第二章 開戦
?日目 PM:15:10分
学園、西棟二階廊下、突き当たりの部室を目指し俺は邪子に叫んでいた。
「邪子っ! 正面、吹奏楽部16名、蹴散らせ!!」
「は~い☆」
疾走するは我が殺人部の一員、切裂邪子、対するは第二音楽室を陣地に持ち、その前を守るように立ちはだかる吹奏楽部の部員達。男女混合する敵の得物は、木琴とか叩く鉢だったり、トライアングルを打つビーターだったりもっといいのあるだろうっていうような物ばかりだった。
殺人部所属 切裂邪子
VS
吹奏楽部所属 男子生徒5名 女生徒11名 計16名
邪子が飛び込む、その瞬間、すべてが決する。
一閃っっ!!! 切裂きセレナーデ!
16手投了。先手、切裂邪子、全ナイフ攻撃による頸動脈切断。後手、吹奏楽部16名全員即死につき16手詰み。切裂邪子の勝利。
吹奏楽部の連中がバタバタ地に伏せる。結果だけ見ればこの場は血の海になってるはずだがそうはならない。この目で見るまで、いや実際この目に映しても未だに信じられない。邪子達、吸血殺人鬼のような人の枠を越えた者が使う千日手封じという技だそうだ。本来何時間、何十時間と続くであろう人外レベルの戦闘を一瞬で結果まで導く。過程を省き結末だけがその場に残る。
今のでいえば、千日手を発動させない場合でも数分程で片はついただろう。邪子が全員の首を切裂いて勝利を収め、吹奏楽部員は全員死亡。ただこの技は本来攻撃はしていない、されど吹奏楽部の学生達にも自分達の負けは見えている、首が裂かれるダメージを受けていると錯覚している。なので吹奏楽部員達は実際首を切られた時と同じようなリアクションをとる。
「よくやった邪子。こいつらどれほどで目を覚ます?」
「よくわからないけど、殺しちゃったから一日は起きないかも!」
「そうか、起きたときにはすべて終わってるな」
倒れ込んだ16名は気を失っているものの静かに呼吸はしている。言うなれば精神攻撃なので肉体的には無傷だ、じきに目を覚ますだろう。
「邪子、その扉をぶち壊し、権利書を奪った後・・・・・・全員夢の世界にご案内だ」
「了解であります!」
俺がそう命じると邪子は敬礼の仕草を見せ、そしてナイフを握る手に力を込めた。
一日目 AM:8:30分
参加者達は部単位で集合し校庭に並ばされている。ユニフォームがある部はすでに着替えており、俺達殺人部のような制服組や動きやすい学園指定のジャージ姿など恰好は部によってバラバラだ。参加しない生徒も救護班、放送、広報、進行など他の役割があるため現在ほぼ全員の生徒がここにいることになる。
総勢5千を超す生徒達が一同に整列している図は壮観だった。まるで軍隊のように綺麗に統制はされていたが、皆一様にお祭り気分、私語や笑い声が飛び交っている。
しばらくすると壇上に校長が姿を見せた。左右には見慣れない黒服の男達が付きそっている。 5月の心地よい陽気の中で、校長は大量の汗を滲ませている、何度も手に持つハンカチで額や顔を拭っている。校長はたどたどしく挨拶を済ませると、簡単なルールと最後に激励をしてすぐにその姿を引っ込めた。
その後、各部に詳細な規則、参加部の初期陣地など書かれた学園の見取り図が配られた。
「開戦時間は9時半からか・・・・・・」
部室に戻った俺達はここで開始の合図を待つ。プリントは骨喰先輩が最初に軽く目を通してすぐ俺に渡された。他の三人はまるで興味がないようで邪子はナイフの飾られているショーケースに手をつき何かを話し掛けている。矢出は漫画、八尺は俺をと、いつもと同じように見ているだけ。
「はてさてどうしたもんか・・・・・・」
参加部数は50を越える、野球部、サッカー部などの大所帯もあれば、俺達のように五人だけの部員数が最小の所も多々ある。単純に多数の部員数が比例するように所持している陣地も広い。
「とりあえずルキ君の意見を聞こうか」
「そうですねぇ・・・・・・」
一番手っ取り早いのは、最終日に一番テリトリーを広げている部から横取りするのがベストだ。しかし、たった五人しかいないこの殺人部の総合値がわからない今その案を選ぶわけがない。
「他の部はとりあえず少数の部から狙っていくでしょう。ですが俺としては逆に一番部員数の多い野球部あたりを真っ先に潰して他部への牽制としときたいとこです。まぁ無理でしょうがね・・・・・・」
「いや、いけるぞ。しかしそれだと当初から目立ってしまうなぁ・・・・・・」
「でしょう、数にして200人に迫り、第一グラウンド、さらに部室自体もここの何倍もある学園最大の野球部ですからね。そりゃ・・・・・・えぇ!? いける!?」
俺がなんの冗談かと先輩を見ると、骨喰先輩は顎に手をやり思考していた、しかしそれもわずかですぐに顔を上げた。
「よし、お前ら行くぞ」
決意したように先輩が声を出すと、いままで我関さずだった他の奴らがこちらに顔を向けた。先輩が意気揚々と部室を出ると、三人もそれに付き従うように続く。
「ちょっ! どうしたどうした」
まじで野球部とやる気か、そんなことしたら初っぱなで終わってしまうぞ。
俺は慌てて四人の後を追おうと部室を出たが、既に姿はない。
「くっ! どんだけ早いんだよっ!」
しかし骨喰先輩のあの行動力と決断力はなんなんだ、冗談まじりで言った案を鵜呑みにしていきなり実行するというのか。
俺はとりあえず第一グラウンドに足を急がせた。
この学園は広い、ここから目的地まで結構な距離がある。自慢じゃないが俺は文武両道を目指しているのでそれなりに運動神経はある、そんな俺が必死に追いかけても骨喰先輩達の背を見る事はできない。第一グランドに行った訳じゃないのか、それとも俺の知らない近道でもあるのか、そんな思いの中、校内放送から陣取り合戦の開始の合図を知らせる音声が響いた。
俺が息を切らせて到着した時には骨喰先輩他三名の殺人部の面々は、グラウンドの中央で数人の野球部員とすでに対峙していた。
「HAHAHA、俺達は別にそれでいいぜ、でもお前ら本当にいいのか? ハンデならいくらでもやるぞ?」
「いや、気遣いは無用だ、ではすぐにでも始めたいのだが」
「はいはい、こっちも忙しい身だからな、さっさと済まそうか、こっちが先攻でいいよな?」
「それでよかろう」
話は終わったのか、先輩達が俺に気づきこちらに向かってきた。
「ちょっと先輩、一体どうしたんですか! まさか本気で野球部と!?」
「無論だ。ルールは今し方決めたぞ、最初だから穏便に済まそうと思って、スポーツマンシップに乗っ取って正々堂々野球で勝負だ。あっちは9人、こっちは5人、先に5点とった方が勝ち。簡単だろ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「さてまずは守備か。ここは私が投げる。あぁ、ルキ君はベンチに座っててくれてかまわないぞ」
先輩は借りたグローブを手にはめると、感触を確かめながらマウンドに向かった。他の殺人部の連中はというと全員ベンチにひっこみ、漫画を読んだり、品定めでもしているように相手側に向かってキョロキョロしたり、邪子だけがわくわくしながら先輩に声援を送ったりしている。
「てか、守備は!? なんでみんなベンチ入りしてんの!?」
もうツッコミの許容範囲はとうに越えている、なんで野球部相手に野球勝負なのとか、条件もあっちに都合良すぎの大盤振る舞いだろうとか、もう言いたい事は山ほどあったが、もう追いつく間もなく次々と常識外の事を起こしてくるのでどうしようもない。
「お~い邪子~、なにやらキャッチャーとやらが欲しいらしい、そっちいって私の玉を受けてくれ」
「は~い☆」
邪子は元気よく返事をするとホームへ走っていく。他にもいくらでも必要だよ、本来9人欲しいんだよ、五人でも少ないのに、今グラウンドにいるのは二人て。終わった、早々にこの陣取り合戦も敗退だ。この数日間少しでも緊張していた俺が馬鹿のようだ。
「プレイボール!」
審判役の野球部員が気怠そうにそういうと、骨喰先輩は思いっ切り振りかぶり、そしてその場にいた者ほぼ全員が声を失った。
まるで大砲でも撃ったかのような轟音がグランンドに響いた。
「ん、どうした、今のはストライプではないのか?」
たしかに縦縞ではないが、ボールは見事にミットのど真ん中に収まっている。
「ス、ストライク・・・・・・」
第一球から数十秒たって、審判がようやく絞り出すように声をだした。
「邪子もう少し強めに投げても大丈夫か?」
「全然いいよ~☆」
野球部員達はあっけにとられまだ放心状態、とりあえずここで見てても投げる玉が見えない。なんか音が後から聞こえてくるような、まぁ流石にそれは気のせい・・・・・・だろう。バッターはまるで動けない、ボールは次々とミットに吸い込まれていく。すぐにそれは9球を数え、瞬く間にチェンジとなった。
「ごめんなさい、なんかこれもうボロボロになっちゃった」
邪子が申し訳なさそうにキャッチャーグローブを審判に返す。なんか中央が削られて今にも穴が空きそうなほど皮が薄くなっていた。
「い、インチキだろ! てめぇーさてはなにか機械でも腕にしこんでるな!」
「とんだ言いがかりだな、まったくどんな機械だというのだ、疑うのなら全裸になろうか?」
先輩はそういうと制服のリボンに手をかけた。
「お、おい、そこまで言ってないだろう、わかった、わかったから!」
「苦苦苦、純情だな。まぁこの回で終わるだろうが、万が一次があるなら今度はスク水でやってやろう」
「や、約束だぞ!」
顔をリンゴにした坊主はそう吐き捨てて自軍のベンチに走った。他の野球部員は今だ夢でも見ているかのように、我に返れず一言も発さずとりあえず守備につき始めた。
「打順は、邪子、八尺、矢出、ルキ君、私でいこう」
「とりあえず、打てばいいの?」
「うむ、バットに当てるだけでいい、そしたら白いやつを右から順に踏みながら戻ってこい」
野球のルールがわからない邪子に先輩は簡単に指示を送った。
何球か投球練習をしている相手のピッチャーを見たが、なんだか遅く感じる。実際相当速いのだろうが、先ほどの先輩のピッチングを見た後ではかなり霞んで見えた。
邪子がバッターボックスに入る、もう握りが逆とかそういうのは見過ごそう。
「うぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーー!」
野球部員のプライドからかもう気合い十分に全力全開で投げるピッチャー、超高校級のスピードを誇っているのだろうがやはりボールが見える分普通だ。うちの野球部かなり強いんだけどな。
「えい」
邪子が言われた通りに軽くバットに当てる、バントしたような形だ。ボールが近くに落ちるが、邪子はその時にはすでに一塁に走っていた。
「一塁・・・・・・いや、二塁だっ!」
キャッチャーが慌ててボールをとると、邪子はもう二塁を目指していた。
「早く三塁に投げろっ!」
二塁にボールが届く頃には邪子はすでに三塁まじか。
「こいつ本当に女子高生さんかい? 早い、早いよ!」
疾走する邪子に翻弄されてもうてんやわんやの野球部。
「ホーム! ホームだっ!!」
三塁を回り、邪子がホームに走る。カバーした二塁手が急いで送球する。セカンドの山下君は優秀な選手だ、肩も強いしチームメイトの信頼も厚い。送球もカバーもそつなくこなす、次期キャプテンの呼び声高いプレイヤーなのだ。だが今はそんなことどうでもいい、そんな山下君のがんばり空しく、邪子はなんなくホームベースを践んで生還を果たした。
「ただいま~☆」
「よくやったぞ邪子、まず一点だな」
先輩は邪子の頭を優しくなでなで。俺はなんか映画のワンシーンでも見せられたかのような感覚で心ここに居らずとその様子を見守っていた。
「バ、バントでランニングホームランて・・・・・・」
たしかメジャーの試合でも実際あったけど、あれはピッチャーのミスが起こした惨事だったはず。だが山下くんを始めここの野球部員は特にミスもなく、プロでも同じ行動をしただろう。
「よし、次、八尺。とりあえず一塁に出ろ」
先輩の命に、八尺は頷き、そして俺をちらっと見た。
「ま、まぐれだ! 一点位すぐ取り返せる! お前ら気を取り直していくぞ!」
とにかくメンタルが強いピッチャー兼キャプテン山本くんが檄を飛ばす。しかし驚きの連続で意味もわからず心が折れ掛かっているメンバーから声は帰ってこない。
「くっ、次は巷で・・・特に男子運動部員からの噂が絶えない八尺君か! 152センチの小柄な美少年ぶりは下手な女子より魅力的、シャタ好きもロリ好きも魅了する学園切っての隠れたアイドル的存在! 他に都市伝説と化した謎の美少女、本の精霊、三年の庭球の麗人と並び、水鏡学園四大、いや三大美の象徴と謳われるあの八尺君相手だといえ、俺は全力を出す!」
「一番しゃべってんぞ、このキャプテン・・・・・・」
俺の知らないどうでもいい八尺の情報が明らかになった。それはさておき、キャプテン山本が言葉通りに本気の投球を見せた。
しかしなんなく打ち返した八尺はこれまたなんなく一塁を走り抜けた。
「意外に普通だったな・・・・・・」
八尺もなにかやらかすんじゃないかと、密かに期待していた自分がいた事に気づく。軽く140キロ以上は出てると思われるボールを打つだけでもすごいのだが俺はたぶんすでに麻痺していたのだろう。
「次は・・・・・・特に目立たない女子か。本を読みながらとはふざけた女だな!」
山本先輩もただ打たれただけではもう動揺はしない、次の相手の矢出にはさほど興味がなかったのかすぐに振りかぶった。矢出は片手で漫画を読みながら、もう片方でバットを握っていた。とにかくやる気の欠片も見られない。
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
そんな矢出に怒りも加えた山もっちゃんのピッチングはさっきよりもさらに力強い。
でもそんなの関係なしと、矢出は軽くバットを振ると、その打球は左中間を抜けていった。
トボトボと本から目を離さずにゆっくり歩いてゆく矢出はアウトぎりぎりで一塁に着いた。拾おうとした球があり得ない程高速回転していたので外野も中々とれなかったのだ。
ランナー一、二塁。ここで俺の番が回ってきた。これ結構まずい状況じゃないかなと俺は嫌な予感が過ぎった。
「次はお前か! 四番て事は一番やるって事だな!」
「いやいやいや、俺、普通です! まじで一般人なんで、そこ間違わないように!」
「油断させようたってそうはいかんぜよ!」
そう言われてもそんな腹心は勿論ない、それにぜよって言ったよ、なに流行ってんのそのちょいちょい最後に方言入るやつ。しかし俺が相手の立場ならたしかに警戒はするだろう。ランナーもいるしとりあえず歩かせて様子を見ようとなるかも。でも敬遠なんて真似を俺達相手にするのも癪だろうからそうなると・・・・・・。
「死ねぇぇぇぇぇ!!!!」
やっぱりか、しかもこいつ死ねって言ってる。剛速球が俺に向かってまっすぐ迫ってくる。
「おぅふっ!!」
予想していたので身構える事ができた、幸いうまく避けられたので軽く肩を擦った程度だったがこんなものまともに食らったら一週間くらい腫れが引かないんじゃなかろうか。
「さ~~せ~ん!」
わざとらしく帽子をとって謝るキャプテンだったが心はまるで籠もっていない。こっちも手を挙げ大丈夫ですよ~と言いながら最後にぼそっとクソ坊主死ねって呟いた。
「これで満塁、そして私の番。見せ場だな」
この先輩、最初からこの状況になるようにゲームを作ったんだとここで思った。俺がデッドボールになる事まで計算にいれていたのだとすると、この先輩に対する俺の認識を改めなければならないかもしれない。
「さぁ、これでお終いだ。ちゃんとストライクゾーンに入ってれば、どんな玉でも打ってやる。だからお前のすべてを出して思いっ切り投げてこい」
バットを高々と翳してホームラン宣言。挑発して下手な玉を投げないように誘導しているのか、こうなると小細工なしでいくしかないよな山本山。
「い、いいだろう。血と汗でひたすら野球に打ち込んできた俺の玉、打てるもんなら打ってみろっ!」
高校野球での派手なパフォーマンスは基本厳禁だ、ホームラン宣言などもっての他だろう、未だかつてない仕打ちに、山本の怒りは頂点に達していて声が震えている。
「骨喰流抜刀術、花鳥風月雪月花・・・・・・」
先輩がバットで抜刀術の構え、その後、なんか意味的にも被り花と月が何回もでてくる技名みたいなのを言い出した。
「ふんがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
普通は出てこないだろうかけ声と共に山本のすべてが手から放たれた。
「どっせぇぇぇぇぇぇぇ!」
こちらも負けじと普通は出てこないだろうというかけ声で応戦、しかし先輩のバットは動かない。だが高い金属音だけは周りに鳴り響いた。
「なっ」
バットは動いていないわけではなかった、もうすでに抜かれ腰へと戻っていたのだ。あまりの瞬動に一連の流れを目で追えていなかった。その証拠に打ち抜かれた打球は山本の頭上を大きく越えて、今まさに後方にある12メートルほどの高さで張られているネットをも軽々と通過していった。
「嘘でしょっ!!」
これには山本キャプテンもただただ驚愕するしかなかった。野球部はレギュラーも控えもボール拾いの一年も全員纏めて、ボールの行く末だけを見送っていた。
「ホームインっと!」
その間に俺達はベースを回って点を重ねてゆき、最後に骨喰先輩が軽くジャンプしてホームベースを踏んだ。
「五点先取、私達の勝ちだな。約束通り第一グラウンド及び部室の権利証を渡してもらおうか」 先輩はドヤ顔でキャプテン山本に手を差し出す。
「ふ、ふざけるな、こんなのただの遊びだっ! 俺達が野球で勝負して負けるはずないだろがっ! ちょっとからかってやっただけだっつ~の! なに真に受けてるんだよ!」
山本は声を荒げてそうごねだした。まぁ、たぶんこうなるだろうとは俺も思っていた。優勝候補の一角、水鏡学園最大規模の野球部の自分達が開始30分程で敗退なんて認めたくても無理な話だろう。そんな横暴にも骨喰先輩は冷静だ。
「・・・・・・そうか、ならもう一度真剣に勝負してくれ」
「駄目だ駄目だ、俺達はこれから他の部とやらなきゃならねぇんだ、もうお前らに構ってる暇なんてねぇ!」
「それは困る、どうせいずれはまた戦う事になるんだ、同じ事ではないか」
「お前らなんかが最後まで残ってるわけないだろ! いいからもう帰れよ!」
「ふ、負けを認める事も人生には必要だぞ。じゃないと飛び越えなくてはならない壁すら見えなくなる」
「何をごちゃごちゃと、もういい加減にしろっ! じゃなきゃ・・・・・・」
山本が金属バットを近くにいた後輩から奪い取る。こちらを威嚇するように構えると、続々と野球部員が集まってくる。俺達はバットを持った数十人に囲まれる形となった。
「ふむ、ここまで君達はまったく予想通りの行動をとってくれる。・・・・・・おい、邪子」
低い声でそう邪子の名を呼ぶと、俺の顔に突風が当たり思わず目を瞑った。
風切り音にも似た高音が耳を劈いた。邪子が回転すると同時に野球部員達の持つバットは中央から綺麗に真っ二つにされ、その端が次々と地面へと落ちていった。
「え・・・・・・?」
それは蒟蒻以外なんでも切れる刀を持つ侍が戦車の砲塔を斬るがごとく、とにかく俺を含めその場にいた全員の時を止めるには十分な事象が起こった。そんな中、骨喰先輩は諭すようにゆっくり口を開いた。
「64億はたしかにとんでもない金額だな。惜しくなるのはわかる。だがお前らは200人程いるのだろう? そうなるとレギュラーや三年生の取り分が多いとしても、一人頭多くて3500万てとこだ。その程度ならこのまま野球を続けて、もしプロにでもなれば容易く獲得できるだろう、その可能性はお前達なら十分あり得る」
正直、皆の耳に入っているのかも疑わしい状況で先輩の言葉は続いてゆく。
「さぁ、未来も夢も希望もそのすべてを捨てる覚悟があるならかかってこい。二度と野球ができない体にしてやる!」
ここに来て、初めて先輩の本性を垣間見た気がした。いつもの飄々とした先輩はどこにもいない。言葉一つ一つに死を感じるような底無しのどす黒い感情が露わになる。俺が蛙で蛇に出くわしたならこうなるんだろうな、眼光が鋭すぎてもう息すら止まる。
カランと最早バットとも呼べないものが手から滑り落ちる。次々と奏でるその音が乾いた大地に染みこまれその後この場はしばらく静寂に包まれた。
ホクホク顔で部室に戻った先輩に、さきほど見せた悪魔の様相はすっかりどこかへ消えていた。
「まずは順調な滑り出しと言っていいだろう。よ~し、この調子で今度はどこを潰そうかの」
未だに信じられない。本当にあの野球部に勝ってしまった。戻る途中で通った電光掲示板には既にでかでかとミス研部、野球部撃破の文字が放映されていた。マイナーすぎるゆえ、部員が誰なのか知られてないため俺達は注目されることはなかったが、これからはそうはいくまい。一気に注目度ナンバーワンの部に躍り出てしまった。
「ルキ君、野球部の他ではどこが強敵だと思う?」
先輩の心はすでに次の獲物へと移っている。正直、野球部を倒した今となっては次がどこでもいいような気がする。いかんせん勝負方法によっては少数の部でも負ける可能性はある、特にこの先輩はこちらがとんでもなく不利な条件で勝負を挑もうとする。やはりよく考えた方がいいだろう。
「そうですねぇ・・・・・・。人数的にいえば、サッカー部、バレー部やテニス部、それにここ数年でなぜか一気に部員数を伸ばしている軽音部あたりでしょうか。量より質というなら麻雀部やカルタ部なんかは少数でも大会で好成績を収めています」
「ふむ、たしかこのフロアには麻雀部があったな。・・・・・・よしとりあえずこのフロアを独占するぞ!」
俺達のいるミス研部(仮)の部室は、コの字型になってる校舎の端、通称東棟の二階の隅っこにある。教室はほぼ中央棟に配置されているので、基本的に西棟、東棟などは特別教室や主に文化系の部室があった。で、この二階の東棟にはいくつかの文化系部室がある、先輩はそのすべてを塗りつぶそうというのだ。
「さぁ、行くぞ、隣はたしかオセロ部だったな。順々にいくとするか!」
「俺に意見を求めた意味はないみたいですね・・・・・・」
思い立ったが吉日とばかりにすぐさま行動に移すのが骨喰先輩の性質らしい。いささか不安もあったが今度は止めようとは思わなかった。先輩達ならなんだかんだで勝ってしまう気がしていたから。
ここから殺人部(真)の快進撃が始まる。
AM:9:40分、野球部を倒したミス研部(仮)が攻めてきたと、当初は身構えたオセロ部の面々だったが、骨喰先輩の出した勝負方法がオセロでの対決だったこともあり、二つ返事で応じてくれた。
「なにこれぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
オセロ部キャプテン林原が顔を真っ青にして叫んだ。
「苦苦苦、私の勝ちだな」
盤面は黒一色だった。俺も初めて見た場景でこう思った、オセロって独占できるんだな、と。
「り、理論上可能だが、オセロ部キャプテンの俺を相手にこれができるって・・・・・・」
林原キャプテンの目に涙が浮かぶ。わかるよキャプテン、俺も同じ立場ならショックで一ヶ月くらい寝込むだろう。
「さて、次はそのお隣さん、囲碁部だな」
先輩は机に置かれていた権利書を奪うと高々に掲げてそう声を張った。
AM:10:10分、野球部を倒したミス研部(仮)が攻めてきたと、以下略。
ご多分に漏れず、囲碁部相手に囲碁で勝負を始めた先輩だったのだが。
「なにぃ、ノータイムで打ってくるから、悪手が多いのかと思いきや、ここにきてそのすべてが最良の一手に変わっているだとっ!」
「私の見立てでは、ここからどう足掻いても逆転はないぞ、たとえ私がそっちに座っても無理だろうな」
どっから取り出したのか、いつの間にか手にしていた扇子を口元に当て、先輩は隠微にそう告げた。
「くっ! ・・・・・・ありません」
「苦苦苦、悪いが感想戦は無しだ。新手をいくつか置いたから後は自身で考察するといい」
先輩はすっと起ち上がると権利書を手に部屋を後にした。俺はさぞ嘆いているだろうと森崎キャプテンを去り側に見たが、その瞳は盤面を見て輝いていた。俺にはよくわからないが相当画期的な棋譜になるのかもしれない。森崎キャプテンにはこれを糧にさらなる高見を目指してもらいたいと思った。
AM:11:35分、将棋部部室。
「この学生竜王の俺が、8枚落ちで負けただとぉぉぉぉぉ!」
飛車、角、銀、桂、香を全部抜いて打っていた先輩が勝ちました。
「定石に慣れすぎだ、だから逆にこういう変則的な勝負で心を乱されるのだ。冷静に打っていれば十分勝てる試合だった!」
ビシっと指を差し、えらそうにそう指摘する先輩はそれを言う資格はたしかにあった。圧倒的不利な状況でも粘りに粘って最後まで全力で挑んだ。それに引き替えこの将棋部部長の森原は舐めてかかったのか序盤は目に見えて手を抜いていた。骨喰先輩の力量に気づく頃にはもう後の祭りだったのだ。
「カンナちゃん、邪子お腹空いたよ~」
囲碁も将棋もルールがわからないため心底退屈そうに後ろで先輩を見守っていた邪子がお腹を両手で押さえている。かくゆう俺も朝は抜いているため何か口に入れたい。
「む、もうお昼を過ぎているではないか、それじゃあここらへんで昼休憩としよう。それが終わったら麻雀部だな」
「わ~い、ご飯、ご飯~♪」
邪子が上機嫌になり先に出て行ってしまった。
「やれやれ、いつも開いている口から涎が出まくってたな。まぁ邪子にとって学園に来る理由は学食を食べることだけだからいたしかたあるまい」
「まさに外道ですね」
先輩は俺の言葉に苦笑いを浮かべ、ここの権利書をしっかり握って葬式会場のように静まりかえった将棋部の部室を後にする。俺はあまりの無残さに後ろを振り向くことはできなかった。
一躍超新星となったミス研部、なにやらその謎多き部は骨喰カンナが率いているらしいとの噂が午後を過ぎた頃には学園中に出回り始めていた。
先輩が権利書を奪うごとにエントランスの巨大掲示板がガンガンその結果を知らせるものだから話題を独占するのも必然だった。他のメンバーもこの学園ではなにげに有名人揃いだったが、特に骨喰先輩は格別の知名度を誇っていた。骨喰先輩は人の目を引きやすい、とにかく誰が見ても薄気味悪い。踝に届く程の長い黒髪、花壇を通れば草花が枯れるような黒いオーラを全身に纏い、その姿はあらゆる負を孕んでいるように見えてしまう。実際近くの電光がチカチカしだしたり、鴉が集まってきたりする。そんなんだから先輩に会ってしまうと不幸になるという学園の噂を結構本気で信じている生徒も多数いるのだ。それが事実なら同じクラスの奴らは大変だろう。誇るというにはマイナスイメージばかりだが、この他人にまったく干渉せずに生きている俺ですら先輩の事は知っていたんだから、学園生徒全員が知ってると言ってもいいかもしれない。
そんなこんなで学食に来た俺達に周囲の視線が刺さりまくった。昼時ともあってそれなりの人数がここに来ている。普段ならもっと大勢の生徒達で賑わっていただろう、しかし大会中の3日間の時間振りは決まっていない、つまり早弁しようが遅弁しようが自由だ、いつもより生徒が少ない、それが多少の救いだった。
他のメンバーはというとそんな奇異の目もまったく気にしていない。だが俺はとてもじゃないがこんな空気の中でランチをとりたくない。飯が不味くなるし、なにより落ち着かない。俺は先輩にお願いして場所を変えてもらった。
パン数個と飲み物を買って戻って来たのは、我らが本拠地ミス研部(仮)の部室だった。
「しかし、なんでここ電子オートロックなんですか。よくよく見ると色々おかしいですよねこの部室・・・・・・」
俺はパンをかじりながらふと沸いた疑問を先輩に問いかけてみた。
「そりゃ、もぐ、ルキくん・・・・・・うぐ、ここには貴重品がいっぱい・・・・・・むしゃ、あるから・・・・・・むぐ、だよ・・・・・・んが、んぐっ!」
先輩も俺と同じでパンを食しながら、問いに答えつつ、最後の欠片を宙に放って口に入れ・・・・・・喉に詰まられた。
「あ~あ、行儀悪いなぁ。大丈夫ですかぁ、はい、飲み物どうぞ・・・・・・。で、貴重品てなんです? 見たところそれらしき物見当たりませんが・・・・・・」
俺が渡したジュースを先輩は急いで口に運んで流し込む。呼吸を整えるために数秒時間を費やした。
「はぁ、はぁ、まじ死ぬかと思ったわ。吸血鬼の私がこんな事で死んだらいい笑い者だっつ~の!」
「死んでたら笑ってあげましたのに残念です。それで貴重品て?」
「ルキ君は冷たいなぁ。まるでダイヤモンドダストだなぁ。それこそオーロラエクス・・・・・・」
「はいはい、もういいから俺の質問に答えてください」
「人がせっかく会話を弾ませてあげようを思ったのにせっかちだなぁ。もう少し出し惜しみしたかったがしかたない、貴重品てのは・・・・・・私の刀に、邪子の伝説の武器シリーズとか矢出の本とか八尺の玩具とかだよ」
え、全部ガラクタでしょ? と喉まで出かけたが人の趣味にけちつけると本気で怒り出すパターンもあるのでぎゅっと堪えた。価値は本人が決めるものだ、先輩達にとってどんな屑でもプライスレスなんだ。きっとそうだと無理矢理納得してみた。
「だからって勝手に電子ロックつけるなんてやりすぎじゃ・・・・・・」
「ルキ君、それだけではないぞ、ここは我らの要塞なのだよ、いざとなっと時のパニックルームなのだ。食料や飲料水も蓄えてあるし、なんとちょっとした手術だってできちゃうんだぞ!」 手術は言い過ぎだろうけど、たしかに冷蔵庫もあるしエアコンにテレビ、パソコンと俺の部屋より快適に過ごせそうだ。
「そうだな、ルキ君も知っとた方がいい。何か予想外な事象が起きて皆がバラバラになったとき私達の集合地点はここだ。例えここに来て誰もいなかったとしても決して動かない事だな」
「はぁ・・・・・・」
先輩の顔つきが急に真面目になったので、俺は素直に頷いた。貴重品で思ったが、邪子の伝説の武器ナイフは本物だった。金属のバットを簡単に切裂いたのだ。本人の技量も合わさっての事だろうが、なにかトリックがあったのではないかと今になっても疑ってしまう。そうなると先輩の刀も・・・・・・まさかな。
「さぁ~て、腹も満たしたしこの東棟二階のボス、麻雀部に乗り込むぞ」
「おぉぉぉぉ!」
先輩が起ち上がると、邪子も声を出してそれに応えた。
全国大会準優勝の我が校麻雀部、レギュラー達は神がかった技を使うという噂だ。こりゃ今までの様にすんなり勝たせてはくれないだろう。たぶん麻雀で勝負するんだろうし。
PM:13:35分、麻雀部部室。
「ついに来ましたか、骨喰カンナ。もちろん私達相手に麻雀で挑むのでしょう? これまでのようには行きませんよ」
「後々文句は言われたくないからな。相手の土壌で完膚無きに叩きのめす。それが私達の流儀だ。心して掛かってこい」
麻雀部部長、三年、星野輪廻。この先輩も中々の肌合いだ。なにか持ってる人特有の匂いがする。
「うふふ、大した自信ですこと。では早速始めましょう、そちらの二人は誰ですか? 半荘2対2で最終得点の合計が多い方の勝ちって事でよろしいでしょうか?」
「いや、私一人でいい、そちらは三人。持ち点は一人25000、そっちは合計75000点を三人で共有してくれ。半荘で持ち点が0になって飛んだ方が負けにしよう」
先輩の提案に、星野部長の額がピクっと動いた。準優勝校の誇りもあるだろう、当然だ。他の部は自軍の断然有利なルールを喜んで受け入れたがここは違った。全国大会まで行く部はやはり根本から打ち込む気合いが異なるものなのだろう。
「私達を少し舐めすぎではなくて? 東北代表の帝陵、四国代表の神在学園を破った私達にそんな条件でやろうというの?」
「や、学校名言われてもよくわからんが。とにかく私が勝てばいいのだろう? 一応最初の親だけは私にしてくれ」
先輩は別に相手を舐めてはいない、ただただ自分が負けるとは微塵にも思っていないだけだ。そういう俺も先輩が負けるイメージがどうしても沸かない。
「い、いいでしょう。牙を剥く相手を間違えた事、存分に後悔なさい!」
星野部長が手を上げると、麻雀部員の二人が卓に着いた。う~ん、この二人も相当やりそうな雰囲気だからレギュラーの一角だろう。
「お願いします」
細かなルールを確認して、いざスタート。流石全国レベルの部だと部費も多いのか自動卓が完備されている。四人の前に牌が配られた。
半荘で75000を削るには役満クラスを連発しなきゃ無理だ。先輩なら開始早々、天和で九蓮宝燈辺りのW役満をやってくるかと思ったが、牌を捨てたのでそれはなかった。
なにやら卓を中心に渦巻く空気が重い。何もしていない観客の俺の額に汗が滲む。俺ですら息が詰まるのだから、卓にいるプレイヤーの四人は凄まじいプレッシャーを感じているはずだ。 3対1、一見不利なように見えるが、相手は点数を共有している、だから勝負を決めるにはツモるか先輩からの直撃を狙ういかない。この戦い意外と長引くかもしれない、と考えていた俺だったが全部気のせいだったとすぐわかる事になる。
「カンっ!」
先輩が牌を引きそう叫んだ。
そこからはずっと先輩のターンだった。
「カンっ!」
「カンっ!」
「カンっ!」
牌を掴む度にカン、先輩の場に東南西北が四枚ずつ揃った。先輩の牌は残り一つ。
麻雀はそれほど詳しくないが、この時点で先輩が何を狙っているかわかった。このままでも十分凄まじいのだが、この先にあるのはとんでもなく恐ろしい手だ。
四人を囲む麻雀部員達もざわめき出す。
「後は、引き当てるのみ・・・・・・」
お膳立ては整った。先輩の言動ですでに張ってるのがわかる。
他の三人は振り込まないため現物しか捨ててない。だが先輩にしたらここまで来たら鳴くことは考えてないだろう。狙うは一枚の牌だけ。
「貴方達、この局、カンで流すことは許しませんよ・・・・・・」
額に汗を滲ませ星野先輩がそう呟いた。たしか一局で五回カンがでてしまうとその局は流れてしまうはず、星野先輩はいつ爆発するかわからない爆弾をかかえて、なお勝負に拘っている。準優勝校のプライドか、部長としての尊厳か。
そしてついにその時が訪れた。
しばらくゲームを進めていると、ふいに骨喰先輩の口から笑みが零れた。
「苦苦苦・・・・・・」
その様子に、他の三人は只ならぬ気配を感じとったのか、全員の顔が一瞬で強ばった。
先輩が引いた牌を確認することなくそのまま力一杯叩きつける。カンで横に出ていた牌を中央にスライドさせながら同時に叫んだ。
「四槓子っ! 大四喜っ! 字一色っ! 四暗刻単騎待ちっ!!!!!」
うわっ、先輩の並べた牌が雷で覆われた、ように見えた。ついでに先輩の左目からも雷がビリっと発生した、ように見えた。
「あぁぁぁぁ???」
星野先輩達も変な声を出すのも無理もない、こりゃダブル役満所じゃない、何千局と打ってきた、あるいは見てきた星野先輩達でもこんな手は初めてみただろう。
一つ一つでもなかなか揃わないのに、この先輩それらを複合してきやがった。それも全部自分で引き当てながら・・・・・・。最後牌を確認しなかったのは待ちが白だったからだ、触れた瞬間先輩にはわかったのだろう。
「そろそろ、混ざれよっ!」
先輩はどっかで聞いたようなセリフを吐いたが、もう終わりましたよ。これ先輩が親だから点数にすれば288000点。オーバーキルもいいとこだ。
「こ、この女・・・・・・あの前回優勝校の九龍学園、常盤坂東子のようですわ。私達が手も足もでなかったあの九龍学園の常盤坂東子のようですわっ!」
よほどの事なのか二回言ってきた。うむ、全国の頂点には骨喰先輩みたいな化け物がいるのか。その勝負ちょっと見てみたい。
「私はこういう運の要素が混じる勝負はあまり好まない。だが、牌に愛され、引き寄せる、そんな選ばれた人間もいるということだ。常盤坂とかいう奴もそうなのだろう。オカルトじみた人間に勝つには、もっと麻雀を愛する事だ。さすれば天も味方してくれるだろう」
この先輩、最後は本当に偉そうに語るんだよな、まぁエフェクトが可視化するような打ち手だから納得するしかない。
「これで二階東棟は制覇したも同然だ。さて今日中に後、二、三個潰すぞ」
先輩は有頂天になり俺達四人を率いて部室を後にする。半信半疑だったがこの先輩まじで吸血鬼なのかもしれない、この俺が尊敬に値する人物だと認め始めている。この調子なら優勝も十分ありえてしまう。
「ルキ君、この階には他になにがあったかな?」
「えっと、隣人・・・・・・は棄権してるから、落研と漫研ですね」
「そうか、なら本当の落語を見せてやろう、そして漫研部ではいよいよ矢出の出番だ」
廊下を闊歩する俺達の行き先が決まった。この二つを取れば二階東棟を制覇できる。
殺人部(真)の快進撃はまだまだ止まらない。
PM:14:55分、漫画研究部。
もうすでに落語研究部は墜としてきた後だった。先輩の手には器が、扇子が箸に変わる幻が見えたとき、すでに勝負は決まっていた。軽快な会話でその場を魅了し、物語に引き込まれていく。表情も仕草もまるで現実のようだった。熊さんもはっつぁんも見える程こちらの想像力を極限まで高めてくれるまさに神の一席だった。落研部も感動で涙を流しながら権利書を手渡してくれ、お礼まで言ってきた有様。落語って面白いんだな、勉強しかしてなかった俺にはこれまでの勝負のすべてが新鮮だった。
「さて、漫研部の諸君、勝負方法なのだが私にはまったく想像できん。うちは矢出を出すから好きに戦ってくれ」
「え~、そんな事言われても・・・・・・」
漫研部は暗そうなイメージがあったが、それを吹っ飛ばすほどイケメンでオシャレ部長の松平が困り顔を見せ考えあぐねる。今から漫画を書くのもあれだし、本当にどうするんだろう。
「決まらないと、実力行使になってしまうがいいか? 三秒で殲滅してしまうぞ。ここには結構漫画本があるが血で汚れるのもあれだろう・・・・・・」
さらりと怖いこと言った先輩に松平は慌ててブンブンと首を横に振った。
「わかった、わかったから少し待ってくれ! う~ん、う~む・・・」
松平が頭を抱えて考え込んでいると、前に出てきていた矢出の読んでいる本が目に入った。
「そ、それはっ!」
目の色が変わった。部長の一声で部員達も駆け寄ってきて矢出の本に釘付けになる。
「なんだ、なんだ・・・・・・」
興奮気味の漫研部に俺は不思議そうに眺めていると、部長が頼んでもないのに勝手に語り出した。
「裏手聖光の幻の初版本・・・・・・まさかこの目で拝める日が来るとは・・・・・・」
漫画は読まないが名前くらいは聞いたことがある、放映30年以上続いている国民的アニメの原作者でもある。そんな貴重な本なのかと、俺も首を曲げて覗き込むように本を確認したのだが、あれ、おかしいな。
「気づいたか・・・・・・そう名前が間違っているのだ。本当は聖なる光と書くのだが、これはなんでこうなったっ! と問いたくなるような表示になっている」
あぁ、本当だ。性行になってる。作者の名前が間違ってる状態で発売されるってどんだけ杜撰なんだ。まだ成功とかなら救いもあったのに。
「すぐに回収され、書店に並んだのは僅か一日に満たない、さらにこの時まだ無名に近かった聖光先生の本はそんなに売れてはいなかった。だから本当にあるのかさえ疑わしかった幻の本なのだよ! 聖光先生にはマニアも多い、オークションにかけたら一体いくらになるか・・・・・・」
まさに垂涎の一品ということか。本当に物の価値って難しいな、俺にはカビ臭い古本にしか見えない。
「俺達の負けだ。これを持って行くがいい」
おっと、ここで松平が権利書を差し出したぁ。今回は戦ってすらいないぞ。
「いいのか? 別に私達は殺し合いでもいいのだぞ?」
「それはこっちが駄目だ。それにこんな一品見せられたら漫研部としては負けをみとめるしかない。彼女は漫画マスター三郎の上を行くかもしれんな・・・・・・」
その世界の人しかわからない人物を例えに出すのやめてもらいたい。知らない人にすれば例えにならないんだよな。
「うむ、これで東棟二階を制覇だ。時間は・・・・・・まだ、あるな。よし、本日の最後にサッカー部を潰す! 景気づけだ、我に続け!」
もう、止まらない。朝の俺ならサッカー部とだなんてとんでもないと必死に止めていただろう。だが今はわくわくしている、一体今度はどうやって勝ってくれるのかと期待してしまっている。
俺は黙って先輩の背中を追ってゆく。
PM:15:17分 第二グラウンド
俺はゴール前でキーパーをしていた。俺の近くには漫画を読む矢出とぼーっとしている八尺がいる。
先輩の掲げたルールはこうだ、30分間で一点でもこっちが取られたら負け。これ以上ない位、破格の条件だった。しかし、開始二十分を越えた今になってもボールが自軍のゴール付近に来ることはない。
「しゃぁーーーーーっ!」
DFの一人が骨喰先輩にスライディングを仕掛けてきた。明らかにボールというよりは先輩の足を狙いにきている。
「取ったっ!」
鋭いスパイクの底が先輩の足首を抉った。と思ったら先輩の姿が蜃気楼のように揺らめいた。
「苦苦苦、残像だ」
本体はもうすでに抜いていた。もう俺はこの先輩達がなにをしようが驚かない事に決めた。「邪子っ!」
「カンナちゃん!」
華麗なパス回しでどんどんDFを躱していく。というかもうあっちは11人全員で守っているからポジションなんて関係なかった。
ボールを宙高く上げると、二人は同時に飛んだ。
「目に焼き付けろっ! いくぞ、ツインバードオーバードライブっ!」
先輩と邪子がオーバーヘッドをシンクロさせて合体技を繰り出した。
不規則な回転でボールが歪んで左右にぶれる。
「ボ、ボールが何個にも見えるっ! 一体どれが本物だっ!?」
体を張って適当に止めようとする部員達が次々と吹っ飛びだす。
すると変則的な動きをしていたボールが急に安定した。と思ったら今度は急に加速し始める。
「う、うあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
キーパーが頭を抱えてしゃがんだ。これはしょうがない、もう空気との摩擦で煙りが出てるし、ギュンギュン音もしてるから、もうしゃーない。これは許してやろう。
ボールがゴールネットを揺らし、いやぶち破った。さっきから何度も貫通してるからもうゴールはボロボロだ。ポストもへこんでいるから当初の原型がない。
「苦苦苦、これで81点目だな。さぁ、急がないと時間がないぞサッカー部よ」
まるでバスケの点数だ。嘘みたいだろ、サッカーなんだぜ、これ。
相手がボールを持っていられるのは、仕切り直しの数秒だけだ。すぐに邪子に取られてしまい、そのままツインライガーシュートだの、アルテメットうんたらだので点を加算していく。
「クソっ! もう時間がない・・・・・・。かくなる上は・・・・・・」
センターサークルにいたキャプテンの椿が隣の選手となにやらヒソヒソと相談している。一体なにを企んでることやら。
「いくぞ、お前達の負けだっ!」
キャプテン椿がそう宣言すると、ふいに地面にあったボールを拾い両手でがっちり抱えた。そしてその後はもう脇目も振らずにこっちに全力疾走してきた。
まるでラグビーのようだ。嘘みたいだろ、サッカーなんだぜ、これ。
「ちぃ、流石の私もこれは予想しななんだっ! ここまで屑だったとはっ!」
「だれも、サッカーで勝負するなんて言ってないぜっ! 一点とりゃいいんだろがっ!」
残りの10人が先輩と邪子の行く手を遮る。この二人ならこんな壁なんなく突破しそうだが、肝心の骨喰先輩があまりの相手の外道ぶりに唖然としている。邪子は先輩の指示がないと基本行動しないから棒立ちである。
「あぁぁぁ」
キャプテン椿がすっごい勢いでこっちに突っ込んで来る。これは一般人の俺では止められそうにない。頼りになるのは前方の矢出と八尺だったのだが、静止画を見ているようにまったく動かない。
「八尺っ! 矢出っ! そいつをこっちに寄こせっ!」
先輩がこっちに声を投げた。その瞬間二人は僅かにピクリと反応したように見えた。
「どけぇぇぇぇぇっ!」
向かってきた椿に八尺が回転足払い、そのままバランスを崩した椿の足を掴んで矢出に向かって放った。
飛んでくる椿を本を読みながらの状態で、相手のボールを持ってない方の腕をキャッチすると、自身は半回しながら邪子に向かって目一杯空へとぶん投げた。
「オ~ラ~イっ!」
邪子が上空から落ちてくる椿を頭で合わせて先輩へとヘディングパス。再び空中へと上げられた椿に標準を合わせると先輩が大地を蹴った。
椿の頭をバスケットボールに見立てガシっと掴むと、ハンドボールのシュートのようにゴール目がけて投げ入れた。ここから見た人には信じられないだろうが、忘れてはいけないこれはあくまでサッカーだったのだ。
椿がボールを抱えたままゴールネットを揺らした。今度は流石に突き破らなかったようです。それにしても最後までボールを離さなかった椿は屑ではあったが賞賛を与えたい。
「これで82点目だ」
ポキリとサッカー部員達の心の折れる音が第二グラウンドに広がった。あんなの見せられたらそれは折れるわな、もうバキバキでしょう。
「・・・・・・俺達の・・・・・・負けだ・・・・・・」
ネットに絡まり無様な姿を曝していたキャプテン椿がそう漏らした。半分気を失いかけていたがそれでも意識を保ってるなんて、本来すごい選手なのかもしれないな。それとも先輩達が絶妙の力加減でキャプテンをゴールしたのだろうか。
「苦苦苦、今日はこんなとこだろう、あまり初日から飛ばすのもなんだしな」
いやいやフルスロットルですよ、先輩。
殺人部(真)の本日の成果、撃破部数8、獲得陣地、グラウンド2、部室8。
間違いなく現在トップだろう。他の部も争っていただろうし、今日だけで生き残ってる部は半分くらいに減っただろうか。後で詳しく調べておこう。
「よし、今日はここまでだな。みんなよくやってくれた。明日もがんばろう」
先輩はそう労ったが、正直俺はなにもやってない。他のメンバーも邪子が少し手伝ったくらいでほとんどは先輩の独壇場だった。それがなんだか悔しくて、明日はなにかしら力になりたいなんて、柄でもないことを思っていた。
その夜、俺は興奮して眠れなかった。殺人部の、骨喰先輩の活躍が脳に焼き付いて離れない。非現実な体験をこのまま堪能するか、それとも別の事を考えて紛らわそうかと、俺が布団をかぶってもぞもぞしていると姉さんが現れた。
「ルー君、まだ起きてたの? また頭痛?」
眉毛を提げ俺を気遣ってくれる姉さん。俺は焦って否定した、姉さんの憂いを含んだ顔は見たくない。
「大丈夫だよっ姉さん。ただ、今日色々常識外の事が起きたんで、気持ちが高ぶったのかな、なかなか寝付けなくて・・・・・・」
「あらあら、なにがあったのかしら」
姉さんが俺の横に興味津々と潜り込んできた。
あぁ、いつものように広がるどんな花よりも、極上の香水よりも遥かに素晴らしい姉さんの香りだ。
「骨喰先輩がとにかくすごいんだ・・・・・・、オセロで自色統一したり、将棋部相手に八枚落ちで負かしたり、囲碁部相手に神の一手を・・・・・・」
俺は息を弾ませながら今日あったことを姉さんに話した。姉さんはそんな俺の話を黙って聞いてくれた。
「ルー君が他の人の事をこんなに話すなんてめずらしいね。その人に惚れちゃったのかな? お姉ちゃん嫉妬しちゃうかも」
「な、なに言ってるだよ、俺は姉さん以外興味はないよっ!」
「うふふ、冗談よ。ルー君明日もがんばるんでしょ? そろそろおやすみなさい」
「・・・・・・うん。姉さん、俺が眠りにつくまでまたここにいて欲しいな・・・・・・」
「いいわよ、お姉ちゃん、ここにいるから、安心して・・・・・・」
姉さんが俺を穏やかに抱き寄せる。柔らかい。今の俺は世界一の幸せ者だ。
目を閉じるとすぐに俺の意識は遠ざかっていった。