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甘い響きで世界は回る/2

どうも。弥塚泉です。

『華麗なる日々』のキャラクターはまだまだ増えていくので、お気に入りのキャラクターを探してみるのも面白いと思います。

お気に入りキャラ報告コメントとか、その他感想、評価、助言、等々いただければ幸いです。

 あまり遅くまで話しこんで屋上に閉じ込められるとまずいので僕らは一旦教室に戻ることにした。浜簪さんが自分のクラスは嫌だというので僕の教室だ。

「で?」

 浜簪さんの不機嫌さはもはや声まで滲んでいた。しかし僕は退かずに返す。

「部活動だよ」

 僕の机の上には様々な部活動のチラシが積まれ、その一番上にはこの学校の部活の一覧表が乗っている。

「放課後にあんなところで油を売っていたぐらいだから浜簪さんは部活やってないんでしょ?」

「さらっと毒を吐くわね。そうだけど、それと異世界がどう関係するの?」

「異世界はとりあえず置いといて」

「ちょっと!初めの目的を忘れてない!?」

 浜簪さんは激しやすい人みたいで、立ち上がって抗議してきたけど、僕ももう慣れたもので座ったまま落ち着いて話す。

「忘れてない忘れてない。浜簪さんは異世界に行きたいんだよね?ただ、異世界への入り口なんてやっぱりそう簡単には見つからないと思うんだよ」

「まあ、そうかもね」

「だから同時平行でこの世界を変えていこうかと思うんだよ」

「革命でも起こす気?」

 浜簪さんは胡乱な目つきになる。

「まさか。それで確認なんだけど、浜簪さんが異世界に行きたいのってべつに異世界に行きたいからじゃなかったよね?」

「どういう意味?」

「浜簪さんはこの世界に上手く適応できないから、生まれる世界を間違えたと考えて、それで異世界に行こうと思ったんでしょ?」

「そうだけど…」

「じゃあ浜簪さんがこの世界に適応するっていうのも僕らの勝利条件の一つにしていいんじゃない?」

「そうかも」

「そこで部活だよ」

「それが分からないわね」

 いい加減疲れたのか、すとんと椅子に座る。

「部活なんか入ってどうするの?自慢じゃないけれど他のみんなと私とのコミュニケーションの障害は万里の長城の三倍くらいあるわよ」

「本当に自慢にならないね…。でもなにか好きなものとかなら」

「ていうかね」

 浜簪さんは額に手をやりながら呆れたように僕の言葉を遮った。

「部活動くらい私も確認したけど、どれもダメだったわ」

「仮入部した?」

「ちゃんとしたわよ。全部」

「全部…って」

 うちの高校には運動部や文化部、さらには公式に認められていない研究会なども含めれば軽く五十を超える部活動がある。確かにそのすべての団体で上手くいかないのであれば、その障害は万里の長城どころではないかもしれない。

「うーん…でも、その仮入部した部活は全部好きな部活ってわけじゃなかったんだよね?趣味とかは?」

「無いわ」

 即答だった。

「えぇー……?」

「あなたそれ好きなの?」

 はっ。いけない。このままでは僕に変なキャラがついてしまう。僕は仕切り直す意味で一度咳払いをした。

「好きなことじゃなかったってことはただ単にやる気が続かなかっただけじゃないのかな。人間関係破綻したのもあるかもしれないけど」

「万里の長城三倍だからね」

「そこで胸を張るのは間違ってるから」

「でもやる気が続かないのはどうしようもないじゃない。全部に仮入部して分かったけど、この学校に私が興味のある部活なんて無かったんだから」

「いや、解決できるよ。やる気も人間関係も」

 浜簪さんは僕の言葉が信じられないように怪訝に顔を曇らせながら首を傾げる。僕はそれを受けて安心させるように笑ってみる。

「大丈夫、僕に任せといて。でもちょっと時間がかかると思うから今日は先に帰ってていいよ」

「え?ちょっと…!」

 僕は浜簪さんの言葉を最後まで聞かずに教室を出た。


 すっかり暗くなった廊下を歩いて教室に戻ると無人の教室にぽつんと女子生徒が残っていて、机に突っ伏して寝息を立てている。艶やかな黒髪で背中を覆い隠し、足元を見ると編み上げのブーツを履いていて…って、浜簪さんじゃないか!帰っても良いって言ったのに残っていてあまつさえ寝てるなんて…。まさか浜簪さんは毎日ここで寝起きしてるのか!?なるほどなるほど、そうだったのか。なら出来るだけ静かにそーっと、

「あ!」

 背後から突然上がった高い声にびくん!と我ながら情けないぐらいに反応してしまった。

「ちょっと!なに帰ろうとしてんのよ!っていうかなんで暗いの!?」

 暗いのは僕なりの気遣いだったんだけど、火に油を注いだだけだったみたいだ。とりあえず明かりをつけて浜簪さんの座っていた席まで戻る。浜簪さんは例によって立ち上がっていたけれど。

「いや、てっきり隠れドジっ娘の浜簪さんのことだから電気を消さずに寝ちゃったんだなあと思ってね」

「起こしなさいよ!」

「え?良かったの?」

「当たり前じゃない。むしろそのまま帰る方が悪いわ」

 なんと浜簪さんは学校で寝起きしてるわけではなかったのだ!

「なにか失礼なことを考えているでしょう」

 浜簪さんが疑わしげに視線を向けてくる。

「べっ、べつに浜簪さんが学校で寝起きしてる可哀想な子だなんて思ってないんだからね!」

「なんでツンデレ口調!?しかも本音がボロっと出てるし!」

「そ、そんなことよりもだよ」

 このまま続けてたら墓穴が地球の裏側まで繋がってしまいそうだったので、多少強引に話を変える。

「どうして待ってたの?帰ってていいって言ったのに」

「あんなに自信ありげに出て行って、何しに行ったのか気にならない人間はいないわよ」

 浜簪さんはまだ怒り足りないみたいだったけど、髪をさっとかきあげてから僕の話に乗ってきてくれた。

「そうなの?だったら先に説明しておけば良かったね」

 僕が椅子に座ると浜簪さんはその対面の椅子に腰を下ろした。

「部活を創ってきたんだよ」

「どうして?」

「さっき言ってたじゃない。問題点はやる気と人間関係だって。人間関係の方は何でもいいから部活を創れば解決するよね。なにせ全部まっさらの状態から始まるんだから」

「まあね」

「やる気の方も問題ないと思うよ。僕が創ってきた部活…というか今の時点だと研究会だね。とにかくその名前はこれだよ」

 僕は入部する部活の名前が記入済みの入部届を浜簪さんに渡す。その名前は……『異世界研究会』。

「まんまじゃん!」

 浜簪さんのツッコミにも僕はめげない。

「でも面白そうでしょ?」

「ぐっ……」

 浜簪さんが息を詰まらせる。

「そうだけど…」

「いろいろ不安なところがあるのは認めるけど、とりあえず問題点は解決したんだしやってみようよ。気に入らなければやめればいいんだし」

 ふと目を向けると浜簪さんは入部届をじっと見つめて黙っている。

「どうして」

 どうしたの、と聞こうとした僕の言葉はコンマ二秒の差で浜簪さんの言葉に阻まれた。

「どうしてこんなことまでしてくれるの?」

 僕の行動に理由はない。ただ流されるまま流れていただけだ。答えられずにいると浜簪さんは言葉を続けていった。

「馬鹿みたいだと思わないの?異世界だなんて。なに真剣に相手してくれてんの?私はただ…」

「浜簪さん」

 僕は何も考えずに浜簪さんの名を呼んだ。無責任でも自己満足でも、自分自身を傷つけるような彼女の言葉をとにかく止めたかった。

「僕は…」

 だからすぐに詰まる。僕は、の先が出てこない。僕はなんで浜簪さんを手伝ってるんだろう?考えたことがないから分からない。分からないなら考えなきゃ。

『考えがないなら…飛ぶよ?』

 彼女を生かす考えがなければ自殺すると脅されたから?

『これより簡単な異世界への行き方があると言ったのはあなたよ。責任は果たしてもらうからね』

 無責任な言葉を言って彼女の予定を狂わせた罪滅ぼしのため?それとも……。

『違う世界に行ってみたいの』

 追憶は始まりの時までたどり着く。まだ昨日の出来事だ。その場で聞いているように声を思い出せる。

『私はこの世界に上手く適応できないんだ』

『なにをやってもうまくいかない』

『そんな思考の果てに思ったわけよ。私は生まれる世界を間違えたんじゃないかってね』

 そう語った彼女の声が、思いが、悲しすぎて。

「救ってあげたいと思ったんだ」

 あのとき彼女がいなくても、僕は死ななかったのかもしれない。なにせ動機が動機だ。「そういえば明日の宿題をやってなかった」なんて言ってそのまま帰っていたかもしれない。だけど君はいた。くだらない理由で飛び降りようなんて決意して屋上に行った僕を君が身をもって止めてくれたんだ。救ってくれたんだ。

「異世界に行きたいっていうのは嘘でも、君が苦しんでたのは、悲しかったのは本当だって思ったから」

 俯いた浜簪さんの顔は前髪に隠れて表情が分からない。

「でも、僕が救うっていうのは荷が重すぎる前に傲慢かな」

 僕は苦笑わらう。彼女にも笑ってほしくて。

「だから、僕は世界になるよ」

 恥ずかしい台詞だ。だけど、言い切る。恥ずかしいのは立ち上がる勢いで吹き飛ばす。

「君がこの世界でどうしようもなくなっても、僕の隣の世界は必ず君を受け入れる」

 蛍光灯の下、二人でしばらく固まっていた。いや、比喩だけど。浜簪さんはなにやら肩を震わせたり、鼻をすすったりしている。さすがに心配になって声をかけてみることにする。

「あの…浜簪さ」

「もう!言いたいことは言ったでしょ!!さっさと帰りなさいよっ」

 鼻声で怒鳴られてしまった。最後まで浜簪さんの表情を見れなかったけれど、今日は帰るしかないみたいだ。僕は「また明日」と言って、帰ることにした。

一行目から縁起でもない一言で始まっている『甘い響きで世界は回る』ですが、後につれてコメディ風味の浜簪さんと響也のかけ合いで、全体的に沈みすぎないようにしてます。


大きいものの代名詞ということで万里の長城がぱっと出てきて、作品に名前を出すにあたって調べてみると万里の長城ってすごい大きいんですよね。その三倍もある浜簪さんのコミュニケーション障害は本当に大変です。



では、次回。

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