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第6話:突入

 着々と捜査が進み、犯人の影を捉えようとしていたある日、九曲署に衝撃が走った。

「大変です! 容疑者が人質をとって民家に立てこもりました!」

 張り込みをしていた佐藤のミスで犯人に気付かれたのだ。

 太陽が西に傾き、常世と現世があいまいになる時間。威信をかけた警察の車が犯人が立て篭もっている家の前に集合した。

「すす、すいませんッス! 自分のせいで……」

 九曲署捜査一課長の谷の前で土下座しそうな勢いで頭を下げている佐藤。

「……反省も謝罪も後だ。今は目の前の状況に集中しろ」

 眉間に深く皺を寄せた谷は佐藤の肩を軽く叩くと、夕日が沈み始めて薄暗くなった中、明かりの無い家の窓を凝視した。

 二回の窓が突然開いた。周辺の空気が緊張に包まれる中、男と若い女性が姿をあらわす。男は若い女性の喉に包丁を突きつけていた。

「オラああ! 近寄ったらこイつ刺すぞおオお!」

 血走った目と調子の外れた声。犯人はかなり興奮している。

 谷は拡声器で犯人に向かって話し掛けた。

「落ち着いて聞いてくれ。我々は君に危害を加えるつもりは無い」

「ううるせえエ! お前らどっカ行けよおオおお!」

 非常に危険な状態だった。時間をかけてじっくりと対話を続けるしかない、そう谷が判断した時、”彼”が現れた。

「篭城……一国一城……かりそめの主……古来より……援軍あってこその……篭城……いまのあいつは……行き止まりに向かって走る……鼠……」

「古田!」

「先輩!」

 両手足をギブスとボルトで固め、肌の殆どを包帯で隠し、消毒薬の臭いを撒き散らしながら、松葉杖にもたれかかるようにやって来た古田。


 ”彼”のショウタイムが始まる。


「せせせ先輩、大丈夫っすか!」

「大丈夫だ……峠は……昨日……越えておいた」

「いやそれマズイっすよ! すぐに病院に戻らないと」

「そうだ古田、怪我人にいられても邪魔なだけだ」

 古田は佐藤と谷の顔を見た後、松葉杖から手を離した。乾いた音を立てて松葉杖が地面に転がる。

「課長……拡声器を……自分が……突入して……説得……」

「しかし……」

「自分の……この姿を見れば……やつも……油断する……そこにチャンスが……千載一遇の……チャンス……これを逃せば……ポイント5倍……」

 谷はしばらく古田の目を見ていた。佐藤が息を飲む中、谷は拡声器を古田に渡す。

「やるからには成功させろ。そして生きて戻って来い」

 拡声器を受け取った古田は、両手のギブスでそれをはさむと、犯人が立て篭もった家に向かって歩き出そうと一歩踏み出した所、ギブスがパトカーにぶつかって直立不動の姿勢でそのまま前に倒れた。

「先輩!」

「大丈夫だ……これくらい……王蟲の群れに……跳ね飛ばされた時に……比べれば」

「先輩それアニメじゃないっすか! やっぱり病院に戻った方が」

 古田は佐藤の声を無視すると、再び立ち上がり犯人の待つ家へと歩き出した。

 古田はギブスの両手で拡声器をはさむと口の前にもってきた。

「犯人……束の間の……フリーダム……だが……形あるもの……諸行無常……働いても働いても……じっと手を見ても……いいじゃない……人間だもの」

 古田の説得が拡声器を通して空間を満たしていく。二階の窓からは若い女性の喉元に包丁を突きつけた犯人が呆然とした表情で古田を見ていた。

 古田は意味のよくわからない事を拡声器で増幅しながら、ゆっくりと引きずるような足取りで家の中へと入っていった。

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