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妖精の子 3

「こら! ほんとうに俺が誰なのかわかってるのか!?」

「わかってますよ~。今は侵入者ですね!」

「肩に担ぐな! 俺は荷物ではないぞ!」

「はいはい、侵入者はおとなしく捕まっててくださ~い」

「ここまで来た時点で、本来なら問答無用で牢屋行きですよ~。肩に担がれた程度でよかったですねっ」

「こらぁぁぁぁぁぁぁ!」



 大変賑やかな侵入者が確保されたのは、ノルドの城壁近くだった。

 時々城を見上げながら様子を窺うようにしていた、微笑ましいほど拙い侵入者である。

 もちろん、黒狼と情報管理室勤務の三隊の面々は、それが自国の国王であり、自分達の団長にとっては血の繋がった兄である事を理解している。

 しかし、その人が、脱走の常習犯であり、ここに遊びに来ては城への侵入を試みる人物である事も、よく理解していた。

 彼らは、その侵入者が、壁に作られた緊急の出入り口に手をかけ、仕掛けを外し中に入るまで、にこやかに見守った後、行動に出たのだった。



 黒狼と三隊の手慣れた連携であっという間に確保されたその人物は、簀巻きにされ丁重に(?)城に運ばれた。


「確保しました」


 黒狼が、肩に担いでいた人物を降ろしたのは、応接室のソファの上だった。


「……ご苦労」


 その応接室には、すでにクラウスが待ち構えており、簀巻きにされているランデルを見て、苦々しい表情を隠しもせずに深々とため息を吐いた。


「先触れでも出してくだされば、簀巻きにはされないんですよ、兄上」

「それだと意味が無いんだ」

「私を驚かせるつもりだと仰るなら、むしろ城で仕事してください。ひと月仕事をしっぱなしなら、さすがに驚いて私の方から城に上がりますから」

「時間がかかりすぎだろ。それに、ひとを怠け者のように言うんじゃない。ちゃんと仕事もしているぞ。ただ適度に休みを交えているだけだ」

「兄上の適度な休みは長すぎるんですよ。そろそろ侍従長の歳を考えて、驚かすのは控えてあげた方がいいんじゃないですか。じゃないといつか、心労で倒れてしまいますよ」


 ランデルが幼い頃から、人の良い笑顔を浮かべ、粛々とやんちゃな主の面倒を見てきた侍従長の顔を思い浮かべ、クラウスは心の底から同情した。


「そうだな。たまにはあれにも、休暇を与えてやらないとかわいそうだな」

「あの人は、休暇を与えるよりも、兄上が大人しく部屋にいるのが一番の心の安らぎになると思いますよ。なまじ休暇を与えると、兄上がちゃんと仕事をしているか気になって休めなさそうですから」

「あくまで俺を怠け者扱いするか」

「今の状況でそうじゃないと言われても、城中の者が納得しません。確かつい一週間ほど前まで、東の鉱山の視察に行ってましたよね。書類は積み上がっているでしょう? それをどう処理してきましたか」

「そもそも、あの程度の決裁は、俺じゃなくてもできるだろ。俺の足止め用に書類を増やしているんだぞあいつらは。そんな事をされたら気晴らししたくなるに決まってるだろ」


 無表情のまま、淡々と説教をはじめた弟と、拗ねた兄は、黒騎士達に見守られつつ、いつもの舌戦を繰り広げはじめた。




 サーレスが城に入ったのは、ちょうどランデルが応接室に運び入れられようとしていた時だった。その聞き覚えのある声に、とっさに足を止め、そのまま身を潜めていたのだ。


「何をしているんですか?」


 背後から突然尋ねられ、サーレスが振り返ると、そこには、ちょうど昼食を終えて食堂から出てきたばかりのキファとグレイが立っていた。

 相変らず、外見はよく似た二人だが、そこに浮かべた表情は天と地ほども違う。一人は人の良さそうな笑顔、そしてもう一人はいついかなる時も冷静で崩れることのない表情。

 だが、二人ともに共通したところもある。壁に張り付き、応接室を遠くから窺う不審なサーレスの姿にも動じないところは、さすが一隊を預かる隊長達である。


「ああ……ええと、今、客人が来てると聞いたんだが。あれって……」

「まあ、あの方が来る時は、大体あんな風に運ばれていく事になりますから。どうやら、この城に侵入して見せて、ノエルを驚かせてみたいらしいんですよ」

「……驚いたりするのか?」


 ランデルが侵入することや、それを平然と荷物のように運べる黒騎士達よりも、むしろクラウスが驚く姿というのが思いつかない。

 首を傾げたサーレスに、キファは苦笑した。


「陛下があっさり侵入できるような城は、驚く以前に心配になりますね。こっちは本職もいますから」


 むしろ、城主が本職の密偵である。そんなにあっさり侵入者を許すはずがなかった。


「陛下がああやって遊びに来るのは、いつもの事なのか?」

「いつもと言えばいつもなんですが、サーレスが来てからは一度もありませんでしたね。一応、サーラ姫に対して正式な面会要請もあったらしいのですが、ノエルが全部突っぱねていたんです」

「つまり、それに業を煮やして来た可能性があるわけか?」


 そのサーレスの言葉に、キファは苦笑した。


「むしろ、それが本来の目的でしょう。驚かせる方がついでですよ」


 それを聞いたサーレスは、そのまま考え込むようにうつむいた。


「キファ、グレイ。どちらでもいいんだが、クラウスに伝言を頼めないか」

「いいですよ、なんでしょうか」

「厩舎横の小運動場に、ディモンではない妖精馬が現れた」

「……ディモン、ではない?」


 顔をしかめたグレイは、その言葉の意味を察し、息を飲んだ。


「大人しい雌の個体だが、妖精馬というのは元より気性が荒いうえに力が強いと聞いている。ハンスに頼んで、他の馬は遠ざけてもらえるように手配してもらったが、いざというときは、ディモンの主であるクラウスにでも押えてもらうしかないだろう」

「了解しました。至急伝えます」

「ノエルが出るまでは、俺が見ておきます」

「頼む。だが、刺激はするな。確かに大人しいが、こちらのことを観察していた。攻撃する意思を見せたら、どうなるかわからない」

「了解」


 すぐさま、身を翻したグレイを見送り、残ったキファに改めて伝言を頼むと、もう一つ、とサーレスは微笑んだ。


「私は一応、サーラとして姿を整えておくからとクラウスに伝えてもらえるか」

「いいんですか?」

「いいもなにも、ここまで国王に来させて、一度も顔を見せないというのもまずいだろう。できるだけ急いで支度しておく」

「わかりました。それも伝えておきます」


 キファの言葉に頷き、サーレスは自分の支度のため身を翻した。その背中に、キファは慌てて言葉をかけた。


「ユリアさんなら、食堂にいますよ」

「ん?」

「身支度をするなら、食堂でユリアさんを捕まえた方がいいと思います。今の時間、彼女は、料理長にカセルアの宮廷料理の講義をしていますよ」

「……そうなのか?」

「ええ」


 日頃、今の時間、サーレスは部屋にいることの方が少ない。屋内で、黒騎士に請われて戦術論を交わしていたり、時間があれば馬の世話を手伝いに厩舎に行っていたりするのだ。ユリアもそのあたりは心得ているため、この時間は自由に過ごしていることが多い。

 その時間の使い方は、サーレスは関知していなかったのだが、どうやらキファは知っていたらしい。


「……わかった。まず食堂に行ってみることにする」


 階段に向かおうとした足を食堂に向け、サーレスがその場を去るのを、キファは軽く頭を下げて見送った。




 キファの言葉通りの場所でユリアを確保し、支度のために部屋に帰ったサーレスは、大急ぎで服を脱ぎはじめた。

 傍には、サーラ姫付となった三人の侍女も、大慌てで衣装部屋と部屋を往復して、衣装を揃えて右往左往していた。

 日頃使わない装身具も取り出して、並べていく。

 主人の体を拭き、香油を塗り込み、手足を整えていくユリアの手際を、侍女達はため息を吐きながら見守った。

 彼女らは、まだ、これができるほど侍女の仕事に慣れていない。

 日頃、サーレスの入浴時などに少しずつ練習をしているが、急ぐ時はさすがにユリア一人の方が仕事が早いのだ。

 いつ何時、何があるかわからないから、というユリアの言葉で、毎日の手入れを欠かさないサーレスの体は、いつでも淑女として社交界に出せるほど、磨き上げている。

 それを活かす機会は、あいにく数年に一度あるかないかというものだが、今日ほどそれが活かされたことはない。

 サーレスの体に、ブレストア風のドレスが着付けられていく。

 コルセットを使わず、ゆったりと身に纏うドレスは、この冬、クラウスが縫い上げたものだった。暖炉の前で寛ぐサーレスの隣で、せっせと縫っていたドレスは、この冬だけで三着ほどある。

 一度も仮縫いも試着もしなかったはずのドレスは、サーレスの体を固めることなく、柔らかく抱きしめるようにまとわりついた。


「……いい腕だ。いつ着ればいいのかと思っていたが、着る機会があってよかった」


 体を動かし、きちんと動けるよう、戦えるよう作られているのを確認したサーレスは、生真面目に頷いた。


「二人きりの時にでも、着て差し上げればきっとお喜びになりますよ」


 そのユリアの言葉になにやら困惑した表情のサーレスを、無理矢理椅子に座らせ、ユリアは髪をまとめはじめた。

 結婚のために伸ばしはじめた髪は、すでに結い上げるのに困らないほどの長さになった。いつもは、大雑把に一つにまとめただけのその髪を、艶やかに梳り、油をすり込み、編み込んでいく。

 ブレストアの衣装に合わせ、ブレストア風の結い髪を作り上げたユリアは、最後にその髪に、ブレストアで取れた石で作られた髪飾りをつけた。


「ベールはどうなさいますか」

「つけても良いものかな」

「あまり濃い色のものでなければ、失礼には当たらないかと思いますが」


 ベールは、婚約中の令嬢、そして既婚の淑女が身につけるものだが、基本的に平時に身につけることはあまりない。

 悩んでいたサーレスは、その瞬間、体をぴくりと震わせ、視線をすばやく続き部屋の扉に向けた。

 突然のサーレスの行動に、侍女達は首を傾げたが、ユリアは主人の行動に、素早く反応した。着替えのために外されていたサーレスの剣を、そっと手に取り、サーレスの腰に戻したのだ。


「……みんな、静かに主寝室の方に移動しておけ」

「は、はい」


 ようやく、異変を感じ取った侍女達は、ユリアに伴われ、この部屋の隣にある主寝室に向かう。

 サーレスは、全員がその場を離れたのを見守ってから、そっと扉に近寄った。

 一瞬だった。ほんの一瞬、カタンと、ありえない音がこちらから響いたのだ。

 こちらの部屋は、サーラの個室となっている。病人であるはずのサーラの個室だけに、その部屋には、当然、音の鳴るような要因はない。

 中をしばらく窺っていたサーレスの耳に、再びそこから、音が聞こえる。だが、まだ中を動く気配を感じない。

 静かに扉を開け、中を窺っていたサーレスは、しばらくして、それに気が付いた。

 ベッドから少し離れた位置にある置物が、たまにカタリと揺れている。

 よく見てみると、どうやら、壁を向こう側から押しているようだった。

 剣を抜き、いつでも飛び込めるように身構えたサーレスの目の前で、もう一度、大きくその置物が揺れた。


 次の瞬間だった。


「えいっ」


 可愛らしい声と共に、豪快な破壊音が部屋に響く。

 その壁から、置物ははじき飛ばされ、ベッドに当り、からからと床を転がる。

 あまりにもな事態に、呆気にとられていたサーレスが直後に見たのは、壁の向こう側からにょっきりと延びた、真っ白で小さな足だった。





 応接室に入り、キファはクラウスの耳元で、サーレスの伝言を伝えた。

 キファが黒騎士の隊長であることは、ランデルも知っている。

 黒騎士の隊長達は、それぞれ皆、絵姿になり、各国に通達されている。当然、それを雇う国王が知らないわけはない。

 キファの姿を認めても、ランデルは簀巻きになったままふて腐れた表情を崩しもしなかった。


「いつまで簀巻きなんです?」


 簀巻きでソファに座らされた国王という、見ているのが痛々しいものを目にしたキファは、伝言を耳にして、顔をしかめたまま考え事をしていたクラウスに思わず小声で問いかけた。


「今回はいっそ、そのまま返してみようかと思っている」

「……」


 思わず気の毒そうにランデルを見つめたキファに、ランデルはばつが悪そうに視線を逸らした。


「兄上。一つお聞きします」

「なんだ?」


 首を傾げる兄に、クラウスはゆらりと顔を上げ、問うた。


「……誰と来ましたか」


 弟の、地を這うような声を聞いたランデルは、ふっと表情を消し、そして直後、にやぁっと笑った。


「全員配置につけ! 侵入者がもう一人いる!」

「なっ」

「相手は、城の構造を熟知していると思え。目に頼るな、気配を辿れ!」


 クラウスの言葉で、その場にいた黒狼と三隊の面々は一斉に行動を始めた。


「魔法騎兵隊に、隠蔽魔法の気配を辿らせろ! 相手はすでに入りこんでいる、急げ!」

「ノエル?」

「キファはこのまま、簀巻きを見張っていろ。私は出る」

「……もしかして、相手が誰か、わかってるのか?」


「……母だ」


 クラウスは、しばしの沈黙のあと、きっぱりとそう告げると、自分も探索に加わるべく、部屋をあとにした。

 残されたキファは、思わず視線をランデルに向け、視線を合わせてしまった。

 お互い、にっこり微笑み、その場に緊張した空気が流れる。


「……なあ、ムジャフ=エン=キファ隊長。これ、そろそろ解いてくれないか?」

「……アッシコトバワカリマヘン」

「お前、ついさっきまで普通に喋ってただろうが! 今更西方訛りで話せばごまかせると思うなよ!」


 にっこり微笑んだキファは、その後ランデルがばたばたと暴れる姿を、そのまま同じ言葉を繰り返しながら見守っていた。


 

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