いちばんはきみ
どうも。弥塚泉です。
今回はすぱっと読み切れます。短すぎますかね。
感想、評価、助言、等々頂ければ幸いです。
人は他人との違いを認識したときにはじめて自身を見つめ直すことができる。
名言っぽい。ほんとは今僕が思いついただけだ。割合多くの勉強をこなし、しかし昼休みまでは微妙に遠い三時間目の授業中。なんとなく紫陽花が視界に入って僕の頭がオートで自己分析を開始した。ちなみに紫陽花は花ではない。フルネームで藤野紫陽花という僕の幼なじみで、れっきとした人間だ。紫陽花は他の人と比べると僕との違いが多いからどうしても僕、一谷倫の自己分析トリガーになりがちだ。気が狂うくらいの昔、どこかの学者さんはこう言ったらしい。『人間には違いよりも共通点の方が多いのです』。こないだ観た映画で言ってた。彼女が主役だったその映画は意外に引き込まれるストーリーで、観終わった後は彼女の深い言葉に感心したりもしたけれど、ここにきて『人間には〜』という台詞に関しては反論しなければいけない必要が出てきてしまった。例えば僕と紫陽花の話。その共通点は幼稚園から高校までの学歴と好物のりんご飴くらいのもの。翻って違いといえば、まず性別が違うし、性格が違うし、趣味が違うし、もうとにかく違う。中でも僕がいちばん違うと思うのは交際した人数が僕は一人だけなのに対し、彼女はなんと百人を超えていることだ。彼らから一首ずつもらえば紫陽花百人一首ができてしまう。彼女の武勇伝は小学校を卒業したとき、恋人といえるかどうかもわからない関係の幼なじみに不意に別れを告げたときに始まった。中学一年生の四月が終わらないうちに彼女はクラスの男の子と付き合い始めたが、そこからわずか一月で破局。それから一年は一月ごと、二年目からは一週間ほどのハイペースで彼氏を交換して、それは高校に入ってからも継続中。僕がなぜこんなことを知っているかといえば、それは彼女が話してくるからで、彼女がなぜ僕に話してくるかといえば、僕が彼女の幼なじみで気安い存在だからなのだろう。僕が彼女の武勇伝の最初の犠牲者であることは誰も知らない。
そんな風にうわの空で過ごしているうちに昼休み。僕が弁当を開いているといつものように紫陽花が対面に陣取ってきた。給食がなくなった中学校の頃からこんな調子なので周りはみんな分かっていて、僕の前の席の人は昼休みになると早々に席を明け渡してくれる。
「でね」
彼女とはほとんど昼休みにしか話さないけれど、彼女の話はいつも「でね」と始まる。内容もまたいつもの通り。今の彼氏はどこが悪いとか宿題見せてとか他愛のない話。僕はそれにそうなんだとかお断りだとか相づちを打つ。紫陽花の今の彼氏は小山くんといって、去年のバレンタインにおいてはなかなかの猛者だったと記憶している。紫陽花はあまり見た目にはこだわらないらしく、紫陽花の交際相手たちにはあまり同じタイプの人がいない。 ゲーム史研究会の三年生と付き合っていたかと思えばサッカー部の爽やかイケメン一年生と付き合ってみたり、二重の意味で節操がない。
「こないだまでの彼とタイプが真逆だね」
これはそのときの会話。
「そりゃそうよ。合わなかった人と同じような男子と付き合ったってまた別れるに決まってるじゃない」
「好みのタイプとかってないの?」
「それよく聞くけど。みんなはどうやって決めてるの?」
「決めてるっていうか。なんとなく決まっちゃうものなんじゃないかな。今までに好きになった人の共通点っていうか」「ふぅん……やっぱりよく分からないわね」
彼女が真面目な顔をしているのが少しおかしくて、僕がくすっと笑ったら昼休みが終わるまで長々と怒られてしまった。
そんなある日の放課後。掃除当番の仕事を終えて、帰ろうとするとなぜか廊下で不穏な雰囲気の小山くんに呼び止められた。
「どこ行くんだ?」
「家に帰るんだ」
「逃げるな。教室にいろって言っといただろ」
「………?」
噛み合わない応答に二人して廊下で見つめ合う。すると小山くんの方は心当たりがあったらしく、少し穏やかな雰囲気になった。
「藤野にお前と一緒に教室に残っててくれって言ったんだ。聞いてねえか?」 僕は黙って頷いた。話には聞いていても、小山くんとは今日初めて話すし、僕は人見知りする方だ。
「とにかくお前らに話があるんだ。来てくれ」
断る理由もないので教室に行くと健全な我がクラスのみんなは部活や帰宅を終えていて、紫陽花一人だけだった。
「なんで倫を連れてきてんのよ」
「お前が一谷に黙ってたから俺が連れてきたんだよ」
第一声から穏やかではない。紫陽花が僕を黙って帰そうとしていた理由が分かった気がする。けど小山くんが僕を連れてくる意味が分からない。と、小山くんが僕を振り返る。
「なあ一谷、正直に答えてほしいんだけどよ」
小山くんは真剣な眼差しで僕を見据える。
「お前、藤野と付き合ってんのか?」
「は?」
僕はきっとにらめっこの世界大会で上位入賞できそうなくらいおかしな間抜け面を晒しているけど、小山くんの顔は真剣そのものだ。
「付き合ってないよ。というか今は小山くんと付き合ってるんでしょ?」
僕の答えを聞くと小山くんはがしっと掴んでいた僕の肩を離して自嘲気味に笑った。
「そう思ってんのはお前くらいだよ。他はみんなこう言ってる。『藤野と付き合ってるのは一谷で、小山は仲のいい男友達みたいだ』って」
思いもよらないことを言われて僕は言葉を失う。
「俺も…そう思うんだ…」
震える声で彼は言った。
「もううんざりなんだよ!人を馬鹿にするのもいい加減にしやがれ!」
小山くんは机を蹴り飛ばすと教室を出て行った。残された二人はしばらく動かないままで、校庭から聞こえる威勢のいいかけ声を聞いていた。
「あっちゃぁ……やっちゃったね」
とぼけた風に紫陽花が沈黙を破る。
「とうとうバレちゃった」
「今までもこんな風に別れてたんだね」
「昔は長く付き合った人だけね。あと、最近でもあたしから振った人の方が多いよ」
無理に明るく振る舞おうとしているのが、見え見えだ。普段は気丈に振る舞っているようだけど、紫陽花だってやっぱり振られると落ち込むんだ。
「もういいよ」
これ以上紫陽花の負担にならないようにしよう。
「帰ろう。それで、これからは距離を置いて…」
「やだよ!」
「紫陽花…」
彼女は頬を濡らして叫んだ。
「倫がそんなこと言うの分かってたから黙ってたの…倫からそんなこと言われるのが嫌だったから…」
ふらふらとおぼつかない足取りで僕のところまで歩いてきて、襟元を握りしめられた。
「でも、このままだとまた同じことの繰り返しだよ。きっとまた誤解されて嫌われる」
「それでもやなの!りん…」
僕はしょうがなく紫陽花を抱きしめることにした。小さい頃から彼女はそうしていると泣き止んでくれるのだ。が、抱きしめた瞬間、押し倒さんばかりに彼女が力をかけてくるものだから廊下側の壁に背中を預けて座る格好になってしまった。まあこの場所なら廊下から見て死角だし都合がいいけれど。
「あたし…調子に乗ってたのかもね」
腕の中からくぐもった声が聞こえた。
「みんなあたしをちやほやしてくれるから、いつからかそれが当たり前だと思っちゃうようになってたんだ。きっと」
僕は黙って彼女の独白を聞いている。
「失恋すると胸が痛くなるんだって。そんなことも今やっと知ったんだ」
「小山くんのことは好きだったんだ?」
紫陽花は長い髪を揺らして否定した。
「好きってことがずっと一緒にいたいってことなら…小山くんは違う」
僕の胸がまた静かに濡れ始める。
「あたし、今まで数え切れないくらいの人を傷つけてきたんだね。好きになるってことの意味も分からずに」
「そんなの、分かってる人の方が少ないよ」
「倫には…いちばん最初に謝らなきゃ」
ドキッとして鼓動が速まるのを自覚する。
「もう覚えてないかもしれないけど、中学の入学式の日に、あたし、勝手なことを言った」
「紫陽花こそ、忘れてると思ってた」
「忘れないよ…あのときからあたし、ふらふらし始めたんだよね。自分から手を離して、気がついたの。倫はあたしの足みたいなものだね」
「そこは空気とかじゃないんだ?」
「空気がなくても死ぬだけじゃない。でも足がないと歩くことも立つことも何にもできない。それでも手とかいろいろ使って頑張ってみたけど、結局頼っちゃったね」
紫陽花の言ったことはなんだか理解しにくくて、なんとなく間が空いた。
「あたし、しばらく誰かと付き合うのはやめる」
僕の胸から顔を上げてきっぱりと宣言する。
「あたしはきっと倫のことが好きなの。でも付き合うとまたあたしは距離感を間違えて失敗しちゃうと思うから、このままでいることにする」
「いや、そんな名案でしょうみたいな顔されても……」
「倫はいつも通りいてくれればいいから。ね?」
僕は返答に困って口を閉じた。でも本当は分かっている。僕に彼女の申し出が断れるわけがないのだ。
毎回感情をテーマにしている『華麗なる日々』ですが、今回テーマとした感情は『傲慢』です。いま考えたんですけど、七つの大罪でまた短編集できそうですね。いずれやりたいと思います。
続いて登場人物の名前の話。これまた毎回、人物名に花の名前がついている『華麗なる日々』。
紫陽花は藤と紫陽花。倫は一輪草です。
紫陽花って名前は無理があると思いましたが、まあ一話完結だし、と出しました。
『いちばんはきみ』はこれでおしまい。
次のお話はちょっと長めになりそうです。
では、次回。