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終幕 星に願いを

終幕とありますが、最終回は次回になります。

世界が闇に覆われる1時間前ーー。


マイケル大佐の目が覚める。クリスの顔があった。心配そうに見下ろしている。


「ここは?」


「キャンプにほど近い、商店街の一角です」


「どうなった?あの少年は?モニカは?」


上体を起こして周囲を見回す。本屋、雑貨屋、洋服屋。確かに商店街だった。シャッターは全て降りている。モニカの姿も少年の姿もなかった。


クリスは経緯を説明する。


「化け物だと?」


立ち上がり、商店街を出る。空を見上げた。暗い空の中心から、巨大な異形が這いずり出てきていた。


「あれは、黄泉の穴か?あそこから、モニカが出てくるのか」


マイケル大佐は両手を掲げた。


俺はここにいるーーモニカに対する意思表示であると、クリスの目に映った。


クリスは、今やマイケル大佐を憐れんでいた。狂気に取り憑かれ、あろう事かバーンズ司令官まで殺してしまったマイケル大佐は、もはや人には戻れないであろう。

いっそ、ここで殺して差し上げるべきなのかもしれないーー。


クリスもまた憔悴しきっていた。この最終戦争勃発以来、有り得ないものを見すぎてしまった。彼の現実感も、マイケル大佐には及ばないにせよ希薄になってきている。


防衛軍標準装備のベレッタを、マイケル大佐に向けた。


背後のクリスの殺気すら、マイケル大佐は気付かない。


信じられなかった。


あの強靭なマイケル大佐が、あろう事か未熟な私の殺気に気付かないなど、信じられない。


あぁ、やはりここで殺して差し上げるべきだーー。


「おじさんたち、何やってるの?」


少女の声に、クリスは振り返る。


小学生だろうか?雑貨屋のシャッターの隙間から、こちらを覗き込んでいるようだ。


クリスはベレッタを下ろし、少女の元へ歩き出した。


屈んで少女を見る。


「君はここの?」


「うん。パパもママもいなくなっちゃったの。私はお留守番」


戒厳令下でいなくなるという事がどういう事か…。


考えるまでもなかった。


あの化け物の降臨を見る限り、こんな年端もいかぬ少女を一人きりにさせておくには、この周辺は危険すぎる。


「出ておいで」


「でも、私お留守番だから」


「パパとママに頼まれたんだ。君を連れて逃げて欲しいって」


「本当に?けど、パパとママはどこにいるの?」


クリスは昔から、嘘を付くのが苦手であった。嘘とは、彼にとって背徳の象徴でもある。だからこそ、彼はマイケル大佐に対しても、死者の帰還が有り得ない事を毅然と言い放ったのだ。


しかし、彼の口から出た言葉は、


「先に逃げてる。パパとママに会いに行こう」


罪悪感を感じた。これは緊急事態であるという言い訳を自身に言い聞かす。


「よかった!じゃあ、今から外にでるね」


うんしょ、うんしょと言いながら、少女はシャッターの隙間を懸命に這い、外に出る。


殺して差し上げるのは、後にしよう。


少女の手を取ってから、クリスはマイケル大佐へ歩み寄り、肩を叩いた。


「大佐、ここは危険です。早急に退避しましょう」


両手を掲げたまま、首だけでマイケル大佐が振り返る。


「その少女は?」


「民間人です。今保護しました」


「そうか。ではその子を連れて先に行け。俺はモニカを待つ」


マイケル大佐の瞳に、狂気はすでに宿っていない。モニカに会えるという希望を確信し、狂気を正常に変えているように見える。


つまり、モニカに会えるという妄想と、それがもたらす注意力の散漫を除いて、マイケル大佐はマイケル大佐に帰還したのではないか?


クリスは、そんなマイケル大佐を殺すべきか、迷い始めていた。


所詮真実など、人間一人一人の中の主観にしか過ぎないのではないであろうか。ならば恋人が甦るという客観的な妄想も、マイケル大佐にとっての真実として受け入れるてやるべきではないだろうか。


「解りました。後で落ち合いましょう。集合はどこで?」


「いや、俺はモニカとモンゴルに行こうと思う。あの星空をもう一度眺めたいんだ」


「大佐…」


「もう、会う事はないだろう。クリス、さっきはすまない事をしたな」


胸が張り裂けた。


マイケル大佐は、もしや、完全に自分を取り戻しているのではないか?


全てを妄想であると悟り、それを承知で、一度自分の歩んだ道の上を、真っ直ぐに、足掻くように歩いているのではないか…?


「さぁ、もう行け」


あるいは、その道の上で奪ったバーンズ司令官の命に対する贖罪の意味を兼ねて…。


死のうとしているんじゃないか?


傍らの少女が、マイケル大佐のズボンの裾を引っ張った。


「おじちゃんは一緒に行かないの?」


「クリス、この子は何と言っている?」


クリスは少女の言葉を訳した。


マイケル大佐が少女に微笑んで、頭を撫でる。


こんな優しい表情の大佐を、私は見たことがないーー。


「おじさんは、大切な人に会いにいかなきゃならないんだ」


英語は少女に通じない。マイケル大佐の言葉は、クリスに向けられたものだった。


決定的であった。


マイケル大佐は、《待つ》という表現を捨て、《会いに行く》という表現を使った。


止める事など出来はしない。先程までマイケル大佐を殺そうとしたクリスにそんな資格があるはずもなかった。


まさかーー。


マイケル大佐は先程の殺気に気が付いていたのではないか。気が付いてなお、私に殺される事をよしとしたーー。


浅はかであった。クリスは浅はかさを呪った。後悔が頭の中で奔走する。


余りに未熟な自分が、マイケル大佐を己の物差しで計ってしまった事に、罪の意識すら感じていた。


「申し訳、ありませんでしたっ!」


深々と、地面に付いてしまいそうな勢いで、クリスは思い切り頭を垂れる。


再び、両手を空の穴に向かって掲げたマイケル大佐が、振り返る事はなかった。


敬礼。マイケル大佐の勇姿に対する、最後の礼儀であった。


「行こうか」


促すと、少女は頷いた。そのあとすぐ、思い出したように少女は言う。


「あ、パパが買ってくれたお人形さんとってくるの忘れちゃった。ちょっと待ってて」


クリスの手を離して少女が雑貨屋兼住宅のシャッターに向かって走った。


次の瞬間…。


闇に覆われた空が光り出す。正確には、地上の異形の凄まじい発光が空に反射していた。


光の帯が見えた。放物線を描き、こちらへ飛んでくる。


クリスはその光景に、思わず一瞬魅入られてしまった。残酷なまでに、それは美しかったのである。


だから、その光の一本が、少女を狙っている事に気が付くのが一瞬だけ遅れた。


致命的な遅れであった。


危ないと、叫ぼうとする。光はすでに商店街に侵入している。視界を何かがよぎった。


何かーー少女に向かって疾走するマイケル大佐。そして細い光の粒子。


少女に向かって、マイケル大佐が跳んだ。


光がマイケル大佐を包み込んだ。


「大佐ぁあぁ!!」


まどろみの中で、マイケル大佐が完全に消滅するまでに、一秒もかかっていなかった。




俺の体を光が覆う。不思議と痛みも苦しみもなかった。あるのは、奇妙な心地よさだった。


ふと、視界から景色が消えた。


これは、闇か?


違う…、闇にしては、暖かすぎる。それに灯りがある…。


そうだ。ここは闇ではなく、夜だ。満天に輝く星空の下、モンゴル大草原の夜なんだ。


「お帰りなさい」


傍らにモニカがいる。顔をモニカに向けなくとも、確かにそれを感じた。


不思議と懐かしさは込み上げてこなかった。


「当然でしょう?私はずっとあなたの傍にいたんだから」


「そうだったのか」


モニカが俺の手を繋ぐ。俺はまだ、怖くてモニカの顔を見れない。


「大丈夫。勇気を出して?」


恐る恐る、顔をモニカに向けてみた。


満面の笑顔が、ありとあらゆる歓喜の表情がそこにあった。


そうだ。これがモニカの、本当の顔なんだ…。


涙が頬から伝う。


俺はモニカを抱き締めた。


「今度は、ずっと一緒にいましょう?」


「あぁ、当然だ」


優しいメロディーが耳に響いた。


モニカの歌声ーー星に願いを。


これが死の間際の幻覚だとしても、何も構う事はない。


今度はずっと一緒にいる。


モニカと、星空に願いを込めて、俺は誓った。



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