うつくしいもの/1
どうも。弥塚泉です。
調子にのって二つ目を投稿してみました。
感想、評価、助言、等々頂けると幸いです。
朝日で目が覚めた。
俺はゆっくりとベッドから身を起こし、窓の外を見る。素晴らしく晴れ渡った空だ。雨の日の方が好きな俺だが、晴れているのは勝負の朝としてはぴったりでなによりだ。
俺は今日、人生唯一の心残りを達成する。
発端は一週間ほど前。学校の定期検診で何やら不審な点があったらしく、俺は近所のそこそこでかい病院で再検査を受けることになった。とは言っても当時の俺は体の不調なんてまるで感じてなかったから、その日も待合室の向かいにいた可愛らしい女の子を見て、あんな子と話せるなら入院も悪くないなあ、なんて呑気なことを考えていた。が、幸か不幸か俺のそんな呑気な考えは現実のものになってしまう。俺の体には割と恐ろしい病魔が潜んでいたらしく、その場で入院を勧められてしまったのだ。それから一週間、断続的な検査を繰り返した結果、成功率は五十パーセントという命を賭けるにはいささか低い確率の手術を受けることになった。両親はもう少し安全な治療法があるんじゃないかと食い下がったが、俺は特にそんなこともせずに二つ返事で了解した。医者が五十パーセントと言ったらそれより高い確率の治療法なんてないだろうし、俺自身が生きることにさほど執着がなかったから、まあ死んだらそれまでの命だったってことだろう、なんて悟った風なことを思っていた。心配していた両親も結局は俺の意志を尊重してくれて、その翌々日に手術を受けることになった。
それでもその夜、俺はなかなか寝つけないベッドの中でやはり考えていた。俺の人生は明後日で終わるかもしれない。やり残したことはないだろうかと。だがまあ、生死のかかった手術を二つ返事で受けてしまうくらいだ、そういう心残りは浮かんでこない。俺にはやり遂げなければ死にきれないほどの夢もないし、死別したくないほど愛している彼女もいない。他に心残りは……と思ったところで思考が止まる。
そういえば俺…ファーストキスってやつを未だに経験してないんじゃないか?
俺にだって彼女がいたことはある。中学時代にひとときとはいえ。彼女と手はつないだ。抱きしめはした。けど…キスはしていない。これは由々しき問題だ。ファーストキスも済ませずに死んだとなれば笑われるに違いない。あいつキスも知らずに死んだんだとよ。マジ?だっせー。ああ…なんてことだ。これは立派な心残りじゃないか。これじゃあとても死にきれない!なのに、手術の日程は急を要するということもあって、既に明後日と決めてしまった。何とかするなら明日しかない。それから俺は密かに心残りを達成するための計画を練りつつ、眠りに落ちた。
そして、今日がその朝。つまりは手術の前日。心残りを清算するとすれば今日しかない。相手は昨日のうちに決めていた。 一番最初に相手は誰かと思ったときに初めて病院に来たあの日に見かけたあの女の子しか頭に浮かばなかった。入院が決まった日からずっと気になっていたのに話しかける勇気がなくて今日まできてしまったが、人生最後となればそんなことを言っている場合でもない。俺は手早く朝食を済ませ、早まる鼓動を押さえつつ病室を出た。
彼女に話しかけることが出来なかったとはいえ、俺も何もしなかったわけではない。彼女の病室まではさすがに知らないが、姿を見かける頻度から彼女は病院の近くの自然公園によく足を運ぶということは分かっていた。とりあえずそこは寄ってみるべきだろうと思った俺の予想が当たったのかただの幸運か、彼女は今日も公園を訪れていた。本調子と言うにはまだ少し足りない太陽の光を宝石のように瞬かせている湖面をベンチに座って眺めていた。今までは見かけて満足していたが、今日は声をかける。と思っただけで喉に言葉が引っかかり、体を動かせなくなる。それでもなんとか勇気を振り絞って金縛りにかかったような足を地面から引き剥がし、彼女の視界に転び出て「あの!」と声をかける。緊張のためにいささか大きくなってしまった俺の声に彼女は肩を振るわせてこちらを見た。驚かせてしまったかと悔やみながらも今から第一印象を改善していたら明日に間に合わない。とりあえず言うことを言わなければという無意識が後悔する俺の意識にかまわず俺の口を動かした。
「お、俺とキスしてくれないか?」
そのとき、俺と彼女の間に吹いた風はこれまで感じたことのないくらい冷たかった。
身じろぎもしない彼女を見るうちに俺がさっき吐いたのは石化の呪文だったろうかと疑いたくなってくるが、確かに俺は言うべきことを言った。言ったが、アクセル全開ストレートすぎて交通事故を起こしてしまった。フォローしなければと思う間にもオーバーヒート寸前の頭と比例するように顔の表面温度がみるみる上がっていくのがわかる。しばし呆然としていた目の前の女の子はそんな俺の頭にとどめを刺した。
「いやです」
終わった。社会的にも、精神的にも。
「ただし」
と、人差し指をぴんと立てて彼女は続ける。
「わたしのお願いを叶えてくれたら、いいですよ」
「えっ?」と口は動いたが、声が出なかった。俺の言語認識能力が異常をきたしているのでなけれぱそれはつまり……。
「そのお願いを叶えれば…俺の頼みも叶えてくれるってことか?」
「そうです」
これは…まさしく地獄から天国!棚からぼた餅!瓢箪から駒!躊躇うことなく頷いた俺を見る彼女はどこか嬉しそうにみえた。
「お願いというのは簡単です。今日のうちに、わたしにこの世で一番綺麗なものを見せてください」
「この世で一番綺麗なもの……って?」
「それを考えるのもお願いのうちです」
「………」
これは…予想以上にハードルが高いお願いが来てしまった。今日中にというのは元々チャンスが今日しかない俺にとってはハンデじゃない。だけどお願いの中身が問題だ。何が綺麗かなんて人それぞれの価値観だし、そのうえ一番綺麗なものと来た。あまりにも無茶な条件に今からでも誰か他の女の人を探そうかとまで思ったが、考えがまとまりきらないまま俺は立ち上がる。
「よし、とりあえず外に行こう。病院はもう見飽きただろ」
彼女はちょっとびっくりしたみたいに固まっていたけど、すぐにいたずらっぽい笑みを浮かべて手を差し出してきた。
「しっかりエスコートしてくださいね」
「……ああ」
俺は差し出された手をしっかり掴んだ。ただ真正面で見た彼女の笑顔が可愛くて、その瞬間に他の誰かに頼むなんて考えは無くなっていた。
華麗なる日々、第二弾です。
ほんとは一話丸々投稿するつもりだったのですが、分量の関係で分割することにしました。
一話完結にしたかったのですが、無念。やっぱり読みやすい方がいいですよね。
では、また次回。