最終話 忘れちゃっても、忘れない
世界が闇に覆われて、その闇の中で、やっぱり僕は名無しに出会う。
【お疲れさん】
【うん、とても疲れたよ】
【よくやってくれたよ、みかとはやたは】
【僕は大した事してないよ。命を懸けたのは美佳なんだ。それより、世界は?】
【《真っ黒》の爆発が思いの外大きくてなぁ。異次元の穴を広げちまって、世界は異次元の闇に包まれちまった】
おいおい、それはないよ名無し。それじゃあ命を懸けた美佳やおばさん達は、無駄死にって事になる。
【そんな事ねぇぞ。前に言ったなぁ?この闇は、おめえさんらの世界とは、時の流れってのが違うって】
【覚えてるよ】
【爆発の反動で、その流れが逆流してんだ。異次元に包まれた世界は、急速に時を遡ってる。世界は、自分で元通りになろうとしてんだ】
よかったなぁと名無しが僕にピースサインを送ったので、きっとそれはいい事なんだと理解する。
ん?世界が元通りになる…?
【それじゃあ、美佳は!?美佳はどうなるの?】
【みかも、死んだみんなも、一応元通りになるぞぉ。世界がどこまで時を遡るかは、名無しにもわかんねえけどな】
僕は嬉しさの余り、名無しに飛びついて、彼の手を握って、ぴょんぴょんぴょんぴょん跳ねまくった。
【ん〜、だけどなはやた。みかは元々この世界の住人じゃないから、遡り方によっちゃ現れないかもしんねえんだ】
僕は止まる。
【どういう事だい?】
【いいかぁ?元々みか達の一族は、《真っ黒》から色んな異世界を逃げ回って飛び回っておめえの世界に辿り着いたんだ。でも、《真っ黒》はおめえが滅ぼしたからもういねえ。つまり、みか達は異世界を移動する必要がなくなんだ。時間がみか達がこの世界に来る前まで遡ったら、みか達はこの世界には来ないんだ】
【でも、命が元通りになるんなら、美佳は僕に会いにくるよ】
会いにくるに、決まってる。
【はやた。残念だけど、記憶も一緒に遡るんだぁ。だから、おめえの頭の中からも、みかの頭の中からも、お互いの思い出は消えちまう】
久しぶりに絶望した。
僕も、美佳も、お互いを忘れる?
そんなありがちすぎるバッドエンドは冗談じゃない。
【嘘だろう?】
名無しは残念そうに首を振る。多分残念に思ってくれているんだ。
僕はというと、残念どこですまなかった。
【何とかならない?】
名無しは首を振る。
僕はなんとかならない事を悟った。
【そっか】
【すまなかったなぁ、はやた。名無しは悲しいぞ】
悲しそうだった。
【いいよ。名無しのせいじゃないだろう?僕だって男さ。一度覚悟を決めたんだ。すっぱりさっぱり、諦める】
【それじゃあ、何ではやたは泣いてんだ?】
僕は名無しの無粋さに呆れる事なく、名無しの胸の中で、赤ん坊みたく泣きじゃくる。
美佳に会えない事よりも、美佳が死んだ事よりも、何よりも美佳を忘れる事が悲しくって仕方ない。
名無しは優しく、僕を抱き締めてくれた。
そういえば…。
【名無しはどうなるの?】
【名無しはもうとっくに消えた。はやたの前にいる名無しは、名無しがあの銃に込めた名無しの思い出さ。それも、もうすぐ消えてなくなる】
僕は本当に、色んなものを失った。世界が元通りになったって、色んなものは取り戻せない。
【今まで、よく頑張ってくれたなぁ。名無しは本当に、おめえさんらが、おめえさんらの住んでる世界が、大好きだったぞう】
【僕も名無しは大好きだよ。もちろん変な意味じゃなく、友達としてね】
【うん。ありがとなぁはやた。はやたが名無しを忘れても、名無しははやたを忘れねえぞ】
忘れないよ。名無しの事も、美佳の事も、忘れちゃうかもしれないけど、忘れない。
【はやたは結構矛盾した事を言う事があるなぁ。でも、はやたの矛盾は素敵な矛盾だと名無しは思う】
名無しはゆっくり、僕の体を離れていった。
【本物の名無しがもうお別れ言ってるから、思い出の名無しはお別れ言わねえ。お別れ言わなかったら、またどこかで会えんじゃねぇかって、そんな気がするんだ】
【そうだね。僕もまた、いつか名無しに会いたいよ】
【楽しみにしてるぞお。みかに、会えるといいなぁ】
【ありがとう】
名無しは闇の中へ、溶けるように消えていった。
僕も、闇の中に溶けていく。
僕は原初の記憶を思い出した。母さんのお腹の中をたゆたう感覚。
やり直せるなら、今度は親孝行しなきゃならないな…。
記憶と一緒に、今の僕が消えるまで、僕は美佳を思い浮かべ続けていた。
[エピローグ]
夏休みが目前だった。僕は自転車をこぎながら、朝の甲州街道を新宿に向かってこぎまくる。
南口の対面にあるサザンテラスに辿り付くと、自転車を降りて、コーヒーショップで軽くブレイク。
うん、ナイス日常。期末テストで赤点もなく、めでたく終業式を迎えられる僕の人生順風満帆だ。
人混みを掻き分けて、新宿と中野の間にある高校へ到着。
クラスのアイドル、ユミちゃん(宮崎あおいとあややを足して2で割った感じ)におはようと言われて、さらにさらに順風満帆。
校長の長話は日本全国お決まりで、僕は欠伸を担任教師に怒られた。
それが終わって、体育館から出ようとすると、僕は声を掛けられる。
振り向いても誰もいなくって、あれれと首を傾げると、もう一度、声が聞こえた。
《隼太》
うん?何だか知らない女の子の声だ。
いやいや待て待て、どこかで聞いた事のある声…。
「おい、隼太、何ボケッとしてるんだよ。行こうぜ」
友達が声をかけてきて、僕は先に行っててと返事して、がらんとした体育館で、1人声の正体を思い出そうとする。
そうだ。あれは《記憶の幼なじみ》の声に似てる。
母さんや父さんには、僕に幼なじみなんていないと言われてるんだけど、僕には確かに、幼少時に、幼なじみの女の子とよく遊んだ記憶がある。
というか、その子の家族と、僕の家族でキャンプに行った記憶すらあるのに、父さんと母さんは断固それを否定した。
キャンプはどこかの河川敷でしたと思う。夕方まで、僕はその子と遊んでた。その子はお父さんからもらった、ちょっとデザインの変わった水鉄砲を大切にして、西部劇ごっこみたいのにハマっていたっけ。
そうそう、確かすごいわがままな子で、僕はずっと悪役をやらされてた。
僕はその子に追われて、水鉄砲から逃げ回るんだ。
ははは、よく泣かされたんだよね。
そろそろご飯の時間だっていうのに、その子は僕を追いかけ続ける。で、それが祟って、石ころに足をつまづかせて、顔面から地面にダイブ。
その反動で、その子は水鉄砲を離しちゃって、それが川にポチャンと落ちて、大号泣したんだ。
その川は結構流れが速くって、大人を読んだら間に合わないから、子供ながらにやれやれと呟いて、僕は、そう、川に思い切り飛び込んだ。
目が覚めると母さんと父さんがいて、僕はめちゃくちゃ怒られた。その子のおじさんが助けてくれなかったら、水をガブガブ飲みまくった僕は死んでしまったらしい。
てか、そんな事があったにも関わらず、何で父さんと母さんは覚えてないんだろう?
《隼太だって最近思い出したくせに》
うん、そう、あの子はどうしてるんだろう?
幼いながらに、僕はあの子に命を懸けた訳で、幼いながらに僕はあの子を好きだったんだと思うんだけど。
《私も、あの時から隼太がずっと好きだったよ》
懐かしいな。あの子、名前は何て言ったっけ?
それがどうしても思い出せなくて、僕は毎回、諦める。
確かに声がした気がするけど…、やっぱり気のせいか。
《隼太》
僕はちょっと余韻に浸ってから、体育館を後にした。陽射しと蝉の鳴き声が、これから始まる夏休みに、素敵な事が待ってるような、そんな予感を抱かせた。
《大好き》
いかがでしたでしょうか?一月たらずでガーっと書き上げたのと、実力不足が重なってツギハギだらけの物語になってしまったかもしれません(特に、モニカとマイケルの関係あたりが…)。
正直、1話を書き始めた時は個人的な理由から、もう何か書かなきゃならん!という強迫観念に駆られて、後先考えずに書いたら、最後まで行き当たりばったりで、ああこれ絶対終わらないと絶望していましたが、とにもかくにも完結できて、それが何よりよかったです。
何分未熟者ですので、ちょっと読み返すと誤字脱字が目につきました。申し訳ありませんでした。次の作品では文章、物語ともに、その辺りをもっとキチンとしていこうと思います。
ともあれ、こんな僕の作品を最後まで読んでくださった皆様方には、本当に感謝しております。機会があったら、次回作も見てやってください。
本当に、ありがとうございました!
太郎鉄