類は友を呼ぶけれど、どこまでが類?【下】
「……おかしい」
クリエが眉を顰めて言った。
「どうした?」
「罠が突然無くなった」
確かに遥かに早く進めるようになった。先ほどまでの慌しさが無い。
「ネタ切れじゃないのか?」
「それにしても変だ。突然、無くなるなんて、大きな罠でもあるかもしれない。注意してくれ」
レンジャーの感というものだろうか。今は地図上で全体の四分の三まで差し掛かっている。
クリエの警告に俺は首を縦に振った。
やがて大きな部屋のある階層に出た。
「何かありそうだな」
《よくここまで来た》
突然部屋全体に声が聞こえてきた。声のトーンが高く洗脳音波でも出ていそうだ。
「な、なんだ!」
武器を構えて答える。
《そんな物騒な物を出さないでくれたまえ客人達よ》
「客人?」
《もうすぐ私の部屋だ。そこに着てから話をしようじゃないか、安心しなさい罠は全部はずしてある》
途中から罠がなくなった事を思い出した。
「どうする?」
「どうするも何も進むしかないだろ」
道なりに進む。確かに罠などはまったく無い。
やがて迷宮の一番深いところに着いた。そこに、後姿ではあるが人ではない程強い気配を漂わせている人物が座っている。
「良く来た」
武器を構え、何時でも飛びかかれる準備をする。不意打ちは勇者にあるまじき行為だ。せめて話を聞くくらいはせねば。
「そんな物騒な物はしまいなさい。危害を加えるつもりは無いのよ」
そこには一人の女が椅子に座って待っていた。顔は誰もが美人と思うほど整っている。体形は出るとこは出ていて大人の女と言った印象だ。
特徴といえば耳が長い、エルフと言う種族みたいだ。
エルフというのは元々、森に住み、自然と共に生きる民族で人間よりも遥かに長い寿命を持っている。基本的に美系な人種。しかし性格的に人間を劣等種と見ている傲慢な面があるために交流は薄い。
「あなた達の目的は何?」
「ここに住む錬金術師を追い出す事だ!」
俺は前に出て言い放つ。
ここで前に出ないで誰が勇者と認めるものか。
「私が錬金術師よ。ということは、ここを出ればあなた達の目的は達成するということね」
自分を錬金術師と言った女は答えた。一体何が目的だ。
「一応そういうことになるが、お前は出るつもりなんてないだろ」
大抵、物語の悪者はこの場所が闇の術方と適応しやすいとかの理由で英雄の言葉など耳も貸さずに戦う道を選ぶ。
「条件次第で出て行ってもいいわよ?」
「は?」
錬金術師は余裕の態度で答える。
条件だと? 何だ? 何を考えている?
俺たちが深読みしていると錬金術師はほくそ笑んだ。
「まあ立ち話もなんだし座りなさいよ」
そう言って椅子を持ってくる。クリエは罠が無いか確認する。
「別に何も仕掛けてないわよ」
「……みたいだな」
罠がないことを確認してクリエが先に座る。俺もしぶしぶ椅子に腰掛ける。
「まずは自己紹介ね。私の名前はパララ。パララ・ホーエンハイム。よろしく」
腕を組みながらパララは言い放つ。雰囲気だけは恐ろしい錬金術師だというのに、目的が何かが分からない事がこんなに恐ろしいとは思わなかった。
「ジークだ。そして俺の仲間のクリエ」
ミドルネームまで言わないのはそういった呪いがあるというのを学校で聞いたからだ。まあ、呪いなんて俺は怖くないがクリエが心配だ。
「ふ~ん。クリエ……ね」
パララはクリエを真っ直ぐ見つめる。美人に見つめられてクリエは照れている。美人だが良く考えろ! アイツはこの迷宮の主、何か策を弄している可能性がある。油断するな。
「本題に入る。お前の目的は何だ!」
「そうね~分かりやすく言うと完璧な人型ゴーレムの作成ね」
こいつ、見当違いの返答をしやがった。ムッとした顔でいると。
「そっちが目的って言ったからよ、条件はそうね、クリエさん、あなたが私の研究を手伝ってくれたらどこにだって行くわ」
パララはクリエを見つめて言う。どうしてクリエなんだ?
「え? 俺? なんで?」
不意に話題を振られて戸惑うクリエ。そうだろう。俺だって訳が分からない。
「あなたのその細工技術が私には必要不可欠なのよ」
胸を強調して見せてクリエを誘惑する。
古来、英雄にしろ勇者にしろ、女で身を滅ぼす者は多く、英雄自身が平気でも仲間が裏切るというパターンがある。クリエが誘惑されるとは思いたくないが気をつけないといけない。
「もっと分かりやすく言うとあなた達が迷宮の中で休憩していた時にあなたの正体に気づいたの」
「正体?」
俺が聞くとパララは俺の方を向く。
「択一した技術を持ちながら突然消えた細工師『無限メガネ』の相棒『創造人形』」
『無限メガネ』……どこかで聞いた名前だな?
「私はあの作品を見て、これが生きているように動いたらどんなにすばらしい事かと思ったわ」
パララは部屋の奥から人形らしきものを持ってきてクリエに見せた。
「これは、俺が作ったフィギュア」
「そう! この作品に出会い、私のゴーレム作りに革命が起こった。如何にすればここまで択一したものが出来るのか! それが私の悩みとなった。しかし、この作品に私が出会ったとき、『創造人形』は業界から消えていた。連絡手段も無く絶望したものよ」
……どうも話が変な方向に進んできた。
「だからこそ! あなたに頼みたい!」
なんとなくファーヴと似た雰囲気になってきたような……ん?
「あーーーー! 無限メガネってフィニの事じゃないのか!?」
「そうだけど?」
俺は地面を踏み荒らす。
「またこれか! またそうなのか!?」
パララは照れるような顔をして。
「弟子にしてください! とか言うんじゃないだろうな!」
「はい! 弟子にしてください!」
嬉しそうに答える。やっぱそうかコンチクショー!
「つまり俺があなたを弟子にすればここを出て行くと?」
「それだけでダメならば私の出来るどんな事でも手伝いましょう」
パララの返答にクリエは俺を見る。
……待て、その先を言うな! なんとなくフィニを彷彿とさせる。いやいや、まさかクリエも同じ答えをすると決まったわけじゃない。だってさ、同一人物とかじゃない―――
「俺はジークの夢の手伝いが出来ればいいんだ。君も手伝ってくれるならいいよ」
言ってしまったーーーーー!
パララは俺を見た後、クリエに聞く。
「あの方の夢はなんですか?」
「勇者になって歴史に名を残す事なんだって、ジークが俺を何処までも信じてくれるように、俺はジークが勇者になるまで力を貸したいと思ったんだ」
「……そう、ですか」
言い終わるとパララは荷物をしまいこみ。奥から金で出来た変わった像を持ってきた。
「これがゴーレム製造の媒体なのですがいいでしょう……さあ行きましょう」
「どこへ?」
答えを言わないまま迷宮の近道で外に出ると大きな町に出た。
そして……。
「冒険者のジークの仲間ですが迷宮にいた錬金術師を迷宮から追い出し、秘宝を持ち帰りました!」
と、依頼を受けた場所で変わった像を渡した。受付の人は目を白黒させて上司を呼びに行く。出てきた上司は何か確認をした後。偉そうな人物が現れる。
「確かにわが国の秘宝、よくやった冒険者ジークとその仲間達よ」
成功報酬を渡された。確かに錬金術師を迷宮から出したが、なんか騙している気分だ。
その後、報酬を分ける段階だ。
「私は要りません」
「でも……」
クリエが悪そうな顔で言った。そうだろう。手短に終わらせて縁を切れ!
「どうしてもと言うのならそれもクリエさんへの弟子入りの授業料としてください」
クリエは美人に言い寄られて困ったような嬉しいような顔をしている。
「分かったよ、これから君に僕の技術を精一杯教えるから。だけど思ったより得る物が無くても文句は言わないでね……」
「はい……」
何やら桃色の空気が立ち込めているのは気のせいだろうか? クリエも気づかずに気さくな様子でレクチャーを始める。
こいつらもフィニとファーヴと同じだ!
そのまま町の酒場に行くと水晶玉のテレビ放送で持ちきりになっている……また、真実と異なる俺の名声が上がってしまった……。
そもそも何処から俺の成功を知ったのか……困難な仕事であるから記者と依頼人とで繋がりがあるのだろうか?
「すげえなジーク! この前から大して経っていないのに大手柄じゃないか!」
俺は基本的に何もしていない……。
「お、クリエじゃないか。どうしたよ、その美人さんは」
パララは話しかけてきた相手に愛想良く酒を注ぐ。
「は~い、クリエさんの弟子入りしたパララって言います。これからよろしく」
「お……お弟子さんか、フィニに続き凄いなお前等、錬金術師は強かったか?」
「とても強かったですよ~。逃がしたのが惜しかったです」
笑顔でパララは答える。錬金術師はお前だろうが。
「そうかそうか! ま、いずれ俺が倒してやらあ」
知らないというのは恐ろしい。目の前にその錬金術師がいるというのに、しかもあの時感じたプレッシャーだけを強さと感じても目の前の馬鹿には足元にも及ばない。
「ご活躍ですねジークさん」
毎度、愛想良くレヴィアさんが俺の相手をしてくれる。
「いや、その……」
「また一歩、有名に近づいたんですよね?」
「ああ、まあね……」
彼女の笑顔が眩しすぎて直視できない。俺はどんどん汚れていく気分だ。
「とっても綺麗な方ですね」
「そうだね。俺の趣味じゃないけれど」
「ま、ジークさんも色がお好きで」
微笑む彼女の顔が俺には恐ろしい。誤解されたくない。貴方だけは本当の俺を知っていて欲しいのに、良い印象を持ち続けて欲しいというジレンマが俺の中で格闘を始める。
「じゃ、じゃあ次の仕事も頑張ってくるから」
「いつでもいらしてくださいね~」
「ちょっとクリエ」
俺はクリエを酒場から少し出た所に連れて行く、よし、パララはまだ酒場にいるな?
「本当に弟子にするつもりか?」
「ああ、あそこまでされたら断れないし」
クリエはパララを見て答える。
「何が幸いするかわかんないな。俺の技術を欲しいなんて変わった人だ」
と、弟子にするつもりのクリエ、確かに器用だとは思ったけれど、弟子まで出来るほどなのか?
「別に変わってなんてないですよ」
後ろにパララの声が突然した。俺はビックリして飛び上がる。振り返ると本人が笑顔でいた。 一体いつの間に回り込んだんだ!
「後、もう一つの弟子入り条件のジークさんを立派な勇者に仕立て上げてあげます。酒場の歌姫様にもお願いしますと言われてしまいましたし」
「いや、俺は別に……」
ファーヴだけでも地獄なのにこんな奴に付き合ってなんかいられない。
「……遠慮なんかしないでね。貴方が有名にならないと困るの。私が」
恐ろしいプレッシャーを俺だけに浴びせて言い終わるとクリエを連れて行ってしまった。
クリエとパララは酒場でひとしきり騒いだ後、宿屋に移動しそこで俺はまたクリエを呼び出した。
「俺は自力で有名になりたいんだよ!こんな誰かに有名にしてもらうなんて嫌だ!」
「う~ん。でも早く夢を叶えるなら一番早いと思うよ」
クリエは俺のことを考えてくれているのだろうけれど大きなお世話だ。
「それになんだよ! あのパララって奴はフィニの弟子のファーヴと同じくマニアじゃないか!」
俺はここ最近、有名になっていく経緯をクリエに説明した。最初こそ、軽蔑される恐怖があったが、今ではちゃんと説明しなければ同じ鉄を踏んでしまう。
「一体お前等何をしてたんだ!?」
「何をしていたって、前も言った通りイベントとかで同人誌とフィギュアを売っていただけだよ」
嘘だ! きっとなんかやばいものでも使っているに決まっている。黒い、闇の力に片足を入れていたんじゃないのか?
疑惑の眼差しで見ているとクリエは苦笑いを浮かべる。
「まあフィニの例を聞くと『類は友を呼ぶ?』困ったことがあるわけじゃないし別にいいんじゃない? ジークは名声に負けないくらい強いよ。あのゴーレムたちを倒していく姿を見て確信した」
期待の眼差しが俺に刺さる。視線に攻撃力があるなんて知らなかった。
言い終わるとクリエはパララに技術を教えに行くと言って部屋を出て行った。
「……誰が! 類なんだーーーーーーーーーーーーーー!」