表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/25

中幕 マイケル・コール大佐と地球防衛軍

この回では、視点が主人公隼太から別の人間へと移り変わり、三人称での展開となります。

モニカの笑顔が、徐々に記憶から薄れていった。あれほど愛していた女の笑顔も、時は無情に消し去ってゆくのか…。


マイケル・コール大佐は、昨年まで某大国の空軍に所属していた。しかし現在では、同じく昨年、世界規模で起こった、未知の生命体(ヒューマン・フェイクと現在では呼称されている)による大量虐殺を発端とする一連の事件によって設立された、地球防衛軍第3部隊の責任者という地位にある。


地球防衛軍とはいささか陳腐すぎるネーミングであるものの、実際、ヒューマン・フェイク達による大量虐殺及び大量破壊は、この地球にとって未曽有の危機であるという認識が全世界共通にあり、マイケル大佐自身、少しも語弊があるとは思っていない。問題は、ネーミングの陳腐さではなく、ネーミング通りの機能を果たせていない事にある。


地球防衛軍は、少なくともヒューマン・フェイクの被害にあった国家の軍隊及び自衛隊、有志の民間人が混在しており、やはり第一線の基地は日本の相模原にある。某大国のキャンプをそのまま地球防衛軍のものに作り替えた。虐殺以前には、地元の民間人から批判的な声が圧倒的に多かった基地だが、それを覆すに充分なヒューマン・フェイクへの憎悪を民間人は有しており、今では応援ムード一色だった。


昨夜も、ヒューマン・フェイク達の拠点、新宿に大規模な一斉攻撃を行ったが、戦闘機が全て叩き墜とされるといういつも通りの無残な結果に終わってしまう。


まるで、カミカゼだ…。


マイケル大佐はその様に思う。ヒューマン・フェイク相手に現存する兵器は通用しない。それはとっくに解りきっているのに、我々はこの攻撃を止める事がない。


マイケル大佐は、キャンプ内の自室で、1人紫煙をくゆらせていた。


自室ーーここに初めて来たときは、マイケル大佐の他に10人の兵士が寝食を共にしていた。10人には窮屈すぎる部屋であった。大佐といえど、世界中から兵士がやってくるこのキャンプに、個室が与えられる事はない。


しかし、1人減り2人減り、今日でついにマイケル大佐1人になってしまった。皆、ヒューマン・フェイクに殺されたのだ。


昨日、最後のルームメイトであった、空軍時代からの付き合いもある、ジョージ・ガルシア中佐が出撃する直前、こんな事を漏らしていた。


「大佐、今までお世話になりました」


「今生の別れみたいな挨拶はやめろ、ジョージ。お前は生き残るさ。俺の知っているお前は、タフの塊だったはずだ。あんな化け物にやられてしまうはずがない」


マイケルは、出撃前の兵士に対する言葉の無力をいつも呪っていた。ヒューマン・フェイクへの攻撃は、確実に死へと直結する。それが解りきっているのに、こんな言葉しかかけられない自分が愚かしかった。


「大丈夫ですよ大佐。もちろん、俺だってただで死ぬ気はありません。奴らに、一矢報いてやります。あの世へ行った時、妹に少しでも顔向けできるようにね」


防衛軍に志願した連中の大半は、ヒューマン・フェイクに大切な者を奪われている。ジョージも、ハイティーンになったばかりの妹を、眼前で奴らに殺されたのだ。


マイケル大佐は、それ以上かける言葉が見当たらず、ただ頷いて、ヒューマン・フェイクを呪う事しか出来なかった。


何故、奴らは若い女ばかり狙って殺害したのか。また、これからもそれは続くのか。そもそも、奴らは何なのか。


「そろそろ、行きます」


「あぁ」


「大佐…」


「何だ?」


「あとを、頼みます。奴らを、必ず…!」


ジョージは、恐らくこの攻撃が奴らに何の効果も与えられない事を知っている。犬死にする運命を知っている。それでも、行かねばならない程の憎しみを抱えている。


お前も、ジョージのように、行くべきじゃないか?モニカの仇を、奴らへの憎しみを弾丸に込めて、無意味と解りきっていても、


お前も行くべきじゃないのか?


マイケルが

「解った」

と答えると、ジョージは敬礼してきびすを返し、ドッグへと歩いた。


1人きりになった部屋で、ジョージの、そして死んでいった仲間達の後ろ姿を思い出す。


テーブルの上に、ルームメイト達が置いていった写真立てがある。それぞれ、皆、大切な者と共に、幸せそうな顔で写っている。


夜、就寝の前に、写真を眺めて泣く者がいた。憎悪に顔をひきつらせる者がいた。焦点の合わない目で見つめる者がいた。皆、ヒューマン・フェイクに大切な者を奪われた。そして、ヒューマン・フェイクに殺された。


マイケルは、写真立て一つ一つを、食い入るように見つめた後、その中から一枚を手に取る。


純白のワンピースに身を包んだモニカの肩を、マイケルが組んで、笑っていた。背景に湖。


モニカが死ぬ1時間前に撮影したものだ。


「モニカ…」


マイケルはモニカの笑顔を思い出す。半年ほど前までは鮮明だったこの笑顔が、今では写真を頼らないと思い出せない。


思い出せるのは、胸に文字通り開いた穴を見つめながら、虚ろになっていくモニカの表情だけだ。


モニカ…、お前も望んでいるいのか?俺が今すぐ、飛び立つ事を。


そうだとしても…。


もう少し待っていてくれ。死ぬのは怖くない。お前のいない人生に、意味などゼロだ。


だが、俺は確実にお前の仇を取りたいんだ。


ヒューマン・フェイクが生命体である以上、確実に弱点が存在する。


俺に、それを探る時間をくれ…。その後は必ず、お前に会いに行く。


マイケル大佐は拳を握る。体中の中から、ありとあらゆる憎悪を探し、ありとあらゆる憎悪を込める。


仇は、必ず取ってやる。モニカの分も、ジョージの分も、死んでいった仲間達の分も、俺が必ず取ってやる。


そして、それはさながら天恵の様に、マイケルの元へ訪れる。


「緊急召集。各部隊の責任者は、至急作戦本部に集まる事。繰り返す…」


場内アナウンスに導かれ、マイケルは作戦本部室へと足を運んだ。

鉄製の長机に、10人ほどの責任者がすでに腰をかけていた。その先のスクリーンの傍らに、最高司令官バーンズが立っている。顔中に刻まれた皺と傷は、くぐった修羅場と同じ数だけついている、などと確かジョージが冗談混じりに言っていた。すっかり髪は白くなっているものの、眼光の鋭さは何ら衰える事なく、むしろ凄みを増している。


「諸君、集まってもらったのは他でもない。この映像を見てくれ」


バーンズがそう言い放つと、部屋の灯りが消え、スクリーンに地球が映し出された。それが高速でクローズアップされてゆき、やがて日本、新宿上空へと映像が移ってゆく。


「これは先日、日本時間で午後6時頃、我が国の人口衛星がとらえたものだ」


午後6時といえば、ジョージ達がヒューマン・フェイクに攻撃を開始する直前だ。


廃墟となった新宿を、少年が走っていた。確か、これはHayataという名のヒューマン・フェイク。恐らくはヒューマン・フェイクのリーダー核とされる、Mikaという少女と行動を共にしている場面が過去何度も観測されている。


Hayataの周りを3対の標準型ヒューマン・フェイク(日本人は標準型をONIと呼んでいた)が囲んでいた。


これはどういう事だ?明らかに標準型は少年を狙っている。奴らは仲間ではないのか?


標準型が少年に歩み寄る。すると一瞬、画像がフラッシュし、真っ白になった。戻ると、標準型と少年が空を見上げていた。


次の瞬間。エメラルドグリーンの光が降り注ぎ、標準型の姿が消えた。


何だこれは?


「さらに…」

とバーンズが言う。


「この3分後、ヒューマン・フェイクへの一斉攻撃に向かったパイロット達からの通信記録を聞いてもらいたい」


部屋のスピーカーから、ザザッ…というノイズが響いた。聞き取りにくいが、確かに人の声である。


【なん……だ。これ…は、見えるか……、お前達にもこれ…が見えるか!!】


ジョージ?これはジョージの声だ。あの勇敢なジョージの声が、明らかに震えている。


【悪魔だ…!巨大な悪魔が!!………悪魔が空を割っている…。】

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ