第一章 拉致された俺。
学園内のエントランスには電光掲示板があった。空港の案内板ほどある大きなそれは、登校してくる学生の目に否が応にも飛び込んでくる。行事日程や委員会のお知らせなど、主に学内の広報が常に映し出されている。そして今現在その発信されている情報の大部分を占めていたのが先日行われた第一次新学期テスト、その結果だった。
全校生徒数、5206名、一学年辺り1500を超すマンモス学園。掲示板に名が連なるは上位一位から50位までと一割にも満たない。まさに学力だけでいえばこの学園の上辺に分類される学徒達と言えよう。その内容も5分置きに学年が切り替わり、先ほど自分の二学年に移った所だ。
同学年だろう生徒達が足を止め自分の名前がないものかと上を見上げている。しかし俺は横目でその様子を一瞥するだけでその場を通り過ぎる。別に俺だけじゃない、そういう生徒は他にも大勢いる。50位圏内に入る見込みがないため確認する必要もなく、他人の結果に興味がない者は大概同じ行動をとるだろう。だが俺の場合は少し違う。他人に関心がないのは同じだったが、そもそも見る必要性がなかった。
この俺、華月ルキは今回の第一次新学期テストにおいて学年一位なのだ。ナンバーワンであって、頂点であって、最高位の存在、それ以外あり得ないのだ。したがって掲示板を見るまでもない。そう思う根拠もちゃんとある。そもそもこの学園に入って今まで一番以外とった事はない。他の者が青い春を送っている間、ひたすら勉強だけをしてきた。それこそ寝る間も惜しんで勉学に励んだ。恋、遊戯、趣味ありとありうる雑念を振り払って一心不乱にこれまでやってきた。多少の才能はあったのかもしれない、だが0はなにも生み出さない。それに見合う努力はたしかにしてきた。
俺は誰にも負ける訳にはいかないのだ。そう、それはすべてあの人のため。俺のすべて、いやこの身を同じ枠で囲ってはいけない。仮に無神論者の俺が神を例えるとすれば彼女を当てはめるだろう。華月ルミに軽蔑されてはならない。華月ルミに恥をかかせてはならない。俺は常に姉さんの自慢の弟ではなくてはならない。
二年一組の教室を目指し階段をゆっくり上る。突き当たった先の廊下に身を出すと飛び込んで来た光景に俺は身を硬直させた。
「どいて! どいて! どいて~!!」
一人の少女が両手いっぱいに本を抱えて端から走り込んでくる。
いや、お前が止まればいいだけだろう。荷物いっぱい持ってるのになんでわざわざ走るんだよ!?
そう心でつっこんだが、少女の勢いは増すばかりで狙いすましたかのように俺へと向かって来る。右に避ければ彼女も、左に避ければ彼女も同方向へと転換してくる始末。そのうち距離は縮まり・・・ついに本をぶちまけながら俺と正面衝突した。
「いててて・・・・・・」
その場にへたり込む女生徒と大の字に倒れる俺。いてててじゃねぇよ。こっちは呼吸もままならねぇ。物量+スピードが衝撃ならば重そうなハードカバーの書籍を何冊も所持していたあちらの攻撃力はそうとうなものだ。さらに宙を舞ったその本の何冊かが俺の急所を確実に捕らえながら落下した。
「あっちゃ~やっちゃった。もう私ったら・・・・・・どじっ子! てへ、てへ、てへりんこ!」
小さく舌を出して頭ごっつんこのポーズ。それを見て言いたい事は腐るほどあった。声が出るなら激しく罵倒していただろう。しかし俺にはそんな余裕はなかった。本の攻撃はすべて角だった。
「あ~っ本! 汚したら図書委員の人に怒られちゃう!」
少女はいそいそとその場に散った本を拾い出す。ぱんぱんと埃を払い、また器用に片手に積み上げていった。自分の身長を超える程重ねてすべてを手に収めると、すっかり隠れた上半身から顔を出し、今だ地ベタで天井を見ていた俺に視線を落とした。
「あの~、大丈夫?」
ここでかよっ! 普通それ最初じゃないっ!? てへ、てへ、てへりんこより先だろ!
「・・・・・・・・・・・・」
残念ながらまだ呼吸を整えるのがやっとだったので本来大声でそう言いたかったが無理だった。しかたなかったので手をブンブン振って、いや大丈夫じゃね~よっ! とジェスチャー。
「え、気にするなって? 俺は平気だ、お前こそ大丈夫かと?」
「・・・・・・・・・・・・」
なに、こいつ? 人? どこの回路がそうお前の脳に伝えているんだ。
「私は見ての通りぴんぴんだよっ!」
少女は言葉をアピールするためにその場をぴょんぴょん飛び跳ねた。
本! 本! 本! 口をぱくぱくしながら俺はその不安定に揺れるブックタワーの行く末を案じる。
「へい、へい、へ~い! きゃっほ~!」
ジャンプだけじゃ飽きたらず、その場で軽くダンスを始める少女。それと連動するように左右に振られる本の塔も倒壊寸前。
まずいきなり踊り出すこいつにもびっくりだが、今は本の方がやばい。これ数秒後にまた俺にピンポイント急所攻撃が来る。そう思った俺は覚悟を決めて瞳を閉じて顔を背けた。それを見た少女が急に顔を赤らめさせ
「きゃ、もしかしてパンツ見えちゃった? もうっやん!」
と小悪魔チックにそう言い、態とらしくスカートを手で押さえた。
今ここで血圧を測ったらたぶん4桁いってるんじゃなかろうか。あらゆる穴から血を吹き出しそうになったがなんとか留める。それに、たしかに見えてはいた。薄紫のやつがな。だが俺の異性カテゴリーは姉さん、その他の二種類で後者にはまったく興味ない。したがってたとえお前が全裸でも俺はなんの感動も覚えないんだよ。
「あ、血がでてるよっ! これはいけない、すぐに手当しなきゃっ!」
ふと少女の言動に疑問を抱いた。たしかに物理攻撃は受けたが顔は避けたし、流血するようなダメージはないはず。そう思いつつも俺は彼女が注目している箇所、自分の左手に視線を移した。するとたしかに一筋の赤い傷から血が少し流れ出ている。他の部分が強かったせいでさほど感じなかった痛みが認識した事によってズキズキと主張し始める。しかし、なんでこんな切ったような傷が・・・。
「幸い、私達の拠点も近いよ。すぐに連れてってあげるね!」
少女は言うなり俺の右手首を握るとそのまま引きずるようにどこかへ向かって歩きだした。「~~~~~~~~~~~~!」
音にならない息を喉からはき出し、必死に抵抗を試みるも体がうまく動かない。さらに少女の力が異様に強いので俺はされるがままこの場から速やかに移動させられた。
「君が華月ルキ君か。さっそくだがこれに名前を書いてくれたまえ」
数分、体を引かれた先の小さな部屋で俺は一枚の紙を差し出された。前髪ぱっつんの黒髪少女、瞳は淀み、光はない。この独特の雰囲気を醸し出す女性を俺は知っていた。
「骨喰カンナ先輩ですよね? なんですこれ?」
ここへと押し込まれた瞬間、先ほどまで思うように動かなかった体も軽くなり声も自然を出るようになった。さらに血が出ていた切り傷が嘘だったように止まっている。
「見ればわかるではないか。入部届けだよ。まぁ君がこれを書いた時点で部になるのだがね」 カンナ先輩は苦苦苦と笑い口元に手を添えた。相変わらず薄気味悪い。
「いや、だからなんで俺が署名しなければなんないんですか。悪いんですけど俺、部活の類はやらない事にしてるんで」
体よく断る嘘ではない。部活動などに貴重な時間を費やすなんて愚の骨頂。その分どれだけの量の知識をこの頭につけ込めると思ってるんだか。
「部員を紹介しよう。君をつれてきた後ろ子、常に口を開けている、ちょっとお馬鹿な・・・・・・だがそこがそれなりに可愛いという切裂邪子、二年生だ」
うわ、完全にスルーしやがった。
「よろしくね☆」
後ろから声がしたが俺は振り向かない。
「そして後ろで少年漫画を読んでいる牛乳瓶底眼鏡の子、彼女が矢出未来だ。ちなみに眼鏡を外すとめちゃ美少女だぞ。矢出はデレのない、ヤンデレ、クーデレ、ツンデレが合さったようななもんで、ヤン・クー・ツンだ」
どこのアジアンスターだ。一応、右方向、椅子に座って黙々と本を読んでる少女に目を向けたが、あちらは我関せずとあいさつ所かこちらを見ようともしない。
「で、その端にいる奴が、八尺天、一年だ。こいつは男にしか興味がないガチの人だ。君とのBL展開を期待している」
身長の低い、一見かなり年下に思える少年は、長い前髪からこちらをちらっと覗くとすぐに恥ずかしそうに視線を外した。男どころか女にも興味がない俺に一体どうしろと。
「そしてこの私、数分後には部長になる骨喰カンナ、三年だ。顔良し、頭良し、スタイル良し、性格良しの巷で散乱しているヒロインぽいパーフェクト超人だぞ」
自分でそういうヒロインは見た事がないですね。超人て。
「私達はミステリー研究会(仮)を四人でこそこそ活動していたわけだが、ある事情で今すぐにでも部に昇格しなければならなくなった。部は五人いないと承認されない。そこで君にヨウカハイネンの弩で白羽の矢を放ったというわけだ」
ヨウカハイネンの弩は殺意を込めて作られた武器だろう、どういう意図だよ。
「残念ですが、その矢は当たりませんけどね。部にしたいってのはわかりましたけど、だからってなんで俺なんです?」
すでに部に入っている者を抜かしても、その候補は多岐に渡るだろう。その中でなぜ自分が選ばれたかは謎だった。人相応以上に読書はしているがミステリーはその中の一部でしかない。特に好んで読むわけでもないのだが。
「理由は二つある。まず君があの華月ルミの弟という事。そしてもう一つ、その君自身が学年一の秀才ということだ」
姉さんを引き合いに出されては納得せざるをえなかった。この学園で最高位の存在を選出するとするなら姉さんしかいまい。その姉さんはすでに部に在籍している、それなら格こそ数十段劣るが同じ遺伝子を持つ俺に目をつけるのもわかる。
「華月ルミ・・・・・・この私がテストでは勝てなかった存在」
思いの外ショックだったのだろうか、普段何事にも動じなそうな先輩が珍しくも悔しそうに口をかみしめていた。先輩は姉さんと同じ学年だ、今回も勝てなかったのだろう。
「まぁ、姉さんを一般人と比べては駄目ですよ。とにかく先輩では一生勝てないですね」
俺はまるで自分のことのように遥か高峰から先輩を見下すようにそう告げた。
「・・・・・・そうだな、一生勝てまい」
自分でパーフェクト超人と自称してる割には、あっさり負けを認める先輩。流石の超人も姉さんには跪くしかないという事か。
「とにかく事情はどうあれ、それでも俺は部活動をする気はありませんよ。僕はその姉さんに一ミクロンでも近づけるように日々精進しなければならんのです。時間はいくらあっても足りませんからね」
「まぁまぁそれはそれで、とりあえず名前だけ書いてってもらおう」
「いや、だから書かないって・・・・・・」
「大丈夫、先っちょだけ、まずボールペンの先っちょだけ紙に押し当てようか」
「ちょっと、無理矢理ペン握らせないでくださいよ!」
「OK,OK,後は私がやるからとにかく君は握っててくれればいいから」
「痛! 先輩痛いっ! すっごい力! 女子の細腕になぜこんな腕力が!」
「よし、よし、いいよぉ~、ここから一気に行こうか!」
「あ、あ、あ、勝手に字を書かされていく。これはとてもじゃないが抗いようのない!」
「後、ちょっと、もう少し・・・・・・よし、書けた!」
先輩は俺の手を使って強引に署名させると、ようやくその万力のような両手を解いた。
「なんて人だ・・・・・・」
「苦苦苦・・・・・・これで晴れて君も我がミステリー研究部(仮)の一員となったわけだな」
「いや、先輩、これ自分の名前書いてるから駄目ですよ」
「な・・・・・・ん・・・・・・やて」
先輩ははっと表情を変え、入部届けを手にとったが、署名欄に書かれていたのは骨喰カンナの文字。
「き、貴様、計ったな!」
「俺、もう帰りますね。朝礼に間に合わなくなりますんで・・・・・・」
もう付き合えきれないと俺は部屋を出ようと踵を返す。
「ま、待て! 邪子! 彼を通すでないぞ!」
「は~い☆」
切裂邪子は俺を立ち塞ぐようにドアの前に立つ。強行的に突破しようとしたが彼女の目が細くこちらを見据えている。まるで別人のような表情に俺は身を固まらせた。
「お、おい、どけよ。まじ遅刻扱いになっちゃうだろ・・・・・・」
「カンナちゃんがね、通すなって・・・・・・」
トーンが低い。おいおいさっきまでのテヘ、テヘ、テヘリン邪子はどこへ消えた。これは一歩でも踏み出したらやばい、何がなんだがわからないがたぶんやばい。
「苦苦苦・・・・・・動かない事をお勧めする。それに内側から電子ロックで施錠してある。ここから抜け出す事は最初から君には不可能なのだよ! ここは完全な密室だ!」
およそミス研みたいな単語出してきやがった。しかし、参った。無遅刻無欠席の皆勤賞を狙っているこの俺がこのままでは遅刻してしまう。悔しい、すごく屈辱的だがここは・・・・・・。
「・・・・・・幽霊部員でも?」
こりゃ脱出は無理と潔く諦め、すぐ譲歩案に移った。すると先輩はニヤリとそれはもう悪魔のような笑みを浮かべ軽く頷いた。
「3日だけだ。あるイベント中の3日間だけ君を拘束する。それが終われば君は自由だ。後は来ても来なくてもかまわんよ」
「・・・・・・3日。正直3日でも相当時間のロスだな、だけど食事と睡眠を削ればなんとかなるか・・・・・・」
「苦苦苦、覚悟は決まったようだね」
「・・・・・・この仕打ち。いつか後悔しますよ、それでいいなら」
「それは楽しみだ」
予鈴まで五分を切った。俺はしぶしぶ再び渡された入部届けに自分の手でペンを走らせたのだった。
それから数日後、なぜ骨喰先輩が部昇格に拘っていたのかがわかった。朝、いつも通りに学門からエントランスに入ろうとすると凄まじい人の群れが沸いていた。広大な門口を埋め尽くす、人、人、人。その視線は掲示板一点に集中している。
[総額64億争奪 部対抗 陣地取り大戦開催! 詳細は後日発表]
なにこのとんでもイベントは。・・・・・・64億て。まずこの金額どっから出てきた。
しばらくポカンと掲示板に釘付けになっていると、携帯がブルブル震えだした。着信があるという事は相手は両親か姉さんだけ。友達にも一切番号は教えていない。だからここ数ヶ月は時計代わりにしか使ってなかった。俺は姉さんだった場合を考えて慌ててポケットから携帯を取り出した。しかし、画面に映っていたのは非通知の表示だった。
「・・・・・・もしもし・・・・・・」
初めての状況に少し戸惑いながらもとりあえず電話をとった。
「あ~私、私。掲示板は見たな。今すぐ部室に来い」
「この一方的な物言いは、骨喰先輩ですか? なんで俺の番号知ってるんすか!?」
「あ~そういうのいいから、なるべく早く来てくれたまえ。ルキ君も朝はそんなに時間ないだろ。じゃあのう」
最後、微妙に広島風に切られた。なんなのこの人。もう何を言ってるかわからないよ!
「また切裂邪子でも送り込まれたら敵わんな。・・・・・・しかたない行くしかないか。たしかに状況は知りたいし・・・・・・」
足取りが重い。なんで朝からこんな気分にならなくてはいかんのか。俺はしぶしぶ、ミステリー研究部(仮)の部室へと向かった。
「おはよう、ルキ君。今日は天気もいいし気分がいいな」
俺はあんたのせいで最悪ですけどね。部屋に入ると他の部員はすでに全員揃っていた。というかこの前とまったく同じ状況、同じ位置取りだった。ん、同じ位置取り?
「あ、いつの間に」
「ルキ君おはよう☆」
瞬時に回り込まれて後ろをとられていた。
「苦苦苦、そう構えなくてもいい。掲示板は見たな? 今日はその説明をするだけだ。時間までには帰すから安心するといい」
「・・・・・・で、説明って、あの無茶苦茶なイベントの事ですか?」
「話が早くて助かるよ。聡明な君なら私が早急に愛好会を部へと昇格させようとした理由がここにあることはすでに理解しているだろう」
「俺じゃなくてもわかりますよ。前情報をどっから仕入れてきてたわかりませんけど、すでにこの陣取り合戦が開催される事を知っていたんですね」
「情報が漏れたら各部は人員を確保しようと躍起になっていただろう。そんな混乱を招く極秘事項を私がなぜ知り入れたかはそれこそ、ひ、み、つ、だぞ」
「あ~はいはい。そうですね秘密ならしゃーないですね。じゃあこのイベントの趣旨をお願いします。この金額絶対おかしいでしょ」
「理事長のクソ爺が死にそうだから私財使ってワイワイ最後の手向けにして欲しいんじゃないだろうか」
「うちの理事長ですか?」
「爺は家族もいないし、過去散々あくどいやり方で金を稼いできたからな。この学費が安い学園だってただの道楽だ。JKのパンチラが見たかっただけだ! 金は死んだら使い道がない、死に際に派手に使うつもりだろう」
「寄付とか・・・・・・」
「あの爺が寄付なんてする玉か。あれは屑オブ屑だぞ。そんな老害も今回にかぎってはいい事を思いついたものだ。64億か・・・・・・苦苦苦それだけあったら・・・・・・」
「勝つ気まんまんですね。いくら部になったからって五人じゃ無理でしょ・・・・・・」
「ん? あ~大丈夫だぞ。私達全員吸血鬼だからな」
今この先輩さらっと変なこと言ったな。
「・・・・・・えっと中二?」
「うあ~? 吸血鬼っていうと語弊があるか。違う違う、化け物って意味ではそうかもしれんが、私達の場合、殺人鬼って事だよ」
「・・・・・・こりゃ相当拗らせましたね、お薬出しときますね~」
「まて! 話を聞け! 昔、ハンガリー王国の貴族でエリザべート・バートリーという女がいた。彼女は戦争で留守がちな夫の代わりに広大な領地を支配してたわけだ。しかしその残忍な性格が10年間で600人もの少女を死に至らしめた。血を好み生き血の風呂に浸かったりの異常さ、そして残虐行為の数々、人々はそんな彼女を吸血鬼と呼び恐れた。それから現在にいたり優秀な殺人鬼には吸血鬼の称号を得られるのだ!」
「まじっすか~。そんで優秀な殺人鬼のみなさんが称号持ちって事ですね~」
「うむ、ちなみに私が吸血鬼ルスヴンの称号を持つ殺人鬼。邪子が吸血鬼ジル・ド・レイの称号、矢出が吸血鬼ブルンヒルダ、八尺が吸血鬼クラリモンド。それぞれ、ネクロフィリアック(死体性愛者)、対物性愛者、二次元性愛者、同性愛者という性格。ついでに君の姉性愛者が加わって完璧な布陣だな」
「あ~、なるほど、ミステリー研究会ですもんね。殺人鬼に憧れちゃいますよね! ははは、そっか、そっか・・・・・・・・・・・・ははは」
「言ってなかったが本来はミス研ではないぞ、あくまで(仮)だぞ。実際は殺人部だ。こんな名前じゃ申請も下りないからしかたなくミス研にしてるんだ」
「もう帰っていいですか。俺が姉性愛者で有ることを否定しませんし、対物も二次元も同姓愛者も別に俺は問題じゃないと思うんですけど・・・だが先輩、あんたは駄目だ! ネクロフィリックはちょっと話が合いそうにない!」
「なぜ、私がネクロフィリックだとわかった! 割り当てもしてないのに」
「漫画読んでたまにニヤってする子や、俺をちらちら見ながら微かに吐息を乱す奴や、先輩が殺人鬼って言った瞬間、ナイフを取り出して目を輝かし話し掛けてる後ろの子がいるからですよ」
吸血鬼や殺人鬼うんぬんは別にしてもここの連中が他の生徒と一線を画す存在っていうのがよくわかった。
「と、兎に角、戦闘面では我が軍は圧倒的だ! だがいかんせん、私以外みんな頭が弱い! 孔明の罠よろしく、敵の策に自ら飛んで溺れるのは目に見えている。これじゃ折角の64億円も手に入らないかもしれない! そこで学年一の秀才の君にはこの中の一人の面倒を見て貰う!」
「戦闘面が圧倒的なのかは知りませんが、本当に五人で勝つつもりですか?」
「無論だ」
自称スタイル抜群というだけあって制服からでもわかる大きな胸を張り出して先輩は自信たっぷりにそう答えた。
「64億ねぇ・・・・・・」
たしかに魅力的ではある。これだけの金額、山分けしても相当の額だ。姉さんの欲しい物ほぼすべて手に入れられるだろう。姉さんに相応しい宝石も衣服もなにもかも。
「戦況が不利の方が燃えますしね。やるだけやりましょうか」
「苦苦苦、そうこなくちゃな。今のうちに賞金の使い道を考えとくといい」
「先輩は、なにか使い道あるんですか?」
「私はあれだよ」
カンナ先輩は奥のショーケースを指刺した。その中には何振りかの日本刀が飾られている。「私は日本刀を好んでいるのだよ、刀はいい。人の悲鳴を聞かなくて済む。童子切安網、三日月宗近、いずれも国宝級だが天下五剣すべて揃えてみせるぞ」
ムフーと鼻から息を吐き出す先輩は軽く興奮しているみたいだ。よくわからんがこれはレプリカだろう。本物なら博物館に展示してあるからな。天下五剣レベルは64億というかいくら金を積んでも手に入らなそうだし。
「はいは~い☆ 私はね。ナイフを買います!」
聞いてもいないのに今度は邪子が俺の背越しに語り出した。
「んとね~、邪子は伝説の武器シリーズのナイフを揃えるんだぁ☆」
今度は邪子が左横のフィギュア棚みたいな物を指刺す。目をこらすとナイフがいくつも綺麗に飾られている。
「右からねぇ、X狩り場ー、零羽テイン、輝煌愚、打陰スレイブ、銅鑼髃ヴァンディル・・・ふふふ、どう、可愛いでしょ? まだまだあるんだけどね、なかなか持ってる人少ないんだ・・・」
エクスカリバー、レーヴァティンね。剣なのにナイフなのか、伝説の武器っていうだけあって俺でも聞いたことがある名前もあった。欲しいのはわかったがこれは億もいらんだろ。
「他の二人は・・・・・・」
ちらりと残りの部員にも目をやる。完全に一人の殻に閉じこもってる矢出はたぶん漫画図書館あたりだな。で、そっちの美少年は、あれだな。うん、あれだ。よくわからないけど考えないことにしよう。
「で、いつからですか? 詳細は後日になってましたけど、先輩ならもうすでにご存じなんでしょ?」
「苦苦苦、もちろんだよ。開始は一週間後の5月30日。それから3日間。ルールは単純、部の代表から証を奪えばその部の縄張りはこちらの物になる、、最終的に全部の証を揃え学園を制覇した部が勝利。基本殺さなければ何してもいいらしいYO」
「え、つまり暴力を振るっても構わないんですか?」
「各部の特色にあった物なら武器にして構わないらしいんだ。我らはミス研部だからナイフとか刀とかでいいんだと思う」
「いや駄目でしょ。普通に考えて本とかじゃないんですか?」
「いやいや駄目だろ。それじゃ文学部とかと被るだろう。こっちは五人なんだしそこは目を瞑ろうよ」
「・・・・・・失格になったら先輩のせいですからね」
「いける、いける。うまくやるって」
どうもこの先輩は物事を楽観視するきらいがあるな。ポジティブなのはいいが度が過ぎるといつか痛い目に遭いそうだ。とはいうものの部特有の物が武器になるとしたら危険な部は結構あるし、どうせあの刀とナイフも模造品のオモチャみたいなもんだから問題ないか。
「正式に内容が告知されたら学内は騒然とするだろう。期日まで君は大人しくしてなさい。告知された以上もう部員の補充は不可だが、一応殺人部(真)の一員という事は隠しておいた方がよかろう、無論私達が殺人吸血鬼ってこともNE!」
「ご心配なく。俺もここの変人馬鹿部員の一人だって知られるの嫌なので口が裂けても言わないと思います。殺人鬼とか吸血鬼なんて言った日には俺、明日から魔眼使いのルキとか二つ名で呼ばれちゃいますしね」
「ちょっ言い方!! たとえそう思っててもオブろうよ! 雑でもいいから包んでくれたまえ」
「それは失礼しました。ですがね大丈夫なんですよ。そもそも俺に話し掛けてくる奇特なクラスメートなんていないんでね」
俺は少し遠くを見た。べ、別に友達が欲しいわけじゃないんだからね。元々俺は姉さんがいればいいんだからね。と強がっているようで本当にそうなので問題ない。友達なんて上辺だけの存在だ、本当に困った時は助けてくれないし、いざとなったら裏切るだろう。しょせん他人など当てにはならない。一番信用できるのはやはり血を分けた家族だけだ。
「・・・・・・そろそろ時間も押し迫ってきたので俺は失礼しますね。それじゃ当日会いましょう。それまで例え廊下ですれ違っても目も合わせませんのでよろしくです」
「う、うむ。ではいづれまた・・・・・・」
そうして俺は今日はすんなりと道を空けた邪子を尻目に部室を後にした。
しかし随分のんびりしてるけどあの人達授業出てるのか?
それから数日間とにかくこのイベントの話題で持ちきりだった。帰宅部の連中は自分が部に所属してないことを嘆き、各部員達はどこが強敵だのあそこが狙い目だのと今から戦略を練っている。かくゆう俺自身も頭の中はこの陣地取り対戦の事でいっぱいだった。出るからには優勝したい。そう言えば姉さんのいる華道部は出場するのだろうか。あそこも5人しかいなかったはずだ。そうなると姉さん一人が完璧でも残りがカスでは勝ち上がることは難しいだろう。賞金は俺が獲得してくるので、ここは大人しく棄権してくれると俺としても助かるのだが。後で姉さんに進言してみよう。
そんな中、刻々とその日が近づくごとに俺は柄にもなく緊張し始めた。日を追うごとに鼓動が強くなる。周りはまだお祭り気分だったのかもしれない、賞金が100万程度だったのならむしろ今より熱気が増していたはずだ。64億という現実離れした金額がどこか冗談めいていてみんな今一ピンと来てないように思える。これが現実味を帯び頭の靄が晴れた時、彼らは豹変するだろう。人を狂わすには十分すぎる金だ。
5月30日まで明日と迫ったその夜、俺はベットの中で眠りにつけずにいた。喉は渇き息苦しい、さらに熱を帯びたように頭がガンガン波打ち、時折吐き気すら催す。病気の類ではない、精神的なものだ。俺は時折こうして原因不明の痛みを受ける。夜の闇に飲み込まれるように苦しみ続ける。このまま朝まで我慢し続けるか。いや耐えきれるものでもない、それにこんな時いつも助けてくれる人が俺にはいる。
「ルー君、大丈夫?」
意識が朦朧としているといつの間にか隣に姉さんがいて心配そうに声をかけてくれた。
「う、うん。いつもの事だよ、少し苦しいだけ・・・・・・」
「無理しちゃ駄目よ、いつもの事とはいえルー君が苦しむ姿は見てられないわ」
自分の事のように心を痛ませ悲しそうな顔を見せる姉さん。俺もそんな顔は見たくない。
「姉さんが来てくれたからもう大丈夫だよ、またいつものお願いしていいかな?」
「もちろん、いいわよ」
にっこり微笑み、そっと俺の頭を撫でてくれる。不思議と痛みが和らぐ。
「ありがとう、姉さん」
「ふふふ、ルー君が寝るまでこうしてあげるから安心しておやすみなさい」
「うん・・・・・・」
髪を掬う細い指先が心地よい。それになんかいい香りがする。先ほどまでの苦痛が薄れていく、それはついには快感に変わる。
「おやすみ、姉さん・・・・・・」
「ん、おやすみルー君」
ぬるま湯に浸かるよう安らかに、四方闇の中にいた俺は今光に包まれて、深層へゆっくり落ちてゆく。
翌朝目を覚ますと姉さんの姿はもう無かった。寝起きなのに体は軽い。これも姉さんのお陰だなと部屋を出て朝支度を始める。
学園からさほど遠くもない住宅地にあるマンションの一室。両親は半年ほど前まで一緒に住んでいたがある日突然この町が嫌になったとかいう意味不明の理由でここから出て行った。近所付き合いでトラブルでもあったのだろうか、子どもの俺にはよくわからない。そんなこんなで今は姉さんと二人暮らし、俺にとっては最強の環境だ。大好きな姉さんと二人暮らし、もう一生このままでいいと思います。
「姉さんは・・・・・・相変わらず早いな」
玄関をみると靴はなく、すでに登校したようだ。姉さんが俺より遅く出て行くことはない。優秀な姉さんの事だ、教室で予習しているかもしれない、部活の朝練かも。
「俺も早めにいくか、なんたって今日から始まるからな・・・・・・陣取り合戦」
最長で三日もあのミス研もとい殺人部の連中と共に行動しなければならないと思うと胃がキリキリする。よくよく考えてみれば姉さん自体は無欲の人だからお金など欲しがらないかもしれない。わざと下手こいて早々に敗北するのもありかもな。でも手を抜いたとわかっったらあのイカレ連中に実際自分の手を抜かれるかもしれないから一応真面目にやるか。
俺は鳩尾を軽く摩りながら、食欲もないので朝食はとらずに学園へと向かった。