アルマゲドンに至るまで 7 アルマゲドンに至る
闇の中で名無しに出会う。名無しは、なんだか残念そうな顔をしていて、僕はついつい首を傾げる。
【どうしたんですか?】
【大切なこと思い出してよぉ。でも、ちょっぴり残念なんだ】
【何が残念なんです?】
【名無しはおめえさんらに、嫌われちまうかもしんねぇ】
【嫌われちゃうって?そんな事ありませんよ。だいたい僕、どうやら死んじゃったみたいだし】
【なにいっているだおめえ?名無しと喋ってるおめえのなにが死んじゃったんだ?】
【だってここ、あの世か何かじゃないんですか?どこもかしこも真っ暗ですよ】
【真っ暗なのもこの世のうちだ。大丈夫。死んじゃったら喋る事なんて出来やしねぇもの】
【じゃあ、ここはどこなんですか】
【名無しの住む場所さぁ。名無しの家はこの真っ暗全てだったんだ】
【もしかして、僕帰れます?】
【あぁ、帰れるさぁ。でも、帰るにゃちっと骨が折れるし、あんまり時間もないんだなぁ】
【時間がないって?どのくらい時間がないんです?】
【今の名無しが、名無しじゃなくなっちまうまでの時間しかねぇ。それはきっと、もうちょっとで終わっちまう】
名無しが名無しでなくなるという事の意味が、僕には解らなかったけど、生きれるんならこのまま死ぬのは忍びなさすぎ。僕は闇の中に四方八方目を凝らすものの、どこまでいっても闇闇闇闇。闇のオンパレードで、こんな世界で朽ち果てるのは、少々、大々的にごめんなさいと言いたいところ。
【帰る方法、教えてもらえません?】
【いいよう。名無しについておいで。でも、絶対遅れちゃ駄目だ。ここで名無しを見失ったら、おめえは2度とおめえのところに帰れない】
言うと名無しはすう〜と浮いて、僕の方を向いたまま、僕からどんどん遠ざかる。
焦って僕は走り出す。はぁはぁぜぇぜぇひぃひぃふぅふぅ。あたりが闇だと、距離感なんて皆無なせいか、疲労も徒労も2倍増し。それでも僕は走りつづける。もう1度美佳に会えると思うと、僕の気分はハッピーハッピー。
兵士の言葉が脳裏をよぎる。
『人類は貴様らを許さない』
『人類は貴様らを根絶する』
やっぱり、気分は重くなる。僕は帰らない方が、このまま死んだ方がいいような気がする。人間に撃たれて死んだ事になる方がいいような気がする。
僕の足が、徐々に失速していく。
【止まるな。おめえ帰れなくなるぞ!】
名無しの声も遠ざかりながら聞こえてくる。
【でも、帰ったって、今更、どうやって生きていけばいいか解らなくって】
【悔やむとかそういうの、生きてねえと出来ねえ。でも自分が生きてる事を悔やむくらいなら、わざわざ生きてる必要もねえ】
【名無し…】
【おめえはもう、おめえが決めるしかねえんだ。どんなに寂しくたって、どんなに悲しくったって、どんなに自分が許せなくったって、おめえがどうするか決めるしかねぇんだ】
僕にこれ以上、何を選択しろっていうんだ?
【生きて、おめえの世界を救うか、死んで、おめぇの世界を見捨てるか、どっちかしかねぇんだ】
【どういう事です?さっぱり解らないよ】
【生きれば解る。死んだら解んねえ。でも言っとくと、おめえの生は、死なんかよか遥かにつれぇぞぉ。それでもよかったら、まだまだ走れぇ!】
僕の生は死なんかよか遥かに辛い?
ウンザリだね全く。だけど、それじゃあ、僕が死んでいいわけもなくなる。
世界中の涙の元凶が、楽な道を進むわけにはいかないもんね。
やってやるさ、生きてやる。名無しの言うことは、どれもこれも荒唐無稽で信じるにはあまりに突拍子がないけどーー。
そもそも、美佳の存在自体が荒唐無稽で突拍子もないんだから。この頃忘れかけていたけどさ。
僕は決めた。
美佳の罪は僕の罪だ。ちょっとばかり重すぎるけど、僕が背負ってやるべきなんだ。
だってさ、僕は人間だもの。
僕は走り出す。そう考えたら、思う事色々。母さん父さんは大丈夫かな?美佳はどうなった?あの兵士達は?
帰ったら、今まで以上に忙しそうだ。
おら、ワクワクしてきたぞ!
【名無し!聞いておきたい事があるんだ】
無意識にタメ語になっていた。
【なんだぁ?】
【大切な、ことは、何だった、のさ?】
走りながらで、息が切れる。
【約束したなぁ。おめえには言わないとなんねえ。でも、そりゃあおめえが帰ってからだぁ。帰ったらきっと、解るはずさぁ】
名無しの声は心なしか暗かった。
僕は名無しに向かって走り続ける。
やがて、光が見えてきた。
【よく頑張ったなぁ。出口についたぞ】
僕は膝に手をついて、ぜぇぜぇ息を吐きまくった後、名無しにむかって親指を立てる。
【さぁ、おめえは帰れるぞぉ。この光に飛び込めば、おめえの世界がおめえを待ってる】
【解ったよ、名無し、でもさ、僕は、何から世界を、救えばいい?】
【だから、それは生きたら解るぞぉ。解るまで死ななきゃ、しっかり絶対解るんだ】
【名無しの、言ってる事、いつも、簡単なようで、難しいよね】
【大丈夫大丈夫。おめえは名無しの友達だぁ。名無しの友達は、その時がくるまで死にゃしねえ】
【オッケイ、解ったよ名無し。これまでより敵だらけだし、これまでより辛い事がたくさんあるんだろうけど、僕はその時まで、死に物狂いで生きてやる】
【うん。約束なぁ】
名無しは小指を差し出す。僕は名無しと指きりをする。
【なんだか、もう会えない気がする】
【心配すんなぁ。名無しが名無しじゃなくなる前に、おめえさんらには、もう一度だけ会いにいく。友達だから、頼みがあるんだぁ。今はまだ、名無しにも勇気がなくって言えないけど、その時がきたら、名無しはおめえさんらに頼みがある。聞いてくれっか?】
名無しは何を憂いでいるのだろう。口調と裏腹に、その言葉からは確かに絶望に似たものが感じられる。
【遠慮しなくていいって名無し。僕ら友達なんだもの。それに、名無しには今、大きな借りができちゃったからね】
【ありがとなぁ。さぁ、もう行くんだぁ。こことおめえさんらの世界は、時間っていうものの流れが違う。こっちは緩やか、おめえさんらの世界は早い】
これはようするに○神と時の部屋みたいなものだとすんなり解釈。浦島太郎になるのはごめんだ!
【本当にありがとう!色々助かったよ、名無し!】
【気にするなぁ。名無しもおめえに、多分頼み事を聞いてもらうんだからよぉ。それよか、気をつけろ。おめえの世界じゃ、もう、とっくに始まってんだぁ】
【始まってるって、何が?】
【アルマゲドンさ】
僕は名無しの口からアルマゲドンという単語が出てきた事にちょっぴり驚き笑いながらも、光の中へ全力ダイブ。
で、実際始まっていた。ま、言うなればそれは始まりの第1章に過ぎなかった訳だが。
アルマゲドンは、始まっていた。
当面、まず、僕がすべき事はーー。
どうやって、助かろうかって事だった。
光のダイブで出てきた先は、雲の上の空でだったとさ…。