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君を喜ばせる十の方法

はじめまして。弥塚泉です。

つたない小説ですが、読んでいただければ嬉しいです。

また、感想・評価・助言など頂ければ幸いです。

 穏やかな秋の日の午後。柔らかな夕陽差す教室はとっくに誰もいなくなっており、残っていたのはプリントがこれでもかと積まれた机に向かう二人の生徒だけだった。静寂が満たされた教室にはシャープペンの芯が削れる音とページをめくる音しかなかった。しかし、そんな空間も長くは続かず、左の髪を一房くくった特徴的なショートカットの女子生徒によってあっさりと破られる。

「ねえ」

「………」

 しかし対面の男子は見事なまでの無視。シャーペンを忙しく動かし続けている。

「ねえってば」

「なんだよ」

 手は止めないままうんざりした声を出す。

「暇なんだけど」

「そういうことは目の前の状況を正しく把握してから言え」

「夕闇迫る放課後。誰もいない教室に年頃の男女が二人きり」

「しかしながら残念な頭の持ち主である女子生徒、月見野雛菊は度重なる自主休講のツケとして大量の課題をこなさなければいけないのだった」

「そんなロマンチックの欠片もない言い方はやめてよ…それに残念な頭とかゆーな!」

「べつにロマンチックな場面じゃないから当然だな。シビアな現実を理解したならさっさと課題を片づけてくれ」

「それが暇だっていうのにー」

「やるべきことがある状態を暇だとは通常言わない」

「ふいーん。ま、いいけど…ってあぶなっ!危うく真面目に課題に取り組むところだったよ」

「取り組めよ」

「やだ。つまんないもん」

「お前は恐らく俺に最後まで課題を手伝わせようと思っているだろうから先に言っておくが半分以上は絶対やらないからな」

「わかってるよう」

「…帰る」

 そう言って本当に鞄を持って立ち上がってしまう。

「ええええええ!?なんで!?まだ半分終わってないよね?」

「元々すべてお前の課題だ」

「今さらそんな正論聞きたくないよー!!」

「じゃあな。短い間だったがお前のことは四日くらい忘れない」

「ひどー!?一週間は覚えててよ!」

「一週間後には分解酵素の記憶になってるな」

「じゃあ冥土の土産に完成した課題をちょーだいよー」

「知らん」

「あのー…」

「ん?」

 ふと扉の方を見ると女子生徒がこちらに呼びかけていた。

「茜坂さんにご相談があるのですが…」

「…すまないが俺には課題があってだな」

「お手伝いします!」

「………」

「さっすが学級委員。たよりになるー」


 突然の依頼人の登場を雛菊の課題を言い訳に逃れようとした鳴海はそれに失敗したばかりか、結局雛菊の課題がみるみる片付いてしまったので心中穏やかでなかった。はっきり言えばいらいらしていた。だから第一声が無愛想全開であったとしても無理からぬことといえば無理からぬことなのかもしれない。

「で?俺に何か」

 用か、すら省くところが嫌みな奴である。が、予想以上に効いてしまったらしく萎縮して話しださない彼女を見てさすがにばつの悪そうな顔をしてそっぽを向いた。二人きりであれば場が停滞してしまうところだが、そこにコミュニケーション能力においては他の追随を許さない(自称)雛菊が身を乗り出して割り込んでいく。

「とりあえず名前教えてくれない?あ、ちなみにあたしは月見野雛菊っていうんだけど」

「わ、わたしは浜垣令といいます」

 女子生徒はほっとしたように名乗った。雛菊が鳴海に目線を振るとぶっきらぼうに名乗る。

「俺は茜坂鳴海だ。といってもすでに俺のことを知っているようだが」

「ええ、お噂は聞いております」

 鳴海は眉をピクッと上げる。

「噂?」

「相談すればなんでも解決してくれる完全無欠の何でも屋さんだとか」

「月見野」

 名前を呼ばれて肩を震わせる雛菊。

「な、なあに?」

「次のテスト、ノートを借りる奴を探しておけよ」

「茜坂くんはそんなことを言いながらも貸してくれるって信じてるよ」

「信じるのは自由だ」

「だ、だあって茜坂くん、誰にでも無愛想だからとっつきにくいって言われてるんだよ?あたしはそれを改善しようとして、ほら、現に女の子に話しかけてもらえたじゃんっ」

「こうして問題を持ってこられて解決する俺がどんな気持ちになるか分かるか?」

「『よおし、俺に任せろ!ばっちりびっくりぼっこり解決してやるぜ』?」

「………」

 鳴海はそれ以上言い返さなかった。今まで何回も似たようなやりとりをしてきて今回もまた鳴海の負けだった。鳴海と雛菊は生徒の悩み相談のようなことを自ら進んでやっている。といっても鳴海は巻き込まれているだけだが、雛菊は割と真剣に取り組んでいるようで、校舎のあちこちにビラを張りまくったこともあるくらいだ。部活に所属していない雛菊にとっては部活動のような感じなのかもしれない。今は広報活動をしていないが、そういった初期の努力やその後の評判により、彼らはお悩み相談係として広く認知されることとなった。そんなわけで二人はたまにちょっとした問題の解決を手伝っている。鳴海は降参のしるしにため息を一つついて浜垣の方に向き直った。

「それで、俺に何か用か?解決を確約できないからそれを期待して来たならば帰ることを強く勧めるが」

「えっと…」

「ここまで来たなら話しちゃった方がいいよ!話を聞くだけならしてくれるって言ってくれてるんだから」

 先ほどの皮肉たっぷりな鳴海の台詞も雛菊フィルターをかけるとそう聞こえるらしかった。

「で、では…」

 浜垣は息を吸って意を決したように言った。

「わたしの友達がもうすぐ誕生日だから、喜ばせてあげたいんです。でも、どうやったら喜んでくれるのか分からなくて、それをお二人に手伝ってほしいんです」

「なあんだ、簡単じゃない。茜坂くんってばよゆーじゃん?」

 雛菊は軽い調子で即答する。隣の鳴海は答えずに続けて問う。

「…ちなみにその生徒の名前は?」

「山田村美乃です」

「知らないな。月見野はどうだ?」

「あたしも名前くらいしか知らないかも」

「ここでお前に良いことを教えてやるが、面識もない人間を喜ばせるというのは非常に難しいことだ」

「えー?そっかなー?」

「月見野、チロルチョコをやろう」

 鳴海は突然ポケットを探ったかと思うと握りこぶしを雛菊の方に突き出す。

「ほんと?うれしいなー」

 差し出された雛菊の手のひらの上で鳴海が手を開くが、雛菊の手には何も落ちてこない。

「という風に見知った相手ならば簡単に喜ばせることが出来るが面識がなければこうはいかない」

「あたしも喜んでないよ!?」

「喜んだだろう。さっき」

「一瞬ね!そのあとすぐに叩き落とされたけど!」

 知らないな、とばかり肩をすくめて鳴海は話を続ける。

「つまりはやはり俺たちが解決する可能性は低いということだ。好きなものをあげるなり好物を食べさせるなりは当然やったんだろう?」

「はっ!?それは盲点でした!!」

「……今までどうやって喜ばせようとしてたんだ…?」

「ええっと…あ、でも料理はしました」

「やっぱり定番だよね。どんなの?」

「美乃の嫌いなものフルコースを」

「なんで!?」

「好き嫌いをなくしてもらおうと思いまして」

「友達からそんなものを贈られたら反応に困るよ!!」

「『おいしい』とは言ってくれたんですが、なぜか頬が引きつっていました」

「気を使ったんだよ!なんで素直に好きなもの作ってあげなかったの?」

「恥ずかしかったので」

「………」

「あとは最近ダイエットを頑張っているといっていたので鞄に鉄板を入れてあげました」

「いじめだよ!?」

「五キロのものしか入れてあげられなかったのは反省すべき点ですが…」

「もっと他に反省すべき点があると思う!ダイエット手伝いたいんだったら運動につきあってあげたら良かったと思うよ!」

「恥ずかしかったので」

「………」

「そういえば『最近肩が重い気がする』というのでお寺を紹介してあげました」

「それ確実にさっきの鉄板のせいだよねえ!?」

「お寺から帰ってくるとなぜか五キロの重りを軽々持ち上げられるようになっていましたよ?」

「純然たる鍛錬の結果だよ!なんで正直に話さなかったの?」

「恥ずかしかったので」

「それはそうだろうね!」

「あと、彼女は映画が好きなのでたくさん借りてきてあげました。一泊で」

「やめたげて!一晩でたくさんはたぶん見れないよ!」

「翌日、すべての作品の感想を言ってくれましたよ?」

「ああ…そんなに時間はかからなかったのかな…」

「彼女が授業中に居眠りしてしまったのもなぜか後にも先にもこの日だけでしたね」

「確実に映画観てたからだよねえ!ちょっとずつ借りれば良かったじゃん!」

「恥ずかし…」

「もういいよ!」

 あまりのボケ攻勢に肩で息をする雛菊。隣で聞いていた鳴海は咳払いをして場を仕切り直した。

「まあ浜垣が方向性を間違えていたのは分かった。ならさっきも言ったが正攻法で攻めてみるのがいいんじゃないか」

「そうだよ!きっと喜んでくれるって!」

「というわけで月見野、あとは頼んだ」

「任せてよ!ってえええええ茜坂くんは!!!?あれ!?もういない!」

「茜坂さんなら脱兎のごとく駆けていきましたけど…」

「む〜。まあいいや。じゃあ美乃ちゃんを喜ばせにいこうか」

「今からですか?」

「もっちろん!思い立ったが吉日ってね!」




「で、もう美乃ちゃん大歓喜」

 翌日、雛菊は鳴海に戦果を報告していた。

「大歓喜ではなかったと思うが、まあ喜ばせることはできたんだな」

「それを見てたらさ、あたしも茜坂くんを喜ばせたいなって思ったから…はい、これ」

「ようやく中身を教えてもらえるのか」

 実は最初から机の上に大きな箱が置いてあり、鳴海としてはずっと気になっていたのだ。

「茜坂くんの大好きなものが入ってるの。開けてみて」

 鳴海が密かに期待して開けるとそこには、

「何もないんだが」

「ほんっと、仲良しな人を喜ばせるのってお手軽だねー♪」

 仏頂面の鳴海の向かいで雛菊は満面の笑みを浮かべていた。

私の初投稿を読んでいただきありがとうございます。

一応この作品、シリーズとなっていまして、その名も『華麗なる日々』と。

各話それぞれ感情をテーマにして書いています。今回は『喜び』ですね。タイトルは響きでつけました。

毎回変わる主人公たちには花の名前をつけて、その花言葉からふんわりとキャラ造形しております。活かすことはなかなかできないのですが。

雛菊は分かりやすいですね。月見草と雛菊。

鳴海はひねくれております。茜と梅擬うめもどきです。梅擬は名前に入れる際に梅に似た字ということで海にしました。


では、また次回。どうか次回がありますように。

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