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アルマゲドンに至るまで 4 美佳が泣いた日、僕は泣けない

僕が《真っ黒》を見た日以来、空爆がない。好ましいと言えば好ましい。それは僕達が危険にさらされるからではなくて、美佳達が人殺しをしなくていいからだ。


けれど、懸念は拭いきれない。これが嵐の前の静けさだったら?


この頃僕は思うのだけど、そろそろ、何かを決めなければならない時が迫っているのかもしれない。


母さんが、口を開かなくなった。


『隼太、お前、いつまでこの生活を続ける気なんだ?』


父さんは言う。

『お前に責任はない。けれど、残念ながらこの事態を抜け出す為には、お前の行動が必要なんだ。お前と美佳ちゃんが離れなければ、永遠にこの生活が繰り返される。周囲を見ろ。荒涼とした廃墟だ。隼太よ、人間というのは、特に、俺達のような戦争を知らない人間というのは、こういう光景に耐えられないように出来ている。父さんはいい。しかし、母さんはどうだ?憔悴しきっている。解るか?今はまだ大丈夫でも、その内必ず医者が必要になる。美佳ちゃん達は、俺達を空爆からは守ってくれるだろう。でも、病気はどうだ?母さんに限らず、俺やお前がなにか大病を患った時、誰が俺達を助けてくれる?』


父さんの言う事は、もっともすぎて胸がとっても痛くなる。この頃母さんは、食事以外で起き上がる事がなくなった。食事と言っても、果物や野菜を一口二口穫るだけで、栄養不足は否めない。


僕は荒涼とした廃墟を見つめる。耐えられないと思う事は今までなかった。でもそりゃあ、確かに初めから平然としていられる訳でもなかった。


鬼としのぎを削る毎日によって、少しばかり僕はタフになりすぎた気がする。


僕は心配をかけない為に、父さんと母さんには鬼との闘いを話していない。だけど、それでも、母さんは、完全に口を閉ざす前、僕にこんな事を言っていた。


『どうして、そんなに冷たい目が出来るようになったの?』


それについて、美佳に尋ねる。


『冷たい?どうだろ、私にはよくわかんないけど、だいぶたくましくなったのは事実だよね。断然前よりいい男ダゾ!隼太君☆』


美佳の望むようにすればするたび、僕は父さんや母さんから離れていく気がしていく。


僕は打算というものを働かせてみる。美佳と両親を秤にかける。


多分、1年前なら完全に両親に傾いたそれが、今では全く動きやしない。こんな事を考えてしまうのは狡い事だと思う。今更どっちかを捨てる事なんて、僕には出来ない。


美佳が僕の心の、こんなに大きな部分を締めている事の理由が、僕には全然解らない。


やれやれ、僕と美佳は付き合っているのに、僕が美佳を好きな理由も、美佳が僕を好きな理由も解らないなんて…。


結論ーー


どうしたらいいか解らない。


僕は名無しに会いに行く。名無しなら、何かヒントをくれるんじゃないだろうかと、根拠のない閃きをあてにして。


僕は名無しを捜す。新宿御苑の芝生に行けば、また、会えるような気がしていた。


もちろん、事はそんなにうまい具合に進まない。


名無しはどこにもいやしなかった。だだっ広い御苑を全部捜しても、姿どころか、痕跡さえもありゃしない。疲れた僕は、芝生の上に寝っ転がった。


東京にしては、星の多い夜だった。


それを眺めているうちに、何だかとっても眠くなり、僕はすっかり、夢の中へ落ちていった。


夢の中で名無しに会った。


【おめぇ、どうして名無しを探してるんだぁ?名無しはまだまだ、思い出してないんだぞ?】


今日は、ちょっと聞いてもらいたい事があって…。


【名無しはおめぇの話を何でも聞くぞ。友達の話は何でも聞くんだぁ】


僕は名無しに、僕の進むべき道を尋ねる。


名無しは黙り込んで何度か頷く。


【おめぇはさぁ、どうしたいんだ?】


だからそれを尋ねてるんです。


【それがおかしいぞ。おめぇがどうしてぇかを、何で名無しに聞いたりするんだぁ】


それはそうだけど、でも本当に解らなくって。


【名無しは、名無しのしたい事がまだ解らないから悩んでる。おめぇは、おめぇのしたい事が解ってるのに悩んでる】


いえ、本当に解らないんです。


【それでも、大切なものが何なのかは解ってるだろうよぅ。名無しはそれさえわかんねえんだ。でもなぁ、1つだけ確かな事があっぞぉ】


何です?


【大切なものは、いっぱい持ってたらズルいって事さぁ。いっぱい持ってると、ズルいって事に気付いた奴が、おめぇから何個か奪っていく。数が多ければ、守るのだって大変なんだぁ】


僕は沈黙する。


【なるべく1個にしといたほうがいいぞう。1個なら、頑張れば何とか守れっかんなぁ。無理していっぱい守ろうとすっと、結局何にも守れなくなっちまうとおもわねぇかぃ】


そう思います。


【それなら、答えは簡単でねえか?】


はい。


【うん。それじゃあ、またな】


僕は目覚める。


家に帰る途中で、僕を探していた美佳に会う。美佳はどうやらカンカンで、顔が真っ赤で、かつてないほど鬼みたい。


「どこいってたのよ!まさか、浮気じゃないでしょうね?」


女の子を殺しまくった事実を忘れている程に怒り心頭の美佳を、僕は思い切り抱き締める。


「ちょ、ちょっと隼太!初めては外じゃ嫌だよ!隼太ノーマルじゃなかったの?」


僕は美佳のそんな言葉が、たまらなく愛おしくて、同じくらい悲しくって、目をきつく瞑って、その上歯まで食いしばる。


「隼太、泣いてるの?」


多分泣いているんだと思う。でも、僕は涙を流しちゃいけないはずで(だから、何故?)、そのせいか涙は出てこない。


「美佳…、僕さ、美佳の何が大好きなのか、まったく全然解らないけど、美佳の事が大好きだよ」


「隼太、喧嘩売ってくれてるの?」


「違うよ、本当に、大好きなんだ。ただ、何がそんなに大好きなのか解らないだけで…」


「だったら解ってからいいなさい!」


「ごめん、それを探している時間が、どうやらあんまりなさそうなんだ」


「隼太?」


「明日、僕は、父さん母さんを連れて街を出る」


美佳が僕の体を引き離す。


「どういう事?」


「母さんの体調が良くないんだ。放っておいたら、取り返しがつかなくなるかもしれない」


僕は名無しの言葉を思い出す。


大切なものは、1個にしておいた方がいい。1個なら、頑張れば守れる。


美佳は、僕が守るまでもなく、強すぎる。だったら簡単に、僕は両親を選択する事が出来るんだ。


簡単に…。


「それじゃあ、お母さんを運んだら、また戻ってくるんだよね?」


「それは多分、無理だと思う。色んな手続きがきっとあるだろうし、そういうのを踏んだ後で、僕達に自由があるとは思えないんだ」


「じゃあ、私がお母さんを殺すって言ったら?」


僕は美佳の瞳を見つめる。涙で滲んで、その後ポロポロ零れ落ちた。


こんなに悲しそうな美佳の表情を、僕は見たことがない。僕の決意はどんどん揺らぐ。だって、それはあんまりだ。今の美佳はどう見たって普通のか弱い女の子じゃないか。


バッサリグッサリのジェノサイドを躊躇皆無で敢行した、鬼のお姫様には到底遠くて遠すぎる。


それでも、僕は何とか次の言葉を紡ぎだす。


「悲しいけど、僕は戦う。僕も昔の僕じゃない。母さんだって事もあるけど、君に誰かを、もう無意味に殺して欲しくない」


ヒック、とか、グスっとか、そういう擬音が美佳から聞こえる。全然シリアスな音じゃないのに、全然コミカルに聞こえない。


「も…う、誰も殺さない…から。お願いだから…どこにも…どこにも行かないでよ。隼太がいない…なんて…やだよ。行かないでよ。行っちゃやだよ」


美佳はジャンジャン泣きまくる。これは簡単な選択肢だったはずなのに、選んだ後が、苦しすぎたし辛すぎた。


僕はもう一度、今度はさらに強く強く、美佳をひたすら抱き締める。


「ごめん…」


美佳の涙が肩を濡らす。


「隼太…なんて」


美佳もまたまた、思いっきり僕を引き離す。


「隼太なんて、大っ嫌い!!」


泣き叫びながら、美佳は星空へ消えていく。僕は、美佳の涙でぐっしょり濡れた肩に手を置き、その場に一度うずくまる。そろそろ泣いてもいいんじゃないかと誰かが言う。いやいやお前は泣いたらダメだと僕が言う。


立ち上がって、星空を見つめる。


たまらない喪失感に、僕はしばらく、その場を動けず、ただただ、1人佇んでいた。


この時点で、僕の選択は正しかったはずなのだ。


しかし、明日になると、さらにさらに冗談じゃなく過酷な選択肢が、僕の眼前に突き付けられる事など、当然にして残念ながら、今日の僕には知る由もなく…。



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