アルマゲドンに至るまで 6 僕が美佳を好きな理由
「さぁ、どうするんです?残り40秒を切りましたよ?」
僕の体中は汗だくで、恐らく鼻も折れていて、気持ち悪いやら痛いやらで仕方ない。
でもそういうのはひとまず置いて、僕は決断しなければならない。
美佳を取るか、両親を取るか。
「あと、30秒」
淡々と若い兵士はカウントダウンを続ける。
マイケル大佐は躊躇なくお前の両親を撃つだろうーー。
その表情からはそんな意志が読み取れた。やれやれ、血も涙もありゃしない。
僕はまたまた、現実逃避気味になっている。そんなこんなで、僕はまたまた、自分の悪癖に気付く。
僕は現実逃避をしすぎるのだ。いつだって決断を後回しにしてきたために、収集のつかない選択を迫られる。
「あと20秒」
もう、どのみち後戻りは出来ない。
僕は大切なものを捨てる。
「隼太!」
父さんが叫ぶ。
「躊躇するな!父さんと母さんを見殺しにする気か!」
父さんの言葉が、僕にはまるで呪詛に聞こえた。
そりゃあ、見殺しになんかできないよ。だけど、躊躇は仕方ないじゃないか。
「あと10秒」
「隼太ぁ!!!」
父さんが母さんを抱きしめる。
「5、4」
僕は刹那に、美佳の事を思い出す。
「3」
僕は刹那に、美佳と過ごした日々を思い出す。
「2」
僕は刹那に、美佳の言葉を思い出す。
『隼太が死んだら、生きてる意味なんてゼロだもん』
『愛し合うって、そういう事でしょ?』
美佳が死んだら、僕の生きてる意味はーー。
「1」
ゼロなんだろうか。
「ゼ」
「決めました」
マイケルは銃口を父さん母さんに向けたまま、僕を興味深そうに見つめる。
「美佳を呼びます。それ下げてください」
若い兵士が、胸を撫でおろした様に見えたのは、僕の気のせいだったかもしれない。
僕は若い兵士とマイケルに挟まれながら、玄関を出た。
空を見上げる。相変わらず、鬼達と戦闘機がそこかしこに飛び回っていた。マイケルは銃口を僕のこめかみに押し付ける。
「保険として、万が一美佳が我々に攻撃に移る前に引き金を引けるようにしておく。安心しろ、今の所大事な人質のお前に死んでもらうわけにはいかない。あくまで、保険だ」
少しも安心できないマイケルの言葉を、若い兵士が通訳した。
僕は空に向かって、美佳の名前を叫んだ。
出来ればこないでほしかったけど、美佳はやっぱり来てしまう。とっても膨れていた美佳は、僕の顔が傷だらけなことに気付くと、顔色を一変させる。
「どうしたの、その顔」
僕が両隣の兵士に交互に目を配ると、察知したように、美佳は頷く。
「こいつらにやられたのね。あんた達、隼太によくも!」
「動かないでもらおう」
若い兵士が言う。
「ミスター隼太の命は、我々の手中にある。あなたが下手な動きを見せたら、マイケル大佐は引き金を引く」
突きつけられた銃口が微かに震えだした。マイケルの腕が振動している。マイケルの顔は、憎悪一色に染まっていた。
美佳を今すぐ殺したい。
言わずも、意志は伝わってくる。
「どういう事なの。隼太、説明して」
説明した。美佳は動揺を隠しきれない。こんな時になんだけど、動揺した美佳がやけに可愛らしく見えてしまった僕の罪はやっぱり重い。
「私に護身銃の実験台になれって事ね」
「あなたじゃなくとも、あなたが1体仲間を呼べばそれでもいい」
僕はいけないとは思いつつ、美佳がそうしてくれる事を願った。
「駄目よ。《今》撃たれたら、仲間が死ぬもの」
その言葉を、若い兵士は通訳しなかった。
「隼太…」
「なん、だい?」
「私が撃たれたら、隼太は悲しい?」
「悲しいよ」
「でも、お母さんとお父さんを見捨てる事は出来ないんだね」
「ごめん」
「いいよ。隼太には今まで散々付き合ってもらったし、私、広い心で許しちゃうから」
ニッコリ笑って美佳が言う。ニッコリ笑っているはずなのに、美佳の顔はワンワン泣いてる子供と同じだった。
「さ、兵隊さん。ズバンとやっちゃってよ」
美佳の言葉を若い兵士が通訳すると、マイケルは僕に銃を突き付けたまま、もう片方の手で護身銃を握り、美佳に構えた。
充電が開始される。
「ねぇ、隼太。私のこと、なんで好きなのかまだ解らない?」
まだ、解らない。でも、こんな場面でそんな事を言える程、僕は残酷に出来ていなかった。
「僕は…」
美佳の何が好きなのだろう。
美佳と何度もデートして、何度も手を繋いで、何度も何度もキスをした。
女の子と付き合うのが初めてだったから?
違う。
女の子に好きと言われるのが初めてだったから?
違う。
女の子とキスをしたのが初めてだったから?
どれも違う。
「もう!最後くらいはっきり言ってくれないと、化けて祟って呪うからね!」
僕は美佳の何がーー。
ピーーーーーーー。
試合終了のホイッスル。充電完了の合図。
マイケルの顔ーー笑っていた。こんなに歪んだ笑顔を見るのは初めてだ。
美佳の顔ーー悲しそうだった。死ぬ事よりも、僕の口から答えがでないのが悲しそうだった。
「隼太のバーカ。せめて、私のこと、忘れないでよね」
美佳の瞳から、涙が一粒こぼれ落ちた。
マイケルが護身銃のトリガーに指をかける。全てがスローモーションになった。
僕はとっさにマイケルの体を突き飛ばす。
マイケルの突き付けた銃が火を吹く。
頭をかする。
僕は美佳の方に走り出す。
マイケルに一瞬振り返る。
護身銃のトリガーを引いた。
銃口の先に美佳。
エメラルドグリーンの光。美佳とエメラルドグリーン。狭間に僕は飛び込んだ。僕の体を光が包む。熱と痛みが迸る。薄れゆく意識さえもがスローペース。僕は気付く。美佳を好きになった理由。僕は美佳に伝えようとする。美佳は僕の元に駆け寄る。口を開こうとする。開けない。僕が美佳を好きになった理由。
僕は美佳に会おうとする度、いちいち命を賭けてきたんだ。命を賭けた女の子を、好きになれない筈がない。その証拠にほら、僕はなんだかんだいいつつ、最後にだって、結局美佳に命を賭ける。やれやれまったく、美佳さん君の思い通り。僕は君の画策の上で、しっかり君を好きになったよ。君の為なら、命だって惜しくもなんともなくなっちゃったさ。参った参った愉快愉快。こんなに愉快に死ねるなんて、僕はなんて幸せ者だ。だけど、父さん母さんのこともそりゃあやっぱり心配だから、出来たら助けてあげておくれよ。
『僕が死んじゃったらどうするの?』
『決まってるじゃん。隼太の後を追って私も死ぬよ』
ちょっと待った。これで君に死なれたら、僕はまったく無駄死に犬死に骨折り損のくたびれもうけもいいとこじゃないか。
頼むから死なないでーー。
美佳の涙を見つめながら、とうとう僕の意識が飛んだ。