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アルマゲドンに至るまで 3 名無しと僕達の約束

僕と美佳は手を握って歩いてる。


新宿御苑だけは、ボロボロでほとんど何も残っていないにせよ、それが過去新宿御苑であったという面影だけは残ってる。


例えば、所々にまだギリギリで座れるベンチがあったり、あぁ、そういえばここ大きな公園だったよねと思い出させる芝生もちょこっと残ってる。


僕と美佳は見つけたベンチに腰掛けて、美佳が作ったというお弁当を食べている。


たこ足ウインナーと卵焼きとおにぎり3つ。オーソドックスこの上なくても、味はなかなか悪くない。


時間は昼間で陽気はポカポカ。そろそろ夏になるのかな?この生活が始まってから、どうも日にちの感覚が曖昧で、正直なところ今日が何月何日なのかさえ、正確に解っていなかった。


美佳は真っ白なワンピースを着て、僕がせっせとウインナーを口に運ぶ姿を、さも楽しそうに横目で眺める。


「美味しい?」


「うん、正直びっくりするくらい美味しいね。美佳に料理の才能があるとは知らなかったよ」


わかりやすく美佳が照れる。


「そりゃあ、私が作ったんだからもうおいしいに決まってるもんね!聞くだけ無駄だったよね!まさに愚問だよね!」


もう少し謙虚に照れてくれれば、可愛げがあるのにな、と僕は思う。美佳らしいと言えば美佳らしいけど。


僕は、このとりあえずの平和の中で、一週間前の出来事を思い出す。空から僕を覗いてた、あの大きな黒い何か。あれから僕は仮にその何かを《真っ黒》と呼ぶ事にして、色々頭を巡らせる。


《真っ黒》の事を、美佳に話すと、美佳は決まって口を閉ざす。


『隼太、その事誰かに話した?』


『いや、誰にも』


『ならいいけど、誰にも言わないでね。特に、パパとママには絶対ダメだよ!』


一応約束はしたものの、迷ってしまう僕がいる。だって、美佳がこんな事を言う時に、美佳の言うとおりにして、事がいい方向に進んだ事が今までないのだ。


つまり、事を良くする為には、美佳のおじさんとおばさんに《真っ黒》の事を話すべきだと思うのだけど、踏ん切りがつかない僕もいる。


美佳が恐いのももちろんあるけど、それ以上に、《真っ黒》の話しをした後から、美佳が僕に鬼退治をさせなくなった。護身銃と《真っ黒》の光が同じだった事に、何か関係あるのかな?


なんにせよ、僕個人の事だけ考えると、事態はとても好転していた。


それから唐突に後ろでガサガサ音がする。驚いて振り返ると、さらにさらに驚いた。


髪が長くて髭がボーボーでボロボロの服を着たおじさんが僕達を見ている。


僕と美佳は弁当を置いて立ち上がる。


「おじさん、誰?」


美佳が珍しそうな顔でおじさんに言う。


「おじさんは、名無しだ。おめえさんらこそ、誰だ?」


名無しと名乗った?おじさんは、ボリボリ顔を掻いた後、フワァと大きく伸びをする。


「私は美佳!それでこっちが彼氏の隼太」


言いながら美佳が僕の腕を組む。おいおい、僕達は国際テロリストなんだからいきなり本名を言うのはいかがでしょうかお姉さん…。


「はぁ〜、カレシねえ?いいなぁ〜、おめえさんらは仲良しなんだなぁ」


またまた名無しはボリボリ顔を掻いて言う。僕はこの名無しというおじさんに不思議な印象を覚える。

明らかに初めて会ったのに、明らかにどこかで会ったことがある感じ。


デジャブってやつ?僕は戸惑う。だけど本当に戸惑うべきは、僕の抱いた印象じゃなく、もっと客観的な事実なのだ。


なんで、こんな所に人がいるんだ?


「美佳、美佳」


僕は囁く。


「この人、ちょっぴり怪しくない?」


「そぉ?それじゃあ殺っちゃう?」


美佳はヒューと口笛を吹く。鬼が1体空から降りて、名無しの前に立ちふさがって、爪を大きく振り上げた。


「いやいや、だから人殺しはよくないって!」


美佳に頼んで鬼を制する。名無しはポカンと鬼を見つめていた。あらま、全然びびってない。


「おじさん、何でこんな所にいるんですか?」


「さぁ、名無しにはよくわからんねぇ。大分前からここにいた気もするし、ついさっきからここにいた気もするしねぇ」


のんびりした口調に、僕はより一層戸惑ってしまう。


「あの、答えになってませんけど…」


「答えとかそういうの、名無しは持ってないもんよう。そういうのは、きっと必要ないからなぁ。名無しは名無しさぁ。どうしてこんな所にいるかって言われても、名無しが名無しだからこんな所にいるとしか言えないさぁ」


何だか名無しとは関わらない方がいい気がしてきた。


「ところで…」

と名無し。


「この子はおめえさんらの友達かい?」


名無しが鬼の方に顎をしゃくる。さて、どう答えたものだろう。間違いなく、僕の友達ではないものね。


「友達よ!私の言うこと何でも聞いてくれるんだから!」


鬼は美佳に振り返って、何だかワケのわかんない言葉を喋りながら頭を下げる。


「大丈夫大丈夫。もう、そんな事気にしないでよ!」


鬼と美佳の会話になんて、当然ながらついていけない。


「へぇえ、おめえさんは、お姫様なのかい?」


僕と美佳は顔を見合わせる。その後、同時に視線を名無しに移した。


やっぱり同時に口を開く。


僕ーー

「何で解るんです?」


美佳ーー

「何でこの子の言葉が解るの?」


今度は美佳に視線を移す。

「え?」


「今、この子はこういったの。《友達なんて、私には勿体なさすぎるお言葉です。姫様》」


ホッホと、名無しが笑う。


「何でも何も、名無しにはそう聞こえたんだから、仕方ねえよなぁ。それに、だってよ、異人さんの言葉が解る人だってたくさんいるだろうよう。ちっとも不思議な事じゃないさぁ」


でも異世界の言語を教えてくれる先生はいない。


「ねぇ隼太。このおじさん、確かに怪しいね」


「うん」


「やっぱり、殺っちゃわない?」


「ダメだってば」


もう、美佳には人を殺して欲しくないもの。


「おじさん、1つ聞いていい?」


僕の腕を離して、美佳が名無しに近づいていく。


「おじさん、うちの一族の人?」


確かに、それ以外に妥当な線は今のところ見当たらないと僕も思う。美佳だって女の子の姿をした鬼なんだし、美佳の両親だって見た目はおじさんとおばさんなんだから。


「名無しには、一族なんていなかっと思うよう。確か名無しは生まれてからずっと名無し1人だけだったと思うなぁ。名無しもよく覚えてないがぁね」


僕は名無しに尋ねてみる。

「それって、やっぱり記憶喪失ってやつなんですか?」


「さぁねぇ、名無しもよくわかんねえ。けれど、何か大切な事をしなきゃなんねぇ事だけは覚えてるなぁ。それが何なのかが、またまたわかんねえんだけどさ」


ふと興味が沸いてきて、僕は名無しに提案してみる。


「もし、よかったらなんですけど、その大切な事を思い出したら、僕達に教えてもらえませんか?」


名無しはニコッと笑って、ゆっくり頷く。


「いいよぉ。名無しは、思い出したらおめえさんらに教えるさぁ。約束するなぁ。名無しは約束っていうのを確かした事がなかったと思うから、何だかちょっぴり嬉しいなぁ」


予想外の言葉に、僕は何だか可笑しくなって、美佳もやっぱり可笑しくなったらしくって、そんな僕達が、名無しも可笑しいらしくって、ついでに鬼も、何だかんだで可笑しいらしく、僕達みんながお日様の下で笑っていた。


どうやら、名無しは美佳に殺されずにすみそうだ。


「それじゃさ、おじさん、指きりしようよ。せっかくだから、きちっとしなきゃ」


美佳が小指を名無しに差し出す。名無しは指きりの意味が解らなかったらしく、戸惑っていた。そんな姿が微笑ましくて、僕は名無しに好感を持つ。


美佳と付き合っている内に、どうやら大分、僕はのん気になったらしい。こんな得体のしれないおじさんに、初対面から好感を持つなんて。

まぁ、家族や美佳以外の人間(美佳は人間じゃないけど)と喋るのが1年ぶりで、僕もきっと嬉しいんだろう。


美佳の指と、名無しの指が交差した。その後で、僕も名無しと指きりをする。


「うん、名無しは指きりをしたから、おめえさんらと約束したぞ。約束をするっていう事は、約束を守るって事だよなぁ。いいなぁ。名無しは、多分ずっと1人だったから、こういうの、いいと思うんだ。名無しは、おめえさんらみたいに、おめえさんらと仲良くなれるかな?」


「大丈夫だよおじさん。指きりしたもん!おじさんと私達、もうとっくに友達だよ!ねぇ、隼太?」


僕は頷く。


「そっかぁ。そいつは、いいな。うん、名無しと、おめえさんらは、友達なんだなぁ」


僕はつい、友達の事を思い出す。みんな今頃どうしてるだろう?今までなるべく考えないようにしていたけど、女の子はみんな美佳に殺されて、男友達は、どうなってるかわからない。難を逃れた奴もいるだろうけど、爆撃で死んじゃった奴もいるかもしれない。


僕は無性に、そいつらみんなに会いたくなって、涙が込み上げてきてしまって、でもなんとかそれを堪える。


僕は、泣いちゃいけないのだ(何故だろう?)。


泣いちゃいけない気がするのだ。


まぎらわすように、僕は名無しに声をかける。


「それじゃあ、僕の住所を教えます。思い出したら、家へいらしてください」


「大丈夫。名無しはそんなの知らなくても、友達の所に行けると思うさぁ。思い出したら、おめえさんらに会いにいくよ。待っててなぁ」


そう言うと、名無しは僕らに微笑んで、反対方向に歩き出した。僕は名無しの後ろ姿が消えるまで、ずっと背中を見つめている。美佳は

「ばいばいおじさん」

と叫びながら、僕の隣で、大きく両腕を振っていた。



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