殺人代行者
水橋君重の人生は最悪だった。
いつもいつも虐められ、蔑まれ、嫌われる厭な人生。 愛されたと思えば、財布にされていただけの利用される人生。
だから水橋は、誰か殺してくれないかとずっと思っていた。
だからーー
「次は肋骨いってみようか」
木の枝のように容易く骨を折られても抵抗はしなかった。
これで死ねるなら、もうどうでも良かった。けれど、殺されるなら一思いに殺されたいとも水橋は思った。じわじわと、少しずつ痛めつけられ、段々と死に近づくのなんてまだるっこい。
ああ早く、この厭な人生に終止符を打ってくれ。
@@@
目が覚めると、水橋は白い部屋にいた。ぐるりと周りを見渡すと、そこには扉だけがあった。木造で、色のついた硝子が絵になっている綺麗だが、どこか古く見える扉だ。
ここを開けろということか。
そう水橋は判断し、扉を開く。
そこには、真っ白い部屋に白いテーブルと椅子。古めかしい電話に、そこにそぐわない本格的なガス台にオーブンなどの大型家具と、それを隠しているカウンター。
そしてーー
「ようこそいらっしゃいました。御機嫌よう」
水橋に笑いかけてくる真っ黒な服を着た長髪の女。タキシードにシルクハットを被り、杖を持った風変わりな女性だ。女は柔和な笑顔を浮かべているが、それはどこか嘘くさい作ったような笑みだった。
「えっと、ここどこですか?」
「ここですか? 天国と現実の中間地点ってところでしょうか。おめでとうございます。天国ですよ」
「え? 天国? 俺死んだんですか?」
「はい。貴方凄いですねえ。身体中の骨が折れてました。随分とた……惨い殺し方ですよねえ」
女は手元の紙を見ながらそう言った。あの紙に水橋の死因が書かれているようだ。
「あの、ところで何ですぐに天国行けないんですか?」
「ああ説明をしなくてはいけませんでした。でも、ま、少しゆっくりしましょうよ。お茶でも飲んで、さ」
座って、と指で指し示されて白い椅子に腰掛ける。
女はガス台に行き、やかんを火にかける。その間にポットのお湯を ティーポットとティーカップに注いで捨てる。そうしてからティーポットに茶葉を入れる。しゅんしゅんとやかんが音を鳴らすとそれをティーポットに注ぎ、蓋をして砂時計を逆さにした。
その間に冷蔵庫から何かを取り出し皿に盛りつける。
時計の砂が全て流れ落ちるとティーカップにやっと紅茶を注ぎ、水橋のいる方へ持ってくる。
テーブルの上にティーカップと市松模様のクッキーがのせられている皿が置かれた。
紅茶一つに随分と手間をかけるものだと水橋は思った。
「確か、紅茶をよく飲んでいましたよね?」
「なんでそれを……」
「何でもここに書いてあるんですよ。クッキーは私の好みですので食べなくてもよろしいですよ」
「いえ、頂きます」
水橋はそう言ってクッキーを取る。形も綺麗で、きっとどこか高級店のものだろう。
クッキーはさくっと心地良い音を鳴らして水橋の口に入る。ココアと、ほんのりとアーモンドの風味が香る。
「美味しいですね」と水橋は微笑み、女は「それはよかった」と先程からの笑顔を崩すことなく応答した。
「……で、ここは何処なんですか?」
「ここはですね、寿命を全うしなかった人がくる場所です。自殺、事故、そして殺人などと色々とありますね。そして、私が担当するのは殺人なんです」
「はぁ……」
「貴方は選べるのです。天国に行くか、殺した相手に私が仕返しをするか」
そこで女性は言葉を切って水橋を見つめる。
「さて、貴方はどっちですか? 水橋君重さん」
にぃっと微かに歪んだ笑顔を浮かべて女は尋ねてくる。そんなもの決まっている。
「仕返し一択だ」
「でしょうね。けれど仕返しはノーリスクってわけじゃないんですよ。 来世のものを一部を頂きますし、すぐに転生です」
「は?」
水橋は戸惑った。何もかも奪われたから何もかも奪うだけなのに、何故こちらも奪われなくてはいけないのか。
「命を奪うってのはそういうものなんですよ。貴方を殺した人だって地獄行きなんですよ」
「そうなのか。じゃあお断りだ。天国のことを説明してくれ」
あんな奴の為に来世を犠牲にするのは割に合わないと水橋は判断した。女は気を悪くするでもなく、淡々と説明をし始める。
「了解しました。天国はですね、良いところですよ。食事などは無料で出てきますし、仕事もしなくて良い」
「凄いな、楽園じゃないか」
水橋は感心した。現世ではあり得ないことだ。
「転生は百年以内でしたらいつでも好きなときに出来ますよ。百年たったら強制的に転生ですけどね」
「へえー、じゃあ好きな人が来るまで待ってたりも出来るんだ」
「おやおや、ロマンチックなことを言いますね。好きな女性なんていないくせに」
くすりと女に笑われ、言葉に詰まる。女の言ったことは事実だからだ。女性には財布としてしか利用されなかったのだから恋心を持っていないのは当たり前のことだ。
「買い物も出来ますよ。今までの善行を数値化したものと、残りの寿命を足したものが貨幣代わりです。買えるものは娯楽用品に、来世での才能とか容姿ですね。買わなくてもいいですけど買っておいた方が幸せになれますよ。また、天国では現世の様子も見ることが出来ます。……こういう風に」
女がぱちんと指を鳴らすと大きなスクリーンがあらわれた。
「あ……」
スクリーンの中には青年がいた。年は水橋と同じくらいの、綺麗な顔をした、傷だらけの青年だ。部屋の中は何もかもがぼろぼろに傷つけられていた。
そんな部屋の中で青年は包丁を持ち、それをずっと見つめている。写真を懐から取りだして床に置き、笑顔を浮かべて、それに包丁を突き刺した。青年は満足そうに笑って、包丁にカバーをかけて、鞄に入れた。
「…………」
そして何事かを呟いた。女には聞こえなかったが、水橋には聞こえたようで、みるみる青ざめる。
「……もうやめろ」
「はい」
女はぱちんと音を鳴らし、スクリーンを消す。
水橋は女を睨みつけた。
「何故こんなものを見せた!」
「厭ですねえ。天国ではこんなことが出来ますよ、という例を出しただけですよ」
笑顔で女は悪びれることなく言った。
「最悪だ……」
「そうですか?」
「いままで経験した中で一番最悪だよ。……この映像はいつのものだ?」
「頭痛が痛いみたいな表現ですね」
「質問に答えろ」
「おや怖い。今現在の映像ですよ。時刻は、23時02分46秒です」
「そうか……。さっきの答えを変えていいか?」
「御自由にどうぞ」
「……かげを! あいつを、俺を殺した奴を俺と同じ方法で殺せ! 俺と同じ痛みを味わわせてくれ!」
「間違いがないようにご確認させて頂きます。御要望は水橋さんと同じように[全身の骨を一つずつ折ってじわじわと傷つけ殺す]でよろしいですね?
「ああ、問題ない」
「かしこまりました」
そこで女は恭しく頭を下げた。
「それでは対価を決めましょうか」
「なんでも良いよ。腕でも、足でも」
「じゃあ足にしましょうか」
「……来世は車椅子か。まあいいけど」
「来世は50m走の記録が最高で12秒ってとこですね」
「は?」
「ですから、鍛えたって12秒止りです。結構遅いです。ああ運動会が憂鬱ですね!」
「……それだけ?」
「 意外と足が遅いって困るんですよ。運動会とかスポーツテストとか毎年ありますから」
「いや、そうだろうけど……」
水橋は拍子抜けする。命を奪う対価はそんなもので済んでしまうのか。
「……そんなに軽いのはもしかして同情とかか?」
「同情なんかしてませんよ。ただ、殺り方が簡単なだけです。まあ少し手間はかかりますけど、人間にだって出来るじゃないですか」
女はつまらなそうに言い放つ。まるで人外にしか出来ない方法で殺したいというように水橋には思えた。
茜は真っ黒いマントを羽織る。黒尽くめのその姿はさながら、死神のようだった。
「あ、そういえば名前は?」
「茜と申します。以後お見知りおきを」
無表情でそう言って、先程はなかった扉に手をかける。
そこでぴたりと止まった。
「忘れるところでした」
女はぱちんと指をならして、先程のスクリーンを出現させる。
「貴方を殺した相手を殺すところ、見たいでしょう?」
「……そうだな」
「それでは、ごゆっくりご覧下さいませ」
そういって彼女は部屋を出る。歪んだ笑顔をうかべながら。
「千影……」
水橋の呟きは白い部屋に消えていった。
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男は、街灯の少ない夜道を一人で歩いていた。何かに怯えるようにちらちらと後ろを気にしている。
意を決して後ろに振り返るが、人の姿どころか、猫さえいない。男はそのことに安心し、ほっと息をつく。
その瞬間にぽん、と男の肩に手が置かれる。
「やあこんばんは! 殺しにきてあげたよ。感謝したまえ!」
黒髪をたなびかせ、黒衣の死神ーー茜は笑いながらそう言った。
男は、茜の手を振り払って勢いよく駆け出した。
後ろから茜が走って追ってくる様子はない。ただ、走る男の姿を眺め、ゆっくりと歩いていった。
全速力で走る男と、優雅に歩く茜。男に追いつくはずがない。
そう考えるのが普通だ。男もそう思い、二百m程先の公園のトイレに逃げ込み、息を吐く。安心感からか、男の口元には笑みが零れる。
「なにか楽しいことでもあったのかい?」
男の耳元にそう囁かれる。男は瞬間鞄から凶器を取りだし、殴りかかる。
笑いながらそれをかわされた。
「っと、危ないなあ。まあ、君なんかに私が殺せるはずないんだけど」
「な、なんなんだよお前!」
そこでようやく男は声を発することができた。凶器を持ちながら茜に問いかける。
「茜だよ。インパクトがないから肩書きか何か付けたいんだけどね、中々思いつかないんだ」
「そんなこと聞いてない!」
「だろうね。さて、そろそろ殺そーー」
ぶん、とまた男は凶器を振る。今度は茜の腕にあたり、茜は腕を見ながら厭そうに呟いた。
「痛いなあ。私はマゾヒストじゃないんだから痛いのは嫌いなんだよ。服が汚れたし最悪の気分だ」
男はがたがたと震えた。常人なら、少しくらい怯えたりするのに、目の前の女はただ腕を見て服が汚れていないかを確認しているだけだ。
この女は、異常者だ。
「ここじゃあ面倒だね。えいっ」
茜がぱちんと指を鳴らすと、周りが公園のトイレから、薄汚れた部屋に 変わった。
「驚いたかな? 君がやったのと同じ部屋だよ」
怯える男に茜は笑いかける。状況が違えば見とれてしまいそうな程美しい笑みだ。
「気分はどうだい? 高橋美影」
男ーー高橋美影は、醜い顔を歪めた。
@@@
水橋は回想する。
あの男とはただクラスが同じだけだった。
痩せっぽちのちびの水橋と違って図体が大きくて愚鈍そうな男だった。
席が不幸にも近かったからか、よく笑いを浮かべながら水橋のことを馬鹿にしてきた。
馬鹿に反応してもしょうがないと思った水橋は全て無視をした。
それから数日後、弟の身体に生傷が絶えなくなった。
身体だけでなく、制服はぼろぼろ、カバンも汚れていた。
それでも弟は何も言わず誰にも言わずに学校へ通った。鞄が壊れても教科書がぼろぼろになっても学校へ行った。
高橋美影は何の反応も返さない水橋に苛立ち、弟を標的にしたのだろう。
弟と顔は似ていないが、坊主憎けりゃ袈裟まで憎しというやつだ。水橋の家族というだけで、容赦なく傷つけられていたのだ。
弟が毎日傷を作って帰ってくることに我慢ができなかった水橋は、高橋に思いきり殴りかかった。
これが虚構の世界なら、水橋が勝っただろう。だがこれは現実で、現実は非情だ。
喧嘩どころか運動すら苦手な水橋は高橋美影に力で勝つなどどだい無理な話だったのだ。ましてや相手は多人数だ。喧嘩慣れしている人間でも無理だったかもしれない。
水橋は高橋美影と、その仲間に負けた。
「勝てると思ったのか? 馬鹿だな」
「随分と弟思いのようだ。弟このままいじめ続けた方が良くねー?」
「あいつつまんねーじゃん。どんなに殴っても無視するし。俺らなんていないかのようだぜ?」
「ふん。なあ、水橋、勇気に免じて選ばせてあげよう。弟と自分、どっちを差し出す?」
そう問われて、水橋は自ら生贄になった。
弟には嫌われた。プライドが高い奴だったから自発的にそんな奴のいいなりになる兄の姿を嫌悪したのだろう。
それでも水橋は満足していた。弟のあのような姿を見ることはなくなったから。
高橋の行為はだんだんと酷くなっていった。
ナイフや、鉛筆、ハサミ、トンカチなどなど、手に入りやすいものを片っ端から試していったようだ。
高橋美影の仲間が、止めようとしても聞かなかった。
「こいつ殺したって誰も困らないだろ」
そう言って続けた。また、高橋は拷問なども調べて、水橋で試した。
そうして、エスカレートした結果、水橋は殺された。
「殺したとき、あいつは何を思ってたんだろうな」
玩具が壊れてしまったと嘆いただろうか。罪を犯してしまったと怯えただろうか。今までの行いを悔いただろうか。
水橋はそこまで考えて、最後のはないと笑った。
もしそうなら、水橋は高橋に復讐することなど無かったのだから。
「……千影」
水橋は俯いて弟の名前を呟く。
「……ごめんなさい」
机に突っ伏して、泣きながらそう言った。誰にも届くことはないとわかりながら。
ただ一人の観客がいなくなっても映像は続く。
水橋が殺された部屋で、二人の男女は対峙する。
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高橋は茜に凶器のトンカチを振る。
しかし簡単に受け流され、その腕を掴まれる。そして綺麗に背負い投げを決められた。
「ははっ、私を殺せばなんとかなると思っているのかな? 現実は甘くないよ」
「ううう、うるせぇよ、電波女! 偉そうにしやがって!」
「おやおやおや、口のききかたがなっていないようだ。そんな君にはこうしてあげようじゃないか」
茜はぱちんと指を鳴らすと、高橋は口をぱくぱくさせて、困惑した。
「君の声は出せないようにしたよ。ここは異次元ってわけじゃないしね。その方が面倒が少ない。君の泣き叫ぶ声が聞けないのは残念で無念で仕方がないのだがね」
茜はしょんぼりとした表情でそう言ったが、声は弾んでいて、残念そうな響きは一切ない。
茜は怯える高橋に近寄り、恭しく右手をとる。そして、指を思いっきり反らされ、指の骨を折る。一本。
「ぎゃはは」
二本。三本。四本。五本。
「ぎゃはははは」
高橋は今からこの女は何をする気なのか、想像がついた。殺される、その上自分がやった、全身の骨を折るという方法で。がたがたとみっともなく震えると茜は満面の笑みを浮かべた。
「おやおやおや、どうしたのかな? 随分と随分な怯え様じゃあないか。これはこれで愉快だがね」
そう言って右手の甲をトンカチで思いきり叩く。
続いて左手。
右足。
左足。
「ぎゃははははははは」
右手首。左手首。右足首。左足首。
右腕。
左腕。
右足。
左足。
「ぎゃはははははははははは」
肋骨を一本。二本。三本。
「つまらないな。泣き叫びたまえよ」
トンカチを放り投げ、高橋の顔を蹴りつけた。
「つまらないから助けてあげようか?」
そう言ってから、答える高橋の意識がないことに気づき、茜はぱちんと指を鳴らす。
高橋の意識が戻り、茜は先ほどの言葉を繰り返した。高橋の顔は恐怖に染められていたが、彼女の言葉に縋ろうと必死に目で訴える。
茜はその反応に満足したのか、笑顔で高橋をそっと抱きしめーー
「嘘だけど」
ーー首の骨を折った。
「あっけないな。もうちょっと気張りたまえよ」
無茶を言う。
首を折られたらどんな頑丈な人間だって死ぬ。脇役でもヒロインでも主人公でもそれは例外ではない。化け物を除けば。
茜は高橋の頭を蹴りつけてから、服の埃を払った。
「それでは御機嫌よう!」
マントを翻して姿を消した。
部屋の中には物言わぬ死体のみが残った。
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「お待たせ致しました。御要望通りに殺してきました」
「あぁ、ありがとう。……なぁ、少し話しても良いか?」
「どうぞ御自由に」
「あのときスクリーンに映されていたのは弟なんだ」
「はい」
「弟が、ボロボロに傷つけられてたんだ。高橋のせいだと思う。俺が生きてたときは弟は高橋のことなんていないものと扱っていたんだよ…。それなのに包丁持ってさ、高橋の写真持って呟いたんだよ「殺す」って」
「復讐する気ですね」
「うん。弟は俺のことなんてどうでもいいと思っていたとは思うよ。ただ、プライドだけは高かったから、兄が殺されるのは我慢出来なかったんじゃないかな」
「放っておいても良かったじゃないですか。勝手にやってくれるなら貴方は天国でのんびり過ごせますよ」
「そんなこと出来るわけがない!」
水橋は机を思いきり叩いた。
「弟は俺と違って人気あるし、頭も良い。俺なんかの為に人生を棒に振っちゃいけないんだよ。生きてる頃からずっと迷惑かけていたんだよ。死んでからも迷惑かけたくないんだよ!」
「迷惑ねぇ……」
そこで茜はぱちんと指を鳴らし、スクリーンを出現させる。
そこには暗い部屋と水橋の死体。そして彼の弟と、年配の女性がいた。
「兄さん」
彼はぼろぼろの死体に話しかけ、抱きしめようとする。年配の女性と警察官の男性がそれを止める。
「兄さん。起きてよ。ねぇ兄さん。兄さんの好きなもの用意するからさ。ねぇ……兄さん……」
とうとう彼はその場でうずくまり、泣き叫ぶ。
青年は人目も気にせずに泣き喚く。そんなことをしても無駄なのはその場にいる全員がわかっているが、誰も彼を止めようとはしなかった。
「……嘘だろ?」
水橋は信じられないという表情で、スクリーンを見つめている。
「本当の映像ですよ。貴方の死体が発見された直後ですね」
「 そんな、馬鹿な。だってあいつは、プライドが高くて、意地が悪くて、俺のこと、嫌っていて、だから」
「……迷惑というのなら死んだのが迷惑ってところだね! はん、誰にも愛されていないなんて悲劇のヒロインぶっていて、楽しかったかい? まあ君は男だからヒロインという呼称は間違っているが、ヒーローより似合うから良いだろう」
にやにやと、高橋に向けた笑顔で茜はこちらに問いかけてくる。恐らくこちらが茜の地なのだろう。鴉を思わせるような漆黒のタキシードに尊大な態度。天国の案内人には向いてないと水橋は思った。
「……楽しくなんかなかったよ」
「そうかい」
「楽しくなんてないよ! 皆、皆に嫌われる人生なんか! だけどしょうがないんだよ! 嫌われたらもうどんなに頑張ったって好かれないんだから! フィクションみたいに和解イベントなんて起こらないんだよ!」
「そうだろうね、人生は甘くない。でもまあ、もう次の人生だ。今度は周りをよく見て生きてごらん」
そう言って茜は水橋の足を指し示す。見ると水橋の足は透けていた。
「……え? うわ、消えてる!」
「当たり前だ当然だ。もう君の復讐は終わったのだから!」
「あ、そうか。……ありがとう。……次は頑張ってみるよ」
「ああ、月並みな言葉だが頑張ってくれたまえ」
「次は寿命分は生き抜いてやるさ」
「それでは、御機嫌よう!」
「……一つ言おう」
「何かな?」
「笑いながら人を殺すな」
そう茜を指指して水橋は言い、消えていった。
「笑いながら人を殺すな、ね……」
カップなどを洗いながら水橋の言葉をくり返す。
そうして茜は困ったようにため息をついた。
「そんなこと言われてもね」
洗い終わった食器を拭いて、きちんと棚にしまう。
「楽しいのだから仕方ない」
そう言って微笑んだ。狂気を隠さずに、高原美影を殺していたときのように。
突然電話の音がけたたましく鳴り響く。
「また仕事か」
ふぅ、と息を一つつき、電話に出る。
「もしもし」
「お仕事だよん。今お客様の情報送っといたから見といてねー」
「……君は何をしてるんだい」
茜が露骨に嫌そうな声を出すと電話口の向こうから不満げな声が聞こえた。
しかし相手を無視して、送られた情報を探す。
ふと机の上に封筒が置いてあったことに気付いた。封を切って中身を取りだした。
「……確かに受け取ったよ。ところで、どうやって届けてるんだい?」
「私は神だからね。なーんだって出来るよん。じゃっ」
ぷつっ、と電話は切られた。
受話器を置いて茜は、本日何度めかのため息をつくと、こんこん、と控えめに扉がノックされる。
茜は瞬時に笑顔を作り、客を出迎える用意をする。
きぃ、と開いた扉に向かって茜は言った。
「ようこそいらっしゃいました。ご機嫌よう」
男装の女性が好きです。ありがちな話ですみません。
ありがとうございました