恋情トライアングル/2
というわけで萩野にとっては決戦にも等しい昼休み。
「でね、最近よく会うなあと思って聞いてみたら、寝不足気味だから家を出る時間を遅くしたんだって!じゃあこれから毎朝林檎さんに会えるかもしれないじゃん!?超幸せ!」
今日も今日とて向日葵は林檎に夢中で、今朝も林檎に会ったことを話している。だが、今日はこのまま向日葵の惚気に付き合っているわけにはいかないのだ。ちなみに林檎の登校時間をずらしたのは萩野の仕業である。
「あのさ」
しょうがなく向日葵の話の終わり際にかぶせるように切り出す。とりあえずの一段落を待っていたためにこの時点ですでに昼休みの半分が犠牲になっているのだ。
「いつも藍谷のことばっかり話すけど、彼氏とかは何も言わないのか?」
いかにも彼氏がいること前提で話しているようだが、萩野自身は絶対にいないという希望的確信を持っている。案の定向日葵はきょとんとして、
「彼氏なんていないよ」
と言ってくれた。が、しかしその後にとんでもない発言をくっつけた。
「だいたい、彼氏なんかいたらお休みの日に林檎さんに会えないじゃない」
断っておくが、向日葵は林檎と休みの日に出かけるような仲ではない。林檎側からしてみればせいぜい役に立つ子、くらいの認識であり、恐らく向日葵の名字すら知らない。彼女が言っているのはもし林檎に駆り出されたときに彼氏がいると煩わしいということだ。萩野(彼氏志望)も当然にショックを受けたが、これは想定内。顔を微妙にひきつらせながらも次の質問。
「そ、それでも好きなタイプとかはあるんじゃないのか?」
「えー?無い」
一刀両断。しかし今日の萩野はまだ倒れない。
「強いて言えば」
「んー…優しい人かな」
これはまともな答えだ…と思えたが、
「お休みの日には絶対に予定を入れなくて、あたしのやることは笑って許してくれるような人」
「………」
萩野は言葉を失ってしまう。お前のやることってぼかしてるけど、それ絶対に林檎の追っかけについてのみだろう…ということは思っても言わない。まだ嫌いなタイプについての質問が残っているがこのぶんでいくと十中八九、「お休みにデートする人」とか「あたしを束縛する人(朝の登校とか当然ダメだよ?だって林檎さんとしゃべれなくなるじゃん)」という答えになるだろう。ここはさっさと土日の予定を抑えた方が確実に吉だ。土日を林檎と会える可能性のために費やすなら金曜日に林檎を休ませて、土日も伏せっていることにしようかとも思ったが、それで断られたらいくら萩野でも休ませた林檎に申し分けなさすぎる。ともかくまずは土日の予定を聞くことだ。
「ところで今週の週末はどんな予定だ?」
「そうだねぇ〜。先週は街をうろうろしたから今週はどうしよっかな…」
「動物園とかは…どうだ?」
萩野は意を決して勝負をかける。
「藍谷は意外と動物好きらしいから会えるかも知れない」
「ほんとに!?」
向日葵の食いつきに萩野は手元でガッツポーズ。もちろん林檎は特に動物好きというわけではない。
「じゃあ土曜日は動物園に行く!」
このままでいけば向日葵は当然一人で行くと言うだろうから萩野はすかさず先手をうつ。
「俺も一緒に行こう。俺がいれば藍谷がどの動物園にいるか、だいたいのあたりをつけることができるし好きな動物も知っているから効率良く案内することができる」
向日葵はきょとんとして萩野を見つめる。冷や汗が止まらない萩野。
「迷惑じゃない?」
「ぎゃぁーーー!!!」
小首を傾げて上目遣いでそんなことを言われた萩野は叫びながら椅子ごと転倒。
「だ、大丈夫!?」
向日葵は驚き、椅子を立って萩野の隣に座り込む。
「あ、ああいや…問題無い……。ぎゃすい…つまり安い用だと言おうとしたところに米が気管に入っただけだ」
「そうなんだ…良かった」
向日葵がまたしても破壊力抜群の笑みを浮かべたので萩野は舌を噛み切らんばかりに噛まなければならなかった。萩野にとってまたとないチャンスではあるが、こんな調子で一緒に動物園に行けるのだろうかと思わないでもない。
約束の土曜日。待ち合わせの時間を決めるに当たって、朝靄も晴れない時間から活動しかねない向日葵に対して動物園の開園時間をたてにして先手を打った。それでも向日葵は開園直後に入ると言ったので待ち合わせは十二時になった。まあ常識の範疇だ。向日葵が現れたのは十二時ちょうど。二時間前からでも張り込みかねないと思っていた萩野は意外に思ったが、さりげなく理由を聞くと今まで林檎と遭遇するべく街を歩き回っていたらしい。いつも通りの向日葵だが、萩野は久しぶりに見る幼なじみの私服姿に目を細めていた。林檎に遭遇した時に備えているのか、気合いが入った服だというのはファッション雑誌を見たことのない萩野にもよく分かる。待ち合わせだけでこの喜び。日頃報われないぶん、これからの展開に胸を高鳴らせずにはいられない萩野だった。
結論から言えば大番狂わせは何一つ起こらなかった。萩野のアプローチは悉く空回りし、向日葵は林檎を探すことしか考えておらず、林檎が現れることはなかった。林檎に関してはこの動物園に来ないことをやはり萩野が確認していたのだが。萩野が挽回を図った昼食すら向日葵の希望でホットドッグを歩きながら食べただけという味気なさだった。ちなみに向日葵は三つも食べており、萩野はいつもこんなに食べているならよく太らないものだと思ったものだが、恐らくそのカロリーは林檎探しに消えているんだろうと奇妙な納得をした。
「なあ」
閉園を知らせるアナウンスが聞こえて出口へ向かう途中、萩野は向日葵に聞くことにした。 少しでもこの関係を前進させたいと思ってのことだった。
「なんでお前は林檎のことを好きになったんだ?」 せわしなく周りを見回していた向日葵は一瞬萩野を見て、すぐに目を逸らして前を向いた。
「あたしは好き…っていうんじゃないかな。そういう子もいるし、今のあたしもそうかもしれないけど最初は憧れ、だったの。去年の秋だったかな。廊下で偶然あの子を見たとき、あたしはなんでか、勝てないって思ったのよ」
前を見ているはずの向日葵が目を細めているのは夕陽の眩しさのためか、届かない林檎の姿を思い出したためか。
「すごいとか可愛いじゃなくて勝てないって思うところは他のみんなとは違うだろうね。で、あたしは林檎さんの真似をし始めた。少しでも追いつこうって必死だったんだね。同じくらいの長さになるように髪を伸ばして、同じような行動をして、使ってる香水が分かればあたしも同じのを使った。目立ちすぎるから制服を真似するのはさすがにやめたけど」
向日葵は苦笑いした。萩野はそんな笑いは向日葵には似合わないと思う。そんな自分はまだまだ向日葵のことを分かっていないのだろうか。
「以上!あたしが林檎さんを追っかける理由でした。ごめんね、つまんない話しちゃって」
これまでの雰囲気を打ち壊すように明るく言う。そこには萩野が好きな笑顔があった。
それから数日後の朝。萩野は桜上に肩を叩かれた。
「またお前か。暇人め」
萩野がうっとうしそうに振り返るのも相変わらずだ。
「そういえばこないだのデートはどうなったか聞いてなかったと思ってな。どこに行ったかすら聞いてない」
「どうかなっていればお前と話す暇などない」
「あっははは、そりゃそうか」
桜上の笑いは白々しかった。もっともこの男の場合はそれが普段なのだが、萩野の前では珍しい。だから次に桜上がところで、と切り出したのを聞いてこちらが本題だと察することができた。
「藍谷さんとはどうなったんだ?」
桜上は恐らく答えを知っている。ただ確信が持てないだけだ。萩野は桜上の情報網の広さにため息をつきつつ答えた。
「振られたよ」
「よく言う。振ったくせに」
桜上は今度こそ萩野が見慣れたからかうような笑みを見せる。これに関しては実際にどちらとも言える。林檎の気に入るような男を演じるのをやめた萩野が林檎を振ったとも言えるし、素の萩野が林檎に気に入られずに振られたとも言える。
「どういう心境の変化だ?」
「べつに。疲れただけだよ。藍谷の相手をしている暇があるなら草浦を見ていた方が有意義だしな」
ふーん…とにやにやする桜上。
「やっぱり面白いな、お前」
「目指すは稀代のエンターテイナーだ」
冗談を返すと萩野はさっさと身を翻す。
「ん?もう行くのか?」
「草浦がそろそろ来る時間だからな。本を貸す約束をしている」
「そっか。じゃな」
「ああ」
短い別れの挨拶で二人は別れた。
どうも。弥塚泉です。
『恋情トライアングル』、いかがでしたでしょうか。
この『華麗なる日々』初のちゃんとした恋愛に分類される話かもしれませんね。
毎回感情をテーマとしている『華麗なる日々』ですが、今回はもちろん『恋情』です。しかし、これまた後付けテーマでして。当初は『崇拝』でした。ただ、話が進むにつれて登場人物たちの思いが崇拝と呼ばれるレベルのものではなくなってきたので、『恋情』に変えたのです。自分で決めたことなのに、方針がブレブレですね。
次回はミステリーとか、ファンタジーテイストです。お楽しみに。




