過程で攻撃された分は肉体ではなく精神にダメージが来るって感じなのだろうか。

「うぅ、頭がガンガンする・・・・・・」

 俺はゆっくりを体を起こした。先輩は引け目からだろうか、俺を優しく支えてくれた。

「でもこの技、一瞬で片が付くって事ですよね? でも先輩達ならこれ使わなくてもうちの生徒なんてすぐ倒せるでしょう」

 先輩の助けも得て、上半身だけなんとか起こす。   

「ただの一般人ならな。例えば、矢出と八尺が戦ったら何十時間と戦い続けるだろう。どちらが勝とうと双方それ相応のダメージは受ける。だが千日手封じなら瞬時に勝敗が決し、さらに勝者の方にはダメージはない」

「え? 勝った方も戦う過程の中ではダメージ受けてるはずでしょう?」

「それがこの千日手封じの最大のメリットであり、デメリットなのだよ。両者の蓄積されたダメージはすべて敗者に還元される。だから使うにも相当の覚悟と自信がないと駄目だな」

 先輩は一人納得してうんうんと目を瞑り頷いている。

「ふ~む、なるほど、よくわかりませんがわかりました」

 また実演でもされたら堪らないのでここは素直に相づちを打った。

「あれ、そういや他の三人は?」

 邪子がたまにしゃべるくらいで、普段無口な上、気配を消す習性がある三人なのでここに至るまでいない事に気づかなかった。

「ん、三人には権利書を持ってるであろう陸上部員を探させている。何時間も経ってるが今だに見つからん」

 雲隠れでもしているのだろうか。ただでさえ広大な学園内だ、別に身を潜めていなくても三人では一人の学生を見つけるのは大変だろう。

「じゃあ、俺も手伝いますよ・・・・・・」

 俺は無理矢理下半身に力を込める。

「あ、まだ無理するな・・・・・・」

 自分が思うより俺の五体は痺れていた。力が入らずバランスを崩す。

「うわっ!」

 椅子を並べて作られた簡易ベットから俺は落ちる。それを先輩が間髪受け止めた。

「ほらっ駄目だろ、まだ回復してないんだから・・・・・・」

 俺は先輩に抱きかかえるような形で、柔らかな体に包まれた。

「は、はい・・・・・・」

 頬を掠める先輩の艶やかな髪がくすぐったい、女の子特有の甘美な香りが鼻を通る。この感覚、感触、この安らぎの居心地を俺は知っている。これはまるで・・・・・・。

「もう少し休め、な?」

「・・・・・・はい」

 先輩の手が頭を摩る、聞き分けのない子供に言い聞かせるように、底抜けな穏やかさを備えて。

 姉性愛者の俺と、死体性愛者の先輩が今どんな気持ちなのかは俺自身わからない。ただ今この空間は二人だけの物だった。意識せずにお互い瞳を重ねる。そして突然ドアが開いた。

「ただいま~☆」

 その瞬間、俺は後方へとものすごい力で吹っ飛ばされていた。



 PM:4:15分

 俺は重たい双眼を開いた。

 初めに目に入ったのは、こちらを申し訳なさそうに見つめる骨喰先輩の姿だった。 

「お、おう。目が覚めたか」

 あれ~、おかしいな、これが俗にいう既視感、デジャブってやつですね。

「お、俺は一体・・・・・・」

 今度は思い出せる。邪子が部室に入ってきた刹那の出来事、俺はウォッカでもがぶ飲みしたのかというほど赤面した先輩に思いっ切り押されたのだ。

「あ、あのな、私な・・・・・・」

「いや、いいです。だいたい事情はわかりますので」

「ご、ごめんな・・・・・・」

 先輩は深々を頭を下げた。俺はこういう自分の非を認めすぐに謝れる先輩が好きだ。先輩のようにほとんど完璧に近い人種には中々できないことだから。隔夕俺がそういうタイプだからそう思えるのだろう。

「大丈夫です。それより陸上部員は見つかったんですか?」

 先輩が俺の問いかけにかぶりを振った。

「まだだ。どこに居るか皆目検討もつかん。めぼしい場所は探してるんだが・・・・・・」

「じゃあ、やっぱり俺も探しましょう」

 所々身体が痛む。だが痺れはない、千日手封じのダメージは完全に回復しただろう、この痛みはさっきの吹っ飛ばしによるもので、なんとか我慢できる。

「大丈夫なのか?」

 起ち上がる事ができた俺を先輩はやきもきしながら見守る。

「平気です。今日中に見つけちゃいましょう」

「う、うむ」

 先輩はそれでも不安そうにこちらを見つめる。先輩のそんな顔を見たくないと思った俺は無理に身体を動かし元気よく振る舞った。

「じゃあ、行きましょうか。どうしましょう、手分けしますか?」

「いや、前にもいったが、この三人は馬鹿だ。いくら強くても単独行動はできない。さっきも三人で行動させた。それでも手分けするならルカ君には誰かとコンビを組んでもらいたいのだが・・・・・・」

 そういやそんな事いってたな。それこそ俺がこの部の五人目に選ばれた最大の理由だったことを今想起した。

 コンビか。この三人の誰とも一緒にいたくないなぁ。本末転倒だがこの中なら俺は間違いなく骨喰先輩と行動を共にしたい。どうしたものか。


 A・・・・・・いくら三人が馬鹿でも子供じゃないんだから大丈夫。俺は先輩とコンビを組むことにする。

 B・・・・・・しかたない、この馬鹿三人組から一人選ぶか。


 二択の選択肢、俺はすかさずAを選んだ。

 その時だった。俺の脳に0と1の羅列があふれ出す。

 それが通り過ぎると今度はうっすらビジョンが描かれていく。

 夢か幻か、断片的に浮かぶ情景。

 そこで俺が見たものは。



「はぁはぁはぁはぁっ!」

 俺は堪らず床によつんばいに倒れ込んだ。

「ど、どうしたっ!?」

 先輩が跪いて俺の顔を覗き込む。呼吸は乱れ、ポタポタと汗が床に垂れ落ちる。

「はぁ、はぁ、突然変なものが見えました・・・・・・」

「なにがどうなった? 一体なにが見えたというのだ?」

 信じられない光景だった。吐き気をぐっと我慢する。

「邪子が宙づりにされて、腹は割かれてて・・・・・・、八尺は自分の頭を自分で持ってて、矢出も・・・・・・うがっ・・・・・・」

 ここで堪えきれず胃酸をはき出す、朝食も昼食も取ってなかったので、口に広がるのはただそれだけ。だがそれでも辛い。

「千日手封じの影響か私達にあてられたか、いずれにしろなにかが覚醒したのだろう・・・・・・」

 先輩が背中を摩ってくれているが、この醜悪な状態は改善されない。

「今はとにかく落ち着け。話はそれからだ・・・・・・」

 俺はこの業火に焼かれているかのような事態が早く過ぎ去る事だけを祈った。



 PM:5:05分

 なんとか飲み物を口にできるまでにはなった。それでもまだ心臓は激しく動悸している。

「つまり、自分で出した選択肢に、答えた瞬間それが起こったと」

「はい・・・・・・」

 先輩が深く考え込んでいる。こんな時でも他の三人は平常運転だ。自分達の無残な姿が見えたというのにまるで気にしてない。ただたんに信じてないだけかもしれないが、自分が拘わってる以上多少興味は持つものじゃないのか。

「私が思うに、ルキ君のそれは千日手封じの一種かもしれないな。過程を抜かして結果だけが見えた、というべきか。未来が見えたように一見思えるが、もう一つの選択をしていた場合も同様になにかが映ったと考えるのが妥当だ、したがってルキ君の見た光景が必ずしも確定しているわけではなさそうだな」

「つまり、俺がこのまま先輩と行動しなければ回避できると?」

「たぶんな。ちなみにもう一つの選択肢を選んでビジョンは見られないか?」

「一応思い浮かべては見ましたがさっきみたいな事には・・・」

「ふむ、時間が経ったせいか、回数制限か、それとも片方しか見ることができないのか・・・」

 こればっかりはもっと検証してみないと、いくら考えても答えはでないだろう。

「それにしても、邪子達が惨殺されるなんてな。・・・・・・まさか妖精か・・・・・・」

「妖精・・・・・・?」

「いや、なんでもない。とにかくルキ君には三人の中から二人選んで行動してもらう。いや、今、君に選ばせるのもなんだろう、私は矢出と行動するから君は邪子と八尺と行くのだ」 

  


 PM:5:30分 西棟三階

 俺達三人は当てもなく、校舎を彷徨っていた。

 邪子が少し前を歩いて、八尺は俺の後ろ数歩という所をつかず離れずついてきている。

「しっかし、顔もわからないのに探しようがないよなぁ」

 情報では、一年、女子、陸上部、名前が林道ミハルという事だけ。学園のデータベースにアクセスして調べて見たが(本来一般生徒では観覧不可、殺人部のパソコンからだと普通に見られた)林道という女子生徒は登録されてなかった。しかし、管理する方も結構いい加減なのでこの子に限らずたびたび抜け落ちてる生徒もいる。なのでそれほどおかしな事ではなかったのだが、そうなると容姿がまったく不明である。

 しばらく闇雲に徘徊していると、ふいに後ろから俺の制服が引っ張られた。

 振り向くと、八尺が俯きながら、近くの空き教室を指刺している。

「ん? なんだ、あそこになにかあるのか?」

 俺がそう聞くと、八尺は無言でコクコク頷いた。

怪しい気配でも察知したのだろうか、いや、それなら邪子にも伝えるはずだ。俺は嫌な予感が過ぎった。丁度いい機会だ、あれを試して見よう。


 A・・・・・・俺は八尺の言葉を真に受けてそのまま空き教室へと入った。

 B・・・・・・俺は嫌な予感がしたので八尺を無視する。


 検証のため、俺はAを選んだ。

 とたんに先ほどと同じように0と1の数字が俺の頭を支配する。ほどなく訪れるスクリーン、今度はより鮮明に俺の脳に映し出された。


 空き教室の扉を開けると、そこは学園の備品で倉庫と化していた。カーテンも閉め切って埃臭い、特になにかあるようには思えない。

「別に変わったことは・・・・・・」

 後ろを振り向こうとした俺だったが、その前にピシャリとドアが閉められ、八尺に奥へと押し込まれた。

「え、なになになに??」

 八尺は俺を壁に押しつけると、覆い被さってきた。

「やっちゃわないか・・・・・・」

 え、なにをですか。ちょっと訳がわからないよ。初めてしゃべった言葉がそれて。

「やっとメス共から先輩を引き離せたな。今は二人きりだ、存分に楽しもうぜ」

 華奢な体躯のどこにこんな力が秘められてたのか。押さえつけられている俺の体はびくとも動かない。

「すっごい力っ! この部のみんな、例外なくすっごい力っ!」

 八尺の舌が俺の首筋を舐める。互いの息遣いも荒くなる。

「大丈夫、天井の蜘蛛の巣を目でなぞってれば、すぐ終わるって」

 つ~か、キャラ、お前はこんな肉食獣のようなキャラじゃなかろう。

「や、やめろろろいっ!」

 八尺の手が俺の衣服をはぎ取っていく、そのまま手が色んな場所へと滑り込んでくる。

 こいつは羊の皮を被った暗黒龍デスギャスレスだ、どうやって質量の小さい羊の皮をかぶっていたかなんてどうでもいい。とにかくこのままでは俺の貞操が危ない。

「ほらほら、口では拒んでてもここは正直じゃないか・・・・・・」

 精神と肉体は別物だ。俺はそのことを今日悟った。

「さぁ、そろそろ始めようか・・・・・・」

「ま、まさか、八尺のフルバーストで俺の町をドーナツ化現象にっ!」

「エネルギーの充填は完了さ。・・・・・・行くぜっ!」

「お、俺は着陸許可をまだ出してな・・・・・・ア、ア、ア、手が、手が高速でぇぇぇぇぇぇぇ」

 俺の瞳から輝きが失せてゆく。この所業は俺がダブルピースをするまで続くのだろうか。

ここでプツリと画面が切れた。


Aが選択された場合のビジョンが途切れて、俺は我に返った。

「ノーッ! ノーッ! ノーッ!!」

 俺は制服を掴む八尺の手を振り払って英語で激しく否定する。

「ガッデムッ! マイガッ! ノーセンキュウウウウウウウッ!」

 この能力に感謝しなくてはならない。試してなかったら俺は今頃、串刺しだぜ。

 気が狂ったように突然英語で喚きちらし始めた俺に、八尺もドン引きせざるをえなかった。 歌いながら前を歩いていた邪子が、俺達の様子に気づき笑顔で近寄ってくる。

「わぁ~、なんか楽しそうだね☆ 邪子もまぜてまぜてっ!」

「ジャコッ! ソモソモ、オマエ、ハナレナケレバ、オレ、ブジダタッ!」

「おぉ、英語だぁ☆ 流石ルキ君、頭いいねっ!」

「フンッ!」

 俺は邪子の腕を引き寄せ、手を握った。八尺の正体がわかった今、俺は一瞬たりとも油断できない。     

「お手々繋ぐの? なんだかいきなり仲良しになったね☆」

 邪子は嫌がる様子もなく、ぎゅっと握り替えしてきてくれた。

 八尺がそんな俺達を恨めしそうに見ていたがガン無視を決め込んだ。



 チラチラと後方を確認しながら歩んでゆく。学園を一周して再び西棟へと戻ってきたが目的の女子学生は見つからない。途中、いくつかの部が争っているのを見たが俺達は関わらないようにそっと通り抜けた。

 先輩はこいつらが馬鹿だから心配だと言っていた。だが俺にしてみればそれを差し引いても余りある身体能力があるのだからそこまで危惧する必要があるのか疑問だった。

「邪子~」

「うん?」

 だから俺はテストすることにした。まずは簡単な所から徐々に難度を上げて知能を計っていこう。

「7−3×2は、な~んだ」

「・・・・・・・・・・・・」

 邪子が固まった。足も止まりその場に留まる。

「うんと、うんと・・・・・・」

 やっと動いたと思ったら両手の指で数え始めた。

 そこから5分程経ってようやく解けたのだろうか、邪子は元気一杯に

「3っ!」

 と答えた。

「・・・・・・そこは間違うにしても8にしとけよ・・・・・・」

「え、間違ってる??」

「どんな計算式使ったらそのアンサーを導き出せるんだ」

「えへへ~☆」

「・・・・・・ちなみに1な」

 予想以上だった。ヨーロッパを国だというやつの数段下を邪子は突っ走ってる。八尺も矢出もこのレベルなら先輩の判断は間違っていなかった。リーダーとしてはこいつらを放し飼いにするのは躊躇うだろう。なまじ身体能力が化け物じみているならなおさらだ。でも案外邪子みたいなのがIQ高かったりするんだよな。もしかして俺以上とかもありえるかもな。

「そういや、邪子」

「なに~?」

 気まぐれで行った知能テストが速攻で終わったので話題を変えた。邪子はまだ話せるだけ他の二人よりは幾分ましだ。さっき部室で聞いた単語がどうも頭から離れない。邪子がまともに答えてくれるかわからなかったが、とりあえず聞いてみることにする。

「さっき先輩が言ってた、妖精ってなんだ?」

「妖精さん? うんと私達吸血鬼に意地悪する人達だよ」

「意地悪?」

「うん、邪子達は悪い吸血鬼じゃないけど、悪い吸血鬼をやっつけるのがお仕事みたい」

「つまり、吸血鬼の敵ってことか」

 敵対するってことは、先輩達みたいな人外にも対抗できる術があるってことだ。それが同じ高い身体能力なのか兵器なのかはわからんが。

「妖精ってどんな感じなんだ?」

「うんとね~」

 邪子が頭をグリグリしながら考えていると、廊下の先から髪を一つに結いでポニーテールにしている女子生徒がこちらに向かって歩いてきた。そこで邪子がその生徒を指刺す。

「あの子みたいにねぇ、歩いてるのに気配はなくて、めちゃくちゃ強いから、近づかれると体がブルブル震えだす・・・・・・ってあれ?」

 邪子の体が小刻みに揺れ動いた。繋がれた手からその振動が伝わる。

「おいおい・・・・・・じゃああの子・・・・・・妖精?」

 見る限りこの学園の制服を着ている普通の女子生徒だ。ただ異彩を放っていたのは、金属製のグランドレーキを片手に引きずりながら、それを持つ右手が銀色に輝いている事だった。

「ルキ君っ!」

 邪子は握る手に力を込めると後ろにいる八尺目がけて俺を放った。

 八尺が俺をしっかり受け止める。疚しい気持ちは感じない、今の八尺は俺の方など見ていなかった。視線は女子生徒一点に注がれている。

「お前ら吸血鬼だな。一人だと聞いていたが・・・・・・まぁいい、一応名を名乗れ」

 女子生徒が土平しをこちらに向けた。こいつが説明を受けた妖精だとしたら友好的なはずはない、実際、空気が読めないとよく言われる俺でもわかるほどに敵意がむき出しだ。

「吸血鬼ジル・ド・レイ。切裂邪子っ!」

邪子が両手にナイフを構える。

「吸血鬼クラリモンド。八尺天」

 相手に聞こえるか聞こえないかの囁き声で八尺も名乗る。初めて聞いた八尺の声は俺の脳が作りだした選択先の声通りだった。俺を庇うように前にでている。そこにはちょっとだけ感動した。 

「私は妖精アガ―トラ―ム、銀色の腕のヌァザ。林道ミハルだ」

 こいつが、俺達の探していた陸上部員だったのか。 

 槍術のように土平しを巧みに振り回し、邪子への距離をジリジリ詰めてゆく林道。

 邪子も期せずして遭遇してしまった好敵手を前に胸を躍らし顔が綻んでいる。

「キャハハ、妖精さん相手なら殺していいよね??」

 あくまで自己防衛の手段としてってことだったらしいが、この時の俺にはとてもそうは見えなかった。完全に愉悦に浸っている。

「邪子っ! 千日手封じは使うなよっ!」

 俺がそうどなったが、邪子には届いていなかった。いや、無視され聞き入れてもられなかったというべきか。

「邪子は八尺ちんより強いんだから大丈夫っ!」

 邪子が飛び出した。もうこうなってしまうと俺にはどうしようもできない。



 一閃っっ!!! 切裂きセレナーデ!   



 邪子の千日手封じが発動した。

刹那、空間が歪んだ。二人が交差した時、たしかにグニャリと景色が捻れた。

 倒れたのは邪子、そして悠然に立ち続けていたのは林道の方だった。

 1735手投了、銀色の腕のヌァザ、林道ミハルの勝利。

「くっ!」

 俺は歯を強く噛みしめた。千日手封じは初見の相手に使うべきではない。自分より数段格下だと確実にわかっているならいいが、力量が未知数の、更には吸血鬼の天敵である妖精が相手ならなおさらだ。

「なんだ、私の方が強いのか。躊躇いなく使ってきたからどれ程の者かと思ったが」

 林道が自分の左手を見つめながらそう呟く。

「で、お前はこの子より弱いんだっけ?」

 銀色の手を振り上げ、八尺を凝視する。その目は八尺を壁にしても全身がきつく締め付けられたかのように纏わり付いてきた。

 地面を割るほどの踏み込みで、林道が動いた。



 一閃っっ!!! クウラ・ソラス! 不敗の剣!

 


 邪子の時同様拉げる世界、林道の手が目映く輝き、それが見えた時には八尺が後ろに卒倒していた。

 1362手投了、銀色の腕のヌァザ、林道ミハルの勝利。

「はは、私を欺く嘘ではなかったな。まぁ、単独でつっこんできて敗北するくらいの奴だ、そこまで頭が回るはずもないか」

 敵の言う通りだ、俺なら人数的に優位にも関わらず、態々一対一には持ち込まない。二人が協力すればまだ勝機はあった。林道はこちらが二人でも臆さず戦おうとしていた、それは自分の力量に対しての圧倒的な自信の表れか、それともこちらの能力を測るためか。後者なら邪子もそうすべきだった、数手交えれば分かることもあるだろう。ハイリスクハイリターンの技をなんの勝算もなしに使った邪子が馬鹿すぎたのだ。

「お前は・・・・・・どうやら吸血鬼ではなさそうだな」

 孤立し、立ちすくむ俺を見て、林道は途端に興味を無くしそう言った。

「安心しろ、私達は一般人には危害を加えない。何もかも忘れてここから立ち去るがよい」

 林道はそれだけを伝えると、廊下で気を失っている邪子へと手を伸ばした。

「ふ、二人を、ど、どうする気だ・・・・・・」

 俺には手を出さないと言われたからだろうか、恐怖を無理矢理押さえつけてなんとか声を出すことができた。

「回収するだけだ。後の事は貴様が知るよしではない」

 まったくその通りだ、連れて行かれた先で邪子達がどうなるかなんて知りたくもない。どう考えても待遇がいいはずはない。数時間前に俺が見たビジョンを思い出す。

「だからって、はいそうですか、とはいかないんだよね」

 ありったけの勇気を絞りに絞って強気に言い放ってやった。

「貴様は関係ない一般人だろう、素直にいう事を聞かぬなら眠ってもらうぞ」

 林道は俺を威嚇するように睨む。正直、俺はそれだけで意識が飛びそうだ。それでも腹に力を込めてぐっと虚勢を張る。

「残念だが、関係なくはないんだな。友達というにはまだ浅い、ただの知り合いというには少々関わりすぎた、そうだな、重みこそ違うが言葉でいうなれば、同じ部の・・・・・・」

 本当は言いたくない、こんな馬鹿共と同列に考えられたくはないが・・・。

「・・・・・・仲間だ」

 俺ははき出すようにそう言った。仕方ないか・・・事実なんだからな。 

 仲間という言葉に、林道はピクリと反応した。俺はこの時すでにある思惑のために動いていた。とにかく興味を引くことが重要なのだ。

「わからんな、お前には吸血鬼特有の吐き気のする匂いも、人の枠に収まりきれない規格外の気配もない。お前のすべては一般人のそれだ」

 語りながらも、僅かに、だが確実に俺へと近づいてきている。自分の間合いと俺との位置が重なった時、林道は千日手封じを使うつもりなのかもしれない。

「なぜ俺が一般人だと決めつける?」

 できるだけ余裕たっぷりに相手に問う。林道との会話の分だけ俺は生き延びられる。

「一般人でも吸血鬼でもないというのなら、一体お前はなんだというのだ?」

 相手の足が止まった。懸念を抱かせる事ができたのだろう、林道が思考に移った。この隙を突いて俺は選択する。


 A・・・・・・俺は玉砕覚悟で林道へと戦いを挑んだ。

 B・・・・・・このまま背中を向けて逃走した。


 Bはこの際なんでもいい、俺はAの先が知りたかっただけだ。

 俺は決められた答え、Aを選ぶ。

 すると浮かび出す。俺が林道へと情けなくも勇敢に拳を振り上げ襲いかかる構図が。

 すべて見終えた後、俺はそれに基づき再び林道へと語りかける。

 

「林道さんだっけ? もうすでに二回使ってるよね? その時点で君の負けだ」

「!?」

 今度は俺から林道へと近づく。それに警戒してか折角詰めた距離を離すように林道が後ずさる。

 Aの結果、俺は林道に熨された。まず足をグラウンドレーキの一撃で折られ、堪らず崩れる俺の後頭部に強烈な一撃が振り下ろされた。それこそ死んでも構わないというほどの威力で。そのまま映像は終了する。

 そこで俺はこう結論づけた。

 一般人には手を出さないはずの妖精が俺を攻撃した。相手を無傷で昏睡させれる千日手封じを使わずにだ。すなわちそれは少なからず俺の含みを考慮して俺が普通の学生ではないかもしれないと危惧したからだ。

 俺の力量を探る上での攻撃だったならもっと余裕があってもいいはず。飛び込んだ瞬間にはもう俺の足にレーキの先が突き刺さっていた。

 千日手封じを使うまでもない相手と判断したからというのも理由にならない。相手に傷を負わしたくないのなら千日手封じはもっとも理想的な攻撃になる。

 つまりだ、林道はもう使えないのだ。もし俺が千日手封じを使えるなら、林道は互いの実力に関係なく敗北する。それを回避するために確信がないまま、発動される前に先手を打ったのだろう。

 単純に時間を縮めているような荒技だ。そうそう何回も使えないのが道理。中身は同じだから相手側から発動してもカウントされるはず。

「権利書持ってるならそれを置いて立ち去れ」

 弱みは見いだしたが、それでも素直に立ち去ってくれるかどうかは自信がない。

「私が吸血鬼を目の前にして逃げ出すとでも?」

 林道はレーキを構え直す。発動前に片をつけるつもりか。たしかに俺が千日手封じを使えるのならそうするしかない。俺が邪子クラスの身体能力があればそれは無謀な手段だが、いかんせん俺はハッタリだけの一般生徒にすぎない。もし攻撃されたら終わりだ。

 一般人を攻撃しないという妖精のルールも、敗北するかもしれないという条件では破った。だが敵に背を向けるようなら敗北を選んだ。優先順位は自尊心が上にくるタイプ。仲間なら扱いづらいが、敵ならやりやすい。現にもうすでに奴は俺の思惑にかかって、それももう終了だ。

「さて、君が俺達に遭遇して何分たったかな?」

「あぁ? 五分くらいだろう、それがどうした?」

 正確にはそれ以上だ。お前が任務を最優先して迅速に行動していたなら、もうこの場は俺がここに倒れているだけだろう。だが俺はまだ地に立っており、邪子達もここにいる。 

「あの先輩の事だ、もう十分だろう」

 我らが殺人部(真)の部長はあの骨喰カンナだ。そのチート部長が部員のピンチに駆けつけないはずがない。

 さっき邪子達の千日手封じが交差したときの時空の歪み、どこまで届くかわからない。でも俺達が同じ場所にまったく動かずに留まっていればおかしくも思うだろう。先輩が部員達を気遣ってないはずがない。

 俺は確信をもってこの先を覗き見る。


 A・・・・・・俺は骨喰先輩を信じる。

 B・・・・・・俺は林道に一目惚れしてしまったので告白する。


 これまたAの一択なので、Bはどんなものでもいい。でもこれはこれで少し見てみたくもあった。

 脳に飛び込んでくるちょっと先の未来。あくまでシミュレーションだから確実ではない。だが、俺は一連のシーンを垣間見て、そして笑みを零した。


 林道の前に、破られたメモ帳が順々に突き刺さっていく。

 一枚、一枚に文字が書いてある。

「う・せ・ろ・雌・豚・・・・・・だと?」

 読み終えた林道が紙が飛んできた方を睨む。

「やぁ、初めまして。うちの部員達がお世話になったな」

 骨喰先輩を先頭に二人がこちらに歩み寄ってくる。

「先輩っ!」

 普段その姿を見ると不幸になると言われる骨喰先輩、今はこれほど嬉しい事はない。

「なんだ、お前は。・・・・・・吸血鬼か・・・・・・!?」

 林道のレーキを握る力が更に強さを増す。

「ふむ、アガ―トラ―ム、銀色の腕のヌァザか。中々の大物だな」

 先輩の腰には、部室に飾ってあった日本刀が差されている。いつでも抜けるように右手はすでに添えられていた。

「貴様ら、何者だ、名を名乗れっ!」

 自分の名前を言い当てられて、少し動揺したのか、林道は先輩に向かって強い口調でそう言い放つ。

「断るっ!!」

 それに対して、先輩も強い口調でそう拒否した。

「なっ! 卑怯だぞっ! 私の名を知ってるのにおかしいだろうっ!」

「なにがおかしい? そんなルールはない、名を知られるのは自分の一部を曝すと言うことだ。なぜ敵のお前に名乗る必要性がある?」

「れ、礼儀だっ!」

「お前の場合はその右手がこれでもかと主張していたからわかっただけで、自分から名乗った訳じゃなかろう、それに生死がかかった状況で、礼儀もくそもなかろうが」

「ぐっ!」

 流石先輩、汚い。人としてどうかと思うけど、正論です。

「ルキ君、時間稼ぎご苦労。君がいなかったらこの二人は今頃どうなってるかどうか」

「いえ、先輩ならすぐ来てくれると信じてましたから」

 先輩は、俺がそう言うと口元を緩めた。かと思ったらその顔はすぐに咲ちゃんの仇を討つぞモードと同じ時の形相に変わった。

「ルキ君、見たところ千日手封じ、すでに二回発動してると思うが?」

「は、はい。たぶん、こいつはもう使えないはずです。俺の能力で見たところ確証はありませんが、確信はあります。回数制限でも?」

「うむ、人によって異なるが、ヌァザは二回が限界だ」

 詳しいな。先輩くらいになると敵を随分把握してるのだろうか、抜け目がないというか、味方ならこれ程頼もしい人はいない。

「千日手封じで倒してもいいが、私の身内に手を出したんだ。少しお仕置きしなきゃな」

 先輩が抜刀の構えを取った。先輩の周りの空気が変わった。刀の間合いは死に満ちている。 そこからは俺ではよく説明できない。抜いたのか、それとも納めたのか。先輩と林道の間にあった窓ガラスが先輩の方から割れだして、林道の持つグラウンドレーキが真っ二つになった。数秒遅れて林道を見ると、制服が斜めに切れて肌が露出していた。

「・・・・・・・・・・・・・・・っ」

 林道がレーキを手放し、赤面しながら肌を両手で隠した。その仕草が少し意外だった。

「き、貴様っ!」

 制服は裂かれたが肉体までは切れていない。まさに神業だ。 

「はは、顔に似合わずずいぶん可愛い下着をつけてるじゃないか」

 お仕置きは羞恥心を味わすだけで満足だったのか。先輩から殺気が薄れたのがわかった。

「そんな学園の備品で、私の童子切安網が防げるわけがなかろう。本来の武器を持ってきてれば良かったな」

 先輩が刀の鞘を優しく撫でる。

「もう十分だ、おい矢出」

 先輩が後ろに声をかける。珍しく本を読まずに相手から目を離さないでいた矢出が無言で頷いた。



 一閃っっ!! 噛み切りメタモルフォーシス!  



 矢出の千日手封じが炸裂した。ほぼ無防備だった林道がそれを受けて、白目をむいて後ろへと倒れた。

「ミッションコーンポタージュだなっ!」

 どんな間違いだ。何はともあれ、邪子達が連れ去られる事がなくてなによりだ。

「こいつは私がどこかに閉じ込めておくから、ルキ君達は邪子達を部室へと運んでおいてくれ」 そう言うと先輩は林道をひょいと肩へと担いだ。

 先輩の指示に従って俺は邪子の方を持とうとしたのだが、矢出に先を越されたために俺が八尺担当になってしまった。さっき本性を見てしまったのと、邪子の方が若干体重が軽そうだったからそっちを選びたかったのだが仕方ない。俺はそっと八尺を抱きかかえる。お姫様抱っこの形になった。なんなんだこの絵図は・・・。



 PM:6時25分 殺人部部室


 気を失っている二人をテーブルに寝かせ、矢出とは特に会話がないまま先輩の帰りを待っていた。話し掛けようと何度か思ったが、話し掛けるなオーラが凄まじいので俺は黙ってパソコンをいじるしかなかった。

 もう下校時間はとっくに過ぎていたが、なにぶん今日の俺は大半が夢の中だったので陣取り合戦がどうなっているか把握していない。殺人部の成果だけを見れば、柔道部、弓道部と、林道が所持していたので回収できた陸上部だ。そしてその三つの部が勝ち取っていた権利書を合わせるとそれなりには集まった感じというところか。

「後、残っているのは・・・・・・」

 残すところ後一日なのにまだ結構残っている。

 バレー部、テニス部、バスケ部は順当だ。他、軽音部、カルタ部、路上研究部・・・まだまだいる。そして・・・・・・。

「おいおい、まじかよ・・・・・・」

 姉さんが所属している華道部もあった。ここは五人だし、姉さん以外はいたって普通の女子高生なのでまさか勝ち上がっているとは。そもそも仲間思いの姉さんがこんな危険な大会に参加するとは思ってもいなかったので完全にスルーしていた。 

「こりゃ帰ったら棄権するようにいわないと・・・・・・」

 この時間だ、もう下校しているだろう。

「ただいま~」

 部室のロックが外れる音がして扉が開いた。先輩が気怠そうに顔を覗かせた。

「大半の生徒が下校してるとはいえ、人目を気にして人一人を運ぶのは骨が折れるな」

「お疲れ様です。あの子どこに閉じ込めたんですか?」

「とりあえず、大会中は安心な所にぶち込んで置いたよ。後で処遇を考えんとなぁ」

 やれやれと、困った様子で先輩は椅子の腰掛けた。

「とりあえず、あのヌァザにやられたんだ、この二人はまだ目を覚まさないだろう。私が残るからルキ君は帰っていいぞ」

 昏睡時間はダメージに比例するのか。58カ所切り刻まれて死亡した俺で、五時間半くらい寝てたからな、それよりは短いとは思うが後二時間くらいは起きないかもしれない。

「わかりました。俺も今日は二回も眠らされたり、変な奴に遭遇したりで正直疲れたんでお言葉に甘えさせてもらいます」

「う、うむ。ゆっくり休んでくれたまえ」

 先輩はバツが悪そうに顔を俯くと、なにかを思い出したのかはっとして顔を上げた。

「そうそう、もし今度妖精に出くわした時の対処法を教えといてやろう」

「え、何かあるんですか?」

「実際この方法を使うと後々面倒になるが、ルキ君は特別だ。信頼してるし対応もしてくれるだろう」

 先輩が俺の耳元に顔を近づけてきた。吐息が耳にかかるほどの近さでそっと耳打ちをする。なぜだろう、なんだかムズかゆい。心臓の鼓動が早まるのがわかった。耳を擽る先輩の息のせいだと俺は結論付けた。

「ごにょごにょごにょ~り」

「ふむふむ・・・・・・」

 先輩のいう対処法をいうのは、いまいち理解にかける。本当にこれで大丈夫なのかと疑ってしまうものだった。

「すると、相手は・・・・・・言ってくるはずだから・・・・・・その時は・・・・・・言えば・・・・・・大丈夫だ」

 よくわからないが、一応記憶しておくか。というかこれ耳打ちする意味あるのか。邪子達は寝てるし、矢出も漫画本に没頭してる。

「もう二度と会いたくはありませんが、とにかく頭には入れときます。使う事が無いことを祈ってますよ」

「苦苦苦、もしその時はうまく扱ってくれたまえ」

 先輩が悪戯っぽく笑い、俺の肩にとん、と手を置いた。

相変わらずなにを考えてるか読み取れない人だ。



 片道30分ほどの道を通って、ようやく家路に着いた。普段ならなんともない距離だが、今日に限ってはようやくという言葉を使うに値する。それだけ体が重い。背中に人を背負い、その体重が一歩足を踏み出す度に少しずつ増加していく感じだった。原因はなんとなくわかっている。たぶん、華月式シュミレーター(今命名)を何度も使ったからだ。千日手封じの使用が体にかなりの負担をかけるのだから、この原理が似たような能力も精神への不可はかなりの物と見た。 

 玄関の鍵を開けると、俺はそのまま自室のベットへと一直線、スイッチが切れたかのように倒れ込んだ。

 姉さんは夕食の買い物だろうか、悪いが今の俺は例え姉さんの愛情の籠もった手料理でも食欲が沸かない。このまま眠りにつきたいが、姉さん所属の華道部が勝ち残ってる。最終日、残っているのは猛者ばかり、そろそろ賞金にも現実味を帯びてきて実感が沸き始めているはずだ。そうなると他の部がどんな手段を使ってくるかわからない。姉さんは頭は最高峰だが、人を疑う事を知らない質だ。骨喰先輩が友達を気遣ったのと同じだ。卑劣な罠にはまって怪我でもされたらとんでもない。姉さんに傷を負わせた奴を俺は間違いなく殺すだろう。そうなる前に説得しなければならない。ここからは欲望塗れのドス黒い醜悪な舞台になる。そんな場所、姉さんには相応しくない、なんとしても棄権してもらわなければ。

 まるで自分の体が雑巾のように絞られているかのようだ。間接がねじ曲げていかれるような激痛が等間隔で襲ってくる。間違いなくこの華月式シュミレーターにも回数制限がある。それが何回なのか検証する必要がある、いざというときこの様では話にならない。

 朦朧とする意識の中でなんとか意識を保とうと必死に足掻く、あぁ、このまま抵抗を止めて眠りについてしまおうか、いや駄目だ、姉さんに伝えなければならない。このままだと、俺達の殺人部、ついてはうちの部長と戦わなくてはならなくなる。それだけは避けなくてはならない、俺の姉さん、頭脳、容姿、スタイル、性格、なにもかもが先輩より上だ。だがごく僅かとはいえ苦手な部分もある。一方、骨喰先輩は一〇〇点満点でいえばどんな分野でも99点を取る人だ。認めたくはないが、俺が出会ってきた中で、唯一姉さんに勝ち得る可能性を秘めた人物だという事。姉さん至上主義のこの俺がこんな事を思ってしまう時点で、骨喰先輩の異常さが際立っているというものだ。

「ルー君っ!?」

 部屋を覗くなり、驚声を上げて俺に駆け寄ってくる姉さん。その顔は悲壮に満ちている。だから、そういう顔は見たくないんだっていうのに。

「どうしたの!? 顔真っ青よっ!」

 姉さんが俺の顔に手を添える。気持ちいい。感じる冷たい感触・・・。

「あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁっ!!」

 その瞬間、俺は気が狂ったかように、激しくひきつれた叫びを上げる。

 頭が壊れる。四肢に針が無数に突き立てられる。

 血走り、嘔吐し、痙攣し、世界が回る、グルグルグルグルグルグル回転する。

「ルー君っ! ルー君っ!」

 誰かが俺の名を呼ぶ、だが届かない。

 もう誰の手も届かない場所へと。

助けて・・・・・・誰か、誰か。誰か。

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