犠牲者な彼女
「この前、教えてもらったサプリ、ダメでした」
「え?」
「なんだかあわなかったみたいで」彼女は神妙な顔をして言った。
「せっかく教えてもらったのにごめんなさい」
「いえ、いえ。こっちこそ。あわないもの薦めちゃってごめんね」
悪い事をした。
私に効果があったものが、みんなに効果があるとは限らない。
「何かよかったのありますか?」
って聞かれたから教えたとは言え、なんだか後味が悪い。
加えてみんなでワイワイやってる時に、
「ねぇ、ちょっと太った?」
「うん、リバウンドしちゃって」という声が聞こえた。決して嫌な言い方ではなかったけれど、本当に悪い事をしてしまったと思った。
「それにさぁ」彼女の話は続く。小心者の私は、まだなんかやったかなと耳を澄ます。
「彼氏が最近ケーキバイキングにはまってて、連れて行かれるんだよね」
「まぁ男一人じゃいけないよね」
確かに。でもバイキングなら自分で選んでくるんじゃないの?
「なんかこの仕事してるとストレスたまって飲みにいっちゃうよね」
「うん。私もお酒の量増えた」――まぁ、ちょっとあるかも。
「で、また食べちゃうんだよね」
いや、それも注文しないと出てこないよね?
「最近の居酒屋のメニューって安くてボリュームあるよね。で、美味しいからついつい食べちゃう」
「うん、うん」彼女は悪びれなく言い放った。
「あんなの置いてる居酒屋が悪い」
その後も、次々と続く。
ついつい帰りに買ってしまうヤキイモは美味しい匂いをさせているのが悪く、最近はまった新製品のチョコレートはCMをやっている俳優が格好良すぎるのが悪く、日々の食事が減らせないのは同棲中の彼氏が少食なのが悪い。
果ては、根本的に太る体質なのは、脂肪細胞が形成される時期に、残さず食べなさいと言った、
「親のせいだよね」と締め括った。
あまりの羅列にあきれてしまった。
彼女は二十歳をとっくに過ぎている。煙草を吸う権利も、酒を飲む権利も、選挙に投票も衆議院なら立候補できる権利も与えられている。
しかし彼女は犠牲者だ。
ケーキバイキングでは目の前のケーキを食べる事を拒否できず、居酒屋の商品開発に踊らされ、匂いや映像の宣伝に購買心を著しく煽りたてられている。
その上、彼氏には二人分と愛情をこめて作ったご飯を少食を理由に残すなんて方法で虐げられ、子供の頃は躾と愛情を装った母親に無理矢理ご飯を詰め込まれるという虐待を受けて至るわけだ。
ああ、なんて可哀相なんだろう。
彼女を救う手立ては。
お酒しか置いていないバーか一杯飲み屋にしか飲みに行かず、ヤキイモの匂いがする帰り道はルートを変えて、CMになったらテレビを消すしかない。少食でケーキバイキングが好きな彼氏なんて別れちゃった方がいい。
うん、我ながらいい案だ。
と、笑いそうになってこらえた。
いけない、いけない。少なくともリバウンドは私が薦めたサプリが『悪い』のだから、私はある意味加害者だ。笑うなんていけない。
そう、彼女は太っていない。
彼女は太らされているだけだ。