甘い響きで世界は回る/3
どうも。弥塚泉です。
いつも前書きで感想、評価、助言、等々お待ちしておりますが、大事なことを書いていませんでした。
弥塚も気を付けておりますが、誤字脱字のご指摘もお願いいたします。
終業の鐘が鳴る。これは何時間目の鐘だっけ、と十秒の思考時間を要してようやくそんなことに気がつく。もうすぐ昼休みかと思えばまだ二時間目だったり、あと一時間で授業は終わりだと気合いを入れ直せばもう終業だったり、今日の僕の体内時計はとても当てにならなかった。理由はもちろん昨日のことを考えていたからだ。浜簪さんのことが頭から離れずに夜は眠れず、だったらいっそ、と眠くなるまで浜簪さんのことを考えていたらカーテンの隙間から知らぬ間に顔を出していた太陽に日差しで目を射られてしまった。そんなこんなで登校したあとも、僕はぼんやりしてろくに外界とコミュニケーションもとらないで放課後を迎えた。こんな思いをするくらいなら隣のクラスに行ってやろうかとそれこそ何度思ったかしれないけれど、結局隣のクラスに行くどころか自分の席から立つことすらしなかった。浜簪さんに会いたいとは思ったけれど、それよりも怖かったのだ。怒られるかも、とか嫌われるかも、といった具体的なことでなくてもっと漠然とした不安のような恐怖。初めて言葉を交わしたのはたった三日前のことなのに、それまでは存在も知らなかったくせに、明確な終わりを突きつけられるのを恐れている。それならばこのままそっとしておいて挨拶できるくらいの縁が残っていればいいかも、なんて。
『あー…あー…』
と、ノイズ混じりの低音質な声が静かになった教室に響く。どれくらいぼんやりしていたのだろうか、すでに教室には僕ひとりだ。僕が挙動不審に周りを見回して現状を確認している間にも『あー…』は続いていたが、やがて『本日は晴天なり』と締めてごほんと咳払い。確かに晴れているけれど、日没寸前の空は真っ赤に染め上げられている。
『浜簪亜麻から世界へ。お前のせいで私は生まれてから今日までろくでもない日々を送る羽目になった。周りに理解されず、周りを理解できず、私はこの世界で生きてきた。思い出すだけでお前が憎くてたまらなくなるけど、それも今日まで。今から私はお前の手には届かないところへ行く。もうこんな世界は一生御免よ。終わる世界に最後のプレゼントをあげる。あんたがだぁーーーいっきらいだったけど、最後に良い日々をありがとう』
ガチャッと放送を切る音がして聴いたことのない音楽が流れ始めた。クラシックだというのは分かるが曲は知らない。もともと音楽の知識には乏しいし、なにより僕はまともに音楽など聴かずに走り出していたからだ。向かう先はまず放送室。浜簪さんはとうとう限界を迎えて行くことにしたんだ。浜簪さんに会うのはまだ怖いけれど、ここで会わなければどうなったって二度と浜簪さんには会えない。息を切らしながらようやく放送室にたどり着き、扉を開けて浜簪さんの名を呼ぼうとしてそれより先に網膜が浜簪さんの不在を脳に伝える。一体どこに…と浮かぶ自問に屋上に決まってるだろ!と即答。 この学校の校舎には階段が端に一本ずつあるから、すれ違いになったんだ。僕は走る前から早鐘を打っている胸をぐいっと掴む。教室のある四階から放送室のある一階まで一気に走った後に屋上まで全力疾走なんて、陸上部でもなかなかやらないだろう。考えただけでくらくらする。だから僕はもう余計なことを考える前に走り出した。
体のあちこちがあげる抵抗の悲鳴を聞かずに屋上までの直行便。もうどこにも余裕なんてない僕は屋上の扉を前に立ち止まることもせずに体当たりするように体ごと押し開けて屋上の堅いコンクリートの床に転び出た。視線はすぐに右のフェンスの上。彼女はやっぱりそこに座っていた。退屈そうに校則違反の編み上げブーツのかかとをフェンスに絡めて遊んでいる様子は、ダメな彼氏に待ちぼうけを食らって怒ってる女の子みたいだった。
「やっと来たね」
呆れた声を出しながらもからかうような笑みを浮かべている浜簪さんは僕の想像した彼女とは全然違っていた。なんだか妙に楽しそうだ。
「なんか言ってよ」
ぽかんとしていた僕に彼女は不満そうに言う。
「あ、えーっと…三日連続ここだね…」
急に振られたものだから我ながらくだらないことを言ってしまう。けど、彼女は「あはっ」と笑って、
「確かに。もうちょっと待ち合わせのバリエーションを増やした方がいいかもね」
と、おかしそうに返した。
「僕は…間に合ったのかな」
「見た通りよ」
浜簪さんは不安定なフェンスの上だというのに空を受けとめようとするみたいに両手を広げてアピール。フェンスに絡めたブーツのかかとでバランスをとっているらしい。
「まあ今日は…初めから止めに来てもらうつもりだったけどね」
空を見上げる彼女の表情は長い黒髪のおかげで見ることはできない。
「昨日はさ…ありがと」
そう言って僕を見る浜簪さんは真っ直ぐな瞳をしていた。迷いのないその瞳が、きっと彼女はすごく考えて結論を出したんだと苦悩のあとを感じさせる。
「響也くんの言う世界はね、きっと私の理想なんだ。絶対に私を受け入れてくれる世界。それは私の考えうる限りの理想の世界よ。でもね。この世界で、私はどうしようもなくなったわけじゃないから。まだまだ、出来ることはあって、今はまだその途中だから。それに甘えるわけにはいかないの。だから私、頑張ってみるよ。できるか分かんないけど…本当は嫌だけど…もうちょっとあがいてもがいて頑張ってみる」
そう語る彼女は晴れ晴れとした顔をしていた。
「本日は晴天なり、だね」
彼女は意味が分からないといった顔になるけれど、僕は適当にごまかす。
「でもこれで僕もお役御免か。なんだか恥ずかしい台詞の言い損だね」
「何言ってるの?」
「へ?」
「自分が作った部活、忘れたの?」
「覚えてるけど…でもこの世界で頑張るんじゃ?」
「もっちろん。異世界への入り口、もしくは異世界へ行く方法を見つけなきゃいけないでしょ!」
「え、ええええええええええ!?」
「なに?不満?」
「頑張るってそっち!?コミュニケーションとかは…」
「そういうことは万里の長城を崩してから言いなさいよ」
「だからそこで自慢げにするのは間違ってるって…」
「まあそういうのも頑張ってみてもいいけど…」
ちらっとこちらを見る浜簪さん。
「ひ、響也くんも手伝ってよね?」
「当たり前だよ。って、名前呼ばれてるね」
「今気づいたの?呼び甲斐が無いわねえ…」
些細なことで壊れそうになる脆い僕らの世界だけど、これからももう少し続いていくみたいだ。
なんだかこの話で連載ができそうな終わり方ですね。
実際そんなことを考えている弥塚ですが。
もちろんその際はちゃんと独立したお話として楽しめるような作りにします。
で、この『華麗なる日々』はそれぞれ感情をテーマとしたお話になっているのです。
この話のテーマは『孤独』ですね。あんまりガッツリ『孤独』をテーマとしたわけではありませんから、これだけ聞くとちょっとそぐわない感じがするかもしれません。
さらにもう一つシリーズ共通の要素がありまして。こちらは分かりやすいのですが、主要な登場人物の名前に花の名前が入っているのです。ひねくれた名前もありますので、一応ここで解説。
浜簪さんは、はまかんざしと亜麻。響也くんは、こまつなぎと日日草です。
花を見かけたりとか、花言葉にふれる機会があった時にこの作品を思い出していただけることがあれば嬉しいですね。
最終回に使いたいくらい綺麗な締めですが、『華麗なる日々』はまだ当分続きますよ。
今回はPCで前書き、あとがきを書いたのでいつもとは違う感じになったかもしれません。本編もPCの方が良いという意見があれば、それも感想やメッセージ等でいただきたいですね。
では、次回。